銀月と姫巫女

叶 望

出会い

 日輪の国にある都の一つである矢守は首都である日山と最も近い都市だ。
 そうは言ってもその地に向かうには最低でも1月半はかかる。
 その矢守はかつて姫巫女が行方をくらます前に最後に立ち寄った場所でもある。
 そんな矢守の町中には大通りと言われている場所があり、そこの通りの裏にある店で先代姫巫女の品が売られたのだ。
 その店は質屋も営んでいるが、通常の売買も行っている。
 裏にあるのは表に出せないものの取引も時折紛れ込むからだろう。
 まさか人ではないモノを招く事になるとは思いもしなかっただろうが。


「いらっしゃい。」


 老齢の男がこちらに気付いて奥から出てきた。
 ふくよかな体系をしており、顔は丸い。
 旅装束の二人組を値踏みするかのような不躾な視線を送っている。


「ご要件は?」


「話を聞きたい。」


 燈火が懐から何かを取り出して男に手渡した。
 その手の中を確認した男は先ほどまでとは違った笑みを浮かべてそれに応じる。


「それで、聞きたいとおっしゃるのはどんなお話でしょうか?」


 手を擦りながら出された品を手に取った男はそれを見た瞬間に青ざめた。


「ひ、ひぃ…そ、それは。」


「これを売りに来たという子供の話を聞きたい。これでも封術師の端くれだ。安心して話して良い。」


 燈火の言葉にがくがくと震えながら男は少しずつ語り出した。
 そう、あれは半年ほど前の事だ。
 いつも通り客を出迎えた男だったが、その客の風貌にまず驚いた。
 女ものの着物を纏っていたが、どう見ても大きさが合わない。
 高級だと分かる着物を着崩して身に纏っており、パッと見ただけではそうとは分からないが、よくよく見れば生地はすでに傷んでいるようだった。
 そして目深に被った羽織でその顔はあまりよく見えない。
 ただ、瑞々しい唇と白い肌は雪のようで背丈から見ても子供のようだがその出で立ちは妙に色香があり艶めかしい。
 売りたいと鈴のような声で話しかけられた男は随分とその子供に見入ってしまっていたことに気が付いた。
 慌てて商談を行い、やり取りをしている途中でもう一人の男が入ってきたのだ。
 しかし、子供と違ってその男を見た店主は度肝を抜かれた。
 黒い髪は有り触れた色なので見慣れているが、問題なのは額から延びる二本の角だ。
 明らかに異形と分かる金の瞳を隠そうともせずに堂々とその子供の傍に寄ってきたのだ。
 子供もそれを全く恐れることなく堂々と立っている。
 店主は二人が何を話していたのか全く覚えていないが、あまりの恐ろしさに多めの金を手渡してそのまま店の奥に引っ込んで震えていたという。


「あんまり役に立ちそうな話ではありませんでしたね。」


 小夜は燈火と共に店を出て大通りを歩いていた。
 しかし、いつもなら小夜に歩幅を合せてくれるはずの燈火は大股で早歩きして進んでいる。話しかけてもまるで聞いていないかのようだった。
 あっという間に離されて、小夜は見事に置いて行かれてしまう。
 こんな時に、小夜はどうしたらいいのかまるで分からなかった。
 幼いころから城の外に出たことはない彼女にとって外は未知の世界だ
 迷子という言葉が頭の中に並ぶが、姫巫女の代理が迷子などとても言えることではない。


「どう、しよう。」


 焦ったように小夜は大通りを右往左往することになり、気が付くと完全に見知らぬ場所へ迷い込んでいた。
 おろおろと戸惑いながら歩き回っていた小夜は足がもつれて転んでしまう。


「きゃあ。」


「どうしたんだいお嬢さん。」


 足を擦りむいたらしく着物に血がにじむ。
 人の声が聞こえて振り返ったが、すぐに後悔した。
 明らかに柄の悪そうな風貌の男が立っていた。
 それも一人ではなく三人だ。
 しかし、それでもそう言った事に疎い小夜は見た目の恐ろしさを飲み込んで尋ねた。


「あの、大通りに戻りたくて…。」


 にやにやと笑いながら近づいてくる男たちに思わず足を一歩引いた。


「そうかい、お嬢さんは迷子なのか。では、安全な場所まで連れて行ってあげよう。」


「あの、よろしくお願いします。」


 ぺこりと頭を下げて小夜は彼らに付いて行くことにした。
 そして先頭を切って歩く男に付いて行こうと歩き出して小夜の意識はそこで途切れた。
 小夜が目を覚ましたのは、どこかの納屋の中のようだった。
 手は後ろ手に縛られており、足もしっかりと縄で繋がれていた。


「え?ここどこ?」


 状況が呑み込めずに慌てた小夜だが、幼い頃にされたことを思い出して青ざめた。


「私、攫われた?」


 かつての事をすっかり忘れて平和ボケしていた小夜は、外に出てこうして燈火と離れてしまったのは初めての事。
 今までは決して傍を離れることもなく安全な旅をしていたので、すっかり忘れていたのだ。しかし、そう言った事を考えている間もなく意外と近くで声が聞こえた。


「ま、待ってくれ銀月の旦那、そこはダメだ!」


 必死の声で銀月という者を止めようとしている男の声が聞こえた。
 そしてガタリと音がして納屋の戸が開く。
 小夜の目に入ってきたのは輝くような銀色の髪と美しい月の瞳。
 小夜と同じくらいの年頃の少年だった。
 上質な女ものの着物を身につけていること以外は思わず見入ってしまうほどに美しい。


「これは、何だ?」


 小夜を指さして後ろで騒いでいる男たちに問う少年。
 その声は鈴の音のようにすっと耳に届いた。
 しかしその問いに小夜を攫った男たちは青くなって、慌てたように走り去っていく。
 そんな男たちを見て、首を傾げて見送った少年は再び小夜へ視線を戻した。


「それで、君は何しているの?」


 明らかに縛られていて異常事態であることは見れば分かるはずなのに少年は心底不思議そうに小夜に問う。
 本当に理解できていないようだった。


「あの、攫われてここに閉じ込められていました。」


「ふぅん。」


 それだけ聞くと銀月と呼ばれた少年はそのままくるりと小夜に背を向けて歩き出そうとする。
 それには流石に驚かされて、慌てた小夜。
 助けてくれると思った少年は本当に小夜が何をしているのかを知りたかっただけだったらしい。


「ま、待って!」


 小夜の叫びにぴたりと足が止まる。
 そして、まるで奇妙なものを見るように少年は振り向いた。
 単純に少女が何で自分を呼び止めるのかが分からなかっただけだろう。


「あの、縄を解いてもらえますか?」


「いいよ。」


 素直に小夜の元へと戻って来て縄を解く。
 きつく結んであるはずの縄はまるで蝶結びでも解くようにするりと解けた。
 やっと自由になって上半身を起こして少年を見上げた。


「あの、ありがとう。私は、小夜というの。あなたは?」


「銀月。」


「あの、貴方はなぜここに?」


「襲い掛かってきたから返り討ちにした。」


「へ?」


「そうしたら、何でもすると言うから見逃してやっただけだ。」


「そ、そうなんだ。」


 先ほどの男たちの慌てようは恐らく少年が異形の金の瞳を持っているからだろう。
 しかし、角は無いので鬼ではないのだろうか。


「お前、血の匂いがする。」


「あ、そういえばさっき擦りむいて…ひゃあ!」


 すっと近づいてきた銀月は片足を持ち上げて小夜の素足をさらした。
 膝のあたりに擦りむいた怪我がある。


「あ、あの足を降ろして…。」


 じっと傷跡を見つめる銀月に小夜は顔を赤くした。
 素足を見せるのは、はしたないと言われているからだ。
 それに、異性に肌を見せるなど結婚前の娘にあるまじき行為だ。
 銀月は何を思ったのか怪我をした膝に顔を近づける。


「ひゃ?ちょ、ちょっと。」


 ざらりとした舌の感触を膝に感じて小夜は思わず声を上げた。
 舐められた場所がほんのり暖かく感じてそれがじわじわと全身に巡って来るような奇妙な感覚が広がる。

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