竜の血脈―黒狼盗賊団の頭―
026 深遠の森での合宿
リュシュランはチームメンバーと移動を開始する前に互いに自己紹介をするように促した。
身分の一番低い者から順となる。
「フェルト・シトリーと申します。男爵家の次男です。どうぞよろしくお願いします。」
柔らかな栗毛色の髪を持ち茶色の瞳を持つフェルトはぺこりと頭を下げた。
「アリッサ・シュバリエ、シュバリエ家の次女ですわ。お見知りおきくださいませ。」
対してアリッサは優雅に挨拶をこなす。
青い髪に緑の瞳を持つ彼女はリュシュランにとって馴染み深い色だ。
「ネイト・メルディーと言う。公爵家の長男だ。」
シンプルな挨拶をするネイトは淡いラベンダー色の髪を持っている。
青い瞳は澄んでいてまるで沸き出でる泉を髣髴とさせる。
「シルフィール・フレイン・ウェスリーですわ。フレイン王国第七王女ではありますが、身分に関係なく仲良くしてくださいね。」
白銀の髪を持ち赤い瞳をもつ王女は柔らかな笑みを向けた。
「リュシュラン・ライアック・シェルザールだ。合宿中は王族としてではなく、ただの生徒として扱ってくれ。」
全員の紹介が済んだところで次の行動に移る。
今回の合宿はサバイバルだけが目的ではない。
戦闘経験は必須であるし、獲物をどれだけ獲ったのかも評価に繋がる。
良い場所を確保しようと我先にと移動して行く学院生たちを自己紹介しながら見送ったリュシュラン達は出遅れていると言って良い。
「さて、まずは場所の確保だな。」
そう言って目を閉じたリュシュランにフェルトは思わず声をかける。
「リュシュラン様?」
「しっ、黙って。集中しているみたいだから。」
そんなフェルトを留めたのはシルフィール王女だ。
そっとリュシュランの動向を見守る。
そしてそれを静かに観察しているものがもう一人。
アリッサは訳が分からずオロオロとしているばかりだ。
しばらくして目を開けたリュシュランは全員を先導して移動する。
「こっちだ。」
「え?リュシュラン様…。」
ぽかんと呆けているフェルトは慌ててリュシュランの後を追った。
彼の向かう方向は学生たちが進んでいった方向とは全く違う。
ずんずんと歩いて行くリュシュランをひたすら追いかける一同はどこに向かっているのか分からないままだ。
だが、森の置くに入りしばらくすると水辺に出たことで納得する。
目を閉じてじっとしていたのは水場を探していたのだと。
そこから先は水辺に沿って滞在しやすそうな場所を探す。
「あ、ここ良さそうよ。」
シルフィールが指したのは水辺から少し離れてはいるがそれなりに開けている場所だ。
「では、ここが拠点だな。」
ぶっきら棒に告げるネイトは全体を見渡すと野営の準備を始めようとしていた。
だが、野営に慣れている訳もなくかなりもたついている。
以外に手早く準備を開始したのはリュシュランとフェルトだった。
「へぇ。随分と手馴れているな。」
フェルトを感心してリュシュランが声をかけた。
「殿下こそ。でもこれはリュシュラン様のおかげですよ。」
「私のおかげ?」
「馬車が襲われた後、父は鈍った勘を取り戻さねばと必死に鍛錬に励みました。私もそれで一緒になって扱かれたお陰です。だからこうして野営に慣れているのも助けていただいたお陰なのです。」
「…そうか。」
フェルトの言葉に曖昧な表情を見せるリュシュランはそれを振り切るように準備の手を早めた。
寝床の確保ができた時点で食べ物を得るために狩に向かおうと告げる。
「では、私はリュシュラン様と一緒に狩に行きたいですわ。」
そう言ってリュシュランの腕を取って腕を絡めるアリッサは甘えるようにリュシュランを見上げた。
「失礼だが、アリッサは狩の経験は?」
「ございませんわ。」
当然でしょと言うように胸を張るアリッサにリュシュランはネイトに目を向ける。
「ネイトはどうだ?」
「狩の経験であればございます。」
王女であるシルフィールは当然除外するとなると連れて行くメンバーも自ずと決まってくる。
野営に長けたフェルトに拠点を任せるのと始めて周囲を調べると言う意味でも危険を冒す訳にはいかない。
「…と言うわけで、フェルトとアリッサ、シルフィール王女殿下はこのまま準備をお願いします。私とネイトで周りの状況を確認しつつ獲物を獲ってきます。」
「えぇ、何でですの?私殿下と一緒に行きたいですわ。」
「悪いが今回は偵察も兼ねている。できれば君のようなお姫様を危ない目に合わせたくないんだ。分かってくれるね?」
優しく諭すようにリュシュランはアリッサを宥める。
「お姫様だなんて。」
頬を染めて嬉しそうにうっとりとしているアリッサを後にさっさと出かけるリュシュランとネイト。
周囲を警戒しながら進むリュシュランの後をネイトが黙って付いてくる。
歩きながら採取を行っているとふとネイトが足を止める。
「どうした?」
「いえ、その。薬草や山菜などよくご存知ですね。」
ネイトの視線はリュシュランの持つ籠に集中している。
「そうかな。なんとなく食べられるかどうかが分かるみたいな…。もちろん後でしっかり確認するけどね。」
「いえ、ちゃんと合っていますから大丈夫です殿下。」
「そっか。良かった。」
「誰かに教わったのですか?」
「…恐らくとしか言えないけど、そうだろうね。記憶になくても体が覚えているみたいだ。」
「私の家の事はご存知ですか?」
「メルディー公爵家は薬学に精通している家だったかな。」
「そうです。これは私も祖父から伺った話なのですが、かつてメルディー公爵家にはミュリエルという女性がいました。現国王であるリュオン国王陛下と婚約していましたが、陛下は別の娘を選ばれました。失意のミュリエルは家を飛び出して行方不明となりました。我が家の中でも薬学の知識が高いミュリエルを失った祖父はずっと娘を探していたそうです。所在が分かったのはミュリエルが死んで遺品が売られてから。」
すっとリュシュランの瞳を見つめてネイトは再び口を開いた。
「ミュリエルは黒髪で金の瞳を持つ少年と共に住んでいたそうです。恐らくリュシュラン様の事でしょう。きっとその知識はミュリエルが貴方に与えたものだ。祖父は貴方と話しをしたいと言っていました。ですが、殿下は記憶を失っていた。」
「…すまない。」
「いえ、ただこうして体が覚えていて下さっているのです。きっといつか記憶を取り戻す事が叶ったなら、祖父と話をしてあげて欲しいと思います。」
「分かった。約束する。」
「ありがとうございます。殿下。」
すっと頭を垂れて跪くネイトにリュシュランは手を差し伸べる。
「行こう、獲物を獲って帰らないと全員空腹になってしまう。」
「はい!リュシュラン様。」
――――…
一方拠点を任せられたフェルトは黙々と作業を行っていた。
かまどの準備や火をおこすことも二人の女性はまるでできなかった。
なにより身分的にお願いすることも難しいフェルトはこのメンバーの中でもまさに貧乏くじを引いた状態になっていた。
どちらかと言うと女性同士の不穏な空気を忘れたくて一心不乱に作業に没頭していると言い換えても良いかもしれない。
リュシュランとネイトが去ったこの空間は殺伐とした女の戦場と化していた。
「うぅ、リュシュラン様…速く戻ってきてください。」
フェルトの呟きは深い森に飲み込まれて消えた。
当然女性陣には到底届く事はない。
むしろ関わりたくない。
涙目になりながらも切実にフェルトは二人の帰りを待っていた。
これは火を起こす際の煙で出る涙なのかそれとも置いて行かれた悲しみの涙なのかフェルトには分からない。
フェルトは視線の先を無視して黙々と作業を進めていった。
身分の一番低い者から順となる。
「フェルト・シトリーと申します。男爵家の次男です。どうぞよろしくお願いします。」
柔らかな栗毛色の髪を持ち茶色の瞳を持つフェルトはぺこりと頭を下げた。
「アリッサ・シュバリエ、シュバリエ家の次女ですわ。お見知りおきくださいませ。」
対してアリッサは優雅に挨拶をこなす。
青い髪に緑の瞳を持つ彼女はリュシュランにとって馴染み深い色だ。
「ネイト・メルディーと言う。公爵家の長男だ。」
シンプルな挨拶をするネイトは淡いラベンダー色の髪を持っている。
青い瞳は澄んでいてまるで沸き出でる泉を髣髴とさせる。
「シルフィール・フレイン・ウェスリーですわ。フレイン王国第七王女ではありますが、身分に関係なく仲良くしてくださいね。」
白銀の髪を持ち赤い瞳をもつ王女は柔らかな笑みを向けた。
「リュシュラン・ライアック・シェルザールだ。合宿中は王族としてではなく、ただの生徒として扱ってくれ。」
全員の紹介が済んだところで次の行動に移る。
今回の合宿はサバイバルだけが目的ではない。
戦闘経験は必須であるし、獲物をどれだけ獲ったのかも評価に繋がる。
良い場所を確保しようと我先にと移動して行く学院生たちを自己紹介しながら見送ったリュシュラン達は出遅れていると言って良い。
「さて、まずは場所の確保だな。」
そう言って目を閉じたリュシュランにフェルトは思わず声をかける。
「リュシュラン様?」
「しっ、黙って。集中しているみたいだから。」
そんなフェルトを留めたのはシルフィール王女だ。
そっとリュシュランの動向を見守る。
そしてそれを静かに観察しているものがもう一人。
アリッサは訳が分からずオロオロとしているばかりだ。
しばらくして目を開けたリュシュランは全員を先導して移動する。
「こっちだ。」
「え?リュシュラン様…。」
ぽかんと呆けているフェルトは慌ててリュシュランの後を追った。
彼の向かう方向は学生たちが進んでいった方向とは全く違う。
ずんずんと歩いて行くリュシュランをひたすら追いかける一同はどこに向かっているのか分からないままだ。
だが、森の置くに入りしばらくすると水辺に出たことで納得する。
目を閉じてじっとしていたのは水場を探していたのだと。
そこから先は水辺に沿って滞在しやすそうな場所を探す。
「あ、ここ良さそうよ。」
シルフィールが指したのは水辺から少し離れてはいるがそれなりに開けている場所だ。
「では、ここが拠点だな。」
ぶっきら棒に告げるネイトは全体を見渡すと野営の準備を始めようとしていた。
だが、野営に慣れている訳もなくかなりもたついている。
以外に手早く準備を開始したのはリュシュランとフェルトだった。
「へぇ。随分と手馴れているな。」
フェルトを感心してリュシュランが声をかけた。
「殿下こそ。でもこれはリュシュラン様のおかげですよ。」
「私のおかげ?」
「馬車が襲われた後、父は鈍った勘を取り戻さねばと必死に鍛錬に励みました。私もそれで一緒になって扱かれたお陰です。だからこうして野営に慣れているのも助けていただいたお陰なのです。」
「…そうか。」
フェルトの言葉に曖昧な表情を見せるリュシュランはそれを振り切るように準備の手を早めた。
寝床の確保ができた時点で食べ物を得るために狩に向かおうと告げる。
「では、私はリュシュラン様と一緒に狩に行きたいですわ。」
そう言ってリュシュランの腕を取って腕を絡めるアリッサは甘えるようにリュシュランを見上げた。
「失礼だが、アリッサは狩の経験は?」
「ございませんわ。」
当然でしょと言うように胸を張るアリッサにリュシュランはネイトに目を向ける。
「ネイトはどうだ?」
「狩の経験であればございます。」
王女であるシルフィールは当然除外するとなると連れて行くメンバーも自ずと決まってくる。
野営に長けたフェルトに拠点を任せるのと始めて周囲を調べると言う意味でも危険を冒す訳にはいかない。
「…と言うわけで、フェルトとアリッサ、シルフィール王女殿下はこのまま準備をお願いします。私とネイトで周りの状況を確認しつつ獲物を獲ってきます。」
「えぇ、何でですの?私殿下と一緒に行きたいですわ。」
「悪いが今回は偵察も兼ねている。できれば君のようなお姫様を危ない目に合わせたくないんだ。分かってくれるね?」
優しく諭すようにリュシュランはアリッサを宥める。
「お姫様だなんて。」
頬を染めて嬉しそうにうっとりとしているアリッサを後にさっさと出かけるリュシュランとネイト。
周囲を警戒しながら進むリュシュランの後をネイトが黙って付いてくる。
歩きながら採取を行っているとふとネイトが足を止める。
「どうした?」
「いえ、その。薬草や山菜などよくご存知ですね。」
ネイトの視線はリュシュランの持つ籠に集中している。
「そうかな。なんとなく食べられるかどうかが分かるみたいな…。もちろん後でしっかり確認するけどね。」
「いえ、ちゃんと合っていますから大丈夫です殿下。」
「そっか。良かった。」
「誰かに教わったのですか?」
「…恐らくとしか言えないけど、そうだろうね。記憶になくても体が覚えているみたいだ。」
「私の家の事はご存知ですか?」
「メルディー公爵家は薬学に精通している家だったかな。」
「そうです。これは私も祖父から伺った話なのですが、かつてメルディー公爵家にはミュリエルという女性がいました。現国王であるリュオン国王陛下と婚約していましたが、陛下は別の娘を選ばれました。失意のミュリエルは家を飛び出して行方不明となりました。我が家の中でも薬学の知識が高いミュリエルを失った祖父はずっと娘を探していたそうです。所在が分かったのはミュリエルが死んで遺品が売られてから。」
すっとリュシュランの瞳を見つめてネイトは再び口を開いた。
「ミュリエルは黒髪で金の瞳を持つ少年と共に住んでいたそうです。恐らくリュシュラン様の事でしょう。きっとその知識はミュリエルが貴方に与えたものだ。祖父は貴方と話しをしたいと言っていました。ですが、殿下は記憶を失っていた。」
「…すまない。」
「いえ、ただこうして体が覚えていて下さっているのです。きっといつか記憶を取り戻す事が叶ったなら、祖父と話をしてあげて欲しいと思います。」
「分かった。約束する。」
「ありがとうございます。殿下。」
すっと頭を垂れて跪くネイトにリュシュランは手を差し伸べる。
「行こう、獲物を獲って帰らないと全員空腹になってしまう。」
「はい!リュシュラン様。」
――――…
一方拠点を任せられたフェルトは黙々と作業を行っていた。
かまどの準備や火をおこすことも二人の女性はまるでできなかった。
なにより身分的にお願いすることも難しいフェルトはこのメンバーの中でもまさに貧乏くじを引いた状態になっていた。
どちらかと言うと女性同士の不穏な空気を忘れたくて一心不乱に作業に没頭していると言い換えても良いかもしれない。
リュシュランとネイトが去ったこの空間は殺伐とした女の戦場と化していた。
「うぅ、リュシュラン様…速く戻ってきてください。」
フェルトの呟きは深い森に飲み込まれて消えた。
当然女性陣には到底届く事はない。
むしろ関わりたくない。
涙目になりながらも切実にフェルトは二人の帰りを待っていた。
これは火を起こす際の煙で出る涙なのかそれとも置いて行かれた悲しみの涙なのかフェルトには分からない。
フェルトは視線の先を無視して黙々と作業を進めていった。
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