竜の血脈―黒狼盗賊団の頭―
023 作られた王子
ぐったりとベッドに横たわり、それでもなお諦めることを知らないリュシュランの瞳を見て、王は決心を固めた。
このままでは命も危うい。
そして自分の代で血を絶やすわけにもいかなかった。
本来なら決して使いたくなかった手だ。
「許せリュシュラン。こうするより他にない。」
その呟きは小さくか細い。
じっとリュシュランの瞳の奥に働きかける。
「うっ……。」
体の自由を奪われた事に気付き、シュラは呻き声を上げた。
「リュシュラン、すべてを忘却し新たに生まれ変われ。」
その言葉がシュラの魂を絡めとり響き渡る。
じわりと大切な何かが霞んでいく。
「な、何が…。」
記憶が砂のように朧気になりシュラから零れ落ちていく。
ゆっくりと崩れていく何か。
それが何だったのか分からない。
「えっ?…。」
金の瞳が揺れてぽろぽろと涙が零れ落ちる。
なぜ涙が流れるのか。
それさえも分からない。
ただ大切なものが浮かんでは消えていく恐怖が心を支配する。
「う、ぁ……。」
そして何が消えたのかそれすらも思い出せない。
さっき浮かんだものは一体何だったのか。
「な…やっ……何が、起こって。」
ガシャリと鎖の音が響く。
自分に何が起こっているのか分からない事態にシュラは取り乱した。
じわじわと迫る恐怖がシュラを襲う。
大切なものが消えていく。
漠然とシュラは感じとった。
「き、消える。俺は…ぁ…。」
次第に目の焦点が合わなくなって涙がただ溢れた。
消えていく恐怖と喪失感がシュラの心をも壊していく。
「あ…あぁ、や…僕、は……あぁああああ!」
一際体が跳ねて鎖がそれを押さえつける。
暴れて錯乱するシュラは暫く必死で何かに抵抗していたが、がくりと力が抜けたように意識を失う。
つぅと頬を一筋の涙が伝いその涙の後をそっと国王は手で拭い取った。
「国の為だ。許せリュシュラン。」
気を失った我が子を悲しげに見つめて王はその場を退去する。
後に残されたナイルズはリュシュランに何が起こったのかまだ理解できずにいた。
――――…
それから少しして目を覚ましたリュシュランは自分の状況が理解できずに恐怖を感じた。
部屋の中を見渡して一人の男と目が合った。
金の髪を刈り上げて青い瞳を持つ騎士服の男。
「あ、あの。」
リュシュランの様子がいつもと違ってナイルズは首を傾げる。
だが、応えない訳にもいかないのですっと近くに歩み寄って跪いた。
「御用でしょうか、リュシュラン殿下。」
「……りゅしゅらん?それは、僕の…名前ですか?」
「え?」
一瞬何を言われたのか分からなかったナイルズは、まじまじとリュウシュランの顔を見る。
困惑している表情のリュシュランが惚けている訳ではない事を悟った。
硬直するナイルズに首を傾げるリュシュランはきょろきょろと周りを見渡して自分自身の体を確認する。
鎖に繋がれていることに気が付いてジャラジャラと鎖を持ち上げたりして状況を把握しようとしているらしい。
その様子に呆気に取られたナイルズだが、慌てて陛下を呼びに走っていった。
暫くして国王と王妃と共に戻ったナイルズ。
見知らぬ人を見るようなリュシュランに驚きを隠せない。
「んーと、僕はこの国の王子で名前はリュシュラン。えっと貴方たちは僕の父上と母上?」
「そうだ。」
困惑しながら国王と王妃を見比べるリュシュランは本当に何も覚えていないようだった。
記憶喪失としてゆっくりと療養する事に成ったが、暴れたりしては危ないので手錠や鎖は外す事はなく、しばらく様子を見ると言う。
すんなりと従うリュシュランにナイルズは複雑な想いを持った。
体調が戻った暁には次期国王として様々な教育を与えられることに成るのだ。
だがその前に済ませて置くことがあり、国王はリュシュランを連れてとある部屋へと入った。
そこには青い髪と緑の瞳を持った青年がいた。
彼はリュシュランの姿が目に入り顔を上げる。
「シュラ様!」
その声に首を傾げて国王の顔を見上げるリュシュラン。
そして再び青年と向き会うと柔らかな笑みを浮かべる。
「貴方がルイス・シュバリエですか?私はリュシュラン・ライアック・シェルザールと言います。命を助けて頂いたのだと聞いています。ありがとう。」
「え?」
その言葉に唖然として見つめ返すルイスは国王に目を向ける。
「さ、リュシュラン気は済んだだろう?ナイルズ、息子を部屋へ送ってきなさい。」
「はい、陛下。ではリュシュラン殿下参りましょう。」
「分かりました。では、ルイスさん。失礼しますね。父上、先に戻っております。」
「うむ。エリーナがお前と話したがっていた。相手をしてやりなさい。」
「はい。父上。」
そういって退出していくリュシュランを見送ると、国王はルイスと向き合った。
「シュラ様に一体何をしたのですか。」
「あれは私の息子だからな。ライアック王国を継がせる。その為の処置だ。かつて騎士であったなら分かるであろう。」
「………。」
ぐっと下を向いて押し黙るルイス。
国王はルイスの手錠を外すように指示を出した。
手錠が外れて自由に成った手足を見てルイスは顔を上げた。
「ルイス・シュバリエ。以前の追放処分は取り消された。君の家も望むのなら受け入れの準備があるそうだ。」
「家に戻る気はありません。」
「そうか。それと君たち黒狼盗賊団のことだが、今回の件に関しては不問とする。君ほどの者ならば盗賊でなくてもやっていけるだろう。よって好きな場所に行くとよい。」
「…シュラ様はこれからどうなるのですか。」
「ある程度の教育を与えたら王族としての責務を果たさせる。君には感謝しているルイス。息子をここまで生かしてくれたのだ。何か望みはあるか。」
「…願っても叶う事はないでしょう。ですが、私はシュラ様を諦めません。必ず取り戻して見せます」
「それは諦めることだ。消え去った記憶は元には戻らぬ。」
「………。」
ルイスはこの日、城から開放された。
追跡してくる者を撒いて皆の下へと戻ったルイは全員を集めてシュラの現状を語った。
「そんな、シュラ様は俺たちの事を忘れてしまったって事ですかい?」
「そうだ。記憶をすべて失ってしまったと言っていた。俺の事も忘れてまるで初対面みたいな感じだった。」
「ルイさん、これからどうするんです?」
「俺はシュラ様を諦めない。必ず記憶を取り戻して本来のシュラ様に戻す。」
「ですが、王族であるのですよね。今のままの方が幸せなのでは。」
フリットの問いにルイは首を横に振った。
「作られた幸せなどシュラ様には似合わない。あんな形に成ったのはシュラ様が望んでいなかったからだろう。だから俺は元に戻れるように手助けをするつもりだ。」
「でもどうやって。」
「分からない。だが、今のままにはして置けない。」
「それで、俺たちは今後何をすればいいっすかね。」
「シュラ様が望むことを俺たちでやる。それだけだ。」
黒狼盗賊団はこうして再び決起した。
シュラは居ないがやる事は変わらない。
ルイはシュラを取り戻すために活動を開始する。
だが、その前に元漆黒の使徒のメンバーに聞かねばならない事があった。
「かつて15年前、漆黒の使徒がある村を魔物に襲わせた。これは事実か?」
元漆黒の使徒のかつてリーダーで会った男はそれに頷いた。
「襲った理由はなんだ?」
「それは、当時生まれたばかりの第五王子が村へと連れて行かれたのを知ったからです。我々は白銀の髪を持つ王族に恨みを晴らすチャンスだと捉えました。」
非常に気まずそうにリーダー格の男が応えた。
今ではそれが誰であったのかはっきりしている。
「シュラ様はそこから生き残った。そして男爵の下で一度預けられてそこから更に別の場所へ連れ去られた。きっとシュラ様はお前たちのやった事に気が付いたのだろう。だからこそ王族として認める事を拒んでいた。」
シュラの本当の気持ちはもう聞く事は出来ない。
だが、ルイはシュラの想いを正確に捉えていた。
背負うには重過ぎる罪と共に仲間を気遣ったのだと。
望まない形で奪われた人格。
ルイはシュラを例え時間が掛かっても取り戻す決意を固めた。
このままでは命も危うい。
そして自分の代で血を絶やすわけにもいかなかった。
本来なら決して使いたくなかった手だ。
「許せリュシュラン。こうするより他にない。」
その呟きは小さくか細い。
じっとリュシュランの瞳の奥に働きかける。
「うっ……。」
体の自由を奪われた事に気付き、シュラは呻き声を上げた。
「リュシュラン、すべてを忘却し新たに生まれ変われ。」
その言葉がシュラの魂を絡めとり響き渡る。
じわりと大切な何かが霞んでいく。
「な、何が…。」
記憶が砂のように朧気になりシュラから零れ落ちていく。
ゆっくりと崩れていく何か。
それが何だったのか分からない。
「えっ?…。」
金の瞳が揺れてぽろぽろと涙が零れ落ちる。
なぜ涙が流れるのか。
それさえも分からない。
ただ大切なものが浮かんでは消えていく恐怖が心を支配する。
「う、ぁ……。」
そして何が消えたのかそれすらも思い出せない。
さっき浮かんだものは一体何だったのか。
「な…やっ……何が、起こって。」
ガシャリと鎖の音が響く。
自分に何が起こっているのか分からない事態にシュラは取り乱した。
じわじわと迫る恐怖がシュラを襲う。
大切なものが消えていく。
漠然とシュラは感じとった。
「き、消える。俺は…ぁ…。」
次第に目の焦点が合わなくなって涙がただ溢れた。
消えていく恐怖と喪失感がシュラの心をも壊していく。
「あ…あぁ、や…僕、は……あぁああああ!」
一際体が跳ねて鎖がそれを押さえつける。
暴れて錯乱するシュラは暫く必死で何かに抵抗していたが、がくりと力が抜けたように意識を失う。
つぅと頬を一筋の涙が伝いその涙の後をそっと国王は手で拭い取った。
「国の為だ。許せリュシュラン。」
気を失った我が子を悲しげに見つめて王はその場を退去する。
後に残されたナイルズはリュシュランに何が起こったのかまだ理解できずにいた。
――――…
それから少しして目を覚ましたリュシュランは自分の状況が理解できずに恐怖を感じた。
部屋の中を見渡して一人の男と目が合った。
金の髪を刈り上げて青い瞳を持つ騎士服の男。
「あ、あの。」
リュシュランの様子がいつもと違ってナイルズは首を傾げる。
だが、応えない訳にもいかないのですっと近くに歩み寄って跪いた。
「御用でしょうか、リュシュラン殿下。」
「……りゅしゅらん?それは、僕の…名前ですか?」
「え?」
一瞬何を言われたのか分からなかったナイルズは、まじまじとリュウシュランの顔を見る。
困惑している表情のリュシュランが惚けている訳ではない事を悟った。
硬直するナイルズに首を傾げるリュシュランはきょろきょろと周りを見渡して自分自身の体を確認する。
鎖に繋がれていることに気が付いてジャラジャラと鎖を持ち上げたりして状況を把握しようとしているらしい。
その様子に呆気に取られたナイルズだが、慌てて陛下を呼びに走っていった。
暫くして国王と王妃と共に戻ったナイルズ。
見知らぬ人を見るようなリュシュランに驚きを隠せない。
「んーと、僕はこの国の王子で名前はリュシュラン。えっと貴方たちは僕の父上と母上?」
「そうだ。」
困惑しながら国王と王妃を見比べるリュシュランは本当に何も覚えていないようだった。
記憶喪失としてゆっくりと療養する事に成ったが、暴れたりしては危ないので手錠や鎖は外す事はなく、しばらく様子を見ると言う。
すんなりと従うリュシュランにナイルズは複雑な想いを持った。
体調が戻った暁には次期国王として様々な教育を与えられることに成るのだ。
だがその前に済ませて置くことがあり、国王はリュシュランを連れてとある部屋へと入った。
そこには青い髪と緑の瞳を持った青年がいた。
彼はリュシュランの姿が目に入り顔を上げる。
「シュラ様!」
その声に首を傾げて国王の顔を見上げるリュシュラン。
そして再び青年と向き会うと柔らかな笑みを浮かべる。
「貴方がルイス・シュバリエですか?私はリュシュラン・ライアック・シェルザールと言います。命を助けて頂いたのだと聞いています。ありがとう。」
「え?」
その言葉に唖然として見つめ返すルイスは国王に目を向ける。
「さ、リュシュラン気は済んだだろう?ナイルズ、息子を部屋へ送ってきなさい。」
「はい、陛下。ではリュシュラン殿下参りましょう。」
「分かりました。では、ルイスさん。失礼しますね。父上、先に戻っております。」
「うむ。エリーナがお前と話したがっていた。相手をしてやりなさい。」
「はい。父上。」
そういって退出していくリュシュランを見送ると、国王はルイスと向き合った。
「シュラ様に一体何をしたのですか。」
「あれは私の息子だからな。ライアック王国を継がせる。その為の処置だ。かつて騎士であったなら分かるであろう。」
「………。」
ぐっと下を向いて押し黙るルイス。
国王はルイスの手錠を外すように指示を出した。
手錠が外れて自由に成った手足を見てルイスは顔を上げた。
「ルイス・シュバリエ。以前の追放処分は取り消された。君の家も望むのなら受け入れの準備があるそうだ。」
「家に戻る気はありません。」
「そうか。それと君たち黒狼盗賊団のことだが、今回の件に関しては不問とする。君ほどの者ならば盗賊でなくてもやっていけるだろう。よって好きな場所に行くとよい。」
「…シュラ様はこれからどうなるのですか。」
「ある程度の教育を与えたら王族としての責務を果たさせる。君には感謝しているルイス。息子をここまで生かしてくれたのだ。何か望みはあるか。」
「…願っても叶う事はないでしょう。ですが、私はシュラ様を諦めません。必ず取り戻して見せます」
「それは諦めることだ。消え去った記憶は元には戻らぬ。」
「………。」
ルイスはこの日、城から開放された。
追跡してくる者を撒いて皆の下へと戻ったルイは全員を集めてシュラの現状を語った。
「そんな、シュラ様は俺たちの事を忘れてしまったって事ですかい?」
「そうだ。記憶をすべて失ってしまったと言っていた。俺の事も忘れてまるで初対面みたいな感じだった。」
「ルイさん、これからどうするんです?」
「俺はシュラ様を諦めない。必ず記憶を取り戻して本来のシュラ様に戻す。」
「ですが、王族であるのですよね。今のままの方が幸せなのでは。」
フリットの問いにルイは首を横に振った。
「作られた幸せなどシュラ様には似合わない。あんな形に成ったのはシュラ様が望んでいなかったからだろう。だから俺は元に戻れるように手助けをするつもりだ。」
「でもどうやって。」
「分からない。だが、今のままにはして置けない。」
「それで、俺たちは今後何をすればいいっすかね。」
「シュラ様が望むことを俺たちでやる。それだけだ。」
黒狼盗賊団はこうして再び決起した。
シュラは居ないがやる事は変わらない。
ルイはシュラを取り戻すために活動を開始する。
だが、その前に元漆黒の使徒のメンバーに聞かねばならない事があった。
「かつて15年前、漆黒の使徒がある村を魔物に襲わせた。これは事実か?」
元漆黒の使徒のかつてリーダーで会った男はそれに頷いた。
「襲った理由はなんだ?」
「それは、当時生まれたばかりの第五王子が村へと連れて行かれたのを知ったからです。我々は白銀の髪を持つ王族に恨みを晴らすチャンスだと捉えました。」
非常に気まずそうにリーダー格の男が応えた。
今ではそれが誰であったのかはっきりしている。
「シュラ様はそこから生き残った。そして男爵の下で一度預けられてそこから更に別の場所へ連れ去られた。きっとシュラ様はお前たちのやった事に気が付いたのだろう。だからこそ王族として認める事を拒んでいた。」
シュラの本当の気持ちはもう聞く事は出来ない。
だが、ルイはシュラの想いを正確に捉えていた。
背負うには重過ぎる罪と共に仲間を気遣ったのだと。
望まない形で奪われた人格。
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