竜の血脈―黒狼盗賊団の頭―
022 囚われの身
優しい手がふわりと頭を撫でる。
温かくどこか懐かしい母の手。
「ぅん…かぁ……さ…。」
まどろみの中に薄っすらとかつての母の姿が浮かぶ。
だが、その姿は真っ赤に染まって失った悲しみと共にそれは幻のように消えていく。
はっと気が付いたようにシュラは自分に触れている手を払い退けた。
「ぁ……。」
名残惜しそうに払われた手を押さえる女性。
淡い金の髪を持ち母と同じ様な青い瞳を持つ女がシュラの傍で座っていた。
その隣に立つ男を見た瞬間シュラの体は跳ねるように飛び退く。
だが、それは繋がれた鎖によって阻まれ、ガシャリと金属の音が部屋の中に響いた。
「お前は…。」
ギリッと音が鳴るくらいに歯を噛み締めて、睨み付けるシュラ。
鎖を引き千切ろうと引いたせいで鎖に繋がれた場所が赤くなっている。
「リュシュラン…。」
悲しげにシュラを見つめる女性はかつての名でシュラを呼ぶ。
「俺は、シュラだ。その名前は…。」
続けようとした言葉が出ずに眉を顰めるシュラ。
「真名を否定する事は我らにはできぬ。」
ずんと重みのある声がシュラに届く。
以前とは違って体が縛られるような事はない。
訝しげに顔を上げたシュラは国王の顔を見た。
その金の瞳の奥にシュラにとっては失って久しい感情を見て思わずたじろぐ。
「リュシュラン、まずは自己紹介からはじめようか。私はライアック王国の国王リュオン・ライアック・シェルザール。そして隣に座るのが我が妻エリーナだ。そしてお前はリュシュラン・ライアック・シェルザール。我が国の第五王子であり、行方不明になっていた私の息子だ。」
その言葉を聞いたシュラは笑うしかない。
だって黒髪で王子?有り得ないだろう。
一瞬漆黒の使徒の15年前に起こした赤子の件が頭を過ぎるがそれをねじ伏せて知らない振りをした。
認めてしまえば戻れない。
そんな気がしたからだ。
「何の冗談だ。俺は王子なんかじゃないし母親だって居たんだ。俺の親は貴方たちじゃない。」
「認めずともそれが事実だ。それから、お前に会いたいと言う者がおる。」
扉に立つ騎士に指示をしてその人物の入室を許可する。
その人物にシュラは見覚えがあった。
毒を受けて朦朧としていたが刈り上げた金の髪に青い瞳の男は一度会った事がある。
「お前はこの前の。」
「ナイルズと申しますリュシュラン殿下。」
その声にシュラは聞き覚えがあった。
赤子の頃の事だ。
共に旅をした男が確かナイルズと呼ばれていたのを思い出す。
「ナイルズ…?」
「申し訳ありませんでした。」
「はぁ?」
いきなり頭を下げられてもシュラには理解できない。
間抜けな声を上げて思わずナイルズの顔を見る。
そしてすぐに顔を逸らしてしまった。
聞きたくない。
いや、その男の言葉を聞いてしまっては戻れない。
そんな不安が込み上げて来る。
「かつて私は罪を犯しました。黒髪であると言うだけで王妃様を疑うような不敬を犯し、その上生まれたばかりの殿下を城から連れ出すと言う愚行を犯しました。その上殿下を預けた村も魔物によって壊滅し貴方の行方も分からなくなってしまった。殿下、この15年間ずっとお探ししておりました。罪を犯した私にどうぞ、罰をお与えください。」
頭を下げて懇願するナイルズに困惑するシュラ。
知っている。
それを認めたくはないが、ナイルズのやった事は自分が誰よりも知っているのだ。
「赤子の事を言われても分からない。謝罪されても俺には意味がない。」
シュラは辛うじてそう口にした。
生まれたばかりの事を持ち出されても今更のことだ。
それにシュラはナイルズを罰するなど考える気もない。
大切に扱われた記憶も確かにあるのだから。
「ですが…。」
「くどいな。俺には関係ないって言ってるだろ?俺は王子じゃない。だからさっさとここから出せ。」
シュラの視線は国王に向いた。
この場から逃げ出したかった。
ここに居ては自分が自分でなくなってしまう…そんな気がしたからだ。
それに国王の奇妙な力の事もある。
あれには抗えない。
それがシュラには本能的に分かっていた。
だから一刻も早くここから出たいと考えた。
それにルイの事もある。
「リュシュラン、お前をここから出す事は出来ない。私の血を継ぐ者はもうお前だけなのだ。お前はこの国の王となるのだ。それから逃げる事はできぬ。」
国王はシュラの頬に手を添える。
無骨ではあるがその手つきは優しくまるで幼子を相手にしているようだ。
そしてシュラの瞳をしっかりと見据える。
まるで魂の奥底を覗かれているような奇妙な感覚がシュラに走った。
慌ててその手から逃れようとするがなぜか体を縛られたように動かない。
「っ…俺に、何をした!」
鉛のように体が動かない。
以前と同じ状況にシュラは国王を睨み付ける。
「リュシュラン。お前が私の子である証だ。王族に付けられるのは魂の名だ。それを見破った者の言葉は絶対なのだ。名付け親なのだからな。だが、できればこの方法はあまり使いたくない。だから大人しく自分の事を認めなさい。」
優しく諭すように言う国王の言葉にシュラの瞳は揺れた。
だがそれを認めればもう逃げられない。
シュラは国王から視線を外した。
認めたくない。
それを言葉にする事はしない代わりに態度で示したのだ。
「残念だ。」
国王は悲しげに告げる。
そしてシュラから手を離すと力の篭った言葉でシュラを縛る。
「リュシュラン、魔法の使用とここから逃げ出すことを禁ずる。必要な物があれば言いなさい。お前が認めるまでここからは出られないと思いなさい。」
そして控えているナイルズに命じる。
「ナイルズ、今度こそリュシュランをしっかりと見て居ろ。お前には今後リュシュランの護衛を命じる。」
「はっ!承りました。」
ナイルズは騎士の礼をして国王夫妻を見送った。
王妃が名残惜しそうにリュシュランを見たが、シュラはそっぽを向いたままだ。
ぱたんと扉がしまり、リュシュランはナイルズとこの場に残された。
じゃらじゃらと鎖の音が室内に響く。
動く度になる鎖の音はリュシュランに現実を突きつける。
魔法でなければ自力でこれを取らねばならない。
だがずっと抜け出そうとしているがきつく縛られた手錠は外れる事はなかった。
魔法を使おうと試みる度に体に電気が走ったような痛みを生じた。
ここから抜け出すのは不可能に近かった。
だがシュラにとって大切な家族が心配で諦める事なんて出来はしない。
その様子をナイルズは悲しげに見つめていた。
リュシュランを逃がす事など出来ないのだ。
リュシュランは出された食事や水も一切手を付けなかった。
それが数日続き1週間にも上ろうとした頃、衰弱していくリュシュランに非情な決断を降す事になる。
やっと見付けた我が子をこのような形で失う訳にはいかなかった。
後継の居ない王に取れる手段は限られている。
「リュシュラン、まだ認めないのか。」
「………。」
沈黙を貫くシュラに王はとうとう痺れを切らした。
食事に手を付けなければいずれ死んでしまう。
そうならない内に手を打たねばならない。
「ルイといったか。」
ぴくりと王の言葉に反応するシュラ。
「お前にとって大切な仲間なのだろう?お前が認めなければ彼はどうなる。」
「なっ、ルイは関係ない。」
「お前の仲間を助けたいとは思わんのか?お前が認めれば彼の事もお前の自由に出来る。それに外にも仲間が居るのではないか?」
「卑怯な…。」
「お前が王族であること認め私の後を継ぐ意思があるのなら、彼らの事は不問にしてもよい。その上お前が今後彼らをどう扱うのかも選ばせてやる。どうだリュシュラン?これで少しは認める気になったか?」
「くっ…、なんで俺なんだ。なんで…っ。」
「リュシュラン!」
ふらりとリュシュランの体が傾いでベッドに倒れこむ。
弱りきったリュシュランの体を王は抱きしめる。
「なぜ、認めぬのだ。一言、ただ言うだけなのだぞ?お前はどうしてそこまで頑なに拒むのだ。」
王の呟きはリュシュランには届かない。
シュラは王の言葉を認めれば今までの自分を否定されるようで怖かったのだ。
一人の勘違いで振り回されて命を失いかけた。
そして何よりシュラを苦しめているのは大勢を巻き込んだ事だ。
村の者たちもリュシュランがその村に居なければ漆黒の使徒によって引き起こされた悲劇、大量の魔物に襲われることもなかった。
失われた命の重みがシュラを幾重にも縛り上げ心を縛った。
文字通り雁字搦めになっていたのだ。
そんな事など王には分からない。
ナイルズでさえ気付いて居ない。
漆黒の使徒と関わった事で知ってしまった事。
シュラはその重みを認めることが出来ないで居たのだ。
温かくどこか懐かしい母の手。
「ぅん…かぁ……さ…。」
まどろみの中に薄っすらとかつての母の姿が浮かぶ。
だが、その姿は真っ赤に染まって失った悲しみと共にそれは幻のように消えていく。
はっと気が付いたようにシュラは自分に触れている手を払い退けた。
「ぁ……。」
名残惜しそうに払われた手を押さえる女性。
淡い金の髪を持ち母と同じ様な青い瞳を持つ女がシュラの傍で座っていた。
その隣に立つ男を見た瞬間シュラの体は跳ねるように飛び退く。
だが、それは繋がれた鎖によって阻まれ、ガシャリと金属の音が部屋の中に響いた。
「お前は…。」
ギリッと音が鳴るくらいに歯を噛み締めて、睨み付けるシュラ。
鎖を引き千切ろうと引いたせいで鎖に繋がれた場所が赤くなっている。
「リュシュラン…。」
悲しげにシュラを見つめる女性はかつての名でシュラを呼ぶ。
「俺は、シュラだ。その名前は…。」
続けようとした言葉が出ずに眉を顰めるシュラ。
「真名を否定する事は我らにはできぬ。」
ずんと重みのある声がシュラに届く。
以前とは違って体が縛られるような事はない。
訝しげに顔を上げたシュラは国王の顔を見た。
その金の瞳の奥にシュラにとっては失って久しい感情を見て思わずたじろぐ。
「リュシュラン、まずは自己紹介からはじめようか。私はライアック王国の国王リュオン・ライアック・シェルザール。そして隣に座るのが我が妻エリーナだ。そしてお前はリュシュラン・ライアック・シェルザール。我が国の第五王子であり、行方不明になっていた私の息子だ。」
その言葉を聞いたシュラは笑うしかない。
だって黒髪で王子?有り得ないだろう。
一瞬漆黒の使徒の15年前に起こした赤子の件が頭を過ぎるがそれをねじ伏せて知らない振りをした。
認めてしまえば戻れない。
そんな気がしたからだ。
「何の冗談だ。俺は王子なんかじゃないし母親だって居たんだ。俺の親は貴方たちじゃない。」
「認めずともそれが事実だ。それから、お前に会いたいと言う者がおる。」
扉に立つ騎士に指示をしてその人物の入室を許可する。
その人物にシュラは見覚えがあった。
毒を受けて朦朧としていたが刈り上げた金の髪に青い瞳の男は一度会った事がある。
「お前はこの前の。」
「ナイルズと申しますリュシュラン殿下。」
その声にシュラは聞き覚えがあった。
赤子の頃の事だ。
共に旅をした男が確かナイルズと呼ばれていたのを思い出す。
「ナイルズ…?」
「申し訳ありませんでした。」
「はぁ?」
いきなり頭を下げられてもシュラには理解できない。
間抜けな声を上げて思わずナイルズの顔を見る。
そしてすぐに顔を逸らしてしまった。
聞きたくない。
いや、その男の言葉を聞いてしまっては戻れない。
そんな不安が込み上げて来る。
「かつて私は罪を犯しました。黒髪であると言うだけで王妃様を疑うような不敬を犯し、その上生まれたばかりの殿下を城から連れ出すと言う愚行を犯しました。その上殿下を預けた村も魔物によって壊滅し貴方の行方も分からなくなってしまった。殿下、この15年間ずっとお探ししておりました。罪を犯した私にどうぞ、罰をお与えください。」
頭を下げて懇願するナイルズに困惑するシュラ。
知っている。
それを認めたくはないが、ナイルズのやった事は自分が誰よりも知っているのだ。
「赤子の事を言われても分からない。謝罪されても俺には意味がない。」
シュラは辛うじてそう口にした。
生まれたばかりの事を持ち出されても今更のことだ。
それにシュラはナイルズを罰するなど考える気もない。
大切に扱われた記憶も確かにあるのだから。
「ですが…。」
「くどいな。俺には関係ないって言ってるだろ?俺は王子じゃない。だからさっさとここから出せ。」
シュラの視線は国王に向いた。
この場から逃げ出したかった。
ここに居ては自分が自分でなくなってしまう…そんな気がしたからだ。
それに国王の奇妙な力の事もある。
あれには抗えない。
それがシュラには本能的に分かっていた。
だから一刻も早くここから出たいと考えた。
それにルイの事もある。
「リュシュラン、お前をここから出す事は出来ない。私の血を継ぐ者はもうお前だけなのだ。お前はこの国の王となるのだ。それから逃げる事はできぬ。」
国王はシュラの頬に手を添える。
無骨ではあるがその手つきは優しくまるで幼子を相手にしているようだ。
そしてシュラの瞳をしっかりと見据える。
まるで魂の奥底を覗かれているような奇妙な感覚がシュラに走った。
慌ててその手から逃れようとするがなぜか体を縛られたように動かない。
「っ…俺に、何をした!」
鉛のように体が動かない。
以前と同じ状況にシュラは国王を睨み付ける。
「リュシュラン。お前が私の子である証だ。王族に付けられるのは魂の名だ。それを見破った者の言葉は絶対なのだ。名付け親なのだからな。だが、できればこの方法はあまり使いたくない。だから大人しく自分の事を認めなさい。」
優しく諭すように言う国王の言葉にシュラの瞳は揺れた。
だがそれを認めればもう逃げられない。
シュラは国王から視線を外した。
認めたくない。
それを言葉にする事はしない代わりに態度で示したのだ。
「残念だ。」
国王は悲しげに告げる。
そしてシュラから手を離すと力の篭った言葉でシュラを縛る。
「リュシュラン、魔法の使用とここから逃げ出すことを禁ずる。必要な物があれば言いなさい。お前が認めるまでここからは出られないと思いなさい。」
そして控えているナイルズに命じる。
「ナイルズ、今度こそリュシュランをしっかりと見て居ろ。お前には今後リュシュランの護衛を命じる。」
「はっ!承りました。」
ナイルズは騎士の礼をして国王夫妻を見送った。
王妃が名残惜しそうにリュシュランを見たが、シュラはそっぽを向いたままだ。
ぱたんと扉がしまり、リュシュランはナイルズとこの場に残された。
じゃらじゃらと鎖の音が室内に響く。
動く度になる鎖の音はリュシュランに現実を突きつける。
魔法でなければ自力でこれを取らねばならない。
だがずっと抜け出そうとしているがきつく縛られた手錠は外れる事はなかった。
魔法を使おうと試みる度に体に電気が走ったような痛みを生じた。
ここから抜け出すのは不可能に近かった。
だがシュラにとって大切な家族が心配で諦める事なんて出来はしない。
その様子をナイルズは悲しげに見つめていた。
リュシュランを逃がす事など出来ないのだ。
リュシュランは出された食事や水も一切手を付けなかった。
それが数日続き1週間にも上ろうとした頃、衰弱していくリュシュランに非情な決断を降す事になる。
やっと見付けた我が子をこのような形で失う訳にはいかなかった。
後継の居ない王に取れる手段は限られている。
「リュシュラン、まだ認めないのか。」
「………。」
沈黙を貫くシュラに王はとうとう痺れを切らした。
食事に手を付けなければいずれ死んでしまう。
そうならない内に手を打たねばならない。
「ルイといったか。」
ぴくりと王の言葉に反応するシュラ。
「お前にとって大切な仲間なのだろう?お前が認めなければ彼はどうなる。」
「なっ、ルイは関係ない。」
「お前の仲間を助けたいとは思わんのか?お前が認めれば彼の事もお前の自由に出来る。それに外にも仲間が居るのではないか?」
「卑怯な…。」
「お前が王族であること認め私の後を継ぐ意思があるのなら、彼らの事は不問にしてもよい。その上お前が今後彼らをどう扱うのかも選ばせてやる。どうだリュシュラン?これで少しは認める気になったか?」
「くっ…、なんで俺なんだ。なんで…っ。」
「リュシュラン!」
ふらりとリュシュランの体が傾いでベッドに倒れこむ。
弱りきったリュシュランの体を王は抱きしめる。
「なぜ、認めぬのだ。一言、ただ言うだけなのだぞ?お前はどうしてそこまで頑なに拒むのだ。」
王の呟きはリュシュランには届かない。
シュラは王の言葉を認めれば今までの自分を否定されるようで怖かったのだ。
一人の勘違いで振り回されて命を失いかけた。
そして何よりシュラを苦しめているのは大勢を巻き込んだ事だ。
村の者たちもリュシュランがその村に居なければ漆黒の使徒によって引き起こされた悲劇、大量の魔物に襲われることもなかった。
失われた命の重みがシュラを幾重にも縛り上げ心を縛った。
文字通り雁字搦めになっていたのだ。
そんな事など王には分からない。
ナイルズでさえ気付いて居ない。
漆黒の使徒と関わった事で知ってしまった事。
シュラはその重みを認めることが出来ないで居たのだ。
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