鈴蘭には毒がある-見た目に騙されてはいけません-

叶 望

お世話係はじめました

 リリーナが城に上がり数月が経った。
 リリーナはレオン王子の専属として侍女をしているのだが、どうしても納得の出来ない事がありその悩みをレオンの護衛であり友人でもあるジェイクにぶつけていた。


「聞いていますかジェイク様。」


「あ、あぁ。き…聞いているよリリーナ嬢。」


「ですからどうしてなんでしょう?」


「な、何が?」


「む。やっぱり聞いていなかったのではないですか!」


「う、わ…悪かったって。それで何の話だった?」


「ですから、殿下が着替えの際にですね。なぜか不機嫌になるのですよ。」


「ん?あぁ、その事ね。」


「何か知っておいでですか?私何か問題を起こしてしまったのではと毎回悩んでいるのですよ。」


「うん。それはその。そっとしておいて上げたら良いと思う。できれば気付いてやって欲しいけど…。」


「気付くって何にですか?」


「いや、それはその。俺から言う事じゃないよな。」


「ですから、何がですか?」


 リリーナに詰め寄られてジェイクは何かに気が付いたかのように逃げて行った。


 置いてけぼりのリリーナは何に気付けば良いのか分からない。
 それだけではなく、リリーナは侍女だというのに大した仕事を与えられていないのだ。
 せいぜいレオン殿下の着替えを手伝って身支度を整えるくらいで、他は立っているだけの事が多い。


 あまりに手持ち無沙汰なので他の侍女に仕事は無いかと聞いても毎回はぐらかされてレオン殿下の傍に居ることが仕事ですという訳の分からないことを告げられた。
 かつかつと廊下で人の気配を感じリリーナはすぐに廊下の端による。


 だが、その足音はリリーナの目の前で止まった。


「リリーナ、こんな所に居たのか。」


「レオン殿下、私を探していらっしゃったのですか?」


 慌ててリリーナはレオンに尋ねる。
 だが、レオンはリリーナの手を掴むとそのまま部屋へ引っ張って行った。
 なんだか怒っているかのような彼の態度にますます理解に苦しむリリーナ。


「あの、殿下…。」


「なんだ?」


「何か、怒っています?」


「……怒ってはいない。」


 不貞腐れたようなレオンの態度にリリーナは困惑気味だ。


 しかもずっと手を握ったままのレオンはリリーナの手を放す様子が無い。


「あ、あの殿下……手を。」


「あ、すまない。」


 弾かれたようにリリーナの手を離したレオンは少し頬が赤い。


「えっと、もしかして気分が優れないのですか?」


 リリーナはレオンの額に手を伸ばす。
 一瞬レオンはぴくりと反応するがリリーナにされるがままになっている。


「えっと、なんだか顔が赤いですね。お熱は無さそうなのですが……。」


 心配そうにレオンの顔を覗き込むリリーナにレオンは思わず視線を外した。
 真っ直ぐこれ以上見つめていたら何かしら行動を起こしてしまいそうだったからだ。
 首を傾げるリリーナは可愛くてレオンは抱きしめたい衝動を辛うじて抑えこんだ。


「えっと殿下私を探しておられたのは何か御用があったのですよね?」


「ん?あ、あぁ。今度パーティがあるのは知っているな?」


「はい。夜会が開かれると伺っております。」


「そこで、リリーナにも手伝って欲しいと正妃様から要請が来たようなんだ。」


「本当ですか?」


 今までまっとうな仕事を与えられなかったリリーナは喜んだ。
 だが、レオンはなんだか面白く無さそうな顔をしている。


「嫌なら断ってくるが。」


「とんでもございません!ぜひお手伝いさせてください。」


「分かった。」


 レオンはリリーナに断って欲しかったが本人がやりたいと言うのだから無碍にはできない。


 それに正妃がリリーナを直接指名して来たのが気がかりだった。
 レオンは側室の子だ。
 正妃の子が弟のカイルで兄弟の仲ははっきり言って良く無い。


 それに正妃からもレオンは疎まれている。
 レオンが優秀である故の理由なのだがレオンにそんな事が分かるはずも無い。
 カイルは事あるごとにレオンに突っかかってくるし、同じ年だと言ってもほんの少しレオンが先に生まれただけの事。


 きっとカイルにはレオンが兄だという事実など受け入れられてはいないのだろう。
 だからこそ、リリーナを正妃が夜会の手伝いに指名した理由が知りたかったが、そんな事を教えてくれる親切な正妃では決して無い。


 むしろレオンの気持ちを知っていてこの様なことを考えたのでは無いかと勘ぐってしまうほどだ。
 レオンはリリーナを侍女に向かえると決めた時の事を思い出していた。


――――…


 城で襲われた数日後、リリーナは実家へと帰って行った。


 そして国王である父に呼び出されたレオンはソファーで向き合って話をしていた。
 リリーナの実力に目を付けた国王はレオンの様子が気になっていたのだ。
 騎士団長に連れられてレオンはリリーナを連れ立って現れたが、レオンはリリーナをしばらく離さなかった。


 まるで大切な人を守る騎士のようなレオンの態度に国王は今までに無いほど衝撃を受けた。
 数あるパーティでも決して女性を受け入れようとしなかったレオンがリリーナに付き添っている。
 王族としての儀礼とばかりに付き合っているような態度ではない。


 勿論はた目には見えないが、身内から見ればそれはそうと分かるものだ。
 明らかに態度が違うと国王は感じていた。


 その理由を知りたかったのだ。


 そしてレオンを呼び出してその理由を問うと、驚きの事実が出てきた。
 領地から出て居ないはずのリリーナとの出会い。
 それはリリーナがある能力を使って居る可能性を示唆していた。


 転移能力。


 空間属性の魔法の一種だが、かなりの魔力を必要とする。
 確かにリリーナは魔力が多いがそれでも領地と王都を行き来するほどの魔力は無い。
 これがリリーナを国として手放せなくなった理由でもある。


 しかもリリーナという同名の冒険者が行っているエルダートレントの花や実の採取。
 最近コンスタントに手に入るようになって国でも総力を上げてその用途の幅を増やそうと研究させている所でもある。


 王都であったリリーナと冒険者のリリーナそして子爵令嬢としてのリリーナが繋がる。
 転移を自在に操りエルダートレントさえ懐かせるリリーナを国としても手放しにしておく訳にはいかない。


 レオンの気持ちを知った国王は一つの問題がある事に気が付いた。
 リリーナが子爵令嬢であったことだ。
 子爵では王族の妻として向かえるには身分が足りない。


 せいぜい愛人か側室にしかならないだろう。
 身分の問題とはいっても王位をレオンが継ぐと決まっているわけでは無い。
 継承権はレオンよりも弟のカイルの方が高い。


 レオンが継承権を放棄すれば離しは別だが、今の時点では決められない。
 レオンは優秀だ。
 当然、レオンを王位に望む貴族だって居るのだ。


 今は波風を立てないようにする時期だと国王は考えていた。
 もしもカイルがレオンを目の敵にしてさえいなければもっと自分の力を伸ばせただろうに。
 国王はそれが残念でならなかった。


 正妃がレオンを疎んじているのは知っていた。
 だからカイルがそういった思想に染まるのも仕方が無い。
 それがカイル自身の芽を摘む行為であったとしてもそれを咎めることなど意味が無いと国王は知っていた。


 国王自身が側室を正妃よりも愛したせいだ。
 レオンに責はない。
 今のままカイルが育てば王として立つには不足だ。


 国王が今の時点でレオンにできることは愛するものを傍に置いてやるだけだった。
 そんな裏があるなど知らないリリーナはレオンの侍女に宛がわれたが、かつて王都で出会った少年がレオンであるとは全く気が付いて居なかった。


 着替えの際にも首元を見ればかつてリリーナがレオンに渡したお守りが目に入るはずなのだが、侍女が主の顔をまじまじと眺めるわけにもいかないのでリリーナは上の方は見ないようにしていたのだ。


 結果としてお守りの存在など目に留まる事はなく過ごしている。
 それがレオンの不機嫌になる理由だとは知らない。


 何よりもレオンに想われているなどリリーナは全く気が付いていなかったのだった。



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