鈴蘭には毒がある-見た目に騙されてはいけません-

叶 望

はじめての薬草採取

 依頼書の前に立つリリーナはマーヤの勧めで薬草採取の依頼を受けようと考えていた。


「あれ?」


「どうしたのリリーナちゃん。」


 首を傾げたリリーナにマーヤさんは依頼書を見て納得した。
 明らかに上位の魔物と対峙する必要がある依頼だがランクを無制限にしている上に依頼料が途方もなく高額だったからだ。


 ちなみにお金の価値は鉄貨1枚が1円と同等の価値、大鉄貨1枚は10円、銅貨1枚は100円、大銅貨1枚が1,000円、銀貨1枚は10,000円、大銀貨1枚=100,000円で金貨1枚となると1,000,000円(100万)になる。


 大金貨1枚は10,000,000円(1千万)で白金貨1枚となると100,000,000円(1億)ただ通常の生活では大抵銀貨が1枚でもあれば十分なためそれ以上の硬貨を見る機会は少ない。


「マーヤさんこの依頼ってなんでこんな金額なんですか?」


「これはね、エルダートレントっていう魔物に咲く花の採取依頼なんだけど、エルダートレントを倒すのは難しいのよ。なんせ攻撃範囲が広すぎて碌に近寄る事もできないし依頼を受けるものが居ないからどんどん金額だけが上がってきているの。エルダートレントの花はかなり大きくて肉厚な花でね。万能薬とか呪いの解呪に使われる薬の材料になるから入手したいのは山々なんだけど採りに行ける人が居ないのよね。それで誰でも良いからってランク制限をなくしている状態なの。」


「花だけ採るのも難しそうですね。」


「そうなの。しかもエルダートレントの花はなぜか刃物を受け付けないの。だからそっと手で採るしかないのに近寄れないんじゃ採れないわよね。」


「金額も凄いですね。」


「そうなの。もうここ数年エルダートレントの花は流通していないから花1つで金貨1枚なんて馬鹿みたいな金額よね。ただエルダートレントの花自体が巨大だし肉厚な花の果肉から採れる水分もけっこうな料だから薬代もある程度は抑えられるとは思うんだけど。」


「えっと巨大ってどんな大きさなんですか?」


「そうね。リリーナちゃんが両手で一生懸命抱えてやっと持てるくらいの重さがあって大きさはリリーナちゃんの身長の半分くらいかしら。」


「でかすぎません?」


「だってエルダートレント自体が巨木なのよ。このギルド2階建てだけどそんな建物よりも何倍も大きいんだから。」


「ちょっと見てみたいですね。それ。」


「でもここからだと着くのに半年くらいかかる場所だからリリーナちゃんには難しいわね。」


 マーヤさんはそう言って笑っていた。
 リリーナは曖昧に微笑んだ後、薬草採取の依頼を受けてギルドを出た。


 薬草採取の依頼は10束で銅貨一枚。
 100円程度の値段だ。
 薬草採取は子供でもできるため小遣い稼ぎに冒険者に買い取ってもらう子供も居るそうだ。


 リリーナは人気のない場所に移動すると薬草が沢山生えている群生地に空間を繋げて移動した。
 10束のセットにした薬草を50束も集めるとマーヤさんが言っていたエルダートレントという魔物の事が気になってエルダートレントの居る山の上空に移動した。
 遠くから見るとエルダートレントは6つの大きな花を咲かせていた。


 あれだけ大きいのに花は6つしかないのかと観察をしている。
 巨大な幹には苔が生えており、下の方は石のように灰色になっている。
 豊かな枝葉を揺らしてエルダートレントは眠っているように見える。


 リリーナは出来心でエルダートレントの花の部分と空間を繋いで花を両手で優しく包むとぷつりと音がして簡単に取り外すことができた。
 すぐさま花を空間から取り出して繋がりを絶つ。


 すると何が起こったのか分からずに目を覚ましたエルダートレントはきょろきょろと辺りを伺うが、リリーナが居るのは遥か上空だ。


 見つかるわけがない。


 しばらくオロオロと枝をバタつかせていたエルダートレントは敵が居ないのが分かると再びうとうとと眠り始めた。
 リリーナは手に持った巨大な花をアイテムボックスに収納した。
 そして眠ったエルダートレントの別の花のところに再び空間を繋ぐとぷちりと音を立てて再び花を毟った。


 そしてすぐに空間を閉じる。


 エルダートレントは再び目を覚ますと暴れだしたが花を採った相手はまるで見つからない。リリーナはそれを繰り返して全部で5個の花の採取に成功した。


 だが、最後の花を摘もうかと思ったが、エルダートレントがあまりに悲しげにしょげてしまったので諦めて、魔法で作ったシャワーを変わりにかけてあげた。


 たっぷりの水をエルダートレントに振り掛けたリリーナはその場から迷宮都市ガラッドの街へと移動した。
 再び人気のない場所に出たリリーナは薬草の束を持って冒険者ギルドに戻ってきた。


「あら、リリーナちゃん早かったわね。」


「はい。ただいま戻りましたマーヤさん。これ、薬草採ってきたんですけど。」


「じゃあ買い取りカウンターの方に移動しましょうか。」


 そしてリリーナは50束の薬草をマーヤさんに手渡した。
 状態を確かめながらマーヤさんは薬草を一つ一つ丁寧に確認して行く。


「はい薬草50束全て確認できました。リリーナちゃん冒険者カードを出してくれる?」


「はい。」


 銀色のカードを手渡すとマーヤさんは魔道具に翳して何かを登録している。
 それが終わるとマーヤに冒険者カードを返して金属のトレーに銅貨を5枚置いてリリーナの方へ移動させた。


「薬草50束で銅貨5枚です。確認してね。」


「ありがとうマーヤさん。それと別のもあるんだけど良いですか?」


「あら、何を採ってきたのかしら。いいわよ。出して……ってえぇえええ!」


 ほいっと目の前に取り出された巨大な花にマーヤは素っ頓狂な声を上げた。
 思わず周囲の目線がそちらに向くがそれを見た冒険者たちは揃って口をあんぐりと開けて固まった。


 そして全員が目を点にして叫び声を上げる。


「エルダートレントの花だとぉおおおお!」


「ばかな、あそこまで行くのには半年は掛かるぞ。一体何が…。」


 唖然とするマーヤさんとその場に居た冒険者たちの叫び声で置くからマスターが出てきた。


「何事だ全く。……ってなんだそれは!」


 買い取りカウンターに置かれた巨大な花を見てガラッドのギルドマスターであるハラハドも思わず叫んだ。


「ほ、本物か?」


「はいマスター間違いなくエルダートレントの花です。」


「おい、リリーナ。お前まさかエルダートレントを倒したのか?」


 物凄い剣幕でリリーナの肩を揺さぶるハラハド。
 リリーナは頭をかくんかくんと揺らされてとてもじゃないがしゃべれない状態だ。


「マスターリリーナちゃんに何てことしているんですか。そんなに揺らしちゃ駄目ですよ。」


 慌ててマーヤがハラハドを止めたがリリーナは揺さぶられてちょっと気分が悪くなった。


「うっ……。えっとエルダートレントは倒して居ませんよ。」


 ギルドの椅子に座らされてお水を貰った後で落ち着いてからリリーナはやっとそれを口にした。


「はぁ?じゃどうやって花を採ったんだ?てかどうやってそこまで……。いやそれはいいか。」


 ぶつぶつとハラハドは口にしたが、リリーナにどうやって花を採ったのかと再び聞いてきた。


「えっと、エルダートレントが気持ちよさそうに寝てたから、ぷちっと花を採ってその場から離脱してを繰り返したんです。」


「なんだか色々と突っ込みたいところはあるが、繰り返しただと?」


「はい。ぷちっと花だけ採って全部で5つの花を入手できたんですけれど、最後の一つは止めておきました。」


「ほう。なんでだ?」


「とってもしょげてしまって可哀想だったから。やっと咲いた花を5つも採られて悲しそうでしたし。」


 それを聞いたハラハドは魔物相手にそんな感情などという気持ちが一瞬沸いたが、やっと生えた髪をぷちぷちと千切られた想像が不意に浮かんできてエルダートレントになんだか同情的な気持ちが沸いてきた。


 千年以上も生きると言われているエルダートレントはある意味おじいさんだ。
 せっかく生えた物を毟られたらと思うと可哀想な気もしてくる。


 ハラハドは自分の頭をそっと撫でた。



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