崩壊した物語~アークリアの聖なる乙女~

叶 望

ある日のヒロイン観察記録

 暖かな光が窓から教室を照らしている。
お昼時なので全員が食堂に移動しているのだ。
当然の事ながら学生たちはすでにこの場には残っていない。
 そんな中、複数の女の子に連れられてくる一人の学生。
英雄と呼ばれ男爵位を得たアシュレイ・ブレインフォードだった。


「こちらですわ!アシュレイ様。」


「あ、うん。そんなに急がなくても。」


「ですが、見そびれてしまいますわよ。見たいとおっしゃったのはアシュレイ様ではありませんか。」


「そ、そうだね。ありがとう……。」


 お昼の時間であるのにこんな場所に連れてきてもらった理由は、とある女生徒の異常行動を聞きつけての事。
 まぁ、見なくても大体は予想が出来ているのだが、念のために確認をとお願いした次第だった。
 ある物を設置しているので証拠は残るのだし、わざわざ見る必要はないけれどいちいち確認するのも面倒という理由もあるし、野次馬根性が働いたのもある。


「ほら、ご覧になって。彼女この時間になるといつもこうですの。」


 窓から下を覗いてみるときょろきょろと周囲を確認している例の彼女リアだった。
手に持っているのはどう見ても水桶で、学院に設置されている井戸の傍にある物だ。
 何度も言うが何をするのかは想像できてしまっている。
だが、想像するのと目で見るのは別物だ。
何となくアシュレイこと、リーフィアは奇妙な期待が沸き上がって来るのを感じた。


「見てくださいまし、自分で水を被っていますわ!」


 目の前では桶から水を被り、濡れ鼠のようになったヒロインの姿があった。
天気もいいのでそこまで冷たくもないだろう。


―――うわぁ、本当にやっているよ。ある意味凄いね!


「一体何をしたいのかしら。」


「きっと殿方の目を引きたいのでしょう。あれだけ侍らせておきながら一体何のつもりかしら。」


 アシュレイの周囲にいる女生徒たちから口々に出てくる言葉にリーフィアも苦笑してしまう。


「ほら、次はいつもの方々です。」


 放り投げた水桶の音を聞きつけたのか、リアの傍にいつもべったりとしている男たちがぞろぞろと顔を出す。
 その中にセインティア王国の第二王子ルーウィン・セインティア・ヴァズレーの姿もあった。もちろん、彼の側近達も同様に駆け付けていた。


「きっと水をかけられたとか何とか言っているに違いないですわ。」


「でも今日は殿下もいらっしゃるのね。珍しいわ。」


 彼らの目がこちらに向いて睨んでいる。どうやら我々が彼女に水をかけたのだと受け取ったのだろう。位置的に離れているし、あり得ないのだが。


―――入学式での優秀な王子様どこいったし。


「殿下も殿下ですわ。あんな井戸の傍にあるような水桶をどうして私達がいちいち水を汲んでこんな所から投げるとお考えになるのかしら。」


「まったくですわ。どう考えても使用人にやらせる事で私たちがわざわざやることではありませんもの。」


「だいたい、どうやったらあんな位置に投げつけられるとお考えになったのかしら。私達にそんな怪力が備わっているとでも思っておいでなのかしら。」


「いやですわ。そんな貴族女性いるはずないではありませんか。」


―――ごめん、多分できます。


 リーフィアは苦笑いを浮かべるしかなかった。


 どたどたと教室に入ってくる面々、面倒な事になったと溜息をつきたくなる。


「お前たち、なぜこんな事をした!」


 殿下に連れられていったリアはタオルで濡れた髪を拭いて貰っている。


「なぜとおっしゃられましても、何もしておりませんわ。」


 気丈にも一人の女生徒が答えた。彼女たちの目は冷え切っており、憤っている相手が王族であるのも忘れ反撃しそうだった。これは流石にまずい。


「殿下、彼女たちは何もしておりませんでしたよ。」


 アシュレイが女性たちの前に立ちにこやかに答えた。


「では誰がリアにこんな真似をしたというのだ。あの場にいたのはお前達くらいだ。」


「では私が彼女を害したとでもおっしゃるのですか?一緒にいましたし、何もしていないと彼女たちも言っているではありませんか。」


 アシュレイの言葉にリアはそろそろとこちらを見上げて目を瞬いた。銀の長い髪を結わえ青い瞳の貴公子がその場にいたからだ。


「で、殿下……ごめんなさい。私の…勘違いだったみたいです。」


「だが……。」


「私は、大丈夫ですから。」


 リアはルーウィンの袖を掴んで上目遣いにうるんだ瞳を向けている。まるでか弱い小動物のように庇護欲をそそる姿だ。そっとその腕に柔らかな胸を押し付けるのも忘れていない。弱々しく笑えばもはやこれ以上の言葉は紡げない。


「……リアがそういうのであれば。お前たち、次はないから覚悟しておけ。」


 第二王子はそう言うとこちらを睨み付けてからリアを連れ立っていった。リアは名残惜しそうにこちらを見ている。その目は悲しそうに伏せられているが、演技だと知っているので何も感じない。


―――まぁ、何か感じるものがあってもいやだけど。


 だが、次の瞬間再び目の合ったリアは気持ちの悪い気配を放っていた。周囲の男たちが一気に色気だった。


―――うわぁ、もやもやと気持ち悪っ!なんだあれ。もしかして魅了ってやつかな。


 リーフィアは思わず仰け反った。あれは見てはいけないモノだと本能的に感じる。


―――関わりたくないのも分かるなぁ……。うん、遠目に見るだけにして直接関わるのはやめよう。


 しかし、次の日リーフィアの決断は脆くも崩れ去ることになった。


「アシュレイ様とおっしゃるのですよね。英雄の。」


 やたらと目を輝かせてぞろぞろと男を侍らす女が目の前にいた。


「あ、そうだね。そんな風に呼ばれているらしいけど、ただの成り上がり男爵だよ。」


 引き気味に答えていたが、ぐいぐい来るのでうっとおしい。あと、もやもやとしたもの引っ込めてくれ。


「あの、ブレインフォード商会って王都でも有名ですよね。」


「えぇ、おかげさまで。」


「とっても素敵なスイーツを出しているんですよね。いいなぁ。」


「…………よろしければ、是非いらしてくださいね。」


「本当ですか!嬉しいです。ね、いいでしょう皆。」


―――え、マジで来るの?面倒だなぁ。


 結局来ちゃったよ!学院が休みの日に店頭に顔を出すと例の顔ぶれが並んでいた。


―――並ぶって言うより堂々と客を押しのけて来やがったし。


 思わず口が悪くなるのも仕方がないと思う。お客様第一のお店でこのような横暴が許されるか。だが、相手が相手なので町の人たちはそっと見なかったことにしているようで苦情は顔に出ているものの声に出す者は居なかった。


「い、いらっしゃいませ。」


「うわぁ、ソーダってこの世界にもあったんだぁ。」


「はは、リアは可笑しなことを言う。この世界って他には無いだろう。」


「あ、うれしくて思わず変な事口走ってしまいました。」


「あの!アシュレイ様、私このアイスが乗っているやつが欲しいです。」


 上目遣いにこちらを見上げて黄色の瞳を輝かせている。


「あ、はい。銅貨3枚です。」


 そう答えるとリアは絶望したような表情を浮かべた。まるで、え?金取るの?とでも言わんばかりだ。


 営業スマイルでにっこりと微笑むとすぐに方向転換したらしく王子様にねだっていた。勿論金を出していたのは彼の従者だったが。


 満足そうに堪能しているリアを見て王子や周囲の男たちの顔が緩んでいる。その顔を思わず殴りたくなったが、リーフィアは我慢した。


―――ここはお店、ここはお店。目の前のお客様は神様(悪魔)です。


 謎の呪文を心の中で唱えつつ平静を装う。


「あれ、何だろう不思議な感じ。怠かったのが吹き飛んだみたい。」


 リアの言葉に同じものを頼んでいた男たちは首を傾げた。だが、そんな些細な事は気にならないのかすぐに緩んだ顔になっていた。


「これってやっぱり回復アイテムだわ。きっとアシュレイは私の知らない攻略キャラよ。だって回復って言ったら後に出てくる魔族との対決に必要なはずだもの。」


 ボソッと口に出した言葉は誰にも気づかれることはなく、リアはにっこりと微笑んだ。


「疲れたー!もうヤダあの子。気持ち悪すぎるよ。」


 リーフィアにしては珍しくぐったりとソファーの背の方へだらりと圧し掛かったまま動かない。帰って早々にこれだった。


「そんなに酷かったのかい?」


 エドの前であるのにリーフィアが貴族らしさをかなぐり捨ててだらけているなど初めて見せる姿だ。優雅に紅茶を飲んでいるエドワードだが、この部屋はリーフィアことアシュレイの部屋である。


―――どうやって入ったのだろう。


 しかも部屋の当人より見るからに寛いでいる。リーフィアはにっこりとエドワードに微笑まれて一瞬ジト目になりかけたが、疲れ切っていた為に考えることを放棄した。


「酷いっていうか、気持ち悪いっていうか。何とも言い表しようのない嫌悪感が酷いのよ。まるで世界は私の為に回っているを地でいっている人みたいで怖い。」


 あれからもことごとく付き纏われて流石のリーフィアも疲れ果ててしまった。


 もはやストーカーさながらで、リアのあだ名がヒロインちゃんからストーカー女にランクアップ?しそうな勢いだ。


「なーんで付き纏ってくるようになったかなぁ。」




***






「もう!なんで攻略できないのよ。」


 リアの叫びが小さな部屋の中で響いた。勿論、その声は外へと駄々洩れになっているのだが気が付かない。


「他の攻略キャラも全然上手くいかないし!一体全体どうなっているの?」


 びりびりと教科書の中身を破りながらリアは苛々したまま収まらずこれでもかと言わんばかりにごみの山を築いている。


「そもそも、悪役令嬢なのにアーデルが何もやってくれないから中々イベントが進まないし!リーフィアなんて教室にも来ないしあり得ないじゃない。訳が分からないわ。」


 怒りのままに小さな護身用のナイフを取り出すと教科書の表紙にザクザクと切り傷を付けていく。


「何で私が自分でこんな事をやらなくちゃならないのよ。誰も彼も遠巻きにしているだけで直接いじめとかして来ないし。」


 乙女ゲームでされていたはずの数々の事はさっぱり起こらず、リアは自作自演をしなければならなくなっていた。
 そもそも、水をかけられ教科書を破られたりなどといういじめの初歩的な事でさえ貴族であれば自ら手を下すような事はしないなど思いもしない。


 貴族であればそのような手を使う必要はない。


 自ら行う虐めであれば社交の場でドレスにワインをかけるくらいがせいぜいだろうか。
 使用人にドレスを切り裂かせるなら分かるが、教科書のように犯人が特定されやすい学院の中でなど実行するものではないのだ。


 出来ることと言えば無視することくらいで、事実リアはすでに生徒の大半を敵に回している。


 貴族たちはそこまで馬鹿ではないし、それぞれ家を背負ってこの場に立っている事をリアは理解していなかった。


 いっそ、自らの家も崖っぷちに追い詰められての犯行であれば分からなくもないのだが。


 アーデルでさえ、いじめられている内容がリアの自作自演であるなど思ってもいないだろう。彼女もまた前世の記憶に縛られる一人だ。


「あぁ、ルーウィン様は簡単だったのに他のみんなは何で……。おまけにシリウス様も居ないし。」


 ぐちゃぐちゃに切り刻まれた無残な共感所の残骸を鞄に詰め直すとリアはそれを適当に放り投げた。


 ボスンとベッドに転がると俯きになり顔だけ上にひょいと上げた。
その姿は若干芋虫のように見えなくもないが、この場には攻略対象も誰も見ていないので気にならないのだろう。


「やっぱりあのアーデルって悪役令嬢はきっと転生者なんだわ。だから私に何もして来ないのかも。でも、それだと困るのよ私の幸せの為に。」


 次の日、誰も見ていない早朝に自分の机の上に昨日準備していた教科書の残骸をばら撒いた。
その様子は全て設置されている魔道具に記録されているのだが、そんな存在を知らないリアは気が付かない。
 それはアシュレイが学院長の手伝いだと称して設置していた物だ。
その存在を知るのは国王陛下とアシュレイにクラウス様、そしてエドワード殿下や王の影くらいだろう。


 そして、誰かが通りかかるのを待って涙を見せれば簡単だ。
後は勝手に噂として尾ひれを付けて広まってくれるだろう。
 リアは自分の周りに自作自演だと見抜いていてそれに乗ってくれる男たちが居るのを知っているのだ。


「結局アシュレイは攻略できなかったけど、まぁいいわ。そろそろ仕上げをしなくっちゃ。階段から落とされるをクリアすれば後は婚約破棄一直線なんだから。」


 にんまりと笑うリアの姿を遠目に見ていたリーフィアことアシュレイはやれやれと首を振った。
放課後今度は何をするのかと思っていたら案の定、面白い事を始めていた。
階段を5段ほど飛んで降りた後、じんじん痺れたらしく硬直している。


 そして硬直から立ち直った後で思いっきり叫んでいた。明らかに階段から落とされた振りをしているのだが、落ちた音と叫び声の順番がおかしい。


 駆け付けてきた第二王子とゆかいな仲間たちが甲斐甲斐しく彼女を運んでいった。


―――もはや滑稽すぎてやらせかって程だよ。


 その後しばらくして学院中にアーデル様が嫉妬にかられリア・オーストン嬢を階段から突き落としたという噂が広まっていった。


―――ここまできても彼女は何もしないのか。アーデル様、自分で自分の首を絞めているって分かっているのかな。


 あまりにも茶番過ぎてリーフィアは呆れる他にないのだが、当事者たちもきっとあの気持ち悪い魔力に当てられている気の毒な犠牲者たちだと思い直す。
だけど、彼ら自身にそういった気持ちが全くなければあのような事にはなっていないはずであり、やっぱり全員有罪だよねと遠い目をしてその場を立ち去って行った。



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