崩壊した物語~アークリアの聖なる乙女~

叶 望

暴かれた秘密

 アシュレイから魔力操作を習った僕は、人の持つ魔力の大きさや質は見ればどのくらいの魔力量を持っているのか大分と分かるようになっている。
 だが、あれは間違いなくアシュレイと同一人物だ。
 だとするとどういう事なのかと考えた瞬間脳裏に浮かんできたあの時の少女。
 なぜか涙を流して僕の命を助けてくれた彼女を思い出す。
 銀の髪に青い瞳。アシュレイと同じ色を纏ったあの少女がリーフィアであるならと考えた瞬間に繋がっていく真実の欠片。
 そして、同時に気付いてしまう。
 リーフィアは魔力が少ないとメザリント様に大勢の前で広められた。
 出会った時から魔力の扱いに慣れていたアシュレイ。
 もしリーフィアが魔力を測った時に魔力を使っており、魔力量が少ない状態であったなら…。
 僕の婚約者になった時点で大人びていた彼女の事だ。それを利用しようと考えたに違いない。
 メザリント様によって悪意のある噂を流され疎まれていた僕の為に。
 そう思うとカッと目の前が熱くなる。
 気がつくと試験を終えたリーフィアがタオルで汗を拭っているところだった。
 無事に試験を終えて合格したようだ。
 真実を確かめたい思いに駆られて、以前に魔物の氾濫が起こった時貰った飴をポケットの中から取り出す。
 念のためにと普段から持ち歩いていたあの時の飴。
 これは飲んだらすぐに効果が現れる事は体験済みだ。
 そっと口に含んで溶け出す前にリーフィアの手をぐっと掴んで引き寄せた。驚くリーフィアの口を自らの口で塞ぐ。
 ぎょっと目を見開いたままのリーフィアの口に溶け出した飴を流し込んだ。


「んっ……う…!!」


 急に回復する魔力を見て、やはりと確信に至る。ずっと会いたかった彼女。
 真実を今まで黙っていた私の婚約者であるリーフィアが1つに重なる。
 はじめてのキスどころかいきなりの深い大人のキスに真っ赤に染まっている。
 呆然としつつもぐっと体を起こして座ろうとしたリーフィアだったが、そのままふらりと傾ぎ倒れそうになる。
 腕でしっかりと抱きとめた僕に上気した頬に潤んだ瞳を向けて何か言いたげにしていたが、そんな姿を見せられて冷静で居られるわけもない。
 ぐっと腕に力を込めて抱き寄せリーフィアをそのまま腕で包み込んだ。


「どうして…黙っていたんだ?僕が探していたのは知っていただろう。」


「え、ど。」


 その言葉に少し困ったような表情を見せるリーフィア。


「フィア、君がそうだったんだね。やっと、やっと捕まえたよ。」


 ぎゅっと抱きしめる体に力が篭る。
 熱い思いが体を占めて目の前のリーフィアを再び押し倒したい衝動に駆られる。
 だが、ここでは駄目だと理性を総動員して耐えた。


「そこまでです。殿下。」


 ふいに声がかかる。振り向くとクラウスがこちらに歩み寄ってくるところだった。


「なぜ、ここに?」


 怪訝に答えるエドワード。リーフィアが驚いてクラウスを見る。
 そして、先ほどの光景を見られていたと気付いて赤く染まった顔が耳まで真っ赤に染まった。


「こうなるだろうと思っていました。エドワード殿下、国王陛下の許可がでました。リーフィアの事は私から説明いたしましょう。」


「…分かった。」


 クラウスに付いて行こうとした僕とリーフィアだったが、あっと声がして動けないままのリーフィア。
 それを見た僕はやりすぎたと少し反省する。
 ふわりとリーフィアを抱き上げると降ろして欲しいと懇願するリーフィアを無視してクラウスに付いていく。
 聞き入れられないと理解したリーフィアはぎゅっと恥ずかしそうに僕にしがみついてくる。
 そんな愛らしいリーフィアの額に再びそっと口付けを落とした。


――――…


 あの後、私の事情を説明したクラウス様は話しが終わったと同時にエドワードが私に飲ませたモノについて言及してきた。
 エドワードもその中身については知らなかったので興味深そうに私に聞いてくる。
 当然だ。私が渡した物なのだから。
 だが、あの飴についてはあまり言いたくない。
 残念な事にだんまりし続ける事もできずに白状させられた私は真っ赤になりながらしぶしぶ答えていく。


「あれは…私の、ま……。」


「ま?」


「魔力を…練って作った飴です。」


「え、魔力って…」


 フィアの魔力を食べたって事だよねとエドワードは小さく呟く。
 その意味を理解するまでぽかんと呆けた後、じわじわと徐々に赤くなる頬。
 結婚時に互いに自分の魔力で染め上げた魔石を交換するという習慣があるが、直接魔力を互いにやり取りするのは初夜の行為に連なるものだ。
 夫婦間もしくは命に関わる事でもなければ家族でさえそれをすることはない。
 ましてや飴の状態で渡すなんて常識から外れすぎている。


「フィア、僕以外にあれをあげたりなんて…。」


「エド以外にあげたりなんてしていません。」


 真っ赤になって抗議するリーフィア。それを聞いてひとまず安心する。
 それと同時にあの甘い飴がもう手元にないことを残念に感じた。


「それでは量産等はできないな。魔力がすぐに回復するとは便利なものだと陛下に報告しようと思っていたのだが。」


 残念そうにクラウス様が目を伏せた。


「便利でも基本的に本人しか使えませんし問題がない訳ではありません。」


「問題とは何だ?特に不都合があるように見えなかったが。」


「一つは保存方法。単に魔力を練っただけではすぐにバラけて霧散してしまうのでブレインフォードで作っている砂糖を使った飴でコーティングする必要があります。普通の砂糖では上手くいきません。もう一つは魔力を練る際に無心で行わなければならない事です。雑念や悪意、好意であっても与えた者にどのような影響が出るのか分からないので。」


「なるほど。早々広める訳にはいかないのだな。」


「ええ。」


「ともかく陛下に報告する際に実物が欲しい。1つ出しなさい。」


「あの…どうしてもですか?」


「当然だ。」


 ピシャリと言い切られて、おずおずと亜空間収納から魔力の飴を入れた瓶を取り出す。
 瓶一杯に詰まったそれを見て呆れるクラウス様。
 中から取り出そうとした瞬間に横から瓶をひょいと取り上げられた。


「わ、ちょっとエド。返して!」


「駄目。」


 瓶から1粒の飴を取り出しクラウスに渡す。そしてリーフィアに向き合う。


「フィアから渡すのは許さない。それにフィアの魔力を貰うのは僕だけだ。食べて良いのも僕だけ。残りは僕が預かるよ。良いね?」


 勢いに押されてこくりと頷いた私の頬をそっと撫でるエドワード。
 熱を孕んだ青い瞳が私を捉えて離さない。その指先がゆっくりと唇に到達する。


「フィアは誰にも渡さない。僕だけを見ていて。」


 今にもキスをされそうな距離。互いの息がかかるほどにエドワードが近づいて彼の柔らかな唇が触れそうになる。
 ごほんとクラウス様の咳払いが聞こえ、チッとエドワードが舌打ちしてクラウス様を睨んでいる。
 あれ、エドってこんな性格だったっけ?
 何だか独占欲がすごく強い気がする。
 何て言うか、初恋を拗らせて病んでしまったような…。
 いままで見たことのないエドワードの姿。
 これって狼さんが目覚めちゃった感じでしょうか。


「後、リーフィアにアシュレイとしての仕事がある。学園長にも協力を要請している。やってくれるか?」


 内容を聞いて、とうとうここまで来たかと満足する。
 私はクラウス様からの仕事を喜んで引き受けたのだった。


――――…


 学院は文官コースと武官コースに分かれており、共通の科目に加えコースに沿った科目を取得する。
 アシュレイはどっちでも有りな気はしているので迷ってしまい困っていた。
 そもそも私本人はとっとと卒業資格を得ているので余計にそう思うのかもしれない。
 悩んだあげく、学院長に相談した所、気になるのであれば全部取れば良いのではないかと言われてそれもそうかと考えた。
 結局、科目を受けられるだけ受けることにしたのだが、それを聞いたシオンがお前頑張りすぎだろうと呆れ、レオンハルトは私も昔似たような事をやりましたねとポツリと呟く。
 選択出来る科目に薬師に必要な調合や魔道具作りの授業、女性向けの刺繍なんかもある。
 標準を学ぶには丁度良いのではというレオンハルトの言葉に若干凹みつつも自分でやると決めた事なのでやり遂げる所存だ。
 授業の教室へ向かうとキャーと女性陣から黄色い声が上がりアシュレイの名前があちこちから挙がってくる。
 帝国の英雄、氷の貴公子の異名も何故か知れ渡っており、アシュレイが微笑みを浮かべると卒倒する令嬢さえいる始末だ。
 何というかアイドル的な感じだろうか。
 当然、双子の兄弟設定のシオンもそれに巻き込まれて女性にでれでれしている所を侍女のミゼットに見られて冷たい視線を送られ撃沈している事も多々ある。
 休み時間には学院長の手伝いで調度品の取り替えや修理等も行っている。
 これには最初の頃はアシュレイの事を快く思っていない者たちの嘲笑にあったりもしたが、根気よく続けているので今では当たり前の風景と化している。
 また、ブレインフォード商会の新商品を宣伝するのに学院は都合が良い。
 ご令嬢方に試食して貰ったりして改良したものもあるくらいだ。
 そうこうしているうちに、知り合いの令嬢がどんどん増えていっているが、たまに噂や社交界の情報で有用なものも会話で得ることがあって、女性の情報網は凄いなと感心する事が多い。
 その情報網はブレインフォード商会の名を広めるに当たっても大活躍だ。
 なんせ、社交を行う女性の心を掴む事が出来ればすぐに噂は広まっていく。
 良い意味でも悪い意味でも女性もつ力は武力とは違って末恐ろしいものだ。
 ブレインフォード商会といえば、レオナードが遂にいい人を見つけたらしい。
 といってもその良い人とは我がミリーナ姉様の事。
 月々の報告にレオナードがレインフォードの屋敷を訪れた際に偶然知り合う事になり、交流が続いて恋人になったという流れらしいのだが、どうにもミリーナ姉様はワイルド系のレオナードに一目ぼれだったそうだ。
 年も離れているのでレオナードは最初かなり遠慮していたようだが、ぐいぐいと責めるミリーナ姉様に遂に落とされたという事だ。
 レオナードとミリーナ姉様は私の卒業後、レオナードがブレインフォードの爵位を継いでから婚約して3月後に結婚を予定している。
 レオナードが本当に兄となるとは夢にも思わなかったが、私にとってもミリーナ姉様にとっても幸せな事だ。
 ミリーナ姉様はヴァネッサ様のお陰で結婚は絶望的だと思われていた。
 領地を継ぐカイン兄様と違って罪を犯した身内であるミリーナ姉様を娶ろうという奇特な貴族が居なかったのだから。
 そして、エルン兄様にも縁談が来ていた。当然断るなどできはしない。
 帝国の第二皇女であるシリウスのお姉様だ。
 どうやら帝国はシリウスとの友情だけでは不安だったのだろう。
 家族の繋がりを持ちたかったらしく、その縁談を進める為に我が国の第一王子であるアルバート・セインティア・アークスと帝国の第一皇女との婚約も無事に成立させている。
 当然政略結婚と言うことになるのだが、私が転移で迎えに行ったり送ったりとすることで、アルバート王子殿下とエルン兄様もお互いの婚約者と随分と仲良くなって円満に纏まりそうだ。


――――…


 学院生活が始まり、寮暮らしも慣れて来た頃にある噂を聞き付けたエドワード殿下の護衛でもあり、この学院の生徒でもあるルイス・ガードナーは怒りに満ちた表情を隠しもせず、震える拳を握りしめて足早にある場所へと向かっていた。
 赤い髪は若干乱れており、それを直す余裕のないまま、同僚でなおかつ同じ学院生のアシュレイ・ブレインフォードを訪ねようとしていた。
 アシュレイの部屋のドアを力任せに押し開ける。
 するりと身を滑らすように室内へ勢いよく入り込む。
 バタンと大きな音をたてて戸が閉まった。
 その音に窓辺に座り本を読んでいた手を止めて怪訝な表情で振り向いたのはこの部屋の主であるアシュレイ・ブレインフォードだ。
 銀の髪は一つに括られてすっきりと纏められている。
 青い瞳がルイスの姿を捉えると僅かに見開いた。


「あれ、ルイスどうしたんです?」


 きょとんと首を傾げて訪ねるアシュレイにガンと拳を後ろのドアに叩きつける。


「どうした、だと?」


「あれ、僕ルイスを何か怒らせる事したっけ?」


 人差し指を頬に当ててむーんと悩むアシュレイ。
 ルイスがそんなアシュレイにふるふると怒りを露にする。


「聞いたぞ、アシュレイ。お前、最近とっかえひっかえ女性を口説いて回っているそうだな。」


「は?何それ。」


「知らないとか言わせないぞ!お前、学院で何て呼ばれているか知っているか?渡りの君だぞ。お前がやっている行為は同じ殿下の護衛をしている俺だけじゃなく、護衛騎士全体が軽んじられるんだぞ。」


「えっと、何でそんな事になっているのかな。」


「お前が誰彼構わず声をかけまくっているせいだろ!お前、いい加減にしろよ。」


 ずかずかとアシュレイの元へ歩みより、その胸ぐらを掴み怒鳴りこむ。


「声をかけまくっているって…女性には優しく接しているだけだし、話し相手になって差し上げただけだよ?」


「そういうのが勘違いさせている原因だろうが。おまけにお菓子を振る舞ったりして…一体何を考えているんだ?それに使用人の真似事までやっているらしいじゃないか。それで余計に健気に見えて女性を惹き付けているんだぞ!」


 ルイスの言葉に手で額を押さえて、あぁ、あれねとアシュレイが呟く。
 改めて人に言われて気が付いたアシュレイの表情に、これまでの事が無意識に行われていたらしいとルイスは大きくため息をついた。


「この女たらしが。」


「うぐ、酷いじゃないかルイス。僕、そんな意図はないのに。」


「あんまりアシュレイを責めるなルイス。」


「カイル、何でお前がここに?」


 いつの間にかドアを開いて室内へ入り込み、壁にもたれ掛かったカイルがやれやれと大げさな手振りで体を起こした。


「ルイスが凄い剣幕で寮に向かって行ったと聞いたからな。どうせお前の事だ、理由も聞かずに怒鳴り付けるに違いないと思って来てみたら案の定だ。」


「ならばカイルは知っているとでも言うのか、アシュレイがやっている奇行の訳を。」


「知っている訳ではないが、エドワード殿下も特に何も言っていないのだろう?それに師匠が楽しそうに何か作っていたからな。しかも俺には何を作っているのか教えて貰えなかったから内密なんだろうぜ。アシュレイだけは出入りを許されていたし何かしらの依頼を受けているんじゃないかと推測くらいはできるさ。」


「な!そうなのか?」


 その言葉に曖昧な笑みを浮かべるアシュレイ。
 あまり触れられると困る内容なので話の方向を逸らす事にした。


「それよりさ、ルイス。メリンダ嬢と喧嘩したんだって?」


「な、何でそんな事を知っているんだ!」


「手紙で。」


「は?まさかお前メリンダまで…。」


「そういうんじゃないけど、ほら誘拐されかけた事件があっただろ?こっちに戻ってから心配で手紙を出したんだけど、そこから文通みたいになってさ。その手紙で結構ルイスの事で相談を受けていたんだ。」


「な、相談ってのは?」


「不安みたいだよ?ルイスが構ってくれないって。殿下の護衛は大切だし、騎士としての訓練も大事だけど婚約者ほっぽっていたら駄目だろ。」


「そんな素振りしてなかったぞメリンダは。つんけんして、俺なんか眼中にないみたいな態度でさ。」


 ムッとその時の様子をルイスが思い出したように剥れる。


「そりゃルイスに心配かけまいと無理したんだろうよ。嫌われたくないなら余計にね。」


「それなら、そう言えば良いのに…。」


 ほんのりルイスの頬が色付く。どうやら勘違いをしていたらしい。


「言えないのが乙女心なのさ。」


「俺、メリンダに謝って来るよ!」


「あぁ、優しくしてやれよ。」


 くるっと踵を返して部屋から出ていくルイス。その足取りは軽やかで浮き足立っている。
 ルイスを見送ったアシュレイとカイルは互いに見合せルイスの変わり身の早さに思わず噴出したのだった。



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