崩壊した物語~アークリアの聖なる乙女~

叶 望

悪意のお茶会

 リーフィアは久々の実家で珍しく父に呼ばれて執務室に出向いていた。
 久々の実家と言ってもあの魔法講義以来は以前と変わらない日々を過ごしていた。
 教会への奉仕以外の日はブレインフォード商会に行ったり冒険者活動をしつつオークションに出す品の素材を集めたり、ダンジョンの探索に加えてエドワード殿下の護衛と冒険者指南も行っている。
 リーフィアとしての活動は必要最低限のパーティーとエドワード殿下の婚約者としてのパートナーを勤める以外にあるとすれば、淑女教育くらいなものだった。
 アシュレイとしての活動の方が圧倒的に多くなっている今、一体どちらが本当の自分なのかと笑いが込み上げて来るほどおかしな状況だ。
 そんな私には懇意にしている令嬢の友などいるはずもない。
 敢えて友人として挙げるなら以前誘拐事件に巻き込まれ、エドワード殿下を通して第一王子を支援すると約束してくれたロンダート子爵の娘のジェシカ様くらい。
 その彼女は私より5歳年上でカイン兄様と同い年なのも手伝ってか最近いい雰囲気になって来ているという侍女達が噂していたが、もしかするとそのうち家族枠に入って来るかもしれないと密かに期待している。
 まぁ、何が言いたいのかというと、私個人宛にお茶会のお誘い等は親戚以外に有り得ないということだ。
 あるとすれば、それは何かしらの嫌がらせである可能性が非常に高い訳で。
 魔力が少なくエドワード殿下の婚約者である私が好ましく思われる事などないことは分かっている。
 別にボッチなのが寂しいなんて思っている訳ではない。ないったらない。
 届いた招待状はアマンダ・ラクリー子爵令嬢からだったが、当然面識はない。
 その上この名はここ最近のとある事件に共通しているものでもあった。
 その事件とは貴族の子女があるお茶会に参加した後こぞって行方をくらましていると言うもの。
 犯人からの連絡もないためお金が目的の誘拐ではなく、誘拐そのものが目的である可能性が高い。
 その上、わが国のどこを探しても見つからないとなると、厄介な事になってくる。
 下手をすれば国際問題に発展しかねないだけでなく誘拐していると言う証拠もない。
 ただ共通しているのはラクリー子爵家が開催したお茶会に参加したと言う事実だけ。
 そして、かの家にもその証拠となるものは残っていなかった。
 とはいえ、明らかに怪しいラクリー子爵をそのままにして置くわけにもいかない。
 そろそろ何かしらの手を打ちたい所ではあるが手詰まりの状態で捜査も止まっているのだった。


「父上、この招待状の事は…。」


「アーデンバーグ家のクラウス様からも正式に依頼が来ている。フィアを危険にさらすのは心苦しいが、どうやら国も手詰まりの状況でな。手伝ってくれるかい?」


「分かりました。父上、正式と言うことはリーフィアとしての参加ですか?」


「いや、リーフィアの振りをしたアシュレイを送り込んで欲しいということだ。」


「あ、なるほど。では、そのように準備いたしますね。」


「詳しくはクラウス様に伺っておくといい。」


「了解いたしました。では、リーフィアが実は家にいましたという工作は父上にお願いいたします。」


「任せて置け。気をつけるんだぞ。」


「はい。父上。」


――――…


 クラウス様から詳細を確認して手順を考える。
 リックやミゼットには念のために解毒薬と魔道具の水筒に解毒薬入りのお茶を入れて持たせておく。
 屋敷に入ったら出されたものを口にしないように注意しておいた。
 何が起こるか分からないため警戒を怠らないように指示して、ついでに他の者たちの動きもよく観察するように伝えておく。
 当日は国王陛下との会議という名目でクラウス様だけでなく騎士団長のマークス様も王宮で待機してくれているらしい。
 また、大勢で捜索に当たると動きがばれてしまう可能性もあるため、何かあれば少数で動く予定だ。
 そして、他国の介入の可能性もあるため動く際は町や村に立ち寄る事はできない。
 野営の準備なども済ませた状態を作っていた。
 馬車で西方にあるラクリー子爵家へ移動する。
 薄い茶色の長い髪の上から同色のウィッグを被り、違和感がないように注意して紙の量などのバランスを魔法で整える。
 取られても困らないようなものしかポシェットの中には入れないようにしてシンプルな明るい黄色のドレスに身を包んでいる。
 これは動きやすさを重視してあるため、外と中の生地には互い違いになるように切れ込みを入れてある。
 装飾品にはどれも位置を把握するため自分の魔力を登録してある。準備は完璧だ。
 ラクリー子爵家に着いた私達はすぐに別々の部屋に通される事になった。
 この時点で使用人が付いていけない状況に疑問が浮かんだのだが、元々潜入捜査が目的であった為、特に気にせずに案内人に付いていく。
 部屋に入った瞬間後ろに付いていたラクリー家の使用人が私の口元に布を宛がう。


「あっ…。」


 小さく声を上げた私だが、急速に遠のく意識とぐらりと傾ぐ自分の体を意識した時点でクラウス様に連絡をと通信する。


「わ…な……。」


「フィア?どうした。おい!リーフィア!!」


 遠くでクラウス様の焦った声が聞こえたような気がしたが、暗転する視界に遮られ私は意識を手放した。


――――…


 時を遡る事お茶会を開催すると言う招待状を送る前、ファイド・ラクリー子爵はメザリント様に呼ばれて王宮に出向いていた。
 メザリント様のお部屋へ通されたファイド子爵はすでに国が自分を怪しんでいる事くらい理解していた。
 それ故に今この時期に呼び出されるという状況が罠である可能性もある為、震えながら彼女の前に跪いた。


「ねぇ、聞いたわよラクリー子爵?随分と焦っているみたいじゃない。」


「そ、それは…。」


「でも私は寛大だから許してあげるわぁ。」


 ねっとりとした笑みを浮かべてメザリントは足を組みなおす。
 妖艶な雰囲気があたりに充満してその場に居るだけでも中てられてしまいそうだ。


「あ、ありがとうございます。それで、この度のご用件は…。」


「リーフィア・レインフォードとサクリナ・ハーベスは知っているでしょう?」


「えぇ、お名前くらいなら存じております。リーフィア嬢はエドワード殿下の婚約者で、サクリナ嬢は王宮魔法師長の弟子の婚約者だと聞き及んでおります。」


「私の邪魔を何度もしているリーフィアと最近こそこそと私に知られないように何かを作っているらしい王宮魔法師共にお灸を据えて欲しいのよ。」


「…しかし、二人共ですか?サクリナ嬢はともかく、リーフィア嬢は高位貴族の端くれですが。」


「あらあら、私は最後の警告としてお灸を据えてと言っているだけよねぇ?」


「かしこまりました。では、例の計画通りでよろしいですな?」


「あら、計画なんて知らないけど上手くいく事を祈っていてあげるわぁ。」


 話は終わったとばかりに扇を打ち鳴らすメザリント。退出の合図だ。
 あの言葉でラクリー子爵はこの件で最後であると受け取った。
 帝国に亡命する計画も同時に実行するのだ。その為に必要な手はずを整える。
 ラクリー子爵は最後であるという理由もあり、必要なものを集めるのに少々時間を要していた。お茶会を開催して誘拐を行っている以外にも価値のある家財などを少しずつ帝国に移動している。
 人は欲深いものだ。今まで蓄えてきたものを奪われるなどあってはならない。
 その何度も行われる運搬が奇妙に見えて国に自分が犯人であると名言しているなど微塵も気付いていなかったのだった。


――――…


 遠くで声が聞こえる。何度も自分を呼ぶ声が次第に大きくなっていくにつれてリーフィアは意識を少しずつ覚醒させていった。
 クラウス様が念話で何度も呼びかけをしてくれているらしい。
 ぱちりと覚めた視界は真っ暗で布が目を覆っているのを感じる。
 手は後ろ手に縄で縛られている。令嬢と油断しての事かそこまできつくは縛られていないようだが、普通の令嬢であればこれで十分であろう事は理解できた。
 体は横たえられており、がたがたと揺れる振動からここが馬車の内にあるようだと見当を付けた。身じろぎする事もなくリーフィアは状況把握を勤める事に集中する。
 馬車は町道を走っているようだが、スパイ・テントウ君の情報では随分奇妙なルートを辿っているようだ。
 馬車の荷台には私の他にも令嬢が3人眠ったまま動かない。そして、荷馬車の手綱を握る柄の悪い細身の男と、周囲を警戒して馬を進める2人。
 一人は大柄で盗賊のような出で立ちをしている。もう一人は体格が小さくこれまた盗賊のような格好をしている。
 そして、手綱を握る男の側に腰掛けている少女はこの先の手順を確認しながら話をしている。どうやらこの少女が共犯のようだ。
 金の髪は癖が強く巻き髪になっている。茶色の瞳は一見あどけないようにも見えるが、その目は少し濁っている。
 恐らく、今回が初めてではないであろう少女は既にそちら側に染まってしまっているようだった。


「では、アマンダのお嬢はいつも通りの手順でご令嬢方が目を覚まされたら被害者を装って心を解しつつ、時折恐怖を煽る言葉を上手く刷り込んでいってくださいや。ま、目隠しされて周りが見えないご令嬢方はちょっと言うだけでも簡単でしょうがねぇ。」


「えぇ。分かっているわ。初めてではないもの大丈夫よ。」


「ですが、よかったのですかい?予定外の人物も攫ってしまうことになりやしたが?」


「仕方がないわ。だって、サクリナ様だけを呼んだはずなのに友人方が付いてくるなんて思わないじゃない。しかもハイランド家のアーデル様にシェイズ伯爵家のメリンダ様。私の家柄でお断りなんてできないもの。」


「ま、攫ってしまったものはしょうがないですがね。ま、お父上のラクリー子爵が上手くやってくれるでしょうぜ。」


「えぇ。自慢のお父様だもの。大丈夫に決まっているわ!それに小さいときにお母様が亡くなってから一生懸命私を育ててくれたもの。恩返しが出来るのが私うれしいのよ。」


「そりゃお父様もご満足でしょうや。ま、俺らには関係ない事ですがね。」


「帝国に入る国境の近くでお父様と合流できるでしょう?今回の道はどのくらいで着くのかしら?」


「今回はそれほど時間をかけるつもりはありやせんぜ。なんせ最後って言っていましたからね。ただ、それなりに回り道はしますんで、明日の夕刻前くらいには着くんじゃないかと思いますぜ。」


「そう、じゃあ後は任せるわ。私はそろそろ中に戻るから。」


 アマンダ様が馬車の中に戻ってきた。私は身じろぎをしないようにじっと鳴りを潜めて眠ったままの振りをする。
 そして、国境付近の情報を集めてラクリー子爵を探す。帝国兵と一緒に居るのを確認した私は、クラウス様に念話で連絡を取っておく。
 すでにラクリー子爵家に押し入って使用人を縛り上げて私達の従者が無事である事を聞いた私は少し安堵した。
 やはり毒を混ぜたお茶やお菓子を出されていたらしく、持たせていた解毒薬が役に立ったらしい。
 彼らは状況が分からないままなので事情説明等も含めて王宮に滞在してもらい家族にも連絡を取るらしい。
 そして、私からラクリー子爵の現在地を聞いたクラウス様は数人の部下を分散して移動させ、帝国に逃げ込めないようにラクリー子爵と帝国兵を包囲する予定だ。
 そちらはクラウス様に任せて、こちらに集中する事にした。


――――…


 気がついたらしい令嬢達が騒ぎ始めた。どうやら薬が切れて3人とも目が覚めたようだ。
 私は相変わらず眠った振りをしておく。


「な、なんですのここは!」


「その声はメリンダ様ですか?私、サクリナです。」


「あ、サクリナ様?あなたも?」


「二人とも居るのね?体は大丈夫かしら?」


「アーデル様!!」


 二人の声が重なって必死にお互いを探ろうと動こうとしているがどうにも手を縛られたままで目隠しもされているので動きがとれずにもごもごしている。


「あの、皆さん大丈夫ですか?私アマンダ・ラクリーと申しますわ。私が招待したばかりに巻き込まれてしまわれたのですね?申し訳ありませんわ。」


「あなた、ラクリー子爵の…。」


「娘ですわアーデル様。まさか賊が屋敷に入り込んでいたなんて。」


 うっと呻いて泣き出すアマンダにお三方ともどうやら見事に騙されてしまったようだ。
 馬車に揺られて時間が過ぎていくが何もない上、目隠しもされて周囲の状況が分からない彼女達はすぐに恐怖に心を支配される事になる。
 それは、明らかにアマンダの誘導ではあったのだが、暗闇の中で一度心を許してしまった彼女達が気付く事はできない。
 おまけに水も食事も与えられないまま移動しており次第に衰弱していく令嬢達は逃げ出す力もない。
 目隠しをされていなければアマンダの醜悪な笑みに気がついただろうが、彼女達は気がつかないまま連れ去られる事となった。
 眠ったままの状態などずっとは出来ないので、気がついた振りをして3人に合流するが、魔力の少ない私は暇つぶしの格好の的であっただろう嫌味をじくじく言われる事になる。


「あなた、リーフィア様と仰るの?あの魔力が平民程度しかないっていう?」


「あの、それは…。」


「誘拐されたというのに足手まといまで居るなんて何てことですの。」


「ふ、二人ともそんな事を口にしてはいけませんわ。」


 アーデル様が取り成しつつ、二人を宥めるという残念な時間を過ごしていく。
 がたんと音がして揺れが止まった。どうやら目的地に着いたらしい。
 何とかお互い座る事には成功していたので、縛られていた手を隠すにはもってこいの体制をとっていた私は3人の男達が馬車から降りて、ラクリー伯爵と帝国兵達と合流して戻ってきた事をスパイ・テントウ君で確認している。
 そして、アマンダがすっと立ち上がって全員の目隠しを外して悠々と馬車の入り口を開ける。


「な、アマンダ様?これは…。」


 突然目の前が明るくなり、唖然とした3人の令嬢達を前にアマンダがニヤリと笑って馬車を降りようとした瞬間、私は動いた。
 空間収納から即座にナイフを取り出して、縛っていた縄を切り勢いをつけてアマンダ様の片腕を捻り挙げて首にナイフを宛がう。


「ひっ!」


「アマンダ!」


 ラクリー子爵とアマンダ様が叫びを挙げる。


「全員動くな。動けばアマンダの首が胴体とお別れすることになるぞ。」


 アシュレイの低い声に切り替えて私はアマンダを盾に馬車から降りる。


「な、何をしている。帝国騎士!私の娘を助けてくれ。」


 周囲に助けを求めるラクリー子爵。
 帝国騎士が動こうとした瞬間にアマンダの首を狙って手刀を落とし、気絶させて近くの盗賊風の男を蹴り飛ばす。
 明らかに女の力ではないと見えるような動きにラクリー子爵が叫んだ。


「お、お前は誰だ!」


 ずるりとウィッグを取り外し中から銀の髪が露になる。
 そもそも瞳の色がリーフィアと違っていた事にラクリー子爵は唖然として、わなわなと震えだした。


「どうも、ラクリー子爵。僕はアシュレイ・ブレインフォード。クラウス様の命により貴殿を捕縛する。」


「お、おのれ!お前達、何をしているこいつを始末しろ!」


 どっと押し寄せてくる帝国騎士と逃げようとするラクリー子爵を一瞥して氷の魔術を展開するアシュレイ。
 一瞬で足元から首までを氷漬けにされた帝国騎士達の間をゆっくりと歩いて子爵の下へ進み出る。


「ここから逃げようなどと思わない事だね。すでにこの辺りはクラウス様とガードナー騎士団長様が包囲しているぞ?」


「な、ば…化け物め!」


「くくっ。化け物か。面白い!僕が化け物なら、化け物に何をされても問題ないな?」


 詠唱しようとしたラクリー子爵の肩をずぶりとナイフで突き刺して足を払い尻餅をつかせる。
 動こうとして抵抗する子爵にナイフをぐりっと回転させて黙らせた。


「そのくらいにしておけ、アシュレイ。」


 声をかけられて振り向くと騎乗したままのクラウス様たちが居た。


「遅いです。クラウス様!僕一人で制圧してしまったではありませんか。」


「お前が合図も無しにやるからだ。全く。」


 呆れた様子で溜息をついて馬から降りたクラウス様は指示を飛ばして帝国騎士達を捕縛するよう命じる。
 そして馬車の中の令嬢方を丁重に連れ出すように言うとラクリー子爵の元へ歩いてきた。
 ガードナー騎士団長は周囲に逃げ出した幾人かの帝国騎士を追い捕らえて戻ってきた。


「観念する事だラクリー子爵。貴方のやった事は重罪だ。一族郎党始末される事になるだろう。」


「そ、そんな!わ、私はメザリント様のお願いを聞いただけで…。」


「証拠でもあるのかね?」


 戻ってきたガードナー騎士団長が口を挟む。


「そ、それは…。」


「諦める事だな。子爵、あなたには失望した。」


 うなだれながら連行されていく子爵。撤収しようとした瞬間、遠くで何発かの乾いた音がした。なにかが破裂したような音でこの世界では聞き覚えのないものだ。


「な、何の音だ?」


 暫くすると木がなぎ倒され、がさがさと何かがこちらに走ってくる音が聞こえる。
 どうやら巨大な魔物が出たようだ。ひときわ大きく音がしたと思ったら、獣の咆哮と共に姿を現したモノを見て騎士達が騒ぎ出す。
 ブラッドベア。ランクBの危険な魔獣の一種でレッドベアの変異種だ。
 ブラッドベアの討伐には冒険者であればBランクでも2パーティーでやっと仕留める事ができるというワイバーンに近い獰猛な魔物。
 脅威のスタミナに加えて爪の攻撃は木も軽くなぎ倒すほど。
 硬直した騎士たちが逃げる事も出来ないままにブラッドベアに殺されそうになった瞬間、シュッとナイフが一本ブラッドベアに投げられた。
 ナイフなど硬い毛皮に普通なら跳ね返されるのだが、そのナイフはブラッドベアの眉間に的中してずぶりと刀身を沈めた。


「は?」


 その声は誰が上げたものだっただろうか。ずしんと大きな音を立ててブラッドベアが倒れた。


「一撃だと?」


 呆然と呟いたのはガードナー騎士団長だ。
 ちなみに、ガードナー騎士団長はリーフィアの本来の力の事を知らない。
 アシュレイの事も今日初めて見たといった風なのだが行き成り帝国騎士達が氷漬けになっている状況も、ブラッドベアを一撃で倒すのも明らかに常識では考えられない。
 唖然としたまま固まっている彼らの間を悠々とアシュレイは進む。
 ブラッドベアの額からナイフを抜いて血をふき取っている彼に声をかけることが出来る者が居るとすればここでは一人しか居ない。


「アシュレイ、解体は後でだぞ?」


「え。やっぱり?」


 残念そうに答えるアシュレイにやはりかといった風のクラウス様。
 すっと森の奥を見てアシュレイに視線を戻した。


「あちらを確認するのが先だ。」


「あ、なら僕に先行させてください。クラウス様、多分…僕が先に行ったほうが良い。」


「どういうことだ?」


「さっきの音に心当たりがあるから…かなぁ。」


 はっきりとしない物言いにクラウス様が眉を顰める。
 だが、未知の物が相手である以上選択肢は多くはない。


「いいだろう。だが、俺も行くからな。」


「わ、私も行くぞ!クラウス殿。」


 先行する私の後をクラウス様、ガードナー騎士団長が続く。他の騎士たちには撤収と野営の準備をするように言いつけてある。
 すでに日が落ちかけている今の状況で移動するのは危険だという理由と近くの村に帝国の者が潜んでいる可能性があるからだ。
 森を駆け抜けて進んだ先には二人の帝国騎士がすでに事切れて倒れている。
 その奥にも木にもたれ掛ったまま倒れている騎士が見えた。
 だが、アシュレイはすぐには近づかない。それを訝しげに思ったクラウス様が私より前に出ようとしたので制止する。
 アシュレイは倒れていた帝国騎士の近くに落ちていたモノを拾い上げた。


「それは?」


「さて、何でしょうね。」


 この場では敢えて答えずに意味深な笑みを浮かべて木にもたれ掛っている少し他の帝国騎士とは服装の違う人物に視線を向ける。
 明らかに質が違う服を纏っているその人物は全くといっていいほど動かない。
 それを見てアシュレイは徐に叫んだ。


「木が倒れるぞ!」


 ずずっと音を立てて帝国騎士がもたれ掛っていた木が傾いでくる。
 ずしんと音がなった瞬間に飛び退った人物に視線を向ける。


「死んだ振りなんて何でしているのかな?お兄さん。」


「………。」


 黙ったままの騎士は埃を払うように立ち上がった。
 金の髪がさらりと揺れる。紫の瞳がこちらを見つめた。


「待機魔法を解除して欲しいな?」


「っ!」


 ばれているとは思わなかっただろう彼は明らかに動揺した。


「ま、待機魔法は維持するのにも魔力を消費するから、魔力切れを待っても別に構わないのだけど。」


「なぜ、分かった。」


 諦めたらしい青年は待機させていた魔法を解除する。


「さぁ?なぜでしょう。さて、ご同行願えますか?見たところ他のお連れの騎士の方々と違って身分も高そうですし、大人しくして頂ければと思います。」


「承知した。」


 すんなりと武器を捨て去る青年をガードナー騎士団長に任せて私達も野営場所へ戻っていった。その日の夕食はブラッドベアを鍋にして美味しくいただいたそうな。



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