崩壊した物語~アークリアの聖なる乙女~

叶 望

王宮毒殺事件

 面倒ごとが片付いてほっとした束の間、クラウス様が突然ドアを開いて入ってきた。
 随分と急いで来たようで、珍しく動揺した表情に一体何があったのかと不安になる。


「フィア、落ち着いて聞いてくれ。君の母君が亡くなった。」


「………え?」


 一瞬何を言われたのか分からなかった。


 え、母が亡くなった?何で。頭が真っ白になって訳が分からない。
 それでも情報を確認するべくスパイ・テントウ君の映像を確認した。
 お茶を飲む2人の女性。母とヴァネッサだ。傍にはヴァネッサの侍女エマがいる。
 そして、傾ぐ母の体。それを見下ろすヴァネッサと侍女のエマ…。


「なんてこと。」


「その、何て言ったらいいのか。」


 呆然と呟いた私の手をぎゅっと握るエドワード殿下。幼いながらも精一杯の言葉で表現する。


「僕が、傍にいるから…。」


「……っ。」


 ぽろぽろと涙が零れる。堪えようと思っても止まらない。
 なんで、どうして!気持ちが定まらない。混乱する。
 だが、泣いてばかりではいられない。


「殿下、母のところへ参ります。」


「僕も一緒に行くよ。」


「ありがとうございます…殿下。」


「エドって呼んで。僕もフィアって呼ぶから。」


「はい。エド。」


 涙をそっと拭いて、手を引いて行く。先ほどとは立場が逆転していた。
 守っていこうと思っていたエドワード殿下に、逆に今は守られていると感じた。


――――…


 エドワード殿下、クラウス様と共に与えられていた客室へと向かう私達。
 部屋に入るとベッドに寝かされハンカチで顔を覆っている変わり果てた母の姿。
 父はなにか調査をしているらしい騎士と話をしている。
 カイン兄様、ミリーナ姉様、エルン兄様はソファーに座って沈痛な面持ちをしている。
 そしてエルン兄様の横に座るヴァネッサは扇で口元を隠し、侍女のエマは相変わらずヴァネッサの傍に控えている。
 私は母の元へ駆け出した。今はただ、母の傍に居たかった。
 母に抱きつく私はふと奇妙な事に気が付いた。いつもと違う母の香り。


「あまい、かおり?」


「甘い?そういえば母上も甘い香りがします。」


 エルン兄様が言う。そして侍女のエマからも香りが漂っている。


「あ、エマもおんなじ香りですね。お菓子?」


 エルン兄様も7歳だ。子供らしく首を傾げている。


「言われてみれば本当ですわ。お母様甘い香りがしていますね。」


 ミリーナ姉様も漂ってきた甘い香りに気がつく。


「先程クレア様とお茶をしていたから香りが移ったのかしらね。でも突然クレア様が倒れてしまわれて、とってもびっくりしましたの。」


 ヴァネッサは相変わらず口元の扇は離さない。
 クラウス様は調査をしていたらしい騎士に進捗を聞いている。


「それで、何か分かったのか?」


「それが、使われていた物からは何も出ていません。病気ではないかと。」


「病の兆候など無かった!」


 声を荒げる父。いつもの落ち着いた様子からかけ離れている。つらそうな表情に心が締め付けられる。


「どうだ?何か掴めたか?」


 質問を投げかけたのは、レガード国王陛下だ。


「へ、陛下!」


 慌ててみんな傅く。


「よい、楽にしてくれ。レインフォード辺境伯爵、この度は残念であった。」


「はい。」


「今、王宮の薬師が調べておるのでな。何か分かればすぐに伝えるよう言っておこう。」


「お心遣い感謝いたします。」


「なに、王宮で起こった事だからな。こちらでしっかり調べさせてもらう。」


「はっ。」


「あの?」


 大人のやり取りの間に子供の声が混じる。


「む?」


「発言を許可願いします。陛下。」


「リーフィアか、許可しよう。」


「この件ですが、どのように処理されるお積りですか?」


「どうとは?」


 国王の鋭い視線が走る。その視線をわざと外して答える。


「あっ。そういえば、さっき…」


 取り出したのは王宮で砂糖の入った小さな金属の容器。
 裾に引っかかって、あっと声を上げたときには容器の中身は飛び出してソファーに座っていたヴァネッサと傍に控えていたエマに掛かる。


「ひっ!い、いや!!ど…毒が。」


「毒?」


 父が思わず言葉を拾う。くるりとソファーの方を向いた私はさっぱり分からないという風に首を傾げる。


「あ、ごめんなさい。それは先程エドワード殿下のところで拾ったものですわ。」


「な、何をするのよ!この子は。」


「ところで、ご愁傷様です。」


「は?」


「実は私、調合を少し学んでいるのです。」


「それが何よ。」


 意味が分からないとこちらを睨むヴァネッサ。エマとヴァネッサ二人を見回してニッコリと微笑む。


「母を殺したのはアマリリスの花の毒。」


 それを告げた瞬間、陛下とクラウス様が驚く。


「な、それはまさか!クラウス!」


「はっ。」


 クラウスは母から香るアマリリスの香りを確認する。


「間違いありません。使われたのはアマリリスの毒。これは、毒殺です陛下。」


「な、毒殺だと!なんでクレアが…。」


「アマリリスの毒はかなり特殊な毒です。銀にも反応しない上、その証拠も残り香しかありませんので、時間がたてば立つほど証拠が残りにくいものなのです。」


「よく知っているな、フィア。」


「ですので、先程調合を少し学んでいると申したではありませんか父上。」


「私は聞いてない。」


「えぇ。今、はじめて申しました。それに、アマリリスの毒は強力ゆえに手袋越しでも毒が浸透する危険なもの。特殊な手袋を必要とします。」


 その言葉に侍女のエマが顔色を変える。


「何よりも恐ろしいのは揮発性。その場にいた者を巻き込んで、時間をかけてじっくりと殺す。通称ブラッド・デビル。」


「な、何ですって!!そんなの聞いてないわ。」


 先程から自白しまくっている正妻様。うん。やっぱこの人はアレだ。アホだ。


「直接摂取した者と違って、間接摂取した者は5年から10年と時間をかけて死にいたる恐ろしい毒。しかも時間が経っているので犯人が特定されにくいのが特徴ですね。」


 さっと顔色を変えて震えだす正妻様。


「すでに、爪の先に影響が出ているかもしれませんね。黒く変色するのが特徴ですから。そしてじわじわと腐り落ちていく恐怖。解毒ポーションが効かない唯一の毒です。」


「そ、そんな!お父様どうして…。」


「どういうことだ!ヴァネッサ。」


 怒りに震える父。かろうじて手を上げないところは流石だ。


「先程の砂糖の容器、どうして毒だと思ったのでしょうね?正妻様。」


「だって、急に倒れたのだもの。毒だって疑うわよ!」


 あれだけ取り乱しておいて今更しらばっくれるとか。呆れてしまう。


「そういえば、2回ほど屋敷に暗殺者を招きいれていたのは正妻様でしょう?」


「な、何のこと。」


 突然変わった話に再び真っ青になるヴァネッサ。


「父上が調べればすぐに分かりますよ?当日誰の命令で持ち場を離れたのかなんて。」


「!!!」


 かたかたと震えだすヴァネッサ。


「暗殺者だと?どういう事だリーフィア。」


「3名ほど暗殺者が送られてきたのですよ。」


「おい。それはまさか…。」


 クラウスがその数に心当たりがあり口を挟む。


「その件については後ほどお話しましょうか。クラウスお兄様。」


「…分かった。」


 クラウス様のいつもよりも鋭い視線にちょっぴり引く私。


「さて、正妻様。黙秘し続けるのは勝手ですが、こうなった貴方をお父上は助けてくださいますかね?」


 びくりとヴァネッサの肩がゆれる。ぱさりと扇が手から滑り落ちた。


「ヴァネッサ様。私、死んでしまうのですか?」


 エマが潤んだ瞳で問う。キッとそんなエマを睨みつけてヴァネッサは立ち上がった。


「父はメザリント様の命令で動いただけですわ。メザリント様のご命令だったのだから従うのは当然でしょう?王族の命ですもの。私は指示に従っただけ。何が悪いというの!なんで、なんで私が死ななければならないのよ!」


 最後の言葉は悲痛な叫びのようだった。
 その言葉を聴いたミリーナ姉様やエルン兄様は母親が起こした罪を知り呆然となっている。


「ところで陛下、こういった場合は普通ならどう処理されますの?」


「当然、王宮でやらかしたのだからな。死罪に決まっている。」


「ですが、メザリント様の指示だといっておりますよね。」


「そうだが?」


「つまり、メザリント様は母とこの正妻様を殺すことが目的だったのではないかと。」


「なぜそう思う。」


「毒殺と知れればすぐに分かりますもの。死罪になるのは分かりきっています。おまけにアマリリスの毒を使っている時点で時間は掛かっても放っておけば死は免れません。それに、今まで暗殺者を送り込んできたのもメザリント様の指示であった場合、正妻様が死罪になるのは望まれるところでしょう。そして、次に狙われるのは私達子供かもしれません。」


「どうしろというのだ。」


「メザリント様の目的がはっきりするまでの間…できれば、正妻様は盾になっていただきたいですわ。命の限り、暗殺者に怯えて生き続ける事。いつ死ぬか、いつ殺されるかと思いながら生きる日々は死罪よりもずっと残酷で苦しい罰。」


「なるほどな。」


 少し考えて、陛下は父に任せると告げた。家族の問題として処理しろと言う意味だ。


「私、家族以外を守るつもりはありませんので。ミリーナ姉様とエルン兄様はしっかりと守っていきますので安心して盾になってくださいませ。」


 にっこりと微笑んだ私を恐ろしいものを見たような表情で怯えるヴァネッサ。
 だが、メザリント様の目的は一体何なのだろうか。もし私の予感が当たっていたら側妃として如何なものかと思ってしまうのだが。
 父は確かにかっこいい。だが、王の妻がそれを求めちゃいかんだろうにと思いつつ、毒殺事件は幕を下ろすことになったのだ。


――――…


 一連の騒動が片付き、私はクラウス兄様に連行されている。
 陛下の執務室には父が待っていた。エドワード殿下はここにはいない。
 国家の重要機密に関わる事だからだ。陛下はなんとも言い辛い感じで口にする。


「さて、リーフィア。どこから聞いたらいいのか正直迷っているのだが…。」


「行方不明になった王家の影の事でございましょうか?」


「そうだ。」


「フィア、俺がニコラウスと話している時、すでに分かっていたのではないのか?」


 クラウス様が笑顔で問う。寒気のする笑顔…怖いよ。


「あの時点でお返しする訳には行きませんでしたから。」


「どういう意味だ。」


「死んだ事になっているはずの者が生きていればおかしいと思われるでしょう?」


 口に出してから慌てて周囲を見渡す。


「ここには、壁に目や耳はありますか?」


「いや、無い。」


 きっぱりと答えるクラウス様。自分自身でも再度確認する。


「では、3人とも姿を現すことを許します。」


「はっ」


 突如私の背後に現れた3名の影。クリステル、ランドール、ネイドだ。


「お前達…。」


「責めないで下さいませ!クラウスお兄様。隷属魔法を使われて命を失うところだったのですから。」


「なに!それは大丈夫なのか。」


 クラウスは驚いて3人を見る。


「すでに解除済みです。ただ問題があって、隷属魔法をかけられた際、見えないインクで知らないうちに契約させられていたようです。」


「な、なんだと!そんな事が!!」


 陛下が驚いた。それが事実なら大事だ。知らない間に隷属魔法に掛かっていたなどとんでもない事だ。


「いや、待て。リーフィア。お前どうやって魔法を解いたのだ?それほどの魔力は無いはずだが…。」


 冷静だったのは父だ。すっと細めた青い瞳で私を見る。


「父上、私魔力が少ないなどと明言した事がございましたか?」


「ないな。だが、魔力測定では確かに少なかったはずだ。」


「あの魔道具は実際の魔力総量を測るものではございません。そのときの魔力量を測るものです。」


「!!!!」


 これには全員が驚く。今まで魔力の総量を量るものだと信じられてきたからだ。
 だが、そもそも魔力を測定するときに空に近い状態で計ろうとする者など居ないだろう。


「つまり、自分の魔力は少なくないと言いたいのか?」


「えぇ。それに私は魔法使いではなく魔術師ですから。」


 そう言って無詠唱で魔法を使う。光属性魔法を使った映像の魔術だ。
 そこには先程のやり取りがホログラムで浮かび上がる。


「なっ!!!」


「この程度は出来るわけです。ね?魔力は少ないわけではないでしょう。」


 してやったりと笑う私を陛下やクラウス様、父、そしてなぜか3人の影たちも頭を抱える。あれ?なんだか思っていた反応と違う。


「さて、魔力の事はこれで良いとして、先程の隷属魔法の件ですが…。」


 気を取り直して説明する。契約に使うインクの事、そしてそのやり口を告げた後、全員が考え込んでしまった。
 当然だ、サインなんて毎日何回もするものだ。それが知らないうちに隷属魔法に掛かってしまう可能性があるという事実を知ってしまった。
 これからおいそれとサインなんてできない。しかしサインしないわけにはいかない。


「あ、そう。これを出すのを忘れていました。」


 そう言って取り出したのは丸い金属の輪にレンズの付いた代物。


「なんだこれは?」


「陛下。これを使ってこの紙を見てみてください。」


「こ、これは!」


 紙に浮かび上がる文字。魔力で描かれた文字は魔力を通してみる事ができる。
 だが、クリステルたちは訓練してもなかなか出来なかった。
 どうやら魔力操作の練習から始めなければ出来なそうだ。
 そこで、作り出したのが魔力を見えるようにするレンズ。
 これを使えば魔力操作が苦手な者も簡単に隠された文字を見る事ができる。


「フィア。これは魔道具だな。」


「そうですよ?クラウスお兄様。」


「まさかだが、オークションにしか商品を出さない謎のリーフ工房の主はお前か?」


「そうですけど。それが何か?」


「…そんな馬鹿な。」


「ひどい言われようですね。あ、そうそう。クラウスお兄様。」


「なんだ?」


「お兄様の部隊に私を組み込んで下さいませ。」


「…どういう意味だ。」


「王家の影。彼らは死んだ事になっています。使いたかったら私の部隊として一緒に入れて下さいませ。」


「な、何を言っているんだリーフィア。」


 驚く父とクラウス様。しかしその提案を陛下はじっくり吟味しているようだ。


「危険な仕事だ。お前がする必要は無い。」


「でも折角の影をこのまま遊ばせておくのも可哀想でしょ?これでも結構強いんですよ私。」


「…いいだろう。」


「陛下!なぜです。まだ子供ですよ。」


「だが、リーフィアの力をのさばらせておくわけにはいかぬ。その為の提案なのだろう?」


「ええ。それもありますけど。」


「けど?なんだ。」


「王家の影であれば堂々と調査が出来ますので、その肩書きが便利なのです。」


「ふっ、はは。なるほどな。ではリーフィア。王家の影としてクラウスの部隊に所属せよ。」


「はっ。それから陛下。私が姿を偽る事と偽名を使う事をお許しください。」


「偽名だと?構わぬが。」


「えぇ。登録する名はアシュレイ・ブレインフォードとアーシェ・ブレインフォードとしたく存じます。」


「ブレインフォードだと?まさかあの騒動も…。」


「メザリント様の企みで冤罪に落とされた者がおります。彼は私のはじめての部下です。彼の名誉を回復してあげたい。それにすでにどちらの姿も仮の姿として存在しております。使っても問題ありません。」


「存在しているって…まさか。」


「父上、私はリーフ工房の主だけではなくDランクの冒険者です。それなりに戦う事も可能です。」


 冒険者のタグを見せる。そこに書かれているものを見て額を押さえる父。


「分かった。無理だけはするんじゃないよ、フィア。」


「はい。父上。」


 こうしてリーフィアは王家の影に属する事になる。
 そして存在しない者ノーナンバーとして3人の影を王家に返すことに成功したのだ。
 なによりメザリントの陰謀を国に伝える事ができた事が一番の収穫だろうか。
 だが、その犠牲は尊い母の命という大きな犠牲の元にある。
 必ず、メザリントの罪を公にすると覚悟を決めた私は通信用魔道具を陛下やクラウス様、父に渡した。
 その性能を知った3人はリーフィアの手綱をどうとればいいのかと悩む事になる。

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