崩壊した物語~アークリアの聖なる乙女~

叶 望

領主の庇護

 リーベルの町に突如現れたブレインフォード商会は今や注目の的だ。
 ここがスラムであった事などとても信じられない程に人が行き交い賑やかになっている。表通りと変わらないくらいの人がブレインフォード商会を目指してくる。
 そしてリピーターも多い。その理由は接客が丁寧でまるでここに来るとどこかの貴族の令息か令嬢になった気分になれると平民には好評で、貴族にしても珍しいものが多々あるブレインフォード商会は気になるところらしい。
 少しずつではあるが、お忍びでくる貴族の面々も出てきている。ただ、名称が名称なだけあって、かつて王都を騒がせた亡霊と同じ名を掲げるこの商会に恐る恐るといった形だ。
 だが、ここに来ればその価値がすぐに分かる。これからガンガン稼ぐであろう商会。
 そこに目をつけた横暴な貴族の牙がブレインフォード商会を襲おうとしていた。


「この商会の主を呼んで来いと言っているのが分からんのか!」


 大声を上げて店内で騒ぎ立てる大柄な青年。太った腹は貴族の礼装が可哀そうなくらい引き伸ばされている。赤茶色の髪は顔を更に小さく見せ、膨れたお腹を際立たせている。
 茶色の瞳がぎらぎらとして獲物を狙う肉食獣のよう。応対している店員を怖がらせるには十分だった。


「どうなさいましたか?お客様。」


 声をかけたのは商会の主であるレオナードだ。
 貴族のように落ち着いた所作で現れたレオナードに一瞬飲まれた男は、その事を悟られまいと更に声の音量をあげる。


「お前がこの商会の主か。」


「左様にございます。」


 商人らしく恭しく対応するレオナードに気をよくした男は更に横柄な態度に出る。


「ふん。ちっぽけな商会だが喜べ、このドーラング男爵家の次男であるバーデン様が貰ってやる事にした。」


「…………。」


 一体何を喜べば良いと言うのか。


「どうした、うれしくて言葉も出ないか?」


「あの、貰ってやるとはどういう意味でしょうか。」


 引きつりそうな口元を何とか押さえたレオナードが口を開く。


「この商会を私のものにすると言ったのだ!この程度も分からんのか。凡人め。」


「…………。」


「ここでの稼ぎはすべて私のものになる。さぁ、いくらくらいあるのだ?すべて差し出すが良い。」


 いきなり来てこれだ。訳が分からない。レオナードは頭を振って相手を見据える。


「お断りします。この商会は私のものです。あなた様のものにはなりません。」


「貴族の命令に従えないと言うのか!平民が。」


「それは、いくらなんでも暴論にございます。」


 だが、口で言ってもレオナードには分かっている。貴族であれば暴論であろうと通ってしまう事も。


「この私が言っているのだぞ!命が惜しくは無いのか。」


 貴族はその権威の下、平民に対して切捨てごめんは当然のごとく行われている。
 例え平民が悪くなくとも、貴族が侮辱されたとか、どう考えてもつまらない事情で処分される者も多い。
 バーデンが剣を抜いた。リュートが主を守ろうとレオナードに駆け寄る。
 だが、レオナードはそれを手で制した。貴族に歯向かえば命は無い。
 そんな緊迫する空気の中、間の抜けた声が響いた。


「ねぇ、お店の中で剣なんて抜いたらダメなんだよ。」


 すっとレオナードの前に立ったのは、アシュレイの姿をとった私だ。


「そこをどくのだ!子供であろうと容赦はしないぞ。」


「おじさん、だあれ?」


「ふん。聞いて驚くが良い!私はドーラング男爵家の次男であるバーデン様だ。」


 声高々に名乗りを上げるバーデンにどこかで知った名に私は冷めた目で見つめる。それに気づかずにバーデンは続ける。


「この店を貰い受けると言ったのに、そこの店主が言う事を聞かぬからこうなるのだ。」


 抜いた剣を更に突きつける。それを、手で摘まんで除けた私はニッコリと微笑を見せた。


「なるほど、ドーラング男爵のご子息でしたか。」


 恐れをなしたのだと勘違いしたバーデンは更に調子に乗った。


「そうだ!私は貴族だから偉いのだ。そなたも分かったらそこを退くがいい。」


 しかし、動こうとしない私にバーデンは怪訝な顔をした。


「ところで、バーデン様。こんな所に居ても良いのですか?」


「なに?」


 急に話が変わって戸惑うバーデンを見て、笑みを深める私。


「我が領のご領主様が先日届けられた橋の修復の件について視察と称して監査に…ドーラング男爵の元へ向かっていますが…。」


 そう告げた途端に青い顔になるバーデン。それは当然だ、私が調べた折に分かったのは、ドーラング男爵の次男による不正。橋の修復として資金を横領していたのだから。


「な、何の事だ?」


 焦ってダラダラと冷や汗を流しながら答えるバーデンに更に追い討ちをかける。


「どうやら、ご領主様はある程度確信があるように見受けられました。今頃証拠を押さえて下手人を取り立てる準備をしているやも知れませんね。」


「なっ!そんな馬鹿な。証拠は全て破棄させたはず…。」


「ふふ。人の口に戸は立てられませんからね。どこからか漏れたのかも知れませんよ。今なら戻って旅支度を整える時間があるかもしれませんが…。」


「し、失礼する!」


 慌てて出て行くバーデンを冷めた目で見送った後、騒がせて申し訳ないと客に謝罪して回ったのだった。
 結局大慌てで屋敷に戻ったバーデンが証拠を押さえて男爵と共に現れたレインフォード辺境伯爵の手勢に取り押さえられるまでさして時間は掛からなかったとか。


 愚かな貴族が帰り、店も一通りの落ち着きを取り戻した頃、レオナードと私はブレインフォード商会の執務室で向き合っていた。


「アッシュ…まずは礼を言わせてくれ。助かった。」


「無事で良かったよレオナードお兄さん。連絡くれれば良かったのに。」


 私があの場に居たのは全くの偶然だった。下手したらレオナードが殺されていたかもしれないという事にぞっとする。


「お前、何者なんだ?なぜ領主の事情を知っている。」


 今まで決して触れなかったレオナードが遂にそれを口にした。
 それにはまだ答えずに先程の件で明らかになった商会の弱さを補うべく言うべきことを告げる。


「レオナードお兄さん。手紙を書いてくれる?領主様宛で商会の運営資金の出資を募るお願いを。」


「な、それは領主の庇護を受けろというのか。」


「その方が安全に商売できると思う。それに、いきなり出現した謎の商会として注目の的になっている上、一種の観光名所みたいになってきている。そんな美味しい所だもの。さっきみたいな貴族が他に出てこないとも限らない。それに今回は運よく追い返せたけど次はそうは行かないでしょう。領主主導の事業とすれば守られる。」


「だが、領主に書状を届けるなど認められるまで何年先になるか分からないぞ。」


「そこは平気だと思う。」


「は?」


「机に置いてくるだけだから。」


「まさか、忍び込むつもりじゃないだろうな。」


 ニッコリと笑って大丈夫だからと手紙を書いてもらう。
 そして、帰る際に私のこと次に会うときに教えるよと言って転移した。
 遠出から帰ってきたジェイクは机の上に置いてある書状を見てすぐに許可を出した。
 ブレインフォード商会は温泉に入れる上、珍しいものも多く、また薄くて白い紙は安価で重宝される。今後羊皮紙に代わるものになると貴族間でも評判になっていた理由もある。
 それが領主主導の事業としておけばそれだけでレインフォード領の成果として挙げる事が出来る。今後も発展するであろうそういった事業を認めないなどありえないのだ。
 レオナードは領主と直接対面するという大役を果たし無事にブレインフォード商会を領主主導の庇護下に置く事に成功した。
 これによって美味しい汁を吸おうと画策していた貴族の面々は殆どが諦める事となったのだ。
 そして、庇護下に置かれる事を確認できた私は再びレオナードの元を訪れていた。ただし、変装なしで。
 突然転移してきた見た事もない女の子に驚いたレオナードだったが、すぐに私だと理解したようだ。


「それが、本当の姿なんだな。」


「えぇ、この姿では初めましですね。レオナードお兄様。」


「名前、聞いてもいいか?」


「私はリーフィア・レインフォードと申します。レインフォード辺境伯爵の次女です。どうぞお見知りおきを。」


 ふわりとしたドレスを持ち上げて挨拶をする私。
 そして、なんだが居心地が悪そうなレオナードを見てお互いに笑い合う。


「これからもよろしくな、リーフィア。」


 そう言うと、すっと跪いて頭をたれたレオナード。急な事で戸惑ってしまう。


「私の忠誠をリーフィア様に捧げる事を誓います。」


 それはまるで騎士の誓い。


「忠誠をお受けします。よろしくお願いしますね。レオナード。」


「はっ!」


 手を引いてレオナードを立ち上がらせる。リーフィアは初めて自身の力で守るべき存在を手に入れた瞬間だった。


―――…


 週2回のお勤めの日、私はいつものように机に向かう。教会内部の清算書。金額が合っているのか、記入漏れが無いかといったチェックと差異が出ていないかの計算をしているのだ。
 教会に通い始めてすでに2年が経とうとしている。もうすぐデビュータントも控えている私がなぜか教会の内部資料を扱っている。まだ成人もしていないのに…。
 事の始まりは教会でのお勤めという名の勉強会の折、いつものごとく渡された本を読んだり、計算の練習として渡された木札や、聖書といったものを覚えたりしていた。
 すでに読み書き計算が出来ていた私にとって簡単すぎるそれらの課題はさっさと片付けてしまったので教会の探検でもしようとニコラウス様の許可を取りに移動した。
 そして、うっかり見てしまった処理中の書類。どう考えても水増ししすぎだろうという請求書の類を見て思わず呟いてしまったのだ。


「うわ、水増し…。」


 ぽそりと呟いた言葉は見事にニコラウス様のお耳に届いてしまった。
 今まで私にさほど興味が無かったはずのニコラウス様がニッコリと微笑んで私を捕まえたのが1年前。
 隙あれば逃げ出そうとしていた私の定位置はニコラウス様のお膝の上になってしまった。
 うん。貴族令嬢としてこの状況は如何なものかと問い詰めたくはあるのだが、私の見つけた些細な水増し請求が積もり積もればどうとやら。
 いまや教会の内部審査機関にでも勤めている気分だ。その後も申請書類を見ては外の標準を知っている私のお陰で今まで通っていたものは随分と割り増し金額であった事が発覚し教会の資産運用の助けになりつつあるというのがニコラウス様談。
 そして、膝の上に座る私を見てポカンと驚きの表情を浮かべている人物はニコラウス様のお兄様らしい。
 紺色の髪に薄い紫の瞳。ニコラウス様とは違ってミステリアスな雰囲気を醸し出している。鋭い剣を内側に隠しているような、触れるな危険ともいえる人物だ。


「はじめまして、リーフィア・レインフォードと申します。どうぞ、お見知りおきを。」


「あぁ、ニコラウスの兄、クラウス・アーデンバーグだ。よろしく頼む。」


 いそいそと、応接用のソファーに腰掛けるクラウス様。
 向かいに座るニコラウス様と膝の上の私。なぜ離さない…。


「ニコラウス…その、随分と気に入っているのだな。」


「保護者代理ですし、それにかわいい妹のようなものです。賢いのが尚良い。」


「ほぉ、お前がそう言うとは珍しいな。」


「えぇ。フィアのお陰で教会も少しずつ綺麗になっていっています。」


「それは…すごいな。」


「褒めすぎです!ニコラウスお兄様。私はよく町に行くので商品に少し詳しかっただけですわ。」


「だが、その知識は大切だ。私は殆どここから出ないからね。助かる。」


「ありがとうございます。ところで折角のご兄弟の大切なお時間ですので、そろそろお膝から降ろして下さいませ。」


「そなたは目を離すとチョロチョロとどこに行くか気が知れぬ。ダメだ。」


 これは、今まで抜け出した折に教会の様々な場所に出没しては色々と問題を起こしたせいもある。
 だって、明らかに不正していたり横領していたりするから、分からない振りをして聞いてみただけだ。怒られたけど。


「むぅ。せめてお膝からは降ろしてくださいませ。どこにも行かないと約束しますから。」


「……いいだろう。」


 クラウス様は普通の感性の人だった。やはり膝の上に座る幼い貴族の女の子というのは良くない。淑女らしさを求める貴族子女としては失格だものね。
 久々に会うというニコラウス様とクラウス様。だが世間話だけに来たわけではないらしい。話の方向は段々と聞いてはいけないだろうお話に突入していく。
 ここに部外者がいるので止めてくれと叫びたい気持ちを何とか抑えて、何も分からない振りをし続ける。これは何の拷問ですか。


「それで俺の部隊の精鋭が3人も行方不明になっていてな。」


「3人も無断で消えたのですか…。それは、それは。」


「教会の方で身元を保護したとか情報は無いだろうか。」


「いえ、こちらではそういった情報は無いですね。何か共通点はあるのですか?」


「それが、とあるお方に接触した後に消えているという事までは分かっているのだが、それだけで問える相手ではないのでな。」


「なるほど。面倒な。」


「全くだ。何か情報が入ったら連絡くれ。」


「かしこまりました。兄上。」


「そうだ、リーフィア嬢。」


「はい?」


「あ、何ていうのか。こういった話はあれだ。…秘密にしておいてくれるか。」


「それは、何のお話の事でしょう。」


 こてんと首をかしげて何を言われているのか分からない表情を浮かべる。


「そうだな。」


 私の回答ににやりと笑うクラウス様。ぞわりと背中を冷気が通り抜けたような。なんだか、すごい人に目を付けられた予感がする。


「俺はニコラウスの兄だ。」


「…はい。」


「だから、ニコラウスが妹と扱う君は、俺の妹でもある。」


「はぁ。」


 なんだかよく分からない持論だ。


「俺の事もお兄様と呼んでいいぞ。もちろん、君のこともフィアと呼ぶ。」


「えっと。クラウス様…それは。」


「クラウスお兄様だ。いいね。」


「う。……はい。クラウスお兄様。」


 うわ、社交界に出てクラウス様をお兄様呼びとか、私を殺す気ですか!令嬢達の殺意を身に受けろってか。必死で笑顔を取り繕い、かろうじて返事をする。
 悪い人ではないのだけれど、流石は公爵家。異論は無いなという目が怖い。


―――…


 時が経つのは早い。私も7歳となりデビュータントの年だ。
 今年は豊作の年といわれている。その理由は王族が2人と同時デビューを果たすからもある。また、公爵家の令嬢や有力な貴族の面々が並ぶのだ。
 デビューするのは第二王子と第三王子。第二王子は側妃の子であり、かなり優秀な王子だと専らの噂だ。その真逆に第三王子は不出来で覚えが悪いという噂が流れている。
 そして、第二王子は今年デビューするハイランド家の令嬢と婚約を結んだらしい。デビューする者たちや注目されている人物。
 様々な噂が飛び交う中、デビュータントの準備が進む。
 今年は私とエルンお兄様がデビューを迎える。服のデザインから装飾品、バッグから何から何まで揃えねばならないらしい。
 非常に面倒ではあるが、前世でいうところの七五三のようなものだろうか。毎日着せ替え人形のごとく言われるままに支度を整えられていく。業者はひっきりなしに出入りして目まぐるしい。
 ここ最近はダンスのレッスンやら行儀作法やらとみっちり組まれているため外に出ることも出来ない。
 唯一の楽しみが教会に出る日とか…。遠い目になりつつも必要な事をこなしていく。
 今回はやけに母が張り切っていた。一世一代の大事な時よと言って笑う。最近はミリーナ姉様やエルン兄様とも一緒に過ごす事が増えつつある。
 今まで父の命令だと言い続けてきた成果が少しずつ現れているらしい。
 ドレス選びは女性の嗜みなのだとか。私としては動きやすい服装の方がお好みですとはとても言い出せない鬼気迫る様相だった。


「さぁ、フィアちゃん。次はこれを着ましょうか。」


「…はい。」


「あら、クレア様こっちの赤色も素敵だわ。」


「本当ね。ミリーナちゃん。でもこの黄色も素敵だと思わない。」


「分かりますわ!でもかわいい妹を着飾るとなるとこちらの青も素敵かしら。」


「そうねぇ、では間を取って緑なんてどうかしら。」


 きゃあ、きゃあと騒ぎながら母とミリーナ姉様がドレスを選んでいる。どうでもいいから早く決めたい。
 個人的にはそういった濃い色のものより、淡い霞みがかった色が好きだ。最終的にドレスは瞳の色に合わせて淡い緑の薄い生地を白いドレスの上に纏ったようなデザイン。ふんわり妖精風で決まった。
 そして装飾品は緑に合う青系統で揃えた。金色は使わない。なんとなくだけど。なるべく質素にけれど貧相に見えないように心がけて決めていく。
 エルンお兄様は比較的早くに礼装を決めたらしい。女の子は時間がかかるのだ。私も早く終わらせたい。
 当日のエスコートはカインお兄様が。エルンお兄様はミリーナ姉様が付き添ってくれるらしい。



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