崩壊した物語~アークリアの聖なる乙女~

叶 望

王都の亡霊騒動



「納得できない!」


 そう叫んだ私をレオナードは宥める。


「そう言うな、冤罪が晴れただけでもきっと両親は報われた。だからもういいんだ。」


「良くないよ!だって明らかにトカゲの尻尾きりだ。」


「と、とかげ?」


「むぅ。サラマンダーの尻尾きりだよ。」


「あぁ…。だがアッシュのお陰だ。ありがとう。」


「僕は納得してないんだけど。」


「だが、これ以上は無理だ。」


「きっといつか全てを明らかにしてやるんだから。」


「はは、本当は俺がやらないといけない事だったんだがな。」


「む。レオナードお兄さんも僕の中では家族なんだから頼ってくれて良いんだよ。」


「……そうだな。」


 最近のレオナードはやけに愁傷だ。だが、当然かもしれない。やっと両親の冤罪が晴れたのだから。
 しかしそれは一部が切られることで真の黒幕にダメージは殆どない。切られたものはたいした影響のないものばかりだったからだ。
 真相は闇の中。黒幕は今でものうのうとして過ごしている。
 事の始まりは火の周期に入る少し前。社交界が火の周期になると始まるため大抵の貴族達は王都に終結する。
 来年はデビュータントで私も王都に行く予定だ。貴族が集まるときをこれ幸いと例の亡霊騒動を実行したのだ。
 そもそもは単にレオナードの両親はどんな人だったのかという興味から始まった。昔の貴族年鑑を見て、レオナードの顔と合わせて作り出した例の亡霊とされたブレインフォード子爵。
 こんな感じの人だったのかと光属性魔法を使ったホログラムを作ってみたのが始まりだ。リアルに再現できたそれで、ふと思いついたのが今回の作戦だった。
 元々、レオナードも何もしてこなかったわけではない。怪しい人物について調べたりして裏を取ろうとしていたが、なかなか思うように進まずにいたのだ。
 それを聞いた私がいっそ、自白させてしまおうと思い実行したのだ。ホログラムを出す場所さえ特定できれば、腕輪の地図情報を元にその位置に映像を転写することは可能だ。
 そしてそれら全てスパイ・テントウ君を通して記録している。
 見事に泡を吹いた当主、青ざめて震えているだけの者もいたが、連日続けることで精神を疲弊させ、追い詰めることで自白させたのだ。
 そしてそれだけでは済ませない。自白したにも拘らず毎夜現れる亡霊。それぞれが勝手に勘違いして自分達の悪事を明らかにしていく。
 そしてきちんと証を立てた者の所から亡霊が出ないようにすることで、その連鎖で証拠を出させることに成功した。
 悪質な悪戯の一種を仕掛けた私は、闇に葬られた真実を知っている。
 だが、今はそれが出せない。なぜなら記録映像は現時点でこの世界に存在しておらず、証拠となり得ないからだ。
 それが悔しくて冒頭の叫びに戻るわけだ。真実のうち、連座での処分を免れた家が正妻の実家だったりする。
 西方のミュートリー伯爵家の当主は食えない男らしい。そして精神的に強く強かだ。
 その背後には王家。
 それも側妃であるメザリント様が居る。メザリント・セインティア・ヴァズレーこの側妃は自分の思い通りにならないことがあると周囲の者を使い、貶めたり嵌めたりしているようだ。ミュートリー伯爵はこの側妃と繋がっている。
 そして、レオナードの両親が冤罪をかけられる事になったのは、西方の貴族で第一王子を押している派閥の一人だったからだ。
 西方の貴族の殆どはミュートリー伯爵の息がかかった者が多く、中立を保つものも居るがはっきりと第一王子を押しているものは居なかった。
 それが目に付いたのだろう。ミュートリー伯爵は亡霊騒動の後、王宮でメザリント様に会っている。
 亡霊ごときで裏切った者たちは処刑されるべきだと進言して、メザリント様の息がかかった貴族達によって一部の者たちが処分されたのだ。
 あまりに腹立たしい事だ。だが、貴族らしいといえばそうかもしれない。
 そして、これで終わらせる私ではない。再び亡霊をミュートリー伯爵の元に出現させた。それもベッドの上に。そして叫ぶ伯爵。周囲に炎で文字を描く。


「許さない。許さない。許さない。」


 壁一面に広がる文字。
 屋敷を燃やすこともなく文字だけを焼き付けていく。文字が出現したのは当主の部屋だけではない。これは今までになかったことだ。
 ミュートリー伯爵家全ての部屋、庭、壁。その全てに文字が焼き付けられた。
 次の日屋敷中の者たちが叫びをあげ、恐ろしい文字が刻まれた壁を見た領民達は祟りだと震え上がった。
 そして、ついでとばかりに家を傾けておいた。そして、これもまた王都で噂になることとなる。本当はミュートリー伯爵も冤罪に関わっていたのではないかという噂だ。
 今回はメザリント様のところには亡霊は出現させていない。今後に差し支えると厄介だからだ。相手は王族。
 いつか王族であっても庇えないくらいの大量の証拠でもって罪を暴ける日が来ることを願う。


―――…


 あの恐ろしげな亡霊騒動の騒ぎが一応の落ち着きを取り戻した頃、私とレオナードは王都に来ていた。もちろん移動手段は転移だ。
 今回は女の子らしく銀の髪に青い瞳、町娘がきるような簡素な服を纏っている。
 それでも滲み出す淑女らしさが周囲の視線を惹きつけているが、それを気にする私ではない。レオナードは微妙に居心地の悪い思いをしながら隣を歩いた。
 向かう先は王都にあるスラム町。ここにはスレイという男が居る。
 このスレイと言う人物は、かつて14歳という成人していないレオナードが冤罪での連座処分を受ける寸前で助けてくれた人物だ。
 スレイはブレインフォード子爵に仕えていたことがあるらしく、その息子であるレオナードを助け出し成人前だった彼を引き取り育てた親代わりの人物だ。
 ふとスラムの奥に入り込んだところで青い髪が視界に入った。黄色の瞳は鷹のようで鋭い。がっしりとした体躯でかなり威圧感がある。
 私達を見つけた男はニヤリと口元を歪ませた。


「ずいぶんと活躍したようだな。」


 突然の問いかけに首をすくめる。


「何のことでしょうか。」


 しれっと返答した私に、スレイは目を細める。


「お前ら以外に居ないだろう。だが、上手くいったようで良かったな。」


「何のことかは分かりかねますが、レオナードお兄さんと家族の冤罪が晴れたことは喜ばしいことです。」


「…スレイさん。力を貸してくれて助かった。感謝する。」


 レオナードが貴族の礼をする。今日のレオナードは紳士と言っても過言ではないくらいの礼装だ。深い青色の上下と白いシャツがよく似合っている。
 今ならレオナードが貴族だと言われても遜色ないだろう。力を貸してもらったことへの感謝が伝わってくる。そんな礼だった。
 スレイが何をしたのかというと、例の亡霊騒動の折に噂を拡散させることだ。スラムは情報の集結する場所でもあり、広げる場所でもある。
 市井で囁かれていればいずれ貴族にも伝わる。貴族の醜聞も広がってしまえば町で簡単に聞くことが出来るくらいなのだ。
 あれほど、噂が広がりをみせたのはこうしたスラムの者たちの尽力があったからだ。


「はて、何の事だか分からんな。」


「それでも、感謝の気持ちを受け取って欲しい。」


「…子爵には恩義がある。感謝は不要だ。気にするな。」


 バツが悪そうな様子はレオナードと良く似ている。レオナードは頭を下げたままだ。


「わかった。感謝は受け取る。だから頭を上げてくれ。」


「ありがとうございます。スレイさん。」


 そういって3人で笑いあった。やっと悲願が叶ったのだ。そしてこれからは自分達の人生のために前に進める。


「それで、王都にはこの為だけに来たわけじゃないんだろう?」


「敵いませんね。実は商会を立ち上げることにしたんです。その人手探しも兼ねています。」


 レオナードはあれからついにスラムを改善するべく次の手に出ることを決意したのだ。
 私が持ち込んだブレインフォードの家紋に似せたデザインの印を見せたこともあるかもしれない。ウインドウルフをベースにスライム印の盾の紋。
 弱い者たちの庇護者の証とも取れるデザインを持って見せたときのレオナードの表情は忘れられない。
 今にも泣きそうな、それでいてその表情を隠そうとしていたレオナード。そっと印章を置いて立ち去ったのは私なりの心遣いだ。
 決意したレオナードは堂々としていて靄が晴れたようなさわやかな表情だった。


「ほう、商会をか。なんて名前だ?」


「ブレインフォード商会。」


 ニッと笑って答えるレオナードは少年のようにも見える。失われたものを取り戻す。そういった思いも篭っていたのかもしれない。


―――…


 さて、やってきたのは王都の商業ギルド。なぜ地元でやらないかと言うと審査に時間がかかるからだ。王都であればすぐに登録できる。
 理由は簡単だ。審査の書類を届ける時間と商会の紋章を登録するには紋章院の許可が必要。両方が王都にあるのでここに来たほうが早く登録できるのだ。
 とはいえ、商業ギルドで必要事項を書いて冒険者ギルドと同じように登録証を発行して貰うだけなのだが、どうしても紋章の認可の審査で時間が必要になるのだ。
 そして、登録には冒険者ギルドと違ってお金が必要だ。そして維持のための費用も。銀行の役割も行ってくれるので助かることはあるのだが、商売の規模によって金額が大きく変わる。
 登録料は銀貨3枚。そして露天などの出店は年に銀貨1枚の維持費を支払う。小さな店として構える場合は年に大銀貨1枚。中くらいの店で年に大銀貨3枚。大きい店は年に金貨1枚と高額になる。
 維持費と言うのは税金のようなものなので一律で決まっている分管理は楽だ。受付に行き、それぞれで登録する。
 今回私もリーフ工房という名で登録するのだ。紋章は葉っぱと天使の羽を三角形に見立て、スライム印の盾を中央にデザインしている。
 そして上から雨が降っているかのようなデザインでレインフォードのレインの部分を表しておいた。だれも気づかないと思うけど。
 レオナードはすんなりと許可が通った。そして、私は子供だからなのか難航している。


「あの、あなたが工房主ですか?」


 そう聞くのは対応してくれた職員だ。


「何か問題でも?」


「いえ、問題と言うのはないのですが…。」


「なら、登録してください。」


「しかし、大人の方はいらっしゃらないのですか?」


「子供でも問題ないと言ったではないですか。」


 こうした問答が続いている。流石に疲れてきた。


「ギルド長に会わせてください。あなたでは埒が明かない。」


「ギルド長はお忙しいのです。子供に会う時間などありません。」


 これでは、口論だ。騒がしくなってきたためか奥から女性が出てきた。


「何事かしら?」


「ぎ、ギルド長!」


 慌てだす職員。それを見たギルド長の女性は私を見て奥の部屋にいらっしゃいと連れ立った。席を勧められて、座る。
 事のあらましを聞いたギルド長は大きくため息をついた。


「ごめんなさいね。職員の指導が足りていないみたいで…。」


「いえ、それで登録は出来るのですか?」


「もちろんよ。私が責任を持って登録するわ。」


「お願いします。」


「あ、申し遅れたわね。私はメリンダ。よろしくね!リーフ工房のアーシェ・ブレインフォードちゃん。」


 アーシェと言うのは女性バージョンの偽名だ。切れ長の青い瞳に深緑の髪を上に纏め上げているメリンダは、自身も商店を経営する身。
 男社会のこの世界で女性の味方であるメリンダは女店主達の憧れの的らしい。


「全く見る目がない職員で申し訳ないわ。ところで、どんな商売をするつもりなの?」


「店は持たない予定です。先の事は分からないけど、今は工房から直接オークションに出そうと考えています。」


 店を持って商売するとなると色々と面倒だし、趣味で作ったものを売るくらいならオークションで良いやという前世の乗りで答えた私をメリンダは驚きの表情で見つめた。


 オークションに出すと言う私に興味を持ったらしいメリンダが身を乗り出した。


「まぁ、オークションに…どんな商品なのかしら?」


「うーん。趣味で作ったようなものなので売れるかどうかは分からないのですが…。」


 例えばと前置きしてポシェットから小さな木箱に入った装飾品を取り出す。木箱はツルツルに磨かれ、様々な文様が刻まれている。
 箱を開けると、台座があり、シルク状の綺麗な布の上に指輪があった。
 程よい大きさのダイヤモンドのブリリアントカットを施した美しいデザインの指輪に大小の小さなダイヤモンドが指輪の周囲にキラキラと輝いている。
 ここまで小さなダイヤモンドはこの世界ではまだ加工出来ないことを知らないリーフィアはまたもや商業ギルドでも騒ぎを引き起こすのだった。


「な、こ、これは!!」


 驚いて声を上げたメリンダに首をかしげる私。


「アーシェちゃん。これは間違いなく売れるわ。ここまで小さな宝石を加工できる職人は居ないもの。そして美しいこのデザインは今までにないものよ。きっとオークションは騒ぎになるわ。」


「え、そうなのですか?」


「あなたが作ったの?」


「趣味ですから。」


「……………。」


 少し考えてメリンダは別の書類を出してきた。


「これは?」


「商品はうちで卸したほうがいいわ。騒ぎになっては困るでしょう?」


「でも迷惑をかけることになります。」


「仲介料をいただくわ。秘密は漏れないし安全よ。」


「ではそれでお願いします。」


 即決した私にメリンダが驚く。
 そして仲介料はオークションの売り上げの3割と決まり、お金は商業ギルドで預かることになった。契約書を交わし商品引渡しのルールを決める。
 一方通行の転送用の魔道具を渡されたメリンダが頭を抱えたのは自然の成り行きだ。登録料の銀貨1枚と維持費の銀貨5枚を支払う。
 ちなみにレオナードはスラム全体の商売をすることになるため大きな店として登録している。この金額はこの前のゴブリン討伐分から出した。
 そして、オークション出品の準備や商品の搬送などを一手に請け負ってくれると言うメリンダに殆どを任せていた私は、どうなるのか結果を楽しみにして再び商業ギルドを訪ねた。
 すると興奮気味のメリンダに早速奥に引っ張っていかれる。今回出品したのは例のホーンラビットのぬいぐるみペアと装飾品の指輪、ネックレス、ブレスレット、イヤリングなど。
 そして魔道具も出展した。簡単な灯りや水筒の魔道具は今までの無骨なものと違って美しい装飾品のような出来栄えだ。
 これらの売れ具合を見て今後の出品を考えようと思っていた。
 そして、大切なのがこの魔道具。これはメモリアルオルゴールと名づけられた商品で、見た目は普通のオルゴールもちろん音も鳴る。
 魔道具性能には音の記録と再生機能を持たせている。
 これは、ぬいぐるみの魔石の交換にも使えるとセットで購入を勧める商品でもある。
 そして、魔道具はどれも魔方陣が表に出ていない作りになっている。解体しても分からないように金属の間に埋め込まれている。
 つまり、剥がすことなど思いも付かない場所だ。魔方陣が盗まれて悪用されないためのセキュリティーも兼ねている。
 メリンダがもう可笑しくて仕方がないと言わんばかりに熱弁する。オークションに参加するのはお金持ちの貴族か豪商のみ。その販売額は当初の予定と大きくかけ離れた。
 もちろん良い意味ではあるが、高額すぎて眩暈がする金額に私はポカンと呆けるしかなかった。
 なんと、あのぬいぐるみはペアとして販売されたわけではなく別々に値が付いた。
 男の子の方は白金貨1枚と大金貨5枚。女の子の方は白金貨2枚と金貨3枚。ぬいぐるみだけで白金貨3枚と大金貨5枚、金貨3枚と高額の値が付いたのだ。
 さらに、装飾品はまとめてセット売りされ、これも驚きの大金貨8枚と金貨4枚、大銀貨9枚となった。
 魔道具のほうも良好で灯りの魔道具は金貨8枚、水筒は大金貨2枚、銀貨3枚になった。そして目玉のメモリアルオルゴールはなんと白金貨3枚と大金貨3枚、金貨9枚となったのだった。
 トータルで白金貨6枚、大金貨18枚、金貨24枚、大銀貨9枚、銀貨3枚。整理すると白金貨8枚に金貨4枚、大銀貨9枚、銀貨3枚となった。
 総額8億493万円。アホかと言える金額に変貌したのだ。
 これには流石の私もびっくりだ。なんせ、すべて自分で集めた素材で出来る商品ばかりだ。丸儲けじゃないか。
 そして仲介料3割を支払った額がリーフ工房に振り込まれている。恐ろしい。だが、今後の計画をスムーズに運ぶためにはお金が必要だったので良かったのだと自分を納得させたのだった。
 そして、王都では謎のリーフ工房が噂となる。貴族がこぞって工房の主を探したが店はない上に、商品のやり取りをする様子も分からない。
 謎が謎を呼ぶリーフ工房。
 珍しい装飾品や魔道具を生み出す人物を挙って探したが決して知られることはなかったという。



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