悲喜交々

カブトムシ719

お盆

ほんのりと心地の良い風が肌をなぞる。

歴史を感じる主屋にあなたと私の二人きり。

「今日はとても気持ちがいいですね」

古びたロッキングチェアに座っているあなたに私は言った。

あなたはいつも通り静かに首を縦に揺らす。

「いいか、こいつらには俺の魂が入ってる。だからこんなにも見栄えがいいんだ」

そして今まで作ってきた盆栽の自慢。

これもいつも通り。

「なにか作りましょうか?」

「いらん」

「お茶入れてきますか?」

「いらん」

私の分のお茶を汲んでくると、まだあなたは盆栽を眺めてた。

「もう60年経つのか」

あなたは小さく呟いた。

「そうですね、私たち結婚してもう、そんなに経ってしまうんですね」

「お互い歳をとったな」

「どうしたんです?いきなり」

「それより散歩でも行くか」

「その言葉があなたから聞けるなんて」

私たちは身支度を済ませて家を出た。

「この公園、懐かしいですね」

「お前はいつも歩くのが遅かった」

「あなたが早いだけですよ」

「選ぶのだって遅かったな」

「あなたがすぐ飽きるからですよ」

いつものコースをあなたと回り終え、私たちは家とは真逆の道を辿る。

「今日はやけに混んでるな」

「しょうがないですよ、お盆ですもの」

「人混みは嫌いなんだ」

「でもこの賑わいも今日までですね」

「もう2日経ったのか」

「あっという間でしたね」

「やっと終わって清々した」

「またそんなこと言って」

するとあなたが思い出したように

「あ、家に帽子忘れたな。取りに帰らないと」

「ダメですよ、今日は''千夏''の所に行かないと行けない日なんだから」

「ふん、あいつはまだあの男と一緒にいるのか」

「またそんなこと言って、辰徳さんいい人ですよ」

そうこう話してるうちに目的の家に着いた。

私がチャイムを押すと、家のドアがゆっくりと開き、可愛らしい1人の男の子が飛び出してきた。おかっぱ頭の可愛い私の孫。

「おばあちゃん!」

「あずくん、ちゃんといい子にしてた?」

「うん!」

「ほんとかい?じゃこれあげる」

「やった!お盆玉だ!ありがとうおばあちゃん!」

「大切に使うんだよ」

そんな会話を隣で聞いてるあなたは「またそんなのあげて」と口を挟む。

「いいのいいの、あずくんはいい子だから」

すると玄関の奥から千夏が早歩きで来た。

「お母さんありがとうね、ほらあずみおばあちゃんにありがと言って」

「もうあずくんからお礼はもらってるわ」

「え、そうなの?」

「うん!ぼく、ちゃんとありがと言ったよ!」

「えらいねぇ〜!あずみぃ〜」

そう言って千夏はあずくんの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「ほらお母さん中に入って、もう料理出来てるから」

「それじゃちょっとお邪魔しちゃおうかな」

食卓にはそうめん、きんぴらごほう、そしてあなたが大好きなずんだ餅。

「ずんだ餅初めて作ってみたんだけどさ、上手くできてるかな?」

千夏は不安そうに私に聞いてきた。

「うん、すごく上手にできてるわよ」

私は一口食べ、そう答えた。

「そっかぁー、よかったよかった」

可愛らしい笑顔で千夏が胸を撫で下ろした。

「おい、これは誰が作ったんだ?」

あなたが神棚に飾ってあるきゅうりとナスの精霊馬(しょうりょううま)を指さした。

「ねぇ千夏、この精霊馬は誰が作ったの?」

「ナスは僕だよ!」

千夏よりも早くあずくんが元気よくそう言った後に、

「きゅうりはパパが作ったんだ」

と嬉しそうに言った。

すると、玄関の方から「ただいまぁー」と男の人の声が聞こえてくる。

「パパだ!」

あずくんは嬉しそうに玄関へ走って行く。

「パパおかえり!」

「ただいまー!」

辰徳さんはあずくんを抱きしめくるくると回る。

「そんなことしてると足ぶつけるからやめて」

その光景を見ていた千夏が怒った。

「あっはは、ごめんね」

そこで私は辰徳さんと目が合った。

「あ、どうもお久しぶりです」

「突然お邪魔してしまってすみませんね」

「いえいえ、ゆっくりしていってください」

そこから私はみんなでご飯を食べた。

「なんか…懐かしいね、この感じ」

そうめんをずるずる吸いながら千夏が呟いた。

「そうね、昔より少し静かだけどね」

私は笑った。

千夏も笑った。

辰徳さんは少し笑いにくそうだ。

「あずみ、ずんだ剥ぎ取らないでちゃんと食べて」

お母さんに言われて、あずくんは嫌そうに黄緑色の餅を食べ始める。

「あずくんずんだ苦手?」

「うん、だってお口ざらざらするんだもん」

「でもこれおじいちゃん好きだったんだよ?」

「えーそうなのぉ」

それに対して私がおかしいよねと笑う。

それを聞いているあなたは「この美味しさを知らないなんて、これだから、、、」とまたグチグチ言い始めた。

ご飯を食べ終わったころ、辰徳さんがそろそろ出ようかと言った。

外に出るとあずくんが慣れた手つきで精霊馬を置き、焙烙(ほうろく)にオガラを入れてくれる。

「あずくんやり方わかるの?すごいね」

「これね、パパが教えてくれたんだよ」そう言ってマッチを投げ込んだ。

小さかった火は新聞をつたってみるみると大きくなってゆく。



生暖かい風が静かに吹いている。

パチパチと音を立てて燃えていく。

「お前の入れてくれるお茶飲みたいな」

あなたが呟いた。

「そうですね」

私は優しく返す。

「お前のご飯が食べたいな」

「食べたいですね」

「また…散歩したいな」





もうすぐ火が消えてしまう。

ああ、終わってしまう。

私とあなたの時間。

『また、散歩しましょうよ。
そしてあの公園で歩くのが遅い私を待っていてください。
そしてその後いつものスーパーに寄って、なかなかあなたのカゴに入れない私を叱ってください。』

あなたの返事は聞こえない。

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