悲喜交々
僕の話
12月下旬、小さな町の病院に僕の鳴き声が響いた。
母の温かい腕に包まれ、無邪気に笑う僕を見て
「天使のような子」
そうみな口々に呟いた。
そして両親は僕に『天子(てんこ)』という素敵な名前をつけてくれた。
僕の家庭はあまり裕福だとは言えないが、そんなことどうでもいいと思えるほど僕の生活は満ち足りていた。
そして僕が中学3年の時、生まれて初めての彼女ができた。
彼女は学年の中でも噂になるほどの整った顔立ちで、おまけに女子力も高いという僕にはもったいなすぎる人だった。
ある日学校の廊下を歩いていると
「てんこくーん」
後ろから僕の名前を呼ばれた。
僕が振り返ると「今日一緒に行こうっていったのに」そう言って頬を少し膨らませた彼女が立っていた。
「あ!すっかり忘れてた!」
「彼女との約束を簡単に忘れてしまうなんてサイテーね」
「本当にごめん!昨日徹夜で勉強してて」
僕は彼女に両手を合わせて謝る。
「今日のデートは奢りね」
そう言って、彼女は不敵に笑った。
「今日お金ピンチなのに、、」
「テストが終わったら下のたまり場で待っててね」
ふわりと舞った彼女の綺麗な髪の毛が僕の頬をなぞった。
シャンプーのいい香りがする。
「ん?その紙袋なに?」
去り際、彼女がくしゃくしゃに握りしめられた紙封筒にゆびをさす。
「あー、なんでもないただの紙だよ」
僕はにっこりと笑って答えた。
無事テストを終えた僕は下に向かうと、既に彼女は僕を待っていた。
「今度はちゃんと来たね」
ニコリと笑った彼女は僕の手を握る。
「今日なに食べるー?」
彼女に手を引かれて歩く。
「うどんとか?」
「却下、昨日の晩御飯だった」
「あ、そうだったの?」
「うん、鍋焼きね」
そこから僕が提案しては却下される流れがしばらく続き、結局彼女が提案した「ラーメン食堂」という店に向かうことになった。
そこのお店はうちの学校の生徒に結構人気だ。
低価格でボリューミーな定食が食べられる、学生にはありがたすぎる店だ。
店の名前でラーメンメインかと思われがちだが、実際はそこの唐揚げ定食が人気になっている。
「ラーメン屋さんで唐揚げ定食とはね」
彼女は唐揚げと白米を口いっぱいに詰め込んだ僕にちょっかいをかけてくる。
「マグロ丼食べてる人に言われたくないね」
目の前で光沢のあるマグロを美味しそうに食べてる君に言い返す。
彼女はふんと鼻で笑って味噌汁をすすった。
「てんこくんはさ、やっぱりっ県立の高校にするの?」
彼女はそう言って味噌汁をズズズと飲み干した。
「うん、まぁ一応」
僕回答を聞いた彼女はやっぱりそうだよねぇと呟き、マグロ丼の最後の一口を口に詰めた。
「君はどうするの?」
口に入っているマグロ丼をゴクリと飲み込んだあと、「実はさ、、」と学生カバンの中に手を入れた。
「これ」
そして1枚の名刺を僕に渡した。
「ガールズ事務所wanwan、、、え!???」
思わず大きな声が出てしまった。
『ガールズ事務所wanwan』
日本で最も有名な読者モデルの事務所で、数々のビッグスターが誕生している。
特に月間のwanwanは女子の中高生に大人気だ。
「え!?ど、ど、どういうこと???」
「スカウトもらっちゃったんだよね」
そう言って照れくさそうに彼女は笑った。
「凄いじゃん!ぼく、応援するよ!」
「ありがとう、でももしかしたら一緒の高校に行けないかもしれない……。」
「そんなの全然大丈夫だよ!別に高校が全てじゃないんだから」
彼女は潤んだ瞳で僕を見つめた。
「ありがとう」
そこから僕達は、将来のことや夢の話をしばらく話した。
思った以上に盛り上がってしまい、少し遅い時間になってしまった。
辺りはすっかり暗くなり、街灯が光っていた。
彼女の柔らかい手をやさしく握って夜道を歩く。
今度は僕が彼女の手を引いている。
「わたしね、今すごく幸せなの」
彼女は顔を下にさげた。
「ずっと憧れてた事務所にスカウトたりさ、、」
彼女が立ち止まった。
必然的に僕も立ち止まる。
「でも1番の幸せはね、てんこくんが私の彼氏って事だよ」
そう言って彼女は笑った。
「僕も、、、」
僕が口を開いたとき、見知らぬ男が「遅せぇよ」と僕の話をさえぎった。     
「どちら様ですか?」
僕は目を丸くして男に聞く。
すると男はきょとんとした顔で
「は?何言ってんだお前」
と僕の肩を押した。
想像以上の力で押され、僕は倒れた。
そして後ろから彼女が僕の名前を叫んだ。
男の見た目はだいたい40前後の小太りのおじさんで、お酒の匂いがした。
「ちょっと、いきなりなんなんですか?」
彼女は僕を庇うように前に出てくれた。
すると男は「うわ!言われた通り本当にいい子じゃん」と笑い、彼女に抱きつく。
「ちょと、やめて!」
彼女は必死に男を引き離そうとするが、その抵抗も無なくしく男の力はどんどん強くなっていく。
僕は急いで立ち上がっっっ
急に強い衝撃が頭に走る。
「おいおいおい、勝手におっぱじめんなよ」
僕の頭をぐりぐりと足で踏みつけながら、もう一人の男が笑う。
この男は細身だ。
そして、飛びかかる意識の中で僕は絶望した。
小太りの男の大きな背中の左右から伸びる2本の白く透き通った足。
男は下半身を小刻みに揺らしてる。
「いだい!いだい!」
彼女の悲鳴に似た絶叫が遠くで聞こえる。
僕は頭の足をどかして、獣のように大きな男に向かう。
しかし、後ろから髪の毛を引っ張られ再び倒れた。
そして細身の男は僕にまたがると、なんどもなんども僕の顔を殴りつけた。
徐々に顔の感覚が無くなってゆき、身体を動かせなくなった。
男はふぅと一息つくと、彼女の方に向かってゆく。
「うっっわ、マジで可愛いな。最高のアルバイトだわ」
細身の男は彼女を覗き込むと、ズボンを下ろした。
「咥えろよ」
決して動くことの無い身体を必死に動かそうとする僕は、襲われている彼女をただ見ることしか出来なかった。
あれからどのくらい時間が経ったのだろう。
鉛のように重い身体を持ち上げ、彼女の方へ向かう。
その時既に男達はいなく、服を乱暴に脱がされた彼女が置いてあっただけだった。
「なんで、ど、、して、、、。」
彼女は風に吹かれれば消えてしまいそうな声で、その言葉を繰り返していた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
僕は自分の胸を強く押え、君の暖かな肌に触れた。
次の日、このことが新聞の切れ端に載った。
たちまち噂は学校中に広まり、僕は学校に行けなくなった。
朝起きて顔を洗おうと洗面台に向かうと、鏡に映るのは''天使とは程遠い''醜く腫れ上がった自分だ。
その自分と目が合った時、心の底から笑いが込み上げた。
喉の奥が熱くなり徐々に嫌な苦味が出てくる。
そして次の瞬間、僕は激しく吐いた。
自分の嘔吐物で汚れた洗面台が綺麗に見えた。
「カンパーイ!」
4人の成人男性が騒がしくジョッキグラスをぶつけ合う。
キンキンに冷えた生ビールで喉を焼く。
「ぷはぁー!」
ビールは最初の一口がいちばん美味いと聞くが、ほんとにその通りだと思う。
日頃、社会人として徐々に汚れてゆく自分の精神を酒という聖杯で浄化するこの瞬間のために生きてる。
「いやぁ、今週もやりきったわぁ」
そう言って男は顔を机に埋めた。
「今日のMVPは鈴木!おまえだよー!」
「いやいやそんなことねぇって、みんなで勝ち取ったんだから」
「そういういつも下からなお前だから皆から期待されるんだろうなぁ」
「だからやめろって!」
そのあと男達は騒がしく笑った。
「そういや鈴木明日って……」
季節は10月中旬。
夏の暑さもようやく無くなり、少し肌寒い風が優しく体に当たる。
歩くとサンダルに砂利が入り、その度その足をぷらぷらと揺らし砂利を追い出す。
水が入った桶を両手に持ち歩く。
「お待たせ」
拝石(はいせき)の隣に桶をガタリと置き、柄杓(ひしゃく)で水を撒いた。
灯篭の中に閉まっておいた雑巾を取り出し、水に濡らして墓誌(ぼし)を拭いた。
墓の部分部分を一つ一つ丁寧に拭いてゆく。
「うぅぅ、できたー」
2時間ほど掃除をして腰を伸ばした。
2輪のオキナグサを花立に入れて、線香に火をつける。
煙が線香の心地の良い匂いを連れてくる。
大きく深呼吸をして香炉に入れ、両手を合わせた。
10年前の今日、君は死んだ。
不幸に''襲われた''人生
皆は口を揃えてこう彼女に言った。
ここで、両手を合わせるたびにあの記憶が蘇る。
嬉しいと笑う君の顔。
君の肌の温もり。
その全てが心地よい。
あの日、あの朝、なけなしの金を握りしめて''頼んで''良かったと本当に思う。
おかげで朝ちょっぴり怒られたけど、それもまた思い出。
夢が見つかったと希望に満ち溢れ輝く瞳と目が合った時、僕は心の底から湧き出る感情の高ぶりを感じた。
君の温かい動脈の鼓動も手のひらで鮮明に覚えてる。
君は僕になんども問いた。
これが答えさ。
これが僕。
これでようやく僕の話は次へ進む。
拝啓いつかの遠いきみへ。
夜ごとの虫の音に、深まりゆく秋を感じる頃となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
この度僕は結婚をすることになりました。
こんなことを君に言うのはおかしいでしょうか。
でもきっと君はまた呆れた顔で笑ってくれるでしょう。
まだ結婚式は挙げてないけど、実はもう子供が出来ました。
早ければ来年の1月に産まれて来てくれるとお医者さんが教えてくれました。
お腹の子は女の子だそうです。
僕の隣は君じゃないけど、僕はずっと君を忘れないよ。
これからも私の人生は楽しいことで溢れることでしょう。
早く娘が大きくなればいいのだけれど。
   
紅葉の美しい爽やかな季節となりました。
健康には十分留意し、秋の夜長を楽しみましょう。
ボロボロにちぎれた純白の翼はいつしか漆黒くに染まり、君の墓を出る時、僕の右手は純粋な愛液にまみれていた。
母の温かい腕に包まれ、無邪気に笑う僕を見て
「天使のような子」
そうみな口々に呟いた。
そして両親は僕に『天子(てんこ)』という素敵な名前をつけてくれた。
僕の家庭はあまり裕福だとは言えないが、そんなことどうでもいいと思えるほど僕の生活は満ち足りていた。
そして僕が中学3年の時、生まれて初めての彼女ができた。
彼女は学年の中でも噂になるほどの整った顔立ちで、おまけに女子力も高いという僕にはもったいなすぎる人だった。
ある日学校の廊下を歩いていると
「てんこくーん」
後ろから僕の名前を呼ばれた。
僕が振り返ると「今日一緒に行こうっていったのに」そう言って頬を少し膨らませた彼女が立っていた。
「あ!すっかり忘れてた!」
「彼女との約束を簡単に忘れてしまうなんてサイテーね」
「本当にごめん!昨日徹夜で勉強してて」
僕は彼女に両手を合わせて謝る。
「今日のデートは奢りね」
そう言って、彼女は不敵に笑った。
「今日お金ピンチなのに、、」
「テストが終わったら下のたまり場で待っててね」
ふわりと舞った彼女の綺麗な髪の毛が僕の頬をなぞった。
シャンプーのいい香りがする。
「ん?その紙袋なに?」
去り際、彼女がくしゃくしゃに握りしめられた紙封筒にゆびをさす。
「あー、なんでもないただの紙だよ」
僕はにっこりと笑って答えた。
無事テストを終えた僕は下に向かうと、既に彼女は僕を待っていた。
「今度はちゃんと来たね」
ニコリと笑った彼女は僕の手を握る。
「今日なに食べるー?」
彼女に手を引かれて歩く。
「うどんとか?」
「却下、昨日の晩御飯だった」
「あ、そうだったの?」
「うん、鍋焼きね」
そこから僕が提案しては却下される流れがしばらく続き、結局彼女が提案した「ラーメン食堂」という店に向かうことになった。
そこのお店はうちの学校の生徒に結構人気だ。
低価格でボリューミーな定食が食べられる、学生にはありがたすぎる店だ。
店の名前でラーメンメインかと思われがちだが、実際はそこの唐揚げ定食が人気になっている。
「ラーメン屋さんで唐揚げ定食とはね」
彼女は唐揚げと白米を口いっぱいに詰め込んだ僕にちょっかいをかけてくる。
「マグロ丼食べてる人に言われたくないね」
目の前で光沢のあるマグロを美味しそうに食べてる君に言い返す。
彼女はふんと鼻で笑って味噌汁をすすった。
「てんこくんはさ、やっぱりっ県立の高校にするの?」
彼女はそう言って味噌汁をズズズと飲み干した。
「うん、まぁ一応」
僕回答を聞いた彼女はやっぱりそうだよねぇと呟き、マグロ丼の最後の一口を口に詰めた。
「君はどうするの?」
口に入っているマグロ丼をゴクリと飲み込んだあと、「実はさ、、」と学生カバンの中に手を入れた。
「これ」
そして1枚の名刺を僕に渡した。
「ガールズ事務所wanwan、、、え!???」
思わず大きな声が出てしまった。
『ガールズ事務所wanwan』
日本で最も有名な読者モデルの事務所で、数々のビッグスターが誕生している。
特に月間のwanwanは女子の中高生に大人気だ。
「え!?ど、ど、どういうこと???」
「スカウトもらっちゃったんだよね」
そう言って照れくさそうに彼女は笑った。
「凄いじゃん!ぼく、応援するよ!」
「ありがとう、でももしかしたら一緒の高校に行けないかもしれない……。」
「そんなの全然大丈夫だよ!別に高校が全てじゃないんだから」
彼女は潤んだ瞳で僕を見つめた。
「ありがとう」
そこから僕達は、将来のことや夢の話をしばらく話した。
思った以上に盛り上がってしまい、少し遅い時間になってしまった。
辺りはすっかり暗くなり、街灯が光っていた。
彼女の柔らかい手をやさしく握って夜道を歩く。
今度は僕が彼女の手を引いている。
「わたしね、今すごく幸せなの」
彼女は顔を下にさげた。
「ずっと憧れてた事務所にスカウトたりさ、、」
彼女が立ち止まった。
必然的に僕も立ち止まる。
「でも1番の幸せはね、てんこくんが私の彼氏って事だよ」
そう言って彼女は笑った。
「僕も、、、」
僕が口を開いたとき、見知らぬ男が「遅せぇよ」と僕の話をさえぎった。     
「どちら様ですか?」
僕は目を丸くして男に聞く。
すると男はきょとんとした顔で
「は?何言ってんだお前」
と僕の肩を押した。
想像以上の力で押され、僕は倒れた。
そして後ろから彼女が僕の名前を叫んだ。
男の見た目はだいたい40前後の小太りのおじさんで、お酒の匂いがした。
「ちょっと、いきなりなんなんですか?」
彼女は僕を庇うように前に出てくれた。
すると男は「うわ!言われた通り本当にいい子じゃん」と笑い、彼女に抱きつく。
「ちょと、やめて!」
彼女は必死に男を引き離そうとするが、その抵抗も無なくしく男の力はどんどん強くなっていく。
僕は急いで立ち上がっっっ
急に強い衝撃が頭に走る。
「おいおいおい、勝手におっぱじめんなよ」
僕の頭をぐりぐりと足で踏みつけながら、もう一人の男が笑う。
この男は細身だ。
そして、飛びかかる意識の中で僕は絶望した。
小太りの男の大きな背中の左右から伸びる2本の白く透き通った足。
男は下半身を小刻みに揺らしてる。
「いだい!いだい!」
彼女の悲鳴に似た絶叫が遠くで聞こえる。
僕は頭の足をどかして、獣のように大きな男に向かう。
しかし、後ろから髪の毛を引っ張られ再び倒れた。
そして細身の男は僕にまたがると、なんどもなんども僕の顔を殴りつけた。
徐々に顔の感覚が無くなってゆき、身体を動かせなくなった。
男はふぅと一息つくと、彼女の方に向かってゆく。
「うっっわ、マジで可愛いな。最高のアルバイトだわ」
細身の男は彼女を覗き込むと、ズボンを下ろした。
「咥えろよ」
決して動くことの無い身体を必死に動かそうとする僕は、襲われている彼女をただ見ることしか出来なかった。
あれからどのくらい時間が経ったのだろう。
鉛のように重い身体を持ち上げ、彼女の方へ向かう。
その時既に男達はいなく、服を乱暴に脱がされた彼女が置いてあっただけだった。
「なんで、ど、、して、、、。」
彼女は風に吹かれれば消えてしまいそうな声で、その言葉を繰り返していた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
僕は自分の胸を強く押え、君の暖かな肌に触れた。
次の日、このことが新聞の切れ端に載った。
たちまち噂は学校中に広まり、僕は学校に行けなくなった。
朝起きて顔を洗おうと洗面台に向かうと、鏡に映るのは''天使とは程遠い''醜く腫れ上がった自分だ。
その自分と目が合った時、心の底から笑いが込み上げた。
喉の奥が熱くなり徐々に嫌な苦味が出てくる。
そして次の瞬間、僕は激しく吐いた。
自分の嘔吐物で汚れた洗面台が綺麗に見えた。
「カンパーイ!」
4人の成人男性が騒がしくジョッキグラスをぶつけ合う。
キンキンに冷えた生ビールで喉を焼く。
「ぷはぁー!」
ビールは最初の一口がいちばん美味いと聞くが、ほんとにその通りだと思う。
日頃、社会人として徐々に汚れてゆく自分の精神を酒という聖杯で浄化するこの瞬間のために生きてる。
「いやぁ、今週もやりきったわぁ」
そう言って男は顔を机に埋めた。
「今日のMVPは鈴木!おまえだよー!」
「いやいやそんなことねぇって、みんなで勝ち取ったんだから」
「そういういつも下からなお前だから皆から期待されるんだろうなぁ」
「だからやめろって!」
そのあと男達は騒がしく笑った。
「そういや鈴木明日って……」
季節は10月中旬。
夏の暑さもようやく無くなり、少し肌寒い風が優しく体に当たる。
歩くとサンダルに砂利が入り、その度その足をぷらぷらと揺らし砂利を追い出す。
水が入った桶を両手に持ち歩く。
「お待たせ」
拝石(はいせき)の隣に桶をガタリと置き、柄杓(ひしゃく)で水を撒いた。
灯篭の中に閉まっておいた雑巾を取り出し、水に濡らして墓誌(ぼし)を拭いた。
墓の部分部分を一つ一つ丁寧に拭いてゆく。
「うぅぅ、できたー」
2時間ほど掃除をして腰を伸ばした。
2輪のオキナグサを花立に入れて、線香に火をつける。
煙が線香の心地の良い匂いを連れてくる。
大きく深呼吸をして香炉に入れ、両手を合わせた。
10年前の今日、君は死んだ。
不幸に''襲われた''人生
皆は口を揃えてこう彼女に言った。
ここで、両手を合わせるたびにあの記憶が蘇る。
嬉しいと笑う君の顔。
君の肌の温もり。
その全てが心地よい。
あの日、あの朝、なけなしの金を握りしめて''頼んで''良かったと本当に思う。
おかげで朝ちょっぴり怒られたけど、それもまた思い出。
夢が見つかったと希望に満ち溢れ輝く瞳と目が合った時、僕は心の底から湧き出る感情の高ぶりを感じた。
君の温かい動脈の鼓動も手のひらで鮮明に覚えてる。
君は僕になんども問いた。
これが答えさ。
これが僕。
これでようやく僕の話は次へ進む。
拝啓いつかの遠いきみへ。
夜ごとの虫の音に、深まりゆく秋を感じる頃となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
この度僕は結婚をすることになりました。
こんなことを君に言うのはおかしいでしょうか。
でもきっと君はまた呆れた顔で笑ってくれるでしょう。
まだ結婚式は挙げてないけど、実はもう子供が出来ました。
早ければ来年の1月に産まれて来てくれるとお医者さんが教えてくれました。
お腹の子は女の子だそうです。
僕の隣は君じゃないけど、僕はずっと君を忘れないよ。
これからも私の人生は楽しいことで溢れることでしょう。
早く娘が大きくなればいいのだけれど。
   
紅葉の美しい爽やかな季節となりました。
健康には十分留意し、秋の夜長を楽しみましょう。
ボロボロにちぎれた純白の翼はいつしか漆黒くに染まり、君の墓を出る時、僕の右手は純粋な愛液にまみれていた。

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