悲喜交々
母さん
俺は母さんが大嫌いだ。
話はつまらないし何をするにもしつこく口を出してくる。
母さんはなにをやってもだめだめで、掃除も出来なければ料理もできない。
だからいつも体の弱い父に全てを任せ、自分はだらだらとしていて、母親らしいことは何一つされなかった。
だから俺は高校卒業してすぐに家を出た。
都会の大学に入学して、4年生になってからの今まで1回も実家に帰ってない。
『ヴーヴーヴー』
机の上でスマホが振動している。
画面を見ると母さんの電話だった。
またか。
俺は大きくため息をついて電話をとった。
「なに?」
『たく?元気にしてる?』
「まぁ」
『今年は帰ってくるでしょ?』
「今年も先輩の家で泊まるから」
『そう…。いつ帰ってくるの?』
「わからない」
『いつでも帰ってきていいんだからね』
「うん」
『あ、そう言えばね、この前お父さんとね、、、』
「今忙しいから」
そこから母さんの返答を聞かず、一方的に電話を切った。
毎年。
毎年こうやって電話をかけてくる。
うざい。
きもい。
会いたくない。
それからしばらくして、俺は大手企業に就職することになった。
就職してからも電話は続いた。
最初は出ていたが、仕事が忙しくなり次第にその電話に俺は出なくなった。
「ええ、社員の皆さん!今年もお疲れ様でした!」
宴会場でシャンパンを片手に社長が話している。
「日頃我社のために働いてくださる皆様、今日は仕事のことを忘れて、楽しみましょう!それでは乾杯!!」
社長の掛け声の後に全社員が一斉に乾杯をする。
今年も終わるの早かったな。
「たくぅ~、今年もありがとうな!」
満面の笑みで絡んでくるこの男は
日頃お世話になっている先輩だ。
「先輩、こちらこそありがとうございました!」
「ところでお前は彼女っているのか?」
「一応募集はしてるんですけどねぇ~」
「んだよ!いないのぉ~?」
「なかなか出会いがなくて」
俺は気まずく笑う。
すると先輩が俺の肩を組み出してこう言った。
「おれが紹介してやるか?」
「え!いいんすか?」
「実はな、お前に気がある子がいんだよ」
「え!?だれっすか?」
「杏美ちゃんだよ」
おれは思わず飲みかけのビールを吹き出した。
「ゴホゴホ!あ、杏美ちゃんってあの、杏美ちゃん!??」
「もちろん」
先輩は怪しい笑みを浮かべそう答えた
「え、嘘ですよね?」
「ほんとだって!」
「だって杏美ちゃんはこの会社のマドンナじゃないですか、、俺には高嶺の花ですよ」
「そういうマイナスから入るところは入社してからなんにも変わってねぇなぁ」
そのあと先輩は「別に信じなくてもいいぞー」と話題を投げ捨てた。
先輩と離れ、しばらく1人で飲んでいると女性に声をかけられた。
「いま1人?」
杏美ちゃんだ。
先程の話しが耳に残っている俺は動揺した。
「え!あ!ひ、1人です…。」
「同期なんだから敬語なんかやめてよ」
そういって杏美ちゃんは笑った。
「よかったら私の話し相手になってよ」
「全然いいです…じゃなくて、全然いいよ!」
「よかった、ちょうど暇してたんだよねぇ」
そのあと改めて2人で乾杯をした。
「杏美ちゃんってお酒とか強いの?」
「まぁ、普通?くらいじゃないかな」
「たくくんは?」
「おれ弱いよ」
「えー!意外だね」
「そんなことないでしょ」
「けっこう酒飲みだと思ってた」
「いや、おれにその要素ゼロだから」
「あはは、そういえばこの前課長がね、、、、」
そこから1時間くらいだろうか。
お互い酒がまわり始め、徐々に話しが盛り上がってきたちょうどそのとき、
電話が鳴った。
「たくくん電話鳴ってるよ?」
「え?」
電話を見ると母さんからの電話だった。
しかし俺はすぐに電話の電源を切った。
「ん?でないの?」
「ああ、これは出なくて大丈夫な人だから」
「ふーん」
杏美ちゃんはロックのハイボールをカラカラと混ぜていた。
更に年月が経ち、4回目の忘年会がやってきた。
俺と杏美ちゃんはあれから恋人同士になり、俺は初めてのプロジェクトを成功させ、27歳で課長に就任し、順風満帆な生活を送っていた。
「いやぁ、ついに俺がたくに越されたか」
先輩は唐揚げにレモンをかけている。
「なに言ってるんすか、今に始まったことないでしょ」
「おま、おまえなぁ!」
肩を軽くぶたれた。
その光景を見ていた周りは笑った。
隣で杏美ちゃんが俺の右腕に寄りかかりながら笑っている。
「出世の報告は家族にしたの?」
忘年会が中盤に差し掛かった頃、杏美ちゃんが唐突に質問を投げかけてきた。
「ま、まぁ」
「もしかして、してないの?」
「え?あ、うん…」
「えー、もしかしてタクくんてそういうの疎かにしちゃうタイプ?」
「疎かするとかじゃなくて、あんま仲良くないって言うか…」
「ふーん」
それ以来おれは実家の様子が気になるようになった。
もうだいぶ家族とは話していない。
今年の正月顔出してみるか。
忘年会を終え数年ぶりに母に電話をかけた。
一定のリズムでなる機械音。
____お掛けになった電話をお呼びしましたが、              
おでになりません。
その後何度か掛けてみたが母は出ることはなかった。
1月3日、、、俺は荷物をまとめ家を出た。
徐々に見慣れた景色が広がってゆく。
駅に着いて大きく息を吸い込んだ。
小寒の冷たい空気が肺を凍らせる。
地元を出て数年、、家も景色も何も変わっていなかった。
『ピンポーン』
家のチャイムを押すが、待てど暮らせど誰も来ない。
試しに玄関の取っ手を引くと簡単に開いた。
「ただいまー」
「....」
鍵の掛け忘れだろうか…
俺は靴を脱いでリビングに向かった
ドアを開けると“あの頃”の記憶が鮮明に浮き上っていく。
深く溜息を出して椅子に座る。
不意にキッチンの方を向くとフローリングに透明色の何かが散乱している。
近づいて見てみると「ガラス....?」ゆっくりと顔を近づいて見てみる、、、
「たく!!?」
突如勢い良く呼ばれ、思わず声が出た。
振り向くと、ひどい顔をした父だった。
「お前いつ帰ってきたんだ」
「え、ついさっきだけど、、なにがあっ、、、、」
俺が質問をし終える前に父は言葉を放った。
「お母さんが倒れた」
いつかの昼時、みな仲の良い友達と楽しそうに話しながらお弁当を食べている。
俺のお弁当はまだ開かれていない。
「遠藤くんのお弁当すごい!」
その声を皮切りに教室中のお友達が集まってきた。
「わー!ほんとにゴブリンガーだ!!」
「かっこいい!」
ゴブリンガーとは最近学校で流行っているアニメのキャラクターだ。
遠藤くんのお弁当には本物そっくりのゴブリンガーが描かれていた。
「そういえばたくのお弁当もキャラ弁だってよ」
そしたら次に俺の所に人が集まってくる。
「たくのも見せてよ!!」
「気になる!」
「たくもゴブリンガー??」
遠藤くんへの期待をそのまま自分に向けられた。
だけど俺は知っていた。俺の母さんは遠藤くんのお母さんのように器用じゃない。
お弁当を開くと案の定、お世辞にも良いと言えないボロボロのゴブリンガーが俺を見上げていた。
重い空気に支配された車内。
父の話によると母が倒れたのは二日前、夕飯のしたく途中突然倒れたのだそうだ。
慌てて救急車を呼び、そこから一睡もしない状態で母の看病をしてたらしい。
「いまから一緒にお母さんの所にいくぞ」
父はそう言ってふらふらと俺の腕を掴んだ。
「いや、俺一人で行くよ」
父は「そうか」と小さく呟いた後、
「途中スーパーでリンゴを買って行きなさい」と掴んだままの腕を揺らした。
俺は父を家に残し、一人車で母が入院している病院へ向う。
「えっと、、、野村さんの病室は108です」
母がいる病室の前で俺は立ち止まった。
そして大きく息を吸い込んでドアを開いた。
一瞬、視界が白い光に包まれ徐々に母の姿が浮かび上がってくる。
静かな病室に鳴り響く機械音。
「久しぶり」
俺は眠っている母に呟いた。
「リンゴ、ここに置いておくね」
フロントの近くの個室か、、、、
きっと''そういう事''なのだろう。
『失礼します』
入って来たのは母の担当医師だった。
「野村たくさんで間違いないですか」
神妙な顔なその医師は、俺に話があると言って診察室へ案内しだした。
「どうぞお座りください」
俺が座ると静かに話し始める。
「えぇ…お話というのはお察しのとおりお母様のことです。」
「はい」
「先日救急搬送された事はご存知でしょうか。」
「はい、父から聞きました」
「そうですか、ではお母様の病気についてはどの程度、、」
「いえ、まったく」
「そうですか、、では、お話させていただきます______」
シロツメクサが見守る公園。
「たくー!」
遠くの方で母が俺を呼ぶ。
「ママー!!」
声の方へ全力で走る俺。
その後母と抱きついた。
母も俺も笑ってた。
こんな時あったっけ、、、、。
家に帰り、リビングでコーヒーを飲んだ。
外で遊ぶ子供の声が聞こえる。
先生からの話は思っていた通りだった。
母の体はとうに限界を迎えており、運良くもって3日だそうだ。
「お母さん、起きたか?」
寝室から出てきた父が問うた。
「寝てた」
「そうか、いつ帰るんだ?」
「明日」
「せっかく久しぶりに来たのに悪いな」
しばらく間を置いて「謝る必要ないよ」と父に返した。
俺は母が嫌いだ。
今まで何度いなくなって欲しいと思ったことか。
なのに何故なのだろう。。
次の日、父に連れられバイトのもとへ向かった。
病室のなか、相変わらず母が寝ている。
しばらくして父が「今日、何時に帰るんだ」と聞いてきた。
「17時の電車に乗る」
「わかった。ちょっとトイレ行ってくる」
父はそう言い残し、病室を出た。
静かに上下する胸を見て''まだ生きている''と実感する。
病室から見える窓からは芽を出し、まだかまだかと春を待つ桜が覗いている。
「たく…?」
驚き顔をむくと、母と目が合った。
「おはよう」
俺は困惑する自分を隠すため平然がった。
「うん」
母は微笑み、天所を向いた。
俺は母の目覚めを知らせるためナースコールに手を伸ばす。
「たくちゃんとご飯食べてる?」
その言葉を聞いて俺の手が止まった。
「食べてるよ」
「そう」
「…。」
「仕事は上手くいってるの?」
「うん」
「よかった。」
「………。」
母はそれ以上何も聞いてこなかった。
「母さん俺さ、、、」
『ピロピロ』
携帯が鳴った。
会社からだ。
「ごめん、すぐ戻る」
俺は病室を出て、電話に出た。
「はい」
『休暇のところ悪いな、明日の会議のことなんだけど』
「すみません。明日、行けなくなりました」
『え、なんかあったか』
「母が倒れて、、」
『え!?それは大変だな』
「すみません。忙しい時に」
『いやいや、全然大丈夫。俺から係長に言っとくから』
「ありがとうございます」
電話を切り、病室に戻ると母はもう眠っていた。
その瞬間、自分の目から何かが垂れた。
「え…?」
そのなにかは、どんどん溢れてきて、瞳を熱くする。
俺はわけも分からず泣いていた。
あんなに嫌いなのに、あんなに憎たらしいのに、、、
止まらず出てくる大粒の涙が、まるで今までの俺を否定いるように。
なんで、どうして
何度も何度も自分に問いかけるが、涙は止まらなかった。
それから一週間後の早朝、危篤の連絡を受け病院へ向かった。
まだ暗い病室には、地元を出て以来全く話していなかった親戚や従兄弟達が神妙な面持ちで母を見守っている。
「たく、帰ってきてたのか」
小さい頃お世話になった、お隣の長谷川さんだ。
「ご報告もなくすみません。」
「いいんだいいんだ、それよりお母さんに最後の言葉を送ってあげなさい」
長谷川さんに押され母の元へ行く。
「ああ、うぅ…」
言葉が見つからない。
その時、病室で母と話した日のことを思い出した。
「母さん俺、彼女ができたんだ。とても綺麗で、元気で口うるさくて、、、
でもあいつ不器用なんだよ。
この前だって新入社員の入社祝いだとか言って、オフィスに飾り付けしてたけど
色合いが悪くて全然きれいじゃないんだよ。
でも好きなんだ。そんな口うるさくて不器用なあいつが、、ほんと母さんそっくりで。。。」
いつからだろう。
自分ではもうどうしようもないほど泣いていた。
その時、自分の愚かさを初めて自覚した。
俺は母さんの事がずっと好きだった。
母さんがどれ程頑張って作ってくれたお弁当だって、周りからバカにされる。
でも母さんはそんなの何も気にしていないようで、いつものように優しく笑いかけてくれる。悔しかった。悲しかった。もっと自慢したかった。
俺の母さんはお前らなんかと比べ物にならないほど素敵な人なんだと。。
でもいつしか自分も周りと同じように母を見下していた。
あんなに優しい母を裏切ってしまった。
それから俺は母の手を取って何度も何度も謝った。
母の手を見る。
細くなった母の手には、いろんな大きさのシミができていてとても温かい。
「母さん、年取ってたんだな。。」
母はすっと涙をこぼすと、そのまま静かに息を引き取った。
母の顔はとても安心しているようにみえた。
夕暮れの公園。
「ママー!!」
一人の少年が母を呼ぶ。
近寄る母に「これあげる」とシロツメクサで作った花の冠を渡した。
「こんなに綺麗な冠さん本当にお母さんが貰っていいの?」
「うん!ママのために作ったんだ!」
「ありがとう」
そう言って母は少年を抱きしめる。
抱きしめられた少年は嬉しそうに母に叫んだ。
「ママだーい好き!!」
話はつまらないし何をするにもしつこく口を出してくる。
母さんはなにをやってもだめだめで、掃除も出来なければ料理もできない。
だからいつも体の弱い父に全てを任せ、自分はだらだらとしていて、母親らしいことは何一つされなかった。
だから俺は高校卒業してすぐに家を出た。
都会の大学に入学して、4年生になってからの今まで1回も実家に帰ってない。
『ヴーヴーヴー』
机の上でスマホが振動している。
画面を見ると母さんの電話だった。
またか。
俺は大きくため息をついて電話をとった。
「なに?」
『たく?元気にしてる?』
「まぁ」
『今年は帰ってくるでしょ?』
「今年も先輩の家で泊まるから」
『そう…。いつ帰ってくるの?』
「わからない」
『いつでも帰ってきていいんだからね』
「うん」
『あ、そう言えばね、この前お父さんとね、、、』
「今忙しいから」
そこから母さんの返答を聞かず、一方的に電話を切った。
毎年。
毎年こうやって電話をかけてくる。
うざい。
きもい。
会いたくない。
それからしばらくして、俺は大手企業に就職することになった。
就職してからも電話は続いた。
最初は出ていたが、仕事が忙しくなり次第にその電話に俺は出なくなった。
「ええ、社員の皆さん!今年もお疲れ様でした!」
宴会場でシャンパンを片手に社長が話している。
「日頃我社のために働いてくださる皆様、今日は仕事のことを忘れて、楽しみましょう!それでは乾杯!!」
社長の掛け声の後に全社員が一斉に乾杯をする。
今年も終わるの早かったな。
「たくぅ~、今年もありがとうな!」
満面の笑みで絡んでくるこの男は
日頃お世話になっている先輩だ。
「先輩、こちらこそありがとうございました!」
「ところでお前は彼女っているのか?」
「一応募集はしてるんですけどねぇ~」
「んだよ!いないのぉ~?」
「なかなか出会いがなくて」
俺は気まずく笑う。
すると先輩が俺の肩を組み出してこう言った。
「おれが紹介してやるか?」
「え!いいんすか?」
「実はな、お前に気がある子がいんだよ」
「え!?だれっすか?」
「杏美ちゃんだよ」
おれは思わず飲みかけのビールを吹き出した。
「ゴホゴホ!あ、杏美ちゃんってあの、杏美ちゃん!??」
「もちろん」
先輩は怪しい笑みを浮かべそう答えた
「え、嘘ですよね?」
「ほんとだって!」
「だって杏美ちゃんはこの会社のマドンナじゃないですか、、俺には高嶺の花ですよ」
「そういうマイナスから入るところは入社してからなんにも変わってねぇなぁ」
そのあと先輩は「別に信じなくてもいいぞー」と話題を投げ捨てた。
先輩と離れ、しばらく1人で飲んでいると女性に声をかけられた。
「いま1人?」
杏美ちゃんだ。
先程の話しが耳に残っている俺は動揺した。
「え!あ!ひ、1人です…。」
「同期なんだから敬語なんかやめてよ」
そういって杏美ちゃんは笑った。
「よかったら私の話し相手になってよ」
「全然いいです…じゃなくて、全然いいよ!」
「よかった、ちょうど暇してたんだよねぇ」
そのあと改めて2人で乾杯をした。
「杏美ちゃんってお酒とか強いの?」
「まぁ、普通?くらいじゃないかな」
「たくくんは?」
「おれ弱いよ」
「えー!意外だね」
「そんなことないでしょ」
「けっこう酒飲みだと思ってた」
「いや、おれにその要素ゼロだから」
「あはは、そういえばこの前課長がね、、、、」
そこから1時間くらいだろうか。
お互い酒がまわり始め、徐々に話しが盛り上がってきたちょうどそのとき、
電話が鳴った。
「たくくん電話鳴ってるよ?」
「え?」
電話を見ると母さんからの電話だった。
しかし俺はすぐに電話の電源を切った。
「ん?でないの?」
「ああ、これは出なくて大丈夫な人だから」
「ふーん」
杏美ちゃんはロックのハイボールをカラカラと混ぜていた。
更に年月が経ち、4回目の忘年会がやってきた。
俺と杏美ちゃんはあれから恋人同士になり、俺は初めてのプロジェクトを成功させ、27歳で課長に就任し、順風満帆な生活を送っていた。
「いやぁ、ついに俺がたくに越されたか」
先輩は唐揚げにレモンをかけている。
「なに言ってるんすか、今に始まったことないでしょ」
「おま、おまえなぁ!」
肩を軽くぶたれた。
その光景を見ていた周りは笑った。
隣で杏美ちゃんが俺の右腕に寄りかかりながら笑っている。
「出世の報告は家族にしたの?」
忘年会が中盤に差し掛かった頃、杏美ちゃんが唐突に質問を投げかけてきた。
「ま、まぁ」
「もしかして、してないの?」
「え?あ、うん…」
「えー、もしかしてタクくんてそういうの疎かにしちゃうタイプ?」
「疎かするとかじゃなくて、あんま仲良くないって言うか…」
「ふーん」
それ以来おれは実家の様子が気になるようになった。
もうだいぶ家族とは話していない。
今年の正月顔出してみるか。
忘年会を終え数年ぶりに母に電話をかけた。
一定のリズムでなる機械音。
____お掛けになった電話をお呼びしましたが、              
おでになりません。
その後何度か掛けてみたが母は出ることはなかった。
1月3日、、、俺は荷物をまとめ家を出た。
徐々に見慣れた景色が広がってゆく。
駅に着いて大きく息を吸い込んだ。
小寒の冷たい空気が肺を凍らせる。
地元を出て数年、、家も景色も何も変わっていなかった。
『ピンポーン』
家のチャイムを押すが、待てど暮らせど誰も来ない。
試しに玄関の取っ手を引くと簡単に開いた。
「ただいまー」
「....」
鍵の掛け忘れだろうか…
俺は靴を脱いでリビングに向かった
ドアを開けると“あの頃”の記憶が鮮明に浮き上っていく。
深く溜息を出して椅子に座る。
不意にキッチンの方を向くとフローリングに透明色の何かが散乱している。
近づいて見てみると「ガラス....?」ゆっくりと顔を近づいて見てみる、、、
「たく!!?」
突如勢い良く呼ばれ、思わず声が出た。
振り向くと、ひどい顔をした父だった。
「お前いつ帰ってきたんだ」
「え、ついさっきだけど、、なにがあっ、、、、」
俺が質問をし終える前に父は言葉を放った。
「お母さんが倒れた」
いつかの昼時、みな仲の良い友達と楽しそうに話しながらお弁当を食べている。
俺のお弁当はまだ開かれていない。
「遠藤くんのお弁当すごい!」
その声を皮切りに教室中のお友達が集まってきた。
「わー!ほんとにゴブリンガーだ!!」
「かっこいい!」
ゴブリンガーとは最近学校で流行っているアニメのキャラクターだ。
遠藤くんのお弁当には本物そっくりのゴブリンガーが描かれていた。
「そういえばたくのお弁当もキャラ弁だってよ」
そしたら次に俺の所に人が集まってくる。
「たくのも見せてよ!!」
「気になる!」
「たくもゴブリンガー??」
遠藤くんへの期待をそのまま自分に向けられた。
だけど俺は知っていた。俺の母さんは遠藤くんのお母さんのように器用じゃない。
お弁当を開くと案の定、お世辞にも良いと言えないボロボロのゴブリンガーが俺を見上げていた。
重い空気に支配された車内。
父の話によると母が倒れたのは二日前、夕飯のしたく途中突然倒れたのだそうだ。
慌てて救急車を呼び、そこから一睡もしない状態で母の看病をしてたらしい。
「いまから一緒にお母さんの所にいくぞ」
父はそう言ってふらふらと俺の腕を掴んだ。
「いや、俺一人で行くよ」
父は「そうか」と小さく呟いた後、
「途中スーパーでリンゴを買って行きなさい」と掴んだままの腕を揺らした。
俺は父を家に残し、一人車で母が入院している病院へ向う。
「えっと、、、野村さんの病室は108です」
母がいる病室の前で俺は立ち止まった。
そして大きく息を吸い込んでドアを開いた。
一瞬、視界が白い光に包まれ徐々に母の姿が浮かび上がってくる。
静かな病室に鳴り響く機械音。
「久しぶり」
俺は眠っている母に呟いた。
「リンゴ、ここに置いておくね」
フロントの近くの個室か、、、、
きっと''そういう事''なのだろう。
『失礼します』
入って来たのは母の担当医師だった。
「野村たくさんで間違いないですか」
神妙な顔なその医師は、俺に話があると言って診察室へ案内しだした。
「どうぞお座りください」
俺が座ると静かに話し始める。
「えぇ…お話というのはお察しのとおりお母様のことです。」
「はい」
「先日救急搬送された事はご存知でしょうか。」
「はい、父から聞きました」
「そうですか、ではお母様の病気についてはどの程度、、」
「いえ、まったく」
「そうですか、、では、お話させていただきます______」
シロツメクサが見守る公園。
「たくー!」
遠くの方で母が俺を呼ぶ。
「ママー!!」
声の方へ全力で走る俺。
その後母と抱きついた。
母も俺も笑ってた。
こんな時あったっけ、、、、。
家に帰り、リビングでコーヒーを飲んだ。
外で遊ぶ子供の声が聞こえる。
先生からの話は思っていた通りだった。
母の体はとうに限界を迎えており、運良くもって3日だそうだ。
「お母さん、起きたか?」
寝室から出てきた父が問うた。
「寝てた」
「そうか、いつ帰るんだ?」
「明日」
「せっかく久しぶりに来たのに悪いな」
しばらく間を置いて「謝る必要ないよ」と父に返した。
俺は母が嫌いだ。
今まで何度いなくなって欲しいと思ったことか。
なのに何故なのだろう。。
次の日、父に連れられバイトのもとへ向かった。
病室のなか、相変わらず母が寝ている。
しばらくして父が「今日、何時に帰るんだ」と聞いてきた。
「17時の電車に乗る」
「わかった。ちょっとトイレ行ってくる」
父はそう言い残し、病室を出た。
静かに上下する胸を見て''まだ生きている''と実感する。
病室から見える窓からは芽を出し、まだかまだかと春を待つ桜が覗いている。
「たく…?」
驚き顔をむくと、母と目が合った。
「おはよう」
俺は困惑する自分を隠すため平然がった。
「うん」
母は微笑み、天所を向いた。
俺は母の目覚めを知らせるためナースコールに手を伸ばす。
「たくちゃんとご飯食べてる?」
その言葉を聞いて俺の手が止まった。
「食べてるよ」
「そう」
「…。」
「仕事は上手くいってるの?」
「うん」
「よかった。」
「………。」
母はそれ以上何も聞いてこなかった。
「母さん俺さ、、、」
『ピロピロ』
携帯が鳴った。
会社からだ。
「ごめん、すぐ戻る」
俺は病室を出て、電話に出た。
「はい」
『休暇のところ悪いな、明日の会議のことなんだけど』
「すみません。明日、行けなくなりました」
『え、なんかあったか』
「母が倒れて、、」
『え!?それは大変だな』
「すみません。忙しい時に」
『いやいや、全然大丈夫。俺から係長に言っとくから』
「ありがとうございます」
電話を切り、病室に戻ると母はもう眠っていた。
その瞬間、自分の目から何かが垂れた。
「え…?」
そのなにかは、どんどん溢れてきて、瞳を熱くする。
俺はわけも分からず泣いていた。
あんなに嫌いなのに、あんなに憎たらしいのに、、、
止まらず出てくる大粒の涙が、まるで今までの俺を否定いるように。
なんで、どうして
何度も何度も自分に問いかけるが、涙は止まらなかった。
それから一週間後の早朝、危篤の連絡を受け病院へ向かった。
まだ暗い病室には、地元を出て以来全く話していなかった親戚や従兄弟達が神妙な面持ちで母を見守っている。
「たく、帰ってきてたのか」
小さい頃お世話になった、お隣の長谷川さんだ。
「ご報告もなくすみません。」
「いいんだいいんだ、それよりお母さんに最後の言葉を送ってあげなさい」
長谷川さんに押され母の元へ行く。
「ああ、うぅ…」
言葉が見つからない。
その時、病室で母と話した日のことを思い出した。
「母さん俺、彼女ができたんだ。とても綺麗で、元気で口うるさくて、、、
でもあいつ不器用なんだよ。
この前だって新入社員の入社祝いだとか言って、オフィスに飾り付けしてたけど
色合いが悪くて全然きれいじゃないんだよ。
でも好きなんだ。そんな口うるさくて不器用なあいつが、、ほんと母さんそっくりで。。。」
いつからだろう。
自分ではもうどうしようもないほど泣いていた。
その時、自分の愚かさを初めて自覚した。
俺は母さんの事がずっと好きだった。
母さんがどれ程頑張って作ってくれたお弁当だって、周りからバカにされる。
でも母さんはそんなの何も気にしていないようで、いつものように優しく笑いかけてくれる。悔しかった。悲しかった。もっと自慢したかった。
俺の母さんはお前らなんかと比べ物にならないほど素敵な人なんだと。。
でもいつしか自分も周りと同じように母を見下していた。
あんなに優しい母を裏切ってしまった。
それから俺は母の手を取って何度も何度も謝った。
母の手を見る。
細くなった母の手には、いろんな大きさのシミができていてとても温かい。
「母さん、年取ってたんだな。。」
母はすっと涙をこぼすと、そのまま静かに息を引き取った。
母の顔はとても安心しているようにみえた。
夕暮れの公園。
「ママー!!」
一人の少年が母を呼ぶ。
近寄る母に「これあげる」とシロツメクサで作った花の冠を渡した。
「こんなに綺麗な冠さん本当にお母さんが貰っていいの?」
「うん!ママのために作ったんだ!」
「ありがとう」
そう言って母は少年を抱きしめる。
抱きしめられた少年は嬉しそうに母に叫んだ。
「ママだーい好き!!」
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