インペリウム『皇国物語』

funky45

88話 雷光の覇

 居住区画の集合住宅にて魔物が目撃されたという情報を受けたクルス教徒達が深夜の雨の中、傭兵を引き連れて向かっていく。正確には魔物を連れた人間が潜伏しているという情報が元であった。雨を凌ぐためのものでフードを被っており一件すると本当に怪しいカルト団体のように見られてしまう。

「聞くところに寄ればガキが三匹に元軍人だ」

「あーあ…人間を守る軍人さんがなーにやっちゃってんですかね」

 信者と思われる二人の男。一人は中年の無精髭を生やした男に、もう一人の軽口を叩いたのはかなりきつめのつり目に顔のあちこちにピアスのような装飾品を付けている短髪の男。風貌はともかくとしても彼らは傭兵と見間違う荒い言葉使い。何やら傭兵に指示を促した後に数名を先行として突入させる。裏にもう数名向かわせて鋏打ちに部隊を展開する。

 先行部隊はマスケットは使わずに剣を構えて、極力音を立てずに一階二階と上がっていく。そして遂にカブスの部屋の前へとたどり着き、彼らはゆっくりと手を掛けた。扉の開く音がゆっくりと鳴り木の軋む音共に扉を開けたが―…

 乾いた音が鳴り響く。鉛玉は扉を開けた傭兵の心臓を抜き、その場に倒れこむ傭兵。

 その音に一同は反応し、先行部隊の援護へ回る様に無精髭の男は指示を出す。

 一連の騒動に隣人たちも目を覚ますが、彼らが巡回するようになってから度々起こるようになったことなので彼らもなすすべなくただ時が流れるのを待つしかなかった。

 そして傭兵は室内へと突入していくがそこはすでに もぬけの殻。まだ衣類は暖かくほんのついさっきまでいたと考えられる。すぐに周辺捜索が行われ各部隊を数名に分けられる。



 ロゼット達は屋上から屋上へと飛び移って逃走。カブスの知る路地裏のルートを辿り彼にメモを渡された。どうやらこの路地裏の地図らしく、地理に詳しい者でなければ迷い込んでしまうほど入りくんだ迷宮となっている。この場所を選んだのは時間稼ぎも含めたうえでの行動。

「カブスさんはどうするんですか?」

「西側を掻い潜って、先に馬車を用意してくる。お前たちはここを抜けたらそのまま南側から出て都市の外を走り続けろ。回り道をしてから拾ってやる」

 それからついでに彼から小袋を手渡される。もし戦闘になったときに備えて食べるようにだけ伝えて彼は雨の中を単身で駆けてゆく。袋の中身はブロック状の保存食に少し似ていた。

「栄養剤かな…」

 そう呟くと背後から巡回の声が響き、すぐさま路地裏へと入り込んだ。

 一見普通の路地裏に見えるのだが行く先々がどこも同じ風景に見えてしまい、先ほども通ったのではないかと錯覚を起こしてしまいそうになる。

「確かにこれは迷うわ」

 シェイドも地理に特別強いわけではないが地元の人間はどうやら風と自身の勘を頼りに進んでいるとメモに追記されている。

 一方、追っ手も彼らが路地裏に入っていったところを目撃し、数名が待機して先ほどの男二人へ報告を行なっていた。

「連中はここを通りましたので何名か先遣で向かわせたのですが…」

 言葉に詰まる信者の一人に無精髭の男が尋ねると、この路地裏の性質を説明。しかもこの雨では発見はおろか地理に詳しくない人間であれば抜け出す事さえ容易ではない。彼もすぐに判断し、回り道をさせて傭兵を中心とした部隊を向かわせる。彼の横で笑うつり目の男。

「少し気張りすぎやしない?」

魔物アレは一匹いれば数日で無数になる。動物にしろ同じだ。奴らはいずれ神をも恐れぬ魔となる。それは脅威となり人間を滅ぼす。なら俺たちの為すべきことはなんだ?」

「動物であっても同じこと。奴らの唱える保全に加担するのであればそいつは『人間』ではない」

 拳を握りしめながら無精髭の男の目は血走り、静かなる怒りを露にして殺意を放つ。

「あんたどこまでも狂信者だね」

「お前もな」

 つり目の男は腰周りに装備されたフックショットを建物目掛けて射出。ワイヤーアクションのように渡り歩いて、高所から彼らの先回りをするために先行部隊よりも先駆けてゆく。

「あー…あれかもしかして」

 丁度ロゼット達も路地裏から抜け出して大通りをそのまま素通りしていくところを発見。時短も成功したところで南側のゲートまでそう遠くない通りにまで差し掛かり安心しきっていたところへ彼は目の前に降り立つ。

「な…空から降ってきた!?」

「ふふふ、種も仕掛けもないよ。おー…それが例の魔物か」

 ロゼットの抱えている布を指差してヘラヘラと笑いながら近付いてくる。ロゼットはシンシアに澄華を託して剣を構える。シェイドも応戦するべく剣を構えるが男が思いも寄らない行動に移ったのだ。

「待ち待ち、ちょいと君たち勘違いしてないか?」

 両手を挙げて少し大袈裟な素振りで彼らに魔物を引き渡すように説得を始めた。

「そこの奴を引き渡してくれりゃ、君たちには何もしないから。子供相手に僕たちだって手を出すようなことは避けてきたんだよ。だってそうでしょ? 子供は将来を担う大事な宝なんだから」

 澄華を引き渡せばロゼット達のことは見逃すと提案。いきなり現われたフードを被った男、こちらが誰かから逃げているということも知っている人間にそんなこと言われたら怪しむのが人間の心理。当然ロゼットは乗るつもりもない。この手のやり口で大体はただでは済まないということは経験が全てを物語っていたからだ。

「引き渡す理由はないんじゃないかな?」とシェイドは彼に向かって問う。

「うーん…お兄さんとしては聞き分けの良い子でいることをお奨めするんだけどなぁ」

 おちゃらけたように答える男。シェイドはこの手の人間が最も苦手だった。考えていることは分かるのだが話し合いの余地を残そうとさえ考えていない人間の言葉。彼が一番信用していないものの一つだ。そもそも話し合いで解決できるのであれば彼らも追っ手を差し向けるなどまず考えない。

「まぁ…そんな余地なんてないけれどね」

 シェイドは剣を構えて臨戦態勢。ロゼットにシンシアと共に逃げるようには路地裏で密かに耳打ちしていたがいざ、こういう場面が来ると素直に聞けないのが彼女だ。

「シェイド君!」

「お前は逃げろって言ったろ。ちょっとくらい格好付けさせてよ」

「付けられる格好もないのに無理しないでよ!」

 ロゼットの直球な言葉に男は掠れ声で笑う。

「正直な子だな。彼女の言うとおりにしときなよ僕ちゃん」

 挑発だと分かっていてもシェイドは笑みこそ零れるが目は笑っていない。彼にしては珍しく余裕が見られないず普段ロゼットに対してかましている態度を目の前の男に取られるような状況で心境も苛立ちと焦りで入り乱れる。目の前に立つ男は恐らくかなりの手練れ。それも一つ二つの死線を潜り抜けてきたような話じゃない。ふざけた言動で隠していても分かる実力。ロゼットも同じものを感じ取っていただろう。

 雷光が走ったその一瞬の隙にシェイドとロゼットは一挙に距離を詰めて先制攻撃。両サイドからの斬り込む。

 しかしなんと彼らの剣撃は腕だけで受け止められてしまう。僅か一秒にも満たない剣撃を一瞬で受け止めるどころか腕だけでそれを難無く成し遂げる。すぐに距離を置き、次の動きに備えるが奇襲が失敗した時点ですでに二人に勝ち目などなかった。

「どうした? 遠慮なんてする必要はないよ。どんどん来なさいな」

 男の両腕には強固な作りと装飾を施された籠手が装着されており、二人の攻撃を受け止めたのはこれが原因。剣が効かないと判断したロゼットは左腕の魔力を溜め込み、シェイドとの波状攻撃で隙を作った際に魔法を放つ事に戦法を変える。

 シェイドの先制攻撃からのロゼットが反対側から攻めるも間に挟まれながら軽々と全て弾かれる。それだけに留まらず足元を狙い転倒を誘発させようとも試みるが全て読みきられシェイドは蹴り飛ばされる。

「がはっ…!!」

 鈍い音共に倒れこむシェイド。僅かな隙が出来た男の背後を取り溜めていた魔力を一気に解放。雷の青い輝きがひび割れのような閃光を放って男に牙を向く。直撃かと思われたが…。

 雷撃は籠手に直撃する前に勢いが減退し纏わりように腕周りに帯びるように、吸収されていった。

「えっ……ま、魔法が効かない!?」

 彼女のありったけの魔力を溜め込んだ魔法は一撃すら与える事も出来ずに取り込まれてしまった。

「へぇ、そっちの彼女は面白いもん使えるな」

 男の籠手が先ほどの雷撃を吸収したことによって電気のようなエネルギーを帯びて、機械のように変形機構によって形状が変化。そのままエネルギーを帯びたまま瞬きをする間もなくロゼットの腹部に一撃をかました。

 衝撃がロゼットの全身に伝わり、身体は一切反応すらできずにふっ飛ばされる。雨水で濡れた地面に身体が引きずられるように水しぶきを上げながら滑る。何が起こったのか反応できずに驚き、腹部を押さえて激痛に耐えることしか出来ない。嗚咽が漏れながら身体を必死に起こそうとしているところに男は近付き笑みを浮かべて彼女の顔面を思いっきり蹴り飛ばした。

「がはっ…ごふぁっ…けほっけほっ…」

 鼻血もたらたらと垂らしながら、頬は痣が出来て切れてしまい出血。追い討ちをかけるように腹部を何度も蹴り上げながら男は笑っている。

「魔法なんてものは悪魔の使うものなんだよ。僕の目の前で魔法を使うなんて…正気を疑うよ」

「まぁからこのままやっちゃっても問題ないと思うし」

 魔法を使った事に対して男は静かな怒りを沸々と煮えたぎらせているようだった。鬼気迫るシェイドが彼の背後を捉えて斬り込むが即座に防がれてしまう。

「君じゃ何回やっても無理だよ。彼女コレの方がまだ太刀筋は鋭かったよ」

「魔物なだけにね」

 その言葉を聞いてシェイドの目に殺意が篭る。彼女を魔物と呼ばれたことと、自分たちの信じるもの以外は全て有象無象に魔であるという考え方にも。

「こいつは魔物じゃないっ…!」

 男はそのままシェイドの腹部にも強烈な蹴りで文字通り一蹴する。見上げる男との実力差に歯軋りしつつシェイドは敗北感を味合わされる。彼らの騒ぎを聞きつけた傭兵達が合流し、その遅さに男は呆れた物言いで彼らの索敵能力の低さを指摘。

「おいおい、いくらなんでも遅すぎるんじゃないか?」

「これでも急いだのですがね。それからナーヴ殿、ヒュケイン殿が新たに魔物が確認されたと。東門に群れが向かっているとのことで」

「わかった、そっちに行くよ。弱らせておいたから後は頼むよ」

 ナーヴと呼ばれたその男はやってきたときと同じようにフックショットを用いて屋根を伝って飛び移っていく。

「で…仕事対象は…ガキかよ。まぁ魔物もいるし安い仕事だな…」

「ヴぇ、ヴェルちゃん…! 公爵…!!立ってっ…!」

 シンシアは二人を連れて逃げようとしていたところだったが二人を連れてなおかつ澄華も連れて逃げ切ることはほぼ不可能。傭兵はヨロヨロ逃げようとしていた彼女達に心底面倒臭そうな表情で剣を抜いて近付いてゆく。

 だが―…豪雨降り積もる中から歩く水音が響く。それは徐々にこちらへと近付いてきて、白金の煌びやかな線の細い鎧も纏った女性が歩いてくる。

 彼女達とすれ違いになる形でシンシアはそれを見送る。

 ブロンドの髪に眼帯を薄れ行く意識の中でロゼットは認識していた。

「あの…人…」

 彼女の呟いた声にシェイドも反応し、彼も意識がはっきりと戻りシンシアと共にロゼットを支えて逃げる事に専念する。シンシアは状況が掴めなかったが、とにかく先へ逃げることだけを考えてただ歩みを進めていく。

 そして彼女はその場で止まり、天を仰ぐ。まるで何かに許しを請うかのように―…。

「ああ…どうか―…彼らに幸あらんことを―…」

 彼女の行動に傭兵達は不審に思いひそひそと話す。手でくるくると愚者なのかという素振りを見せて完全に馬鹿にしている。どちらにしろ彼らも面倒であるため彼女を消す事に変わりはない。

「なんだこいつ…懺悔なら教会でやりな」

 傭兵の一人が彼女に近付き、不意打ちの一太刀を浴びせる。が―…

 男の人達が彼女に届く事はなかった。それどころか男の剣は折れ、そして首も地面に転がり落ちた。

 何が起こったのか理解できずに彼女の方を見ると彼女は右手を払い、僅かに付着した血を取る。

 轟々しい落雷と共に映る彼女の瞳は冷たい蒼を放ち、雷光の如く鋭い戦士のものであった。

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