インペリウム『皇国物語』

funky45

77話 生き方

 暖かな光と空気。小さな雫の集まりが草木や岩、地面に落ちて楽器のような音を鳴らす。流水の音は寝心地がとても良く、疲労もあってのことかすっかり眠り込んでいたらしい。


「ん……あ、ダリオ…さん?」


 ダリオさんは「まだ寝ていろ」と言っていたけれど妙に冴えてしまい体を起こす。私の背丈ほどあるであろう巨大な葉を何枚も重ねその上に布を敷いたような硬いベッドで眠っていたこともあり、少しだけ節々が痛い。解すようにその場で身体を動かしながらどれくらい眠っていたのか話を聞く。


「あのあと逃げてる最中に嬢ちゃんが気を失うように倒れちまって、休息を取って北上してるところだ」


「列車の出てる駅まで連れていけばあとは自力で帰れるな?」


  けれど、帰ると言ってもどこに帰るというのか。ミスティアのお屋敷へ―? ドラストニアの王宮へ―? それとも―…


 現代の私の家にー…?


 自分でも分かってはいたけど本当に『帰る場所』なんてどこにもない。ミスティアのお屋敷にしても住み込みで一時的なお仕事のため、ドラストニアの王宮も王族として迎えられたからだけど本当は王族でもなんでもない。


 でもこの『エンティア』と呼ばれる場所に私の知っている日本や故郷はどこにもない。私の本当に帰る場所はどこにもなかった。多分そんな私の心情を察したのかダリオさんは黙っている私にそれ以上なにか言おうとはしなかった。きっとこの人も同じ境遇だったからなのかもしれない。


 重い空気が漂い、間が持たず堪らず疑問をぶつける。


「列車って運行しているんですか…?」


 不意の私の質問に少しだけ言葉に詰まったあとすぐに答えてくれる。


「昔は止まってたんだが、今は雨水で沈むような場所では対策で鉄橋がようやく建設されたんだ」


 それまでは運行も止まっており、唯一活きていた路線はガザレリアとビレフ行きの鉄道のみであったために市場で商品不足が度々起こり、そのせいもあってか外から産業や人が入り込んできたのはこれが大きく影響しているみたい。この頃は財政的にも鉄橋を立てる余裕がなかったためにまずは鉄道を繋げる事を目的としていたそうだ。


「少し昔話になっちまうが…」そう言ってダリオさんはさらに話を続ける。


「ミスティアの原住民が元々魔物や動物を使役する狩猟民族だったのは知ってるか?」


 私は頷いて答える。疲れで実のところ少し話したい気分ではなかった。だから話を聞きたかった。


 ミスティアの土地の人々は狩猟で生計を立て、その技術から派生して縫製などの産業を発達させたのだそうだ。近世になってからは農業と畜産が発展し農村も大きくなりやがて都市へと変わる。国内でも有数の都市となり近代化にともなって遂に鉄道という運搬能力を得たことで都市も大いに発展するが、時代の変濁で国家同士での摩擦が生じたことで都市の発展も著しく停滞。


 当時の鉄橋のない鉄道では雨季に入ってしまうと国内での他の大規模な都市とほとんどの取引が一時的に停止状態となり他の商品の価格は上がってしまう。鉄道が運行しているのはビレフやガザレリア方面だけであるため彼らから物資を取り寄せるルートしかなかったが彼らにはミスティアから食料品を買わなくてはならない理由などなかった。そのため高額で売り付けられることも多々あり、時代が進むにつれて協定である程度ミスティアからも買付が義務付けられるが最低限で買えばそれで済んでしまう。けれどこちらは必要量買い付けなくては市場の商品不足が起こる。都市に住む人達は使うお金が増えてしまうが収入は激減、売る相手が限られてしまうのだから当然の結果だ。


 現在よりも環境の悪かった農畜産業も環境の激変で家畜はストレスを抱えて品質の悪い個体が増え、時には病気が蔓延し一つの牧場が全滅なんてこともザラにある。農作物も元々温暖な気候と水には困っていないため長期的な雨と暗雲による日光の不足などの問題が成長の阻害が起こったりなど酷い時には凶作で雨季が終わって食べるものが何もないなんてこともあったそうだ。


「それに加えて生息している魔物や生物も一体あたりが凶暴かつ凶悪な存在。家畜に農作物、住む人間が増えるとなるとそれら全部を守るためにどれだけの力が必要だと思う? みんながみんな狩猟民族としての能力を持っているわけでもない。伝統という形では残っていても本来は生きる為に体得した戦いの力だ」


 眠たそうな彼の特徴的な目に映る焚き火の明かりが印象的だった。そしてどこか力強く語るその言葉にも。私は黙って話を聞いていたが身体は黙っていられなかったのかお腹が大きな声を上げてしまう。ダリオさんは笑いながら食事にありつけそうなものを捕りに移動の準備を始める。顔が熱く自分でも赤くなっているのが分かって恥ずかしかったけれど先ほどまでの空気と違い少しだけ余裕が持てるようになった。


 ◇


 日が昇ったのか暗闇だった周囲に明るさが戻るが暗雲は続き雨と共に流れ行く血だまり。集落も襲撃で跡形もないような状態、副長含むほとんどの兵が犠牲となり馬車と遺体が発見されなかった点を見て住民は逃げ延びていると判断される。絶望的ではあるが引き続き生存者の捜索を続けるイヴの隊とその増援として先ほどの隊からも何名かこちらに到着し合流。互いに顔を見合わせて惨状に悔やむ声が漏れる。


 同時にあの役人が馬に跨りやって来た。彼と面識のあった兵がすぐさま駆け寄り挨拶を交わす。


「カブス将軍! このような場所に一体…如何されましたか?」


 兵は彼を将軍と呼んだが彼は昔のことだとその呼び名を嫌う。ここには急ぎの用件、とりわけあの魔物に巣くっていた寄生体についてイヴと話し合うために来たのだが軽く用件だけを伝えると兵は駆け足イヴの元へと報告へ向かっていく。彼は軍の間ではかつて名の知れた『鬼隊長』とも呼ばれていた、その厳格な性格が影響しているのか未だに兵の間では彼の頼みも命として受け取ってしまう癖が残っているようだ。少し呆れつつも彼は後を追うように兵に追従した。


 ボロボロの破られたテントの中へ入っていくイヴ。兵のこともそうだが、そこで眠っていたであろう簡易ベッドに腰を下ろして摩る。隊を壊滅させてしまい住民の生死も不明。そして最も重要な存在のロゼットの行方。彼女にもしものことがあれば責任を取るのは自身にあり、フローゼルの立場は更に危ぶまれる。それも含めてではあるが純粋に彼女の身も心配している。


「やはり…無理にでも彼女を置いてくるべきだった」


 悔しさを拳に秘めて強く握り締める。悲痛な表情でベッドの周囲を見渡し大きく立派な羽のついた帽子を手に取るが彼女の剣が見当たらない事に気づく。この帽子以外の他に彼女の所持品らしきものは見当たらず彼女が住民と逃げた可能性に僅かな希望を見出していると…


「隊長!! 魔物の生き残りです!」


 イヴは表情を一瞬で変えて剣を持って向かう。すでに数名で囲い込み魔物は手足を失っている状態でもがいている。放っておいても絶命してしまうような状態でも狂ったように顎をパクパクと動かしてじたばたと暴れている。マスケットで何発か身体を撃ち抜いてもなおも絶命しないため首筋に切りかかろうとした兵の一人が吹き飛ばされたために不用意に近づく事も出来ずにいた。


 イヴが剣を抜いて一瞬で接近。兵達にもその動きは全く見えず、気がつけば魔物は首を切り落とされておりすでに彼女は剣を払い納刀。せめて一瞬で楽にしようとイヴの配慮をあざ笑うかのように、魔物の腹部からあの寄生体が飛び出してきた。咄嗟のことで兵は反応できずワンテンポ遅れていたがイヴは反応し、再び剣で斬りおとそうと構える。


 しかし彼女は剣を抜かなかった、というよりも人の気配を察知したために抜けなかった。気づけばカブスが寄生体を掴み、近くにいた兵に保管できるよう手配。驚いたイヴと改めて挨拶を交わし、自身がここへ来た理由を話し始めた。


「やはりあちこちで波及しているな。さっきの魔物もガザレリアに生息している手のものだ」


「カブス…殿でしたか? あの生物について何か分かることはございませんか?」


「俺も詳しくは知らんが少しな…」と徐に都市部の医者とのやり取りで知った事実を話す。イヴはこの地のことも魔物に関しても詳しくはなかったが、彼の話でガザレリアの魔物とその体内に宿した『寄生体』の存在については概ね理解したようだ。経緯は不明のままではあるがガザレリアから流れてきたこととそれらが繁殖しこの地を根城にしつつあるということ。


 魔物の襲撃の背景にあったものが徐々に分かり始め、兵達も真剣な表情で聞き入る。実際に現場を見てきた彼らだからこそ理解できるものもあるのだろう、これが役人の上層部では恐らく歯牙にもかけられなかっただろう。イヴも同じくこの一件を危険視している様子ではあるもののそれだけではなかった。


「…一つよろしいですか?」


 イヴは訝しげに彼に発生時期について訊ね始める。魔物の襲撃の頻度自体はここ数年、一~二年ほど前から増加傾向にありつつあると語る。ガザレリアがここで関係してくること、魔物の関係性、どうしてもある人物が連想される。この魔物の襲撃自体が仮に計画されていたものだとすればミスティアで繁殖している数は数百などという規模ではない。


 生態系ひいては人も住めないような環境へと激変してしまう。むしろそれが目的だったのではないか。いつから計画されていたことかは不明だがこれ以上拡大させては魔物のさらなる北上の可能性も出てくる。ミスティアだけの問題ではなくドラストニア全体に影響を及ぼす事にも繋がり兼ねない。もし背後関係に彼がするとするならばフローゼルに対する責任も非常に重いものとなる。


 それからの彼女の行動は早かった。イヴは追加の書簡を送るべくラインズに宛てて筆を執り、すぐに部隊を撤退させるよう命を下す。その後都市で補給を行い軍が整い次第、掃討ではなく『掃滅作戦』に移るべきだと他の隊に向けて伝令を出すよう促した。カブスは理解と動きの早かった彼女に対して大方の予想通りという心象と同時に少しだけ疑念も持った。これだけ聞き分けの良いこともそうだが彼女の表情から読み取れる焦燥感。責任を感じてはいるのだろうが一介の将兵にのしかかる問題ではない。


 むしろもっと上の大局を見ている―…政権中枢の人間或いは王家か、それに通ずる人物か。


 疑念は拭いきれないが今は唯一の協力者である彼女の身の上を暴くつもりも干渉するつもりもない。それでは役所の連中と同類に成り下がってしまうと彼は思ったとか思わなかったとか。


「カブス殿はどうされますか?」


「捕獲したコイツを知り合いの元へ届けます。生きた細胞標本が必要でしょうし、原因もわかるかもしれないですからね」


 含みのある答えを返してから特殊な容器に入れた『寄生体』を大切に保管し馬を走らせて颯爽と雨の中を駆け抜ける。僅かに探りを入れられたことに対して一瞬だけ憂鬱な表情で彼を見送るが、数少ない協力者と考えていたのはカブスだけではなく彼女も同じだ。たとえ自分達だけであっても互いの成すべきことを今は粛々と行うだけである。


「リズ―…絶対にドラストニアに連れて帰るわ。お願い…生きていて」


 行方の分からないロゼットの身を案じ、彼女は筆を走らせた。




 ◇




 降雨が弱まり、小動物の姿もちらほら見られ始めた。雨のせいで普段よりも薄暗く感じるが視界の利く昼でなら狩を行うには最適のタイミング。彼女達の目に飛び込んできたのは小さなウサギ。黒ずんでいて草木に隠れると見失ってしまいそうな体毛。空腹のせいなのか餌となる木の実を取るために外へ出てきた動きは何処かぎこちなく鈍く感じられる。


 故郷でも狩などしたこともなかったロゼット。ダリオに言われ、息を潜めてその様子を観察する。それから弓と矢を渡され「まずはやってみろ」と言われ困惑する彼女だが見よう見真似で思い出す。


「その銃は使わないんですか?」というロゼットの問いかけに彼は首を横に振る。


「どこに他の魔物がいるかわかったもんじゃないからな、温暖期の魔物なら火薬の匂いで逃げていくがこの時期の魔物はそうじゃない」


 あの襲撃してきた魔物の事を考えると確かに人間の居場所を正確に把握する能力は並外れたものを感じる。息を呑み一呼吸おいてから構える。


「そうじゃない、少し上を狙え。標的に直進に進むと思うな、弾道ってのは下へと落ちていく。距離が開くほどにな。マスケットこいつも同じだ」


「狙うなら首筋だ。一番柔かく矢も入り込みやすい」


 彼女へアドバイスをしつつ上からしっかりと支えるように構え方を教える。ダリオの手はボロボロかつ堅く、ロゼットの小さな手がすっぽりと収まってしまうほどに大きかった。幾度となく戦いを経験してきた戦士のもの、それと同時にどこか暖かなものも感じられ少しだけ身近なものを思い出す。


 ダリオの合図で弓を放ち、矢の鋭い一撃がウサギの首筋を捉える。彼の言ったとおりさほど距離もなかったが軌道は僅かに下がり狙い目よりも落ちていた。初めての狩猟に成功し、少しだけ驚きと喜び混じりの表情で大きな目をさらに丸くして駆け寄るロゼット。しかしすぐにその表情は曇った。


 彼女はウサギの亡骸を前に座り込み、両手を合わせて目を閉じていた。ダリオが不思議そうに彼女を見つめていると、彼女は立ち上がりウサギを袋へと入れて持ち運ぶ。


 少し歩いて安全確保の後キャンプとして、ウサギはその時、食事として出された。単純な棒に肉を刺して焼いたものだが今の彼らにとっては十分な栄養源と言えよう。


「何してるんだ?」


「あ、ご飯食べるときは必ずしなさいってパパから教えてもらってて」


 先ほどのように両手を合わせて今度は『いただきます』と呟く。彼女の変わった風習に少し笑いながらも何か納得したように話し続ける。


「命をいただくから『頂きます』か…。宗教で神に感謝するものと何処か通じるものがあるが嬢ちゃん達のやつは性質が違うな」


「そうなんですか?」


「ああ、ウサギを仕留めたときも同じことをしてただろう?」


 そう言われてロゼットは食事の手を止めた。殺してしまったことへの罪悪感もあるが自分も食べなければ生きてゆけないというジレンマがそうさせたのかもしれない。死んでしまった命へせめて安らかに眠って欲しいという思いを向けていたのだと話す。


「それが大きな違いだ。嬢ちゃんは何に向けて感謝の思いを込めたんだ?」


 彼の問いに真剣に考え込むロゼット。このとき確かに自分はウサギの命に対して思いを向けていた。彼の言うような『神』という存在ではない。そもそもどこかの宗派に属していないのだから当然といえばそうなのだがそれでも彼女が命に感謝をしたことに対してダリオは道徳心のある者でない限りそんな事は出来ないと話す。


「命を頂くということ、俺は『神』なんていう不確かなものに向けるべきじゃないと思う。その命がどうして神から授かったものだと言える? その神はどこでなにやってるんだ? みんな知らないだろう」


「生きるということはそういうことだ。他の命の犠牲の上に成り立ち、これは生きる者存在するもの全てが逃れることの出来ない理だ。たとえ草木を食べる者であっても、岩石や鉱物を食べる魔物であってもな」


 だから行き過ぎた魔物保護を訴える人間達に矛盾を感じる。彼らは絶滅危惧種でもなければ生態系を脅かされているわけではない。そもそもそうやって支配権を得てきた歴史が脈々と続いたことで今がある。それを理解していれば行き過ぎた友愛精神がやがて歪なものへと映るのではないだろうか。


「その一匹のウサギ、そいつを食べた事で果たしてどう考える。」


「どう…考えるって…?」


「『貴重な一匹を食べてしまった。もしくは数多くいる中の一匹を食べた』どちらの考えによって見方は大きく変わる」


 繁殖を繰り返せばその数は増える、その逆も当然数が減る。闇雲に繁殖させればそれを餌とする生物も当然増える。そして更にその生物を食す魔物も増える。徐々に凶暴で強靭な生命へと繋がりそうなった時、人間を襲う数も増えるのではないか。人は一人の力では同じ大きさの魔物にさえ勝てるかどうか分からない。より凶暴性の増した魔物を相手に出来るかどうかなど想像すればわかる。皆が歴戦の勇士というわけでもなく、彼らでさえ大型の魔物に単騎で挑むことは愚の骨頂。


 では今度は餌となるそれらの生物・魔物を全て人間の手で掃討などすればどうなるだろうか? 今度は餌を失い徐々に生物は死滅していく。餌を失った彼らの標的は生きている人間へと向かうだろう。どちらにしても人間も捕食対象とする生物が増える一方。それほどまでに人間とは脆弱な生き物で何かと隣りあわせで生きていくしかない。


「今のバランスで人間は住みやすいんだ。その環境を守ろうとすることも間違っちゃいない。崩そうと考えるものがいれば糾弾し排斥はいせきするのも当然の流れだ。バランスを保てなくなった時、必然的に人間の生死にも関わってくる。ようは他人事ではないということだ、こうやって食べているものも含めてな」


「ま、小難しい話は良い。嬢ちゃんの持っている命も心も体も紛れもなくそれは嬢ちゃんのものだ。だから…」


 そう言いかけて隣に座ったダリオはロゼットの頭を優しく叩いて撫でた。優しい笑顔で語りかける姿が彼女の父親と重なる。


「嬢ちゃんを生んでくれた両親と命の大切さを教えてくれた『パパ』に感謝するんだな」


 ロゼットは少し涙汲んだ目を擦り、焼いた肉を口の中へと頬張る。ダリオはたくさん食べろと言わんばかりに次々と焼いて彼女へ渡していく。




 ――――
 ――…




 満腹となり満足して眠ってしまっていたのか、気がつけば横になっていた。ずっと歩きっぱなしでベッドで横になることもできなかったので睡眠も十分に取れていなかったし、寝てばかりでなんだか時間がもったいなく感じながらも王宮のベッドが恋しく感じていた。


 それくらいにはエンティアに慣れてしまっていたのかな。


 でも魔物の鳴き声はいつ聴いても慣れなかった。外が騒がしい―…。


 次に目を覚ました時、ダリオさんが剣を構えて魔物と戦っているのが目に飛び込んできた。まだ目覚めきっていない頭で何が起こったのか理解しようとしていたが思考が追い付かない。よくよく見ると襲撃してきたあの魔物が私達を追って来たように見える。


 重い体を無理やり起こし、私も剣を握り締める。まだふら付く体を必死に支えるようにして立ち上がり目で追いかけてダリオさんの援護へ回ろうと向かっていこうとしたが体の動きは全く別のものだった。ダリオさんが私の背後に注意をの声を向ける前に魔物の気配を察知していたのか剣を抜いて切り裂く。


 不意を突いたはずの魔物は私の動きに驚いたような反応を見せてそのまま首筋に一撃、そして絶命。


 自分でも驚いていた。思ったところではなく体が反射的に危機を察知して動いたこと。それに気づいたら妙に頭が冴えて、ぼやけていたものが鮮明になっていく。私はダリオさんの援護へとすぐさま体を動かし、互いに背中を合わせて囲いこんだ魔物の集団と対峙。ウェアウルフの時を思い出すがあの時とでは状況が違いすぎる。恐怖も感じる一方で頭の中ではどう対応するべきか相手の動きと予測し合わせる対応策が無数に張り巡らされる。


 命のやり取りはこれまでいくつも経験を重ねてきていたから恐怖で足がすくむなんてことは無くなっていた。けれど何度経験してもこの緊張感だけは慣れることが出来ない。剣を振りながら食事の時にダリオさんが話していたことを思い出す。


 この魔物も私達と同じだ。生きるために私達を襲い餌とする。今は私達がウサギで彼らが私達の立場。生きるか死ぬかの瀬戸際でそんなことを考えながらも必死に剣で抵抗してみせる。ダリオさんも剣と弓を使い分けながら器用に撃退していく。私が一体を倒す間に彼は数体まとめて葬っていく様は歴戦の勇士といえるだろう。しかし何体倒しても湧いて出てくる魔物に対して私達の体には疲労が溜まっていく。頃合を見計らってその場から走り出し逃げるようにひたすら足を動かす。


 何度も襲撃に遭い、二人して肩で息をしながら合間に体力を回復させつつ襲撃の度に応戦。


「だ、大丈夫か?」


「な、なんとか…」


 答えるのがやっとだった。二人とも体力の限界近く、一瞬気が緩み魔物の気配の察知に遅れてしまった。気づけば魔物は私のすぐ側に接近しており反応できるような距離ではなかった。一瞬の出来事にダリオさんが反応し即座に弓矢で撃退してくれるも彼も魔物が背後から接近していた事に気づけずに鋭い一裂きを浴びせられてしまった。


「ダリオさんっ!!」


 自分の叫び声よりも早く体は剣を抜き、魔物に一撃浴びせて凌ぐも彼は深手を負う。出血は酷く、どくどくと湯水のように溢れる血を何とか止めようと自身の上着を脱いで必死に押し当てる。


 しかし…


「っ…!!」


 血の匂いを嗅ぎつけて集まってきた魔物たち。その後も容赦なく襲い掛かってくる中でただ必死に剣を振るった。途中何度も引っ掻き傷をつけられたりしたものの私の傷は大したことなく無我夢中で戦った。泥まみれになりながらもようやく襲撃の手が止み何とか守りきる事ができたがすぐに移動しなければまたやって来る。


「ごめんなさい…! 私のせいで」


「一人で相手したのか…? とんだ勇者だな…」


 こんな状況でも冗談が言える彼に少し笑って返すが状況がよくなるわけでもなく、彼の体を支えて移動を始める。出血は治まったが傷の痛みは幾分にも増しているように見えて、残り少ない体力を振り絞ってなんとか少し大股で足を早めるよう努めてみせる。


 後方から絶望を知らせるような鳴声が響いたが絶対に振り返るまいと顔を強張らせらながらただひたすら歩き続けた。





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