インペリウム『皇国物語』

funky45

75話 蜜の甘さは針の味

 大使公邸にて開かれた親睦会という一応の名目。私を呼んだのも監視の意味も含めて、自分達の力を誇示するためのもの。勿論私たちドラストニアに向けられたものという意味での話。宮殿のような外装に装飾品で彩られた内装。会場では多くの来賓が続々と集まっているようで代表のお抱え、支持者、今後結びつきを強めておきたい人材か、言い方は色々あるだろうが親睦というよりは身内の懇談会みたいなものに見える。
  
 一応会場を見渡し、こんな空間でも優秀な人材が存在するかもしれないと僅かな望みを抱いてみるものの結果は想像通り、乾いた笑いしか出てこない。地元の有識者、政治家、官僚で固められた構図で他国の人間は私しかいない。新たな産業、土地開発に関しての会話とやり取りは聞こえてくるが、所詮自国内での意見交換程度の話し合いをしているだけにすぎない。こういう場で対立国への牽制を見せるのであれば他国との結びつきを強調するところだろうが、それが出てこないということは―…


(まぁ予想はしていたけどそういうことなのでしょうね。日中は軍施設の訓練の様子も見せてきたがドラストニアの規模だけでも十分相手取れる程度の規模…。それとも私が少々甘く見すぎているのか)


 当然これが全容だとも思わない。まだ切り札を見せていないことも十分考えられるし、かえって相手を警戒させるだけの結果で終わり逆効果に思える。それにせっかく彼らの懐に呼び出してきたのだから、こちらも相応に愉しまなくては…ね。


「しかしシャーナル皇女殿下、噂には聞いておりましたがなんとお美しい。広い見識もお持ちだとかねがねお伺いしております」


「とんでもございません。私などまだ若輩者ですので、皆様から意見を伺い少しでも吸収できたらという所存です」


 商社の御曹司、役人官僚と相手取るのも疲労に拍車をかける面子をこうもよく揃えたもの。私が経済的に協力関係になりうる存在を探しているということもよく調べ上げているのは評価できる。一考の余地はあるがそれでも内容はそう大したものではないし私が今探しているものは『それ』ではない。


「聞くところによるととある人物を探してこちらに参られたとか、詳しいお話を伺いたい所存です」


「かねがね幅広い産業に着手した商社を探しておりまして…」


 こちらが何かを探して接触してきたということまでは既に割れている。大方彼らが背後で手を引いていなければこんな質問は飛んでこない。それに目立てば向こうから接触してくる機会は大いに増える。こちらに隙があると錯覚させる事もやりようによっては見せられる。その間にあの二人が行動に移してくれているかどうかが問題なのだけれど…。




 ―遡ること宿舎にて―…


『もおそらく三人で行動することはないでしょうね。そうなった時はアーガストがマディソンに指示を出して頂戴』


『兄者に? 俺はかまわねぇけど』


 アーガストとマディソンは訝しげに私に疑問を投げる。考えても見れば二人は私の『護衛』のために連れてこられたのに共に行動することがないというのも可笑しな話でしょうね。マディソンはともかくアーガストは納得している様子ではない。彼自身の性格が邪魔をしているのでしょうね、そんな様子がひしひしと伝わってくる。


『拙者は皇女殿下を守るようにとラインズ皇子殿下から命を受けている。それでは命に反してしまう故に皇女を危険に晒すような真似は流石に看過できぬ』


 形式上とはいえあの皇子の命に一応は従っているようだ。いやそれともか。


『二人に四六時中護衛されているわけでもないでしょう。それに身の危険を感じるのであればもっとつれて来るか護衛に紫苑を頼んでいるわよ』


 その言葉にマディソンが少し不機嫌そうに文句を垂れていたが、入ってきたばかりの者にそこまで全幅の信頼を寄せるなんて真似はいくら私でもしない。信頼を得られぬことへの不服か、単なる自尊心を挫かれたことに対する憤りか、或いは両方か。だが私にとってはそんな足枷にしかならないものは取るに足らない。まずは己の現状をよく理解し改めて考えるべきでしょうに。


『貴方達はドラストニアから信頼を得るために私を大いに利用しなさい。まずは相応の地位に就く事を考えて行動して頂戴』


 するとアーガストがすぐさま反論。僅かに語気が強く変化し内に秘める感情が手に取れる。


『我々はそのような俗物と違う。それでは道理に反する』


 道理か―…。


 アーガストの言葉に一瞬、僅かに言葉を探してしまう。


 他者を利用する中で生きてきた私にとってはそれがごく普通のことであった。利用されることにももう慣れてしまっている。生命としては極自然体そのものだが人は心を強く持ちすぎてしまったが故にその倫理観が時として最善の手法の邪魔をする。戦争と言っても同じ事、常に相手に如何に被害を出させる事を人は重ねてきた歴史の中で編み出し、発展させ今日に至る。


 私よりも遥かに長く生きている彼らの方が純粋すぎる。だがその純粋さがいつか身を滅ぼす事になり兼ねない。ドラストニア、もとい人の社会で生きるためには『生き方』を覚えてもらわなければ後々こちらが困る。けれど――潔白を求めるのもまた『人』の性である。


『そうではない。貴方達はむしろもっと正当に評価されるべきなよ』


 今のドラストニアでは力もないのにその地位に居座り続けている人間と能力がありながら甘んじて低い官職でいることを強いられている者が数多存在する。上の人間によって這い上がることさえ難しい現状を生み出され、その機会さえ与えられずに任をただ全うする。合理的考えられない存在が多すぎる。


 だからこそ人間ではない彼らが人の社会で生きるためには実績が必要。その機会を得る事で大いに利用する事は不義でもなければ道理を違えるわけでもない。功を上げれば少なくとも戯言しか言えぬ連中を納得させる材料にもなるし、彼らの出世意欲を生み出すきっかけにもなりうる。


『王や皇帝はそうはいかずとも、貴方達官職は力を認められれば誰でも出世できる。相応の評価と地位を得る事ができる。そうすれば守るための力もより強固になものへと繋がる。そういうものの見方は絶対に持ち合わせておくべきよ』


 二人は真剣な表情でこちらを黙ってみているだけだ。流石に心に響いたと信じたいが果たしてどうであろうか。


『王や皇帝もその地位に一度ついたのなら後世に渡って能力を磨き続けなければならぬ。それは統治者としての責務だからだ。君主はその理から永遠に外れる事はできない、それが君主になるということ。愚かな主のために民の平穏が脅かされる事など決してあってはならない』


 実質的な支配者にこれまで己の能力を磨き続けてこなかった者は誰一人としていない。それは能力のない者に治めることなど到底出来ぬ、自然の摂理そのものであることの証明でもある。二人は少し納得した様子を見せた後、アーガストは更に質問を続けてくる。


『殿下の考えはよく分かった。しかし―…一つだけ釈然としない』


『あら、なにかしら?』


『仮に護衛を離れたとしてガザレリア側が命を狙わないと言う保障はないのではなかろうか。彼らからしても皇女自らが出向くと言う事は確かに警戒すべきものではあるが逆に好機とも捉えることが出来るだろう』


『殿下を人質として利用することも考えられるのでは』


 確かに、それは大いにありえるが。彼らにはそれが出来ないことはわかっている、そうでなければわざわざ危険な橋など渡らない。


『レイティスとグレトンはおそらく国交を結んだでしょうね。あの王女の国もおそらく…ドラストニアの仲介も経て友好関係は築いたでしょうね』


『…! そうか…いやしかし、それは』


 ここまで言った時点でアーガストは事に気づいたようだ。マディソンはどういうことなのか理解が追いついていない様子。


『それは…? ありえなくないわ。四国にとっても利益は十分、グレトンとフローゼルの件で反対勢力が揉めるでしょうけど。ラインズとセバスで抑えられるでしょう』


『先の紛争で戦ったばかりの両国ですぞ、フローゼル国王がそれを許すとは…』


『あら? 認めさせる材料はいくらでもあるわよ』


 確かにあの両国間の問題にフローゼル側が容認するかどうか、表面上は従ったとしても本心では納得しがたい話だろう。しかしそのためにドラストニアとの調和をわざわざ乱すような真似をするとはあの国王の性格上到底考えられない。『翠晶石』という力を手にしたとしても、鉄の存在無くしては工業の維持は難しいのが現状だろう。それにあの王女様のこともあるでしょうしね。


『イヴ王女を人質に脅すつもりか…』


『そんなことしないわよ。というかする必要がないし、彼女自らドラストニアに赴任することを望んだのよ』


 フローゼルの国王亡き後はあの戦姫が王として玉座につく。そうなった時に政権運営能力がなくてはむしろこちらが困るために今のうちに国内政治を担えるだけの能力を養ってもらわなければおんぶに抱っこ状態になりかねない。切り捨てる事ができないこちらとしてはそんなものは御免被る。


 いずれにせよフローゼルもグレトンと良好関係を築かなければならない。あの坊やが政権を担っているのだから少なくとも強権的にフローゼルに詰め寄るなんて真似はしないでしょう。唯一信用できない点といえば親族の謀殺という部分だけと言える。


『ともなれば互いに譲歩し合うのが得策でしょう? 彼らとしてもドラストニアと関係を結んでおいた方が旨みはあるし』


『…連盟を組んだドラストニアと相手取れるほどガザレリアの軍事力があるかと言われれば…果たしてどうか。皇女殿下の身に何かあれば四国を同時に相手取ることになる』


『そういうことよ。戦争なんて何処の国もしたくないものね』




 ――――――




 物々しい音を立て、貨物列車が駅へと到着。海に面していないガザレリアの首都圏内は港が建設できるような大規模な水辺も存在しないために列車による運搬が一般的だ。魔物との接触を避けられるようにわざわざ高所に建設されている。マディソンも自身の巨体を物陰に隠しながら隠密のように移動を始める。


 高台のような高所で一望できるため観測所に見立てて視覚を研ぎ澄ます。龍蛇族ドラゴニアンほどではないが人間よりも遥かに高い五感を以って、視力、嗅覚、聴覚に神経を集中させている。


「兄者がいうにはこの辺りらしいが…貨物にしちゃやけに仰々しいな」


 最終便かと思しき貨物を運び出しているが気になる点がいくつか散見させる。軍の警備が厳重な上に積荷の正体は匂いから察するに魔物か飼料、肥料の類だとも分かる。魔物の運搬というのもわからなくはないがガザレリアにしては雑な扱いにも見える。見せ掛けだけの共生を唱えておきながらその実当人達は共生とは程遠い扱いをしていると思うとマディソンは怒りをふつふつと煮えたぎらせてゆく。


 怒りを胸中に抱きながら見渡していたが検問所とはまた異なった様子の建設物を発見する。周囲の建物との違いで余計に目立ったためかマディソンは高台から離れ、建物へと向かう。


 近付くにつれて警備も厳重に敷かれていくのが目に見えて分かる。マディソンよりも頭二つ高い壁に囲まれ、周囲は虫を通さないと言わんばかりの人数の警戒態勢がしかれており尋常ではない。


「人間のとびどうぐになんだありゃ、新手の兵器か? よほど知られたくねぇ秘密でもあるなこりゃあ」


 多くのマスケット兵に回転式の機関銃を装備と、戦争でも出来るかのような厳戒態勢が敷かれる中で壁を軽々と越えて侵入。物置のような場所で彼の身体よりも高く積みあがった荷物ばかりが周囲に置かれており物陰に隠れながら、施設内へと入り込む。独特の雰囲気に包まれ施設の中は豆電球のようなに薄暗い明かりがあるだけの廊下が続く。小部屋が多い印象で外の警備とはうって変わって人の気配はほとんど感じられなかった。


 各所部屋を軽く確認するも鍵が開いていても机と書類があるだけだ。角を曲がり更に奥へと進むとようやく人の気配を察知する。奥で話し声が聞こえ、聞き耳を立てて角の積荷に身を潜める。


「予定よりも少ない。ただでさえこちらの『在庫』が不足している」


「流石に乱獲のせいで野生のものは数が激減しております。こちらで繁殖させたもので実験された方がよろしいのでは」


「それをどうにかするのがお前達の仕事だろう。自然環境に適した個体でなければ適応しない。野に放つことが目的なのだから温室育ちでは意味がない」


「しかしドラストニアでの環境では一部の種しか繁殖に成功していないとも報告が上がってます…」


 報告を行っている兵にまるで弓矢による一斉掃射の如く口早に反論する男の声。ところかしこでマディソンでは理解できない単語や言葉の羅列に耳を掻いて聞きなおしたりで困惑を隠しきれない。男も兵の態度に痺れを切らして語気が見る見るうちに上がっていく。


「それはお前達が適した種を捕獲してこないからであろう。なぜこの指示書通りの種をつれて来れない!?」


「今の時期は北上してフローゼル近辺に分布しておりますがあそこは精鋭でもとても近寄れない魔物の巣窟です」


「泣き言ではなく、結果を持ってきて欲しいだけだ」


「正気ですか!? 一個師団(※一万~二万前後の陸軍)の精鋭がたった三日で数百名にまで減らされるような魔境なのですよ!」


 それほど危険な魔境が存在するならなぜ魔物と共生などと掲げているのか尚更理解が出来ない。大方共生のために彼らと交流を図ろうなどと考えたのだろうがむしろ甚大な被害を被ったという結果に終わり、彼らでも近づくことが出来ないとの判断なのだろうか。


 男は運ばれてきたであろう診察台に乗せられた熟睡して大人しくなっている魔物に近付き何やら注射のようなものを首筋打ち込む。何を栄養剤か、感染病を防ぐためのものなのか何のために必要なのかわからずに一連の様子を見ているだけのマディソン。作業が終わったかと思った矢先に外の様子が騒がしくなる。


「そろそろ運び出す準備を始める。そういえば今度は『より高等生物』での実験を行う段階に来ているが今度は魔物よりも捕獲は簡単だろう」


「…? おっしゃる意味がよく分からないのですが」


「時期が来れば指示を出す。これから公邸に出向いて一応顔を出さねばならんから後は任せるぞ」


 男は部屋を退出しそのまま外へと出て行く。色々と情報を得たマディソンもこれ以上の長居は危険と判断し施設の脱出を図る。なによりも公邸に向かったアーガストとシャーナルのことが気がかりだ。彼らに報告の必要もあるためにそのまま彼も公邸へと向かって行った。




 ◇




 親睦会も佳境に差し掛かる中、シャーナルは役人との談笑に盛り上がり代表の側近の一人を大層気に入っている様子を見せる。男は若く美青年という風貌で代表の指折りのエリートという話を聞いていたシャーナルは色目を使って接する。


「補佐官殿、私ここの内部を見てみたいのです。案内していただけませんか?」


 甘美な声で頬を紅潮させて男の胸元を指でなぞる。腕を絡ませて甘える美女、もとい皇女相手に酒のせいもあってか男は興奮を抑えきれずに内部を密かに案内するように計らう。


「代表よろしいのですか?」


「構わん構わん。あんな色ボケ姫様に内部を案内したところでどうにかなるわけでもあるまい。たらしこむためにあの男を重用したのがこうもアッサリ掛かるとは、ドラストニアでは禁欲生活でもしていたのかもしれんな」


 代表は笑いながら警備の人間、役人たちに豪語する。シャーナルがこの地に来て以来会食、親睦会を度々開き、享楽漬けにするためにわざわざ若い青年で周囲を固める。その意図が何をいみするかは想像に難しくない。たとえ王族と言えど、妙齢の異性、とびきりの青年に囲まれたとなれば籠絡されても何もおかしいことではない。


 事実その策はうまくいきシャーナルを垂らしこむ事に成功したと思い彼女から監視の目を退かせる。


 内部へと足を踏み入れた男女。シャーナルは恋人さながらに男の腕へと絡み付き、豊満な胸を押し当てる。彼女を誘惑するよう使わされた男も彼女の誘惑に満更でもない様子。さらに奥へと進み男の書斎へと案内されてより一層彼への絡みが強まる。彼女の求めが強まり、男も応えるように近付き耳元で甘く囁いた。


 服の上からなぞるように彼女の豊満な身体の感触を確かめる。彼女もそれに応え台座に腰をかけて足を開げると白い太ももが露になり、短いスカートで見えそうで見えない下着。彼女は足を男の背中に回して絡みつき、男が素肌に触れるたびに彼女は吐息のような媚声を上げる。


「これでも私は王族。私を虜にした貴方ならガザレリアという国にこだわる必要もない。私を落とす事が出来たのならドラストニアで王族の一人にもなれる。貴方にとってどちらの方が旨みのある話でしょうか?」


 男の首に手を回しながら唇が触れるか触れないか、吐息が分かる間近で蜂蜜の如く甘い声で囁く。男は彼女の美しさにも権力にも惹かれ唇が触れるまで紙一重まで迫ったその時、意識が昏倒する。何の感覚も無くなるようにただ目の前の美しい女性を前に気を失った。彼女の手元には即効性の麻酔針が仕込まれた香水のビンの蓋。男が完全に昏倒したことを確認すると先ほどまで表情から一変し、すぐさま冷たい目つきへと変わり一言浴びせる。


「蜜の味は針の先よりね…」


 彼には届かない冷たい言葉を残し、彼女は内部へと潜り込むことへ成功する。彼の書斎を調べ何か有益な情報がないか調べていると代表室の合鍵とここ数年間の貨物に関する記録を発見。一通り目を通してみるも変わったところはなかったが強いて、気になる点があるとするとフローゼルとドラストニアへの輸送が多かった点。貨物の詳細が分からないためにホールズが関わっている直接の資料とまではいかないがドラストニアとの接点があったことには少し驚く。


 代表の書斎の合鍵を手にした彼女はその部屋を後にして急ぎ早に向かう。途中の警備の網の目を物陰に隠れながらなんとか掻い潜る。奥の渡り廊下を抜けた別棟、そこに一層立派な造り扉が見える。見たところ警備はいないためすぐさま鍵を使って入り込む。


 書斎は思ったよりも落ち着いた雰囲気で片ついている。手当たり次第に物色を始めるがどれもこれも今後の方針や条例に関する書類と興味のないものばかり。机の引き出しに手をかけたその時、引き出しの間に挟まっていたのか書類が落ち、手にとって確認するとホールズが逃亡した日付から近い日時に発行された入国審査の書類と思われるものを見つけ出す。


「やはりここに来ていたようね」


 ホールズ含む数名の高官の入国を受けていた証拠を掴み。更に物色すると更に書類を発見、と言うよりも内容はまるで日記のような、何かの経過観察と見られる内容で一番古いものでホールズが入国した数日後のものだ。この場で読み漁ろうとも考えたがそろそろ戻らなくては怪しまれると踏みとどまり深追いはせず、資料だけを抜き取ってドレスの中へと隠し持つ。


 男とシャーナルを探しにきたであろう高官達がシャーナル達と遭遇。男はまだ昏倒しておりシャーナルに肩を貸してもらう形になっていたために高官は慌てて男を抱えると再び彼女は甘ったるい声で彼らへ対応。


「ご心配には及びませんわ。今夜は…愉しませていただきましたので。随分と可愛がっていただきましたので彼も疲れてしまったのでしょう…。どうか労わってあげてください」


 高官も妖艶な彼女の言葉と声に固唾を飲む。すたすたとその場を立ち去り、飲みすぎて酔ってしまったために宿へ戻ることを代表達に伝えにいく。


「今夜は私邸にご招待いたしましょう。彼もつれて行きますし、他にもお気に召した男が居るのであれば連れて行かれても構いません」


「とんでもございません。今夜は公邸にて愉しませていただきましたので…また機会がございましたら是非お誘いくださることを心よりお持ちしております」


 彼らの誘いをのらりくらりとかわして、公邸を後にする。正面玄関を経て正門に目をやるとアーガストが警備の兵士に詰め寄られるように囲まれているのが見え、溜め息混じりに彼らの元へと駆け寄る。彼女の無事を確認したアーガストは安堵し、彼女も自分の連れだと説明し事なきを得たかと思われたが―…


「お待ちください。念のため所持品の検査をよろしいですか?」


 ここに来て最大の鬼門が立ちはだかる。資料の存在が見破られたとなるとシャーナルといえどただでは済まない。かといって下手な断り方では怪しまれ、この状況を崩しかねない。彼女は冷静に努め、涼しい顔を見せて彼らに応じる。そして…


「失礼いたしました。ですがご覧の通り、本日は手荷物等何も持ち合わせておりません。この場で回って見せますのでどうぞ好きに見てください」


 そう言ってゆっくりと回り彼らへ一礼。そして今度は勢いよく回りスカートが僅かに舞い上がり太ももまである靴下とガーターベルトが見えたことに思わず兵達の鼓動も高鳴る。


 兵達はそれでも納得していない様子だったため今度は軽く身体を触り検査を求める。アーガストも睨みを利かせ兵達へ牽制。


 だが彼女は何を思ったのかスカートを掴み少しずつ捲し上げていく。みるみるうちに白く美しい太ももにガーターベルトと靴下が露になっていく。


「このような公衆の面前で私を晒し者にされるとー…そうおっしゃるのでしょうか?」


 下着が見えるか見えないかギリギリのところまで捲し上げ、彼女の魅力的な脚に兵達の視線はそこに釘付け。胸元の強調された黒と白の入り交じった彼女の好みとするゴシック系のドレス。ひらひらと短いスカートが少し風に揺られる扇情的な姿を晒し、兵達は我に返ってそれ以上の言及はしなかった。というよりも出来なかったのであろう。


 シャーナルは満面の笑みを見せて彼らに一礼。最後まで演じきりアーガストへ向き直ると同時に普段の顔へと戻り、迎えに来た彼を労う。手にした資料はスカートの中に忍ばせており、兵達と公邸の姿が見えなくなったところで取り出しアーガストへと渡す。


「公邸で見つけたわ。やはりホールズもこの地に来ていたけれどその資料、おそらくそっちの方が重要だと思って拝借してきたわ」


「物は言いようですか。返すつもりなどないのでは?」





 渡された資料を訝しげに見ていると横で溜め息をついて少し疲れた表情を見せるシャーナル。向こうから色仕掛けをしてきたとはいえ、何の感情も抱かない相手に対して色目を使ったことに嫌悪を抱きながら気疲れをしていた。


 そんな様子のを見てをアーガスト彼女の気を遣う素振りを見せた。そのまま抱き上げ、抱える状態に。不意をつかれ驚いていてみせたがすぐに真顔へ変わる。


龍蛇族ドラゴニアンでも籠絡できるほどのものかしら?」


 自身の美しさを自画自賛するかのような彼女のおかしな質問に呆れた様子で答える。彼女自身も冗談のつもりで放った言葉。少し休むといってそのまま彼の腕の中で眠りに就く。普段は冷徹な皇女としての一面しか見られなかったがこうしてみると彼女の寝顔は年相応の少女。蒸し暑さが残る都市の郊外でマディソンとも合流しその日は静かな夜を過ごす。

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