インペリウム『皇国物語』

funky45

73話 節目の雷雲

「くそっ! 匂いを嗅ぎ付けにきやがって」


 魔物の群れに追われながら大草原を死に物狂いで馬車を走らせる。馬も目が血走りながら必死の形相なのがわかり、荷台からも傭兵が弓で魔物めがけて矢を放ち応戦。


「おいオーナー! もっと速度上げられねぇのか!? 本気で追い付かれちまうぞ」


「今やってる!! 高い金払ってるんだからなんとかしてくれ」


 怒号が飛び交う馬車。その後方からは狼のように四足で走りぬける地竜種の近縁種『リザード』が群れで襲い掛かる。傭兵は舌打ちしつつも応戦、魔物は弓での攻撃を器用にサイドにステップを踏んで避けつつ確実に馬車へと接近。先頭を切っているリーダー格のリザードが短く声を上げて両脇を走っている子分に指示を促す。両サイドから飛びつくように飛び上がり一挙に馬車へと強襲。両脇から強襲されてはどちらか一方からは確実に被害を受ける。時の止まった中でどうするか判断を決めかねていると乾いた銃声が鳴り響く。


「援護しますのでこのまま突き進んで!」


 イヴの声が響き渡り、馬主は彼女らの援護に感謝するよう手を振った。馬車で待機していた兵達はマスケットを構えて銃撃を行なう。不意の銃撃にリザードの群れも混乱し、何頭かはイヴ達の馬車に標的を変えたが先陣を切る頭とそれに追従する数頭の標的を変えずに彼らに再び強襲を掛ける。


 そしてイヴ達の馬車にも襲いかかる。後方から襲い掛かるリザードに対しては槍と剣で応戦。馬車を付け狙うリザードに対してはマスケットで応戦するものの先ほどの銃撃に警戒しているのかリザードはあえて変則的な動きを見せていた。


「くそっ! 当たりゃしねぇ。隊長! 埒が開きません! 馬車を接近させてください!」


「ダメよ! こちらに分散した分と合流させてしまうわ!」


 戦闘の邪魔にならないように御者席へと移動したロゼットは全体を見渡す。短い声を上げるリーダー格に気づきあの声に他のリザードも追従しているような様子を見せていた。


「あの先陣を切ってる蜥蜴とかげを狙えませんか!? あれが多分リーダーだと思います!」


 わずかに鶏冠の付け、先陣を切って変わった鳴声を上げていたリザードを『ボス』と捉える。指揮系統がやられれば隊列が乱れ連携が取れなくなると踏んで全員に伝える。イヴは兵に周囲のリザードにのみ銃撃を集中するように通達し、自身が仕留めるとして接近してきたリザードに飛び移った。どこかシャーナルを彷彿させるようでラフィークとロゼットはいつぞやで見た光景を思い出し、両名呆気に取られる。


「最近、姫様の間で飛び乗る趣味でも流行ってるのかよ…」


「さ、さぁ…?」


 突然のことに驚いて暴れ回る魔物。イヴは冷静に努め、魔力を溜め込んだ手を魔物の首にかざして送り込んでいるようにも見えた。魔物は見る見るうちに落ち着き始め彼女に手懐けられたかのように彼女の指示に従う。そのまま魔物の『ボス』へと向かっていく。まるで手足のように、馬を手懐けたかのごとく颯爽と駆け抜ける様を見せて、異変に気づいた他のリザード達は困惑しつもイヴへと強襲をかける。


「イヴさん!! 気をつけて!」


ロゼットの声に反応して巧みにリザードを操って、強襲を回避。馬車からも彼女を援護するため兵達は射撃を開始。


 リザードの隊列に乱れが見られ始め、ボスもそれに気づいたのか速度を上げて馬車へと一挙に飛び掛る。捉えられた馬車の後部に前足を引っ掛けて暴れまわり馬車ごと転倒させようと試みているようであった。暴れる衝撃で馬車がバランスを崩し始め馬も暴走しかけている様子。


 傭兵も反撃すべく常設されている槍を手にとって応戦。突きの一撃も一瞬で捉えられ強靭な顎を以って簡単にへし折られる。


「なんとか持ちこたえて!」


 イヴはそのままの勢いで暴れる魔物の背面に飛び移り、しがみ付く。しがみつかれたことで激しくもがき抵抗を受ける中で鋭い剣で突き刺す。


 激痛が走ったことで悲鳴混じりの鳴き声を上げながら尚も馬車にしがみ付いて暴れまわる魔物。怯ませるべくイヴは更に拳を握り締めて首周りに一撃加えた。死角からの反撃に怯んで見せたためにその一瞬を突いて、傭兵が頭部へ剣を突き立てる。悲鳴を上げる間もなくぐったりと横たわり馬車から崩れ落ちて転がっていく。追従していた群れも司令塔がやられたことで足並みが崩れ、散り散りとなっていった。


「ふぅ…仕事終わりにリザードの群れに出くわすとは、助かりましたぜ。美人の将軍さん」


「ええ、怪我はないかしら?」


「そちらこそ、美人が台無しならなくて何より。あんたら都市から派兵された討伐部隊だろう」


「雨季に入る前に対応したかったのだけれど初動が完全に遅れたわ」


 彼女の容姿を褒めつつも討伐部隊だと察して、もののついでに彼女達に護衛を求める。再び襲われる可能性もあったために護衛も兼ねて周辺の魔物の索敵を行ないつつ追従し、彼らの集落へと目指す。都市から北西にあたる一帯は雨季に活発化するわにの生息地帯であり、雨季によって水辺が増えると都市部付近でもその姿を見られるようになる。餌となる草食系の魔物や動物が北上するため、危険性の高い魔物と動物間での縄張り争いが起こるためより凶暴性が増す。


 森林地帯の山道を通って丘を登り、集落へ辿りついた頃には日が沈みかけていた。この集落を一先ず前哨基地として身をおくこととなり一息つく。十名ほどを近隣の調査へ向かわせ、残りで集落の警備と住民への聞き込みを実行。


 ひとしきり指示を終えると一息ついて憂鬱そうな表情を浮かべるイヴ。今回の目的は討伐という名目ではあるものの寄せ集めのたかが千名規模の兵力で大規模の掃討などほぼ不可能。おそらく予防線のような警戒網を作り上げることが精々出来る事だろうと彼女なりに計画を立てて考えている。兵達の間でも重々理解しているようで空気を察知しているようだった。だが拭いきれない疑問が彼女の中で渦巻く。


「此度は誠にありがとうございます。わざわざこんな辺境の集落までご足労いただき一同心より感謝しております」


 集落の長から丁寧なもてなしを受け彼らもここ最近の魔物の『積極性』に疑問を抱いている様子。この地は温暖季では食料となる草食の動物・魔物が多く分布していることもあって魔物が人間に襲い掛かるということはほとんど報告がされていなかったと話す。かといって草食生物たちの数が激減したというわけでもないとのこと。雨季に入ると凶暴な肉食生物の活動が活発となるため草食生物は北上し、雨季に適さない肉食生物含むその他の魔物たちも後追いする。雨季が終わると再びこの地に戻るというサイクルを繰り返す。


「時折、都市部からやってきた『生物保護活動』を行なっているという団体がやって来て我々の狩りに関してその…抗議というのでしょうか。ですがそれらが影響しているとはあまり考えにくいのですよ」


「例の魔物保護を訴える団体ですか…。確かに組織としては拡大しつつあるものの魔物の襲撃が増えている大きな要因となるほど影響力があるかどうか」


 長も彼らの活動に悩まされているようだ。狩も生活の一つに取り入れているこの集落のような地域にとっては死活問題にも繋がりかねない。長とイヴは彼らが大きな要因とは考えていないがでは一体この地域で何が起こっているのだろうか。


 その傍らでロゼットは二人の会話に聞き耳を立てながら備品整理を行っている。ポットンの指示で彼女も付いてくることとなったが戦闘で実際役に立つかどうか自身の実力に疑いの目を向けているもののいざとなれば戦う必要はあるだろう。死線を経験してきた彼女は幼いながらもそれくらいの覚悟は出来ていた。手早く仕事を終わらせて剣の手入れでもしようと作業の手を早めてると横から視線を感じ振り向いた。


 集落の子供だろうか一人の少女が立っており彼女をじっと見ているだけだった。


「どうしたのかな?」


 ロゼットが彼女に何か用があるのか訊ねてみると少女は心配そうな声で不穏な言葉を口にした。


「また誰か死んじゃうの?」




 一瞬ロゼットは固まった。どうしてそう思うのか、兵が大人数やって来て戦争が起こるのではないかと少女なりに心配してのことだったのだろうか。


「きっと、また『なきごえ』が聞こえる」


「泣き声?」


 考えをめぐらせてはいたものの本心では彼女自身にもその言葉の意味するところに覚えはあった。だから直感的に『泣き声』と答えたのだろう。どうして人が死ぬと泣き声が聞こえてくるのかと訊ねるも少女は分からないと返す。彼女でも分からない事を自分が知るはずなどない。


 理由も原因もわからなかったロゼットは小さな少女に訊ねられたことをただわからないと返すのではなく、なんとか自分なりに言葉を絞り出して答えようと努める。自身もわからないままでいることに畏れや不安を抱いて、そのまま夜を過ごして怖い思いをしたことを思い出しながら、安心させられるように必死に言葉を選ぶ。


「人が死んじゃったら…悲しいから、きっと誰かが泣いてるんじゃないかな。優しい誰かがその人のために泣いてくれてるんだよ」


 少女も頷く。自分の両親や知り合いが死んでしまったら悲しいしきっと泣いてしまう。そんなどこかの誰かが悲しんでいるんだと。不安気に訊ねてくる少女と相対し、自身も本当は怖くて不安でもあったことに気づく。誰かの死に目になんてもう遭いたくないという強い気持ち。その強い気持ちを奮い立たせそんなことが起きない様にするためにここに来たのだと諭すように話しを続ける。


 少女は納得してくれたのか、少しだけ笑顔を見せてロゼットに応援の言葉を送ってパタパタと立ち去っていった。


 笑顔で手を振っている横から気配を感じ―…。勢いよく振り返ると笑顔のイヴが立っている。それに気づいたロゼットは少し硬直した後、慌てふためいて頬を林檎のように赤く染めてゆく。


「もうお姉ちゃんね、あなたも。恥ずかしがる事なんてないじゃない」


 彼女を優しく抱き寄せるイヴ。こそばゆさを感じつつもロゼットもそれを受け入れる。ロゼットの成長した姿を見て少し安堵しつつ、張りつめていた緊張をほぐしているようでもあった。互いに心休まるような時間は少なかったことや一緒にいる時間も多くはなかったけれど、赤子の頃のロゼットと接している分、彼女の姉として見ている側面が強く感じられる。だから彼女の成長が喜ばしくも同時に僅かに寂しさのようなものも感じているようであった。


「いつまでもこのままなんてわけにはいかないものね。本当は剣を握らせる事も魔力を用いる必要もなければ良いのだけれど時代がそれを許してはくれない…のね」


「剣術は…嫌いじゃないですよ。シャーナルさんからも教えてもらえて…全然勝てる気がしないですけど」


「でも魔力もきっと使い方を変えれば戦う事以外で役に立つこともあるんじゃないかな?」


 シャーナルとの剣術指南。イヴと再会する以前から始められた指導、ロゼットにとってはよい傾向とは思えていたが彼女にとってはそうではない。むしろ少し気鬱であった。シャーナル、ラインズの指導の元で様々な見方をすることができるようになったとはいえまだ十歳にも満たない幼子。政敵を相手に師事し、彼女が長老派に取り込まれない可能性はゼロではない。ラインズやセルバンデスが側にいたとしても彼女自身が選んでしまったらどうなるのだろうか。


 実質ドラストニアの国王ともなる人物。長老派へと傾倒したらフローゼルとの関係も維持できないのではないか。全体を見定めるシャーナルがそこまで愚かだとも考えてはないが、茶屋での彼女の言葉を思い出す。


『私はあくまで長老派の人間でありドラストニアの王族。分家であっても私は正統な王位継承者で先代ドラストニア国王の血族ーー故にドラストニアを誤った方向へと導くわけにはいかない』


 彼女は何処までもドラストニアを第一にと考え、フローゼルが自分達へ利をもたらさなければ即切り捨てられるだけの考えを持っている。彼女の近くにいればいずれロゼットも…。


 彼女の杞憂を汲み取るかのように天空で轟音が響き渡る。暗雲立ち込め冷たい水滴がぽつぽつと彼女達の額に当たる。


「さっきまであんなに晴れてたのに…」


「少し…冷えてしまいそうね」


 爽やかで暖かだった空気から湿気混じりの風が運ばれ、蒼天は瞬く間に灰のような黒雲蠢く暗闇へと変わっていた。






 そして時同じく、同じ空の下で彼らもまた暗雲を目の当たりにしていた。ポットンの率いる部隊と合同で数個小隊が東部にての調査を開始。しかしそこで待っていたものはあまりにも凄惨な現場であった。


「まともに生存者なんていないだろうな」


「誰も彼も、判別がつけられませんでした。こちらで手厚く葬りましょう」


 執事服から様変わりし動きやすい軽装と簡易の胸当て、篭手を装備したミカルもブレジステンの命によりポットンに追従していた。周辺状況の確認を行っている最中で発見されたと集落とも思われる跡地。犠牲者は百名近く、その中には事前調査で出兵していた兵と思わしき遺体も発見された。あまりにも状態が酷く遺体と呼ぶにはあまりにも凄惨なものであった。まるで肉塊のようにしか思えない状態であったために兵の中でも気分を害して体調を崩す者も散見された。


「裂創、切創、咬創、挫傷。なんとでも言い方はあるが、どこから調べれば良いのやら」


 遺体の状態、思った以上に深刻な状況に置かれていることに辟易している横で指揮官が遺体に布を被せて悲痛な表情で胸中を溢す。


「次期当主、犠牲者の中には我が隊からの調査兵もおりました…。彼らも精鋭でしたが住民共々このような惨状になるとは、雨季の魔物が温暖期に徘徊していたという可能性も考えらるかと」


 ミカルも遺体の傷から分析。確かに温暖季に活発となる魔物、動物のなせる業ではない。しかし雨季の魔物にしても解せない部分も…。


「環境に合わせて変化したと?」


「確証はござらん。だが温暖季の魔物でここまでの凄惨な事例、報告を受けたことはない」


 遺体の中に草食生物のむくろも有象無象に混ざっている。どれも家畜用に飼われていたものではない。大半が野生生息で多種多様でとても人間と共同生活をしていたとは思えなかった。その中で一際大きな草食の魔物を見つけ僅かに違和感を覚えるポットン。近付いて調べようとした矢先、死骸の腹部が蠢きだし次の瞬間腹部から何かが飛び出した。声色高い鳴声のようなものを上げてポットンに飛び掛ってきたが反応し、それを掴み取っていた。


「若旦那! なんと…これは?」


 ミカルと指揮官が駆け寄りポットンの掴み取った『それ』を見る。姿かたちはうなぎのようで躯体もほとんど同じだが色素がないのか紙のように真っ白な体色で目が存在しない。大きな口にのこぎりのようにびっしりと並んだきめ細かな歯が確認でき、これを用いて食い破ったと思われる。


「ワームか何かでしょうか」


「見たところ死骸を食い漁っていたのか、しかし初めて見る種ですが」


 この近辺では見かけないワーム種を冷静に分析する。それに対して表面上は笑顔を見せているが明らかに嫌悪感を含んだ口調で吐き出す。


「ガザレリアからの流れものか―…新種の生物か―…どちらでもいい。連中を黙らせる口実は出来て好都合だ」


 手に持っていたワームを叩き付けその場で踏みつける。生々しい音と鮮血が飛び散り絶命、追い討ちをかけるように踏みにじって見せて歩き出す。ポットンの様相は魔物そのものに憎悪をぶつけるかのような黒い感情さえ伺える。仲間の死を目の当たりにしてもそれを好都合と吐いて見せたことにも指揮官は違和感を覚える。まるで死すべきして死んでしったかのような言い草に不快感を露にしつつも部下へと命じる。


 周囲が作業へと移る最中で遠方で光が走り、雷鳴が轟いた。雨がポツポツと降り出し、落ちる雨粒を追って地面へと目が移る。魔物を踏みつけた靴に付いた血を見て心底不思議そうな表情で呟く。


「……赤いんだな」

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