インペリウム『皇国物語』

funky45

60話 The road to sorcerer

 国王派の会議場に向かう廊下にてセルバンデスはラインズに交渉の成功について報告を行なった。そして、それと同時に今後孕む可能性のある危険因子についても…。


「譲歩してくれるとはな…」


「ええ、ハッキリ言ってギリギリのところでした。こちらと敵対するくらいなら総合的に考えて手を組む方が利益に繋がると判断、両者にとってもまさに英断だったと思います」


 実際ロゼットの事をダシにされても反論は出来たが、ロブトン大公のことに関しては反論の余地さえなかっただろうと語る。あのタイミングでのロブトン大公の訪問に続いて、対立候補の後押しを行なうような言動。そして海賊との交渉の場でも難航する中で彼らに寄るような言動も見受けられた。


「その上で連中の乗ってた軍船は全くの無傷だったんだろ? 状況的には疑いを掛けられても文句すら言えないだろう」


 ラインズは溜め息混じりに語る。ロブトン大公が海賊、そして対立候補者とも繋がっていたことはもはや疑いという段階ではない。セルバンデスも今回の一件に関わって疑念が確信へと変わっている。行商人の救出に関しても、あのタイミングで『どちらにも転べる』ように上手く立ち回ったに過ぎない。結果今回は我々の味方についただけだ。


 レイティスへ帰還した後の交渉の場でもレイティスがドラストニアと遣り合えることなどないと踏んで主張。自身の功績を前面に出したのも、ロゼットを庇護したのでもなく今後の発言権を得るため。結果としてレイティスはドラストニア、グレトンと国交を結び貿易によって今日の発展へと繋がりなんとかプラスに作用した。しかし見方を変えれば非常に危うい綱渡りであった。


「ロブトン大公には確信にも似たものがございましたのでしょう。絶対に我々の間で戦争など起こらないと。だからこそ今回自ら出て行き、長老派の求心力を強めるために発言したと思われます」


「今回一番美味しいところを持っていったのは『彼ら』の方か。ドラストニアに海賊と通じていた人間がいたという事実も周知させたことになるし、後々禍根を残すことになるんじゃないかね」


 ハッキリ言って今回のレイティスとドラストニアの関係は表面上のものでしかない。問題はこの関係をどう改善していくべきか、少なくともロブトン大公がドラストニアで力を持つようでは信用はされないだろう。国王と呼べるトップが実質いないに等しい現状のドラストニアは国家そのものが絶妙なバランスの元で成り立っている。今回の一件で長老派の支持層も増えたと考えられる。拮抗した現状で長老派を排除する動きは国内に一波乱巻き起こす、下手をすれば分裂にも繋がりかねない。


 そうなってしまったら国内を治めるとなると『独裁』体制しか取れなくなってくる。国を治めるには一番やりやすい方法ではあるだろうが諸外国の心象は大きく変わってしまいかねない。


 独裁体制など敷いたところでロゼット自身にその気がなくなってしまうだろうし、国王派の中で彼女を支持する層とラインズを支持する層とで割れているのだ。体制を変えた瞬間、それはロゼットを廃して自身が国王として即位するという意味であり長老派どころかロゼットを支持する派閥とも対立構造になる可能性のほうが高いし彼女に追従している猛将達も彼女を支持するだろう。


 仮に敷いたとしても独裁は最も統治者の手腕が試される政治形態。鉱物資源、エネルギーの天然資源による恩恵で外貨を獲得できる『レンティア国家』であれば幾分かはまともに機能するだろうがドラストニアにグレトンやフローゼルのような天然資源における強みはない。どちらにしても現在のドラストニアでは悪手以外の何物でもない。とは言ってもラインズは国王に即位して政権を手にするなど微塵も考えるような人間ではないことはセルバンデスが一番理解している。


 グレトン公国のシェイドもフローゼル王国のアリアスも現状の国家体制だからこそドラストニアを支持しているのだ。


「あの坊主も国王もあの平和そうな姫様に惹かれてる部分があるから支持してるだろうしな。流石に国家運営とは別で切り離して考えてはいるだろうけど」


「そういう仰りようはいささか誤解を招いてしまうのではありませんか?」


 姫という言葉をロゼットのことを指しているのだろうと思いセルバンデスは流石に嫌悪感を示して返した。彼女が自分なりに物事をしっかり見ようと努力している姿はセルバンデスが一番間近で見ている。最近では学問のほうでも取り組む意識が少し上向いているし、外交を側で見せているだけあって自分の立場を理解し緊張感を持って挑んでいることも彼はしっかりと報告していた。平和ボケしていると思われるのは彼女にとってもセルバンデスにとっても心外なことだ。


 ラインズも流石に口が過ぎたと思ったのかそれ以上のことは口にしなかった。


「ともあれシャーナル嬢でさえあの子に注力してるくらいだしな」


 ラインズの言葉にふと、セルバンデスはシャーナルの姿がなかったことに質問した。


「そういえばシャーナル皇女をお見かけしませんがどちらに?」


「今はガザレリアに向かってもらってる。ドラゴニアンとオークの二人もいなかったろ? 二人には供回りをさせた」


 ラインズが彼女に出向くように依頼したのかと彼は少し驚いた表情を見せる。そもそもこちらの陣営に護衛を任せて彼女を送り出したこと事態が滅多なことだ。彼らにとってシャーナルは数少ない王族であり、彼女の発言力は影響力も大きく、それに加えて高い見識能力もあるために国王派の中でも彼女は別だと考える人物も少なくはない。


「よく長老派が承諾いたしましたな…」


 彼の言葉にラインズもなにやら意味深に「向こうも一枚岩じゃないんだろう」とだけ答える。長老派にとって切り札のような存在でもありながらも同時にストッパー的な役割も担っている。彼女も長老派の意見を鵜呑みにして国政の場に出てきているわけでもないことが彼らにとってあまり思わしくない点でもあるのだろう。シャーナルも思想の観点でいえばラインズやセルバンデスに非常に近い、しかし考え方の違いで現在は長老派へと所属している。


「だから長老派を今失うわけにはいかないと…」


「それだけじゃなく、長老派には有能な人材が他にも存在するしな。そういう連中は長老派というよりもシャーナル嬢を支持している傾向の方が強い」


「まだロブトン大公にポスト公爵だっております。いくらシャーナル皇女を支持しようとも彼らも王位継承権は諦めているわけではございませんでしょう」


 長老派において高いカリスマ性を誇っていても王位継承者は彼らの元でまだ二人も存在する。そのような状況で方針や意見が纏まるとも到底思えないが今は目先の国王派の排除を最優先としている。ロゼットが王位継承第一位だと知らずともその存在が邪魔であることには変わりない。彼らは容赦なく彼女を失墜させることに躍起になるのは明白。彼らを残しておくも良いとは言えない、しかし―…。


「お前だって、シャーナルはこちらに置いておきたいと…本当はそう考えてるんだろ?」


 そう言われてセルバンデスは目を閉じて何か思うように考える。セルバンデスにとってシャーナルの存在とは王族でありながら教え子のような存在でもあった。先代国王の意向によって彼女の指南役を務めたこともある。セルバンデス自身も彼女の将来を非常に期待しており、実際幼少の頃からシャーナルはその才能を発揮していた。しかしそれがいけなかったのかもしれないと今は後悔しているのだ。


「もう…昔の話です」とセルバンデスはポツリとどこか寂しげに呟く。たとえ如何に優れていようとも思想、考え方を違えると分裂を惹き起こす。


 同じ思想であるからこそ違えた時の反動は大きなものへと膨らんでいくものだ。シャーナルも優秀な人材を求めているのであればたとえ異種族のアーガスト、マディソンであっても手中に収めておきたいと考えるだろう。性格的には二人も頑固といえばそうなのだがドラストニアに来てまだ日が浅い分、紫苑よりも遥かに籠絡しやすい。それはラインズも分かっているはずなのだが――…とセルバンデスは憂慮に堪えなかった。


「アイツの色仕掛けは文字通り絡みつくようなやり方だからな」


「“ある意味”色仕掛けでしょうな。人を見る目に関しては天性の才能ですよ」


 シャーナルが『見抜く才』を持つことに対して、もう一人―…。人を『魅了する天性の才能』の持ち主の存在もこのドラストニアにはいた。




 ◇




「魔力って魔法を生み出すものじゃないんですか?」


 少女の声が木霊するドラストニア王都の図書館。そこにある学術所にロゼットは足を運んでいた。イヴ、紫苑も同行して彼女に魔力に関する指南を行なうために学術所に記録されているであろう書物を読み漁る。


 エンティアにおける魔法は基本的には『固体』、『気体』、『液体』、そして『プラズマ』の四大元素によって構成されており、自然のエネルギーを姿かたちを変えて借りるというものである。それらエネルギーを自身の肉体を媒介させて自身の思い描く形へと変換すること、これが魔法の全容だとイヴは説明する。


 ロゼットは少し意外そうに聞いていた、というのも魔法とは魔術師が扱う特別なものだと思い込んでいたために、話を聞く限りだとわりと誰にでも出来てしまうようだが実際にそんなに簡単なものでもないとイヴは続けた。


「この自然の力を借りるための『力』、これこそが『魔力』そのものよ。まぁ超能力とかそういう類に思えるかもしれないけど訓練を積むことである程度なら誰でも扱うことはできるものだけど、より強大な 魔法を放つにはそれだけ高い魔力を要求されるのはこの法則に則っているからなの」


 なんだか…ややこしい話だ。力を借りるのに力を用いると、それならいっそのこと持っている力で魔法を直接生み出すことは出来ないのだろうかとロゼットに頭の中には疑問が浮かぶ。


「変な話に感じるわよね。けど人の持つ力と自然から得られる力とは規模が違いすぎるのよ。自然というよりもこの大地や草木、川や海に風、ときには雷や雨とそれらからエネルギーを借りて用いることそれが魔法であって無から有を生み出すものじゃないわ」


 ぽかんと少し間抜けに口を開けて聞いているロゼットに対してイヴがもっと噛み砕いて説明を続けた。


「たとえば…人間一人で台風に勝てると思う?」


 そう言われて妙に納得してしまう。言われてみればそうだ、ロゼットのような小さな少女がどうやったって押し寄せてくる津波と正面衝突したところで海の藻屑になってしまうだけだと想像を働かせた。ただある人物達を除けば…。


「…でも紫苑さん、アーガストさん、マディソンさんなら台風が来ても槍が降ってきても何とかしちゃいそうですよね」


 ロゼットがちょっと冗談ぽく言うと、少しだけ困ったような表情で紫苑は笑っていた。イヴも少し顔を引きつらせて否定できずにいたが咳払いをして話を戻す。


 とりわけ魔法を扱うにはその魔力に長けているのは勿論、魔法を発生させるための思考能力も必要とされる。ようは考える力、想像力である。この魔法を発生させるという強い想像力を頭の中で思い描きそれを実際に放つという工程を用いて初めて放つことが出来る。


 ロゼット自身これはウェアウルフの時の経験から、シーサーペントの時の記憶はほとんどないがダヴィッド討伐においては自らの意志で実践している。放つことに関しては問題ないが、課題はその制御である。セルバンデスも紫苑もこの点をイヴの指南によってある程度の改善を行なうために託したのだが、彼女も少しばかり難儀している様子だった。


 まず彼女の腕に身に付けられた腕輪が第一の原因だと指摘する。『孔雀魔鉱石くじゃくまこうせき』は本来魔力のないものが扱うための魔石なのだが、どうやら彼女の魔力の増幅機能として働いているようだ。


「この腕輪を填めて魔法を放つといことは火の中に油を樽ごと入れてるようなものよ」


「爆発しちゃいそうですね…それ。ってあれ、私爆発しちゃうんですか?」


 子供のロゼットでも分かるくらいには危険な状態なのだとは理解できた。前までの彼女ならおっかなびっくりに反応していたがいろんな物を見すぎてしまっているためもはや滅多なことでは驚かなくなっている。そんな心境の変化に感覚が麻痺しているせいなのだろうかと、少し呆れた様子でロゼットは心の中で呟く。


「爆発なんてしないでしょうけど、ただ本来以上の魔法を放っているということよ。考え方次第では制御し切れずに今後放つ魔法の規模がもっと広がっていく可能性もあるし。自分が思っている以上の魔法を放って大損害を与えるなんてことにもなり兼ねないわ」


 性質を考えると当然だ。もしかしたら歩く兵器になってしまうかもしれないのでロゼットも焦り顔で冷や汗がたらたらと流れる。ただでさえあれこれと目立っているのにこれ以上なにかしでかしたら晒し者になってしまうかもしれない。


「…ということはそもそもロゼット様には魔力のような資質がやはり備わっているということですか」


 『孔雀魔鉱石くじゃくまこうせき』の働いている機能について聞いた紫苑がそう答える。魔石の元々の性質を考えるとなると行き着く答えだが―…。そうなると妙な話になってくる。ロゼット自身もこの腕輪をつけてから魔法を放てるようになったのだ。それ以前は片鱗さえも見せていなかったのに急激に扱えるようになったのには違和感を覚えずにはいられない。


 イヴは腕輪を再び観察し彼女から腕輪を外そうとするがロゼットが痛がったために手を止める。魔力による影響なのかそれとも『呪い』のような類なのかどうにも腕輪を外すことが出来なくなっているようであった。彼女も入浴する際でもこれを付けたままだと言っていた事から無理に外すことはせずにイヴは自身の知識と一冊の書物に目を通して一つの答えを出す。


「私自身経験ないし、聞いたことはないけれどもしかしたらリズの身体が魔石に適応した結果、魔力が顕現化するようになったのかもしれないわね」


 彼女の手元にある書物には一応そういった事例がありうる可能性は孕んでいるとだけ記述されている。彼女の身体がこの腕輪に依存して外せないように作用しているのかもしれないと。なんだかとんでもないものをもらってしまったと、ロゼットは少し後悔しているようだったがイヴは現状では悪影響を及ぼすような代物ではないと彼女を慰める。


 気を配るとすれば魔力の増幅くらいのものである。そのためにも彼女に魔法の訓練が必要だと改めて互いの見解が一致し、イヴは早いうちからの制御を勧めた。


「私でよければだけど、魔力の制御自体であれば私でも付き合って上げられると思うから。何も強大な魔法の修行というわけじゃないから肩の力を抜いてくれると助かるわ」


「私にも何かできるってこと…みんなにちゃんと見てもらいたいです!」


 イヴの勧めに彼女も前向きに応えるロゼット。これが自分自身に出来ることなのかどうか、それを知っていくためにも様々な経験をしたいという思いを子供特有の好奇心によって新しい可能性を開いていく。ロゼットは改めて彼女に魔法に関して師事することを決め、早速取り掛かるために外へと向かうのだった。


 あの牢獄でも感じていたが紫苑は確信にも似たものをこの少女に感じていた。彼女の真っ直ぐな強さこそが今のこの国に必要なのだと。この少女の素直な気持ちを守っていきたいと―――言葉にはしなかったが自らの胸に強く刻み込んだのであった。





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