インペリウム『皇国物語』

funky45

55話 この『瞬間』

 剣音と血しぶき舞う、鉄の臭いと焼け焦げる臭いの中、激戦は混迷を極めており両陣営では多数の死傷者を出している。大統領の乗った軍艦が味方の海軍船の艦隊へと接近させ海賊の跋扈ばっこする戦場へと乗り込むべく大統領が命を下す声を上げる。


「全軍海賊を掃滅せよ! 攻撃開始!!」


 大統領が士気の下がった兵達を鼓舞するべく、自身も剣と銃を構えて海賊達と相対する。セルバンデスもメイスを構えて戦闘の意志を示しつつ大統領には下がるように訴える。


「大統領はお下がりください!」


 セルバンデスの訴えに少し笑み浮べると大統領は「伊達に元軍人ではない、海賊程度に遅れはとらんよ」と海賊達へと向かっていく。


 拳銃と剣を巧みに操り、撃っては斬り倒し向かってくる海賊の野獣たちを次々と討ち取っていく。大統領の活躍に兵達は触発され士気が瞬く間に回復していくのがわかるようだ。


 大統領の軍船が彼らの加勢に入ったことに気づいた海賊達が標的を彼らへと移し侵攻を開始。


「レイティスの頭だ!! 首を切り落とせ、心臓を奪い取れ!!」


 海賊達も総司令に向かって攻勢の勢いが衰えるどころかより増していく、戦場で両陣営の激突が叫ばれる中で海軍の船体が僅かに揺れ傾いた。


 何事かと一同顔を見合わせるが次の瞬間、物凄い勢いで船体に激突する『何か』の衝撃が伝わってくる。
 海軍も海賊も慌てふためき、両陣営の戦線が総崩れとなり何事かと大統領が叫び声を上げた。


 兵と海賊が海中へと引っ張り込まれていくのを目撃し「海蛇『シーサーペント』」が血のにおいを嗅ぎ付けてきたと兵の一人が声を荒げて訴える。海賊達にも動揺の表情が広がり、「冗談じゃない」と言わんばかりに逃げ惑う者が続出。海兵たちは大統領の指揮の下で海賊迎撃と共に『海蛇』の討伐も同時に行なう方向へとシフトせざるを得なくなった。


「まだ生きていたのか…。紫苑殿もいないこの状況だと少々絶望的だが―…」


 セルバンデスは躯体から旅船襲撃の際の『海蛇』だと一瞬で理解し、海軍の艦隊といえど海賊からの奇襲によって戦列は乱れている中で戦艦に匹敵するクラスの魔物も相手にしなければならないとなるとあまりにも分が悪いと判断。海賊を掃滅してもこの魔物をどうにかしなければロゼットの救出などとても実行に移せない。かなり厳しい戦いを強いられると下唇を噛みつつもメイスを片手に触手に対して叩きつける。




 ◇




 孤島の抜け道の先にある船着場にて数名の海賊達が出向の準備を執り行なっている。ロゼットも逃げられないと観念しているためなのか縄で縛りつけられることもなくダヴィッドは彼女が反撃に出ることはできないと考えて自由にさせていた。実際彼女も大人しく鳴りを潜めているためほとんど警戒されていなかった。


 むしろ彼はジャックスのほうに警戒の視線を向けていたが同時に信用もしかけていた。あれだけ殺しに掛かっていたにもかかわらずこちらの味方になるような行動を見せていることに対しては信用をしても良いと考えていたのだろう。


 外の激戦の音も孤島拠点内部の騒音も聞こえないほどに静寂に包まれた中でダヴィッドはジャックスの予測不能な行動の数々に驚きを通り越して呆れに近いものを感じていた。


 かつて十年前に彼と相対したとき、彼の身体に剣を突き立てて沈む行く船と共に海の藻屑となったと思っていたら、今度はレイティスの港の大都市で十年ぶりに顔を合わせる。


 今度は囮の交渉船に乗せて部下数名もろとも爆破させて謀殺しようと画策するも再び孤島へと自力で戻ってきたのだ。普通の人間では考えられないほどの気骨の持ち主、ダヴィッドらから言わせて見れば『しぶとい』とも言うべきだろう。


「人間の考えつくことなんてものにはいくらだって穴があるもんだ。どれだけ完璧に敷こうともな」


 ジャックスはダヴィッドに語る。問題なのはその穴に気づくことが出来るかどうかである。そして絶好のタイミングでなければその活路も利用できない。自分はたまたまその巡り会わせが良かっただけなのだと。


 ダヴィッドの今回の作戦に関して彼なりの見解でその穴を指摘していく。徹底的に相手を分析した戦術は見事だと、海軍であっても彼らに魔物の相手をさせれば人間のときのような戦いにはいかない。自分達はその隙を突いて漁夫の利を得るも良し、密かに協力者とレイティス内部へ入り込むも良しと選択肢を増やしその時の判断で行動に移す速さは指揮によって統制された軍では簡単には出来ない動き。


「だが着地点が明確じゃない。考え方を変えれば『出たとこ勝負』ともいえる。それでは的確に穴を突くことは難しい。最後の目的が不明瞭であやふやだと計画も頓挫とんざしちまうさ」


「だからこそ最初から『ビジョン』を見定めておけば、『この瞬間』というものは自ずとやってくる―…」


 ジャックスはロゼットのほうを僅かに見る。


 彼女も目を合わせ彼の意図した『この瞬間』というものにやっと気がつき目を見開いて彼の一挙手一投足を見定める。


 そして静寂は打ち破られた。


 僅か一瞬の出来事であった―…。孤島内部で爆発が巻き起こったのか孤島全体が物凄い地響きで揺れ動き皆が体勢を崩す中でジャックスは自身の剣を抜きロゼットの近くにいた海賊を斬り倒す。


 同時に彼女に愛剣を投げ渡し、受け取ったロゼットも剣を抜いて海賊達と戦闘を開始した。


 一瞬の出来事にダヴィッドは反応に遅れながらも剣を抜き応戦。数名の海賊と海賊長のダヴィッドをジャックスとロゼットは不意打ちによって数の差を圧倒するような勢いで他の海賊を蹴散らし、ダヴィッド向けて刃を突きつける。


 少し膨れっ面でジャックスの方を見ているロゼットに気づいた彼は「さっきは悪かったよ、ちゃんと『この瞬間』はあったろ?」とだけ返す。


 二人の間に挟まれたダヴィッドはあの黒い能力を用いて、半透明の結晶体の刃のような槍のようなものを作り出して片手に持ちロゼットの剣撃を受け止める。僅かに傷を入れることが出来た程度で結晶体の正体に気づく。


「ダイヤモンド…!?」


「はっ! よく知っているな、お嬢ちゃん。さすがは高貴な王族と言ったところか!」


 ダヴィッドがロゼットに向かって得意気な表情を浮べて彼女の剣を弾き返し、吹き飛ばす。その隙にジャックスが剣を持ったダヴィッドの腕を斬り落とすもすぐに黒化して元の場所へと戻り再生する。


「俺の魔力はお前が一番良く知っているだろ?」


 ダヴィッドの黒い物質の正体が『炭』だとここに来てロゼットは気づき、彼らの戦闘を聞きつけて向かってきた海賊の下っ端の剣撃を受け流して斬り返す。ダヴィッドはジャックスに任せて、ロゼットは残党の海賊達との戦闘に切り替えて剣を構え直した。


「全身から炭の臭いがするなんて、変わった加齢臭だな。年食ってもっと香ばしくなってるぞ」 


 ジャックスはダヴィッドに冗談交じりで侮蔑の言葉を投げかけてダヴィッドは鼻で笑って見せ、彼の剣撃と真っ向から打ち合う。孤島内部でも激戦が繰り広げられ、陸海とで戦いは佳境へと突入しつつあった。




 ◇




 シーサーペントの触手によって海兵、海賊を無差別に掴んで叩きつけ、絞め殺し、海中へと引き摺り込んで犠牲者を出していく強大な魔物相手に海軍の砲撃、海竜用の大槍で応戦をするが触手に幾らか損傷を与えられるも『海蛇』本体に対しては致命傷には至らない。こちらの損害の拡大の速さと比較しても分かることだが熟練の海軍でさえまともに戦うこと自体が危険だと改めて思い知らされる。


 そんな中でも果敢に大統領は戦意を落とすことなく海蛇の触手を斬り落としながらも兵達への命を下し続けるが無慈悲な触手は大統領にも襲い掛かる。彼の脚に絡みつき海中へと引き摺り込もうとロゼットを連れ去った時のような強大な魔物の力を発揮される。


 剣を突き立てて反撃を行ない抵抗の意志を見せるも触手も喰らいつくように大統領から剥がれない。海中へと引き摺り込まれる寸前のところで大統領に絡みついた触手に槍を突き立てられる。触手はうねりながらも切り取られた部分は海中へと戻っていき、付き立てたられた槍を引き抜き大統領の安否を確認すべく駆け寄ってきたのは新米将官のロズドーネルだった。彼に立たされた大統領は感謝しつつ、追撃に備えて再び剣を構えるも今度は一度に大量の触手が襲い掛かってきたが―…。


 その刹那に一閃が煌めき次々と触手が斬り落とされてゆく。


 一閃と共に映った白銀の胸当てに篭手を身に付けたゆらゆらとなびく漆黒の長い髪。


「紫苑殿! 無事でしたか!?」


 セルバンデスが参戦に入ってきた紫苑に駆け寄り、向かってくる海賊に応戦しつつ次の手を考える。旅船でのダメージはおそらく回復しきっていないのか以前よりも動きが鈍いと紫苑は指摘し続いて松明や武器の刃に油を掛けて炎を纏って応戦するように提言。


 そしてそのままの勢いで再び海中へと紫苑は飛び込み直接シーサーペントとの戦闘に挑みに行く。あの巨大で不気味な目を紫苑へと向けて触手による攻撃で彼に襲い掛かる。


 旅船での傷が癒えていない証拠に巨体の胴回りには赤々と広がった火傷の痕が残っておりそのせいか触手の動きも以前より鈍く感じ紫苑は海中にも関わらず触手の攻撃を回避しつつ、自慢の大槍で斬り落としていく。しかし触手の物量も尋常ではなく防戦を強いられているような状態であった。


 紫苑が苦戦していると感じたロズドーネルは自ら囮となるべく、自身の流れた血液を海中へと振りまくことで海蛇の注意を逸らしつつ、誘い込むために船首の方で挑発を行なう。海蛇もそれに反応し、ロズドーネル目掛けて触手を向けてゆくことで紫苑に対する警戒が薄れその隙を逃さずに触手を巧みに踏み台にして助走をつけ一挙に距離を詰めに掛かった。


 遂に海上へと姿を露にした海蛇、その巨体とおぞましさに海賊も海兵たちも底知れぬ戦慄を覚える。大きな目をぐりぐりと動かしてロズドーネルへと向け、応戦している彼を触手で捕らえる。


 強力な圧力を掛けて彼を締め潰そうし、彼ももがき苦しむ。


「ロズドーネル!!」


 彼の名を叫ぶ大統領の声。周囲の触手を斬り落としながら彼の元へと助けに赴くがとても間に合うとは思えなかった。自らの危険を冒してまで彼の助けに入ろうと船首へと向かう最中、海中から飛び上がった黒い影が海蛇の躯体を走り駆けていく。


 尋常ではない脚力と速度であっという間に海蛇の頭上を取った。


 大槍の鋭い刃を脳天目掛けて突立てると苦しみ悶えて海蛇はその巨体を大きく揺らして暴れまわる。その反動で触手で掴んでいたロズドーネルを放り出し、大統領は海中へと飛び込んで彼の救出に向かった。


「大統領! いけません!」


 セルバンデスの制止の声は届くことなく、海中へと飛び込んだ大統領はすぐにロズドーネルを抱えて海面に姿を見せた。


 暴れまわる魔物に深く突き刺さった大槍を僅かに魔力の帯びた左手で握りしめて、力を込めると瞬く間に海蛇に電流が走り、突き刺した傷口から血肉が飛び散る。


 脳を魔力による電撃で完全に破壊したことで動かなくなった巨体は大きく反り返り、海へと沈んでいく。離脱した紫苑は大統領の元に飛び込んでおり彼らの引き上げを手伝う。


「大した男だ…たった一人であの魔物を倒すとは…」


 大統領の言葉に紫苑は首を横に振り、ロズドーネルのおかげで討伐できたのだと囮を買って出た彼を評していた。彼の賞賛の言葉に大統領も彼を見て若い身でありながら良くやってくれたと賛辞を述べる。


「嘘だろあの魔物をたった一人で倒したのか…?」


 海賊達は紫苑の強さを見て戦く。大軍でも勝ち目すら見えなかった化け物をたった一人で討伐したのを間近で見せ付けられ、海へと飛び込み逃げ帰ってゆく。


 シーサーペントを撃退したことで海兵の士気が瞬く間に回復し、その勢いで海賊の残党を掃滅すべく艦隊の援護へと向かっていくのであった。









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