インペリウム『皇国物語』

funky45

40話 真意の先を見る

 津波の如く勢いで列車が広大な大地を駆けてゆく。目指すは海洋国家レイティス共和国。


 レイティス共和国行きの車両はフローゼル行きの車両よりも生活圏により近い作りになっており、就寝用ベッドも大きめの作りとなっている。王族、貴族のような特級階層の使う車両となると生活が出来てしまうほどの作りではある。


「それでも普通車両だよねー」


「わ、私まで御呼ばれして大丈夫でしたか?」


 そう言いながら少しガッカリしたような様子のロゼット。その横で同じメイドのシンシアは不安げな声で訊ねる。今回も大々的な訪問にするつもりもなく粛々としたものであるとラインズからは説明を受けている。
 本来は彼女が『王位継承者』としてレイティス共和国へ訪れる予定であったが、再びロゼットを外遊へ連れて行くことに懐疑的であったメイド長、長老派から疑問視され今回は同僚のシンシアも同行して従士という形となった。彼女にとって自分と同じ感覚を持つ人物が一緒にいるだけで気持ちに余裕はできるのだが、納得もできない部分が――。


「良いじゃない?華が増えるのは旅の楽しみの一つだしさ」


「あ、きょ、恐縮です」


 そう軽口を叩くシェイド。シンシアの方が僅かに年上なのだが相手は貴族。そして今や他国の代表と言うこともあってシンシアはへりくだって答えていた。


「なんでシェイド君がいるの」


「いや、俺がこっちに頼み込んでるんだしさ。本人が来るのが筋でしょ?」


 不満気な表情で追求するロゼットにもっともらしいことを言うシェイド。実情は彼女と一緒にいたいのではないかと不審に思う。


「ヴぇ、ヴェルちゃん…相手は公爵様だよ…?」


「あ、いーのいーの。友達だからさ。彼女だってなんだし気にしてないよ」


 シンシアはロゼットに注意するがシェイドは気にしていない様子。ロゼットの方を一瞥しつつ一応彼女の体面を気にするような発言をするあたりドラストニア陣営とは歩調を合わせる方向らしい。


「……いつ友達になったのさ」


「え、ひどくない?」


 二人のやり取りに落ち着かないシンシアという構図にセルバンデスが往なす。今回もセルバンデスの同行という形だが最大の違いは二国間共同での訪問。


 そのためシェイドにも一名従士が同行。シェイドからは『オルト』と呼ばれており、容姿は二十代後半といったところか僅かな顎鬚を生やし、風格に満ちた表情に紫苑の躯体に匹敵するほどのガッチリとした体格。グレトンでも数少ない猛将の一人でシェイドを支える重鎮でもある。


 パートナーの澄華も今回はアーガストに任せ、いつもついて来ていた小さな影がないのを心なしか少し寂しそうに見回す。


「皆さん、食事の準備が出来たようです」


「あ、はいっ。今行きます紫苑さん」


 寂しい表情がその声を聞いて一気に晴れ、今回は紫苑が従士として同行していた。シャーナルは今回の同行はフローゼルでの疲れがまだ取れていないとのことで見送りとなった。小耳に挟んだ噂ではレイティスの現大統領とりが合わないとか囁かれてもいる。海賊問題もあるため少々危険性も含んでいるため訪問を見送ったのかもしれないし真意は不明だ。


 ラインズからも出発前に「ゲームでのことを思い出せ」と意味深なことを言われ少し拗ねた様子で領地を取られたことをロゼットは突いていた。恨み節に述べる彼女に少し呆れつつも、その後のことをセルバンデスから聞くように言われ、『取引』のことを思い出すように彼女に告げ送り出す。




 紫苑に案内され、各々席に付き食事の席でそのことをセルバンデスに訊ねると自身が実は勝利していたと聞かされる。少しばかりシャーナルを恨めしく思っていたが過ぎたことを言っても仕方ないと切り替える。紫苑が笑顔をこちらに向けてきたことで恨めしい気持ちも飛び少しにやけた笑顔で返していた。


「天龍殿とロゼット殿は随分と親密な関係なのかな…?」


 少し意地悪っぽくシェイドが口にするとロゼットは慌てた様子で顔を真っ赤にしながら濁す。シンシアも驚き彼女に訊ねるが弁明する。
 対して紫苑は笑顔で余裕ある表情を見せ、同じ王宮で生活する大切な存在だとはっきりと述べるがシェイドはそこに更に突いてくる。


「彼女の方はどう思ってるのかな?」とロゼットの方へと向く。シェイドが意地悪をしているのだと気づき、頬を真っ赤に染め睨むように向き返すロゼットの横からセルバンデスが口を挟む。


「そういえばシェイド公爵。ラインズ様と何やら密約を交わしていたようですが、今回の外交――…もしやその一件が関係を?」


 話題を逸らしシェイドの目的を直球で突いてくる。彼の従士オルトももちろん知ってはいることだが、互いに知らぬ体で今回はついて来ていた。周知されているとは大体予想はついていたが、ラインズの口から直接聞かされていたことに少々不安を感じつつ溜め息混じりに話す。


「あの皇子様も大概お喋りだなぁ…。とは言ってもフローゼルでの立ち回りを見たら誰でも気づくよね」


 グレトンがフローゼルと併合、その後のドラストニアとの戦争を回避するために取引を行ない、代わりにグレトンの食糧問題の解消には手を貸すということ。食料を他国頼りにするのではなく自国の産業で生産するために漁業を普及させる。


 だが海域は海賊問題で荒れ、交易船どころか漁船さえも僅かな数しか出せずそれでも被害は出続けている現状。海域を囲むドラストニア、グレトン、レイティスの三カ国によって海域を三分にすることを目的とし、レイティス共和国と協力を取り付けることで海賊問題の解決を図る次第――。


「レイティスにとっても今回の我々の訪問と提案は文字通り、渡りに船といったところなんだけどね」


「海賊問題とかけて上手く言ったつもりー?」


 シェイドにジト目でロゼットはツッコミを入れるが皮肉なことにそんな現状であるのがレイティス共和国の抱える問題。


 二人のやり取りにシンシアも最初こそ慌てた様子見せていたが、食事の席で彼がフランクな性格だと知りそれ以上は言及はしていなかった。オルトも彼女が王族であることは聞かされておりシェイドが許していることもあって見過ごしていた。


 一同を乗せた列車は港町へと無休で走り続けていた。




 ◇




 ドラストニア王宮。美しい黄金の髪をなびかせながらフローゼル側の使者として常駐しているイヴ・エメラルダ。彼女は現在、集落襲撃の一件の責任でラインズの付き人という形で王都に滞在している。そのためラインズの側にいることが多く、彼との間で噂されることもある。


 議会の場では彼女は呼ばれることはなく、彼女の耳に入ってくるものはラインズから受ける報告と方針のみ。同盟国といえどドラストニア議会の場に出席するわけにもいかない。


 議会が終わり廊下でラインズを待っていると案の定、数名の高官から声をかけられる。決まり文句のように口説かれ、慣れたように彼らの甘い囁きをかわす。


 議会を終えたラインズがやってきたため彼に付き従うと先ほどまで口説いていた高官達も顔色を変えてラインズの方を一瞥していた。彼らの関係について好き勝手に囁いているのが聞こえてくるが彼女はまるで気にしていない様子。


「あんたも大変だな」


「『お互いに』でしょう?」


 澄ました顔で返す。ラインズが今回の内容について話を始めた。逃亡したホールズ一派の動向とフローゼルとの今後について話し合われたと伝える。


「やはり彼らがマンティス大公と繋がっていたと――?」


「それ以外に考えられないからな。そんなフローゼルと国交を結んだままでいるのはどうなんだとか色々香ばしい意見も飛んできたぞ」


 それに関してイヴは何の反論も出来ない。フローゼルのためにグレトンとの間の紛争にまで出張ってもらい、新しい産業までも生み出すきっかけまで与えてもらっておきながら、その国家の領地へと侵入。その上、国民を虐殺した後、王位継承者を危険な目に遭わせたのだ。


 対立派閥だったとはいえフローゼル内部の政治家が起こし、行方をくらましているのだから責任もフローゼル側に向けられるのは致し方ないことだと。そんなイヴの様子にラインズは安堵させるよう言葉をかける。


「そんなに心配しなさんな、姫さん。こっちだって今フローゼルと手を切るなんて選択はありえない」


「連中の経路から大体の予想はつく。目標はおそらく南方の地『ガザレリア国』」


 何故分かったのかとイヴは問う。ロゼット達が戦ったとされるウェアウルフと集落の襲撃は彼らによるもの。ロゼットからの話によると地竜がホールズに怯えた様子をみせたという事も聞き、魔物を使役できうる技能があるという点を突く。


「確かに…ホールズ殿は魔物を手懐けることができたと聞いたことがあったけど」


「まさかウェアウルフも使役していたなんて…」


「魔物を使役する国家でもあるガザレリアなら連中も受け入れが可能ではないかと考えていたんだろう」


 最悪のケースを考えた時に用意しておいた逃走経路。彼らにとっての幸いだったのだろうとラインズは語った。本来は彼らとのパイプを利用してマンティス大公によるグレトンとフローゼルの実権の中に食い込んでいくつもりだったこともラインズは見抜いていた。


 同じフローゼル国民でありながら国家を売り渡すような行為に憤りを感じるイヴ。そんな連中のやったことの尻拭いさせられていることにも、ドラストニアに頼らざるを得ない国家としての弱さの実情にも――……。


「ガザレリアも今は隣国のマグノリフとの関係悪化であの近辺は厳戒態勢が敷かれている。そう簡単に食い込めるとも思わないが。あの国の性質を考えるとなぁ…」


「なら余計に彼らを止めなくては…!」


 詰め寄るイヴに落ち着くように往なすラインズ。ガザレリアは国家規模で魔物を使役するため、魔物を使役できる存在であれば無条件で受け入れる節がある。ガザレリア内部へと入り込んで、問題が起こればその責任はフローゼルが再び負わされかねない。そのためにすでに国家反逆者としてホールズ一派は指名手配されており情報もガザレリアへと行き届いている。


 仮に受け入れていたのであれば責任の所在はガザレリアにある。だがガザレリアも南の海に面しているため地理的にも重要な場所であるから蔑ろにも出来ない。南下した先には東側大陸の南部に位置する『スピノアクス大陸』が広がっている。


 そこでは『覇国はこく』と呼ばれる太古より存在している国家があったが、ここ数年で巨大国家として台頭し諸外国を次々と植民地化し猛威を振るっていた。


「スピノアクス大陸の『覇国』…。たった数ヶ月で領土を倍に拡大しているのは心底恐ろしいよ」


「一番近いとなると『ビレフ』ね。あそこは海洋の交易国家でレイティスと性質は似ているけれど徹底した移民対策がなされているのが強みね」


『ビレフ』はユーロピア大陸でも最南に位置する海洋国家。厳しい入管を設けていることもあり港町全域が要塞のような広大な城壁を持ち、難攻不落の堅い防衛力を持つ。また近年において技術力の面でも目覚しい発展を見せており、彼らの技術力も取り込みたいとラインズは考えている。


 何名もの使者を送り数年前にようやく国交を結び、フローゼルとは違い日の浅い関係性でまだ友好関係とは言いがたい。フローゼルの『翠晶石すいしょうせき』産業を大いに利用し国交結ぶための仲介としてドラストニアが買って出ようという考えだ。


 それに少し怪訝な表情を見せるイヴ。


「良いように利用してくれますね。フローゼルは確かにドラストニアのおかげで返り咲くことができましたが――…こうも扱われると少々疑念を抱かざるを得ません」


「ハッキリ言ってくれる。あんた達だって外貨獲得が最大の課題だろ?」


「得られる好機を待っているだけでは何も手に入らない。というか――……むしろあんた達の方から積極的に乗り出して欲しいくらいなんだよ」


 イヴに詰め寄り、自国の産業の発展にむしろもっとアクティブになって欲しいと反論する。彼女も思うところがあるのかそれに対して反論はできず押し黙ってしまう。その様子を見てラインズも言葉を濁し、ばつの悪そうな顔をする。


 フローゼルにはドラストニアほどの外交能力はない。軍事力もないのだから当然発言力もおのずと低くなりがちだが、強みとなる産業を手にした現在は話が変わってくる。ラインズは自分のパイプを用いてフローゼルの産業発展に協力すると彼女に言及する。その後は彼女達がそれぞれ諸外国との交流を深め独自のパイプを作っていって欲しいと告げた。


「あんたは賢いし、人との交流も比較的友好に接することができるとも思う。国の代表としてここに来ているという自覚があるなら、あんたからまずは歩み寄ってきて欲しい」


 イヴは彼の言葉を受けて神妙な面持ちで考える。その真剣な姿がまた美しく彼の目に映り、僅かに狼狽する。綺麗な眼差し彼に向けて同調する。


 単に利己的な考えというものでもなくフローゼルの発展のことも考えての発言。彼の真意がどこにあるのか――…。


 このラインズという男の動向を見極めるためにも彼女はラインズに全面的に協力するよう伝えた。



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