インペリウム『皇国物語』

funky45

19話 勇気を持つこと

 その日の夜、各々の用件が終わり政庁のにてロゼット達の会議という名の報告会が始まる。紫苑も加えたロゼット、ラインズ、セルバンデス、の計四名の所謂『国王派』というものだが今後の方針でラインズに付き従う高官も交えて派閥の方針の取り決めも行なうことになった。


「国王派の連中は全体的には若年だがそれでも長老派と呼ばれる連中と比べてという意味だがな」


「ラインズ様、意見交換と取り決めの際にはロゼット様もご参加されるのでしょうか」とラインズに対して返すセルバンデス。


 そうはいってもロゼットのことを知らない高官も数多く存在する中あくまでラインズに対して支持している者も当然存在する。いきなりロゼットが王位継者として後釜であると説いても納得してロゼットの元につくかどうかましてや彼女はまだ幼い子供、あまりにも荷が重過ぎる。


「今までどおりメイドとして差し入れをするという形で参加では?」と意見もあるが中には国王の意向を汲みロゼットを既に支持しようとする動きも存在する。国王派といえど一枚岩ではない状況に行き詰る。


「じゃあ私が有識者の娘としてラインズさんを支持しつつ参加するという形ではどうでしょうか?」


 そう提案するロゼットに対して一番妥当なところだろうと結論付ける。今はラインズ支持層と国王派での意見の一致を目指すほうが先との判断に至りロゼット自身もそれを望んでいた。自分には力も何もないのだから知識や力を持っている者から学ばざるを得ない。


「今後は対外交渉の場にもロゼットの嬢ちゃんを連れて、実績を積ませて納得させるしかないからな」


「外交ですか」そう呟く紫苑。


 一番早い話がこれに尽きるだろう。やはり諸外国との関係を良好に築ける存在でなければ国の舵取りなど任せられるものではない。だからこそラインズは現役の外交官であるセルバンデスにロゼットの教育を一任していた。


「となると私の外遊にロゼット様もお連れしていくということですか」


 外遊と聞いて少し心躍らせるロゼットにすぐさま「遊びに行くわけじゃないからな」と茶化しながらも指摘を入れるラインズ。そして急ではあるもののセルバンデスが外遊先としていたフローゼル王国へロゼットも同行することとなり会議はお開きとなった。


「うぅー…」


「なんだよ、外国に行くのがイヤなのか?だったらやめとくか?」と浮かない様子のロゼットに声を掛けるラインズ。


「いや…それは良いんですけど、このあと鍛錬場で用事が…」


 それを聞いていつもの鍛錬かと少し笑みを溢して察するラインズに不満気なロゼット。


「人事だと思ってぇ…」と恨めしそうな目で訴えかけるロゼットに対して紫苑が同行するというがラインズがそれを制止してこのあと紫苑に用事があるということを伝える。紫苑が来てくれると思い喜んだ矢先にそれを制止されて今にもより一層泣きそうなほど恨めしそうな表情でラインズに訴えかけるロゼット。


「あ、あとロゼットも鍛錬終わって自由な時間とれたら俺の部屋にきてくれ」


 その言葉を聞いて紫苑とセルバンデスが凍りつく。


「え?良いですけど」とロゼットが答えかけている途中にセルバンデスが酷く蔑んだ表情で横槍を入れる。


「相手は妹君ですぞ…あまつさえ国王陛下になられるお方を…」


「な、何もしやしねぇよ…」と呆れながらラインズは弁解していたが当のロゼットには何のことやらと本当にわからない様子できょとんとしていた。ロゼットはセルバンデスに守られるような形で連れ出され二人は後にした。


 ◇


 静寂の夜の鍛錬場で剣の打ち合う音が響く。


 一方的に打ち込まれているように見えるが、ロゼットの手から剣は弾かれなくなっていた。シャーナル皇女も手加減はしているものの初めてここで最初の一撃を与えた頃よりは威力を増していた。にも関わらずロゼットはそれに耐えうるだけの力はつけていた。


 一撃一撃が重くなっていくことがわかるほど剣を伝って手に響く振動とその重さ。もうあんな惨めな思いはしたくないという意地とロゼット自身の頑固な性格が耐えうるだけの強さを手に入れた。


「耐えるだけで反撃をしなければ意味はないわよ」


 シャーナル皇女に指摘され、今度は自分から踏み込んで攻撃に転じる。ロゼットの一撃はあっさりと捌かれ、無防備となった側面に一撃をまともに叩き込まれる。感触から手加減していたことはわかっていた上に皮の鎧を身に着けていたがその一撃はずっしりと重く感じる。


「かっ…はっ…痛っ…たい…」


 刃を落としてあるといっても金属の棒がまともに横っ腹に叩き込まれれば子供でなくとも激痛である。目頭が熱く涙も流れ、精神的にもまいっているロゼットに対してシャーナル皇女は冷ややかな目で述べる。


「人の上に立つ者として相応の『力』が求められるのも必然。『力』無き者に誰が惹かれる?」


「あなたも有識者の娘であるのなら、いずれ人の上に立つ日も来るでしょう…。その時、自分が本当に人の上に立つ人物に相応しいか」


 シャーナル皇女の現実を突きつける言葉。今のロゼットとシャーナル皇女を仮にどちらかを国王として支持するか天秤に掛けたとき誰の目に見てもその答えは明らかだ。しかしそれでもロゼットは立ち上がる。涙で晴れ上がった目を擦り、顔を砂まみれに鼻水をたらしながらも構える。


「…次で最後、来なさい」


 そう言うシャーナル皇女は構え、ロゼットは彼女の目を見ている。
 数秒間『無の空間』が出来、時が止まったかのようなわずか一瞬。ロゼットが動く。放たれた一撃が捌かれるがすぐに斬り返す。それも涼しい顔でシャーナル皇女は捌くが目はロゼットの目をずっと見続けていた。
 ロゼットは初めてシャーナル皇女の目の動き、自分の目を見ていたことに気づき本能的に彼女の目先を見てシャーナル皇女からの一撃を捌ききる。二人で始まった鍛錬であったが十数合も打ち合いが続いたのはこれが初めてであり、シャーナル皇女も表情が硬くなり真剣なものへと変わり剣を改めて握り直す。
 その僅か一瞬の隙を突きロゼットの一撃でシャーナル皇女のバランスが僅かに崩れ、畳み掛けるようにロゼットは一撃を振り下ろす。


 しかし――
 シャーナル皇女が横払いから本気の一撃を繰り出しロゼットが振り下ろしきる前に弾き飛ばされる。軽く宙を舞いそのまま尻餅をついて倒れこむロゼットだが剣は手元から離れていなかった。今まで受けた一撃の中で最も重くそれが手を伝って全身という全身、骨の芯にまで響くように感じた。


「だ、駄目…だった」とがっくりと項垂れ涙を溜め込むロゼットに対して


「そんな簡単に涙など見せるものではない。悔しいと思うのであればもっと己を磨くことよ」


 あくまで厳しく接するシャーナル皇女。ロゼットはすぐに涙を拭き「泣いてなんかいない」と反論する。


「今の一撃…重かったでしょう?あれが私の本気よ」


 そう告げるとシャーナル皇女は剣を回収しいつもの如く立ち去っていった。手加減しているとはわかっていたものの最後の一撃の重さとの落差でやはりシャーナル皇女との差を感じ思い知らされる。しかしシャーナル皇女はというと――


(たった数週間で私に本気を出させるまでになる…か)


 表情こそ、いつもの冷めた表情であったもののロゼット自身の成長の早さに驚きと焦りを感じずにはいられなかった。たった十歳の少女相手に何年も鍛錬を積みやっとの思いで体得した剣技についてくるレベルにまで成長していたのだ。彼女にとって屈辱以外の何物でもないはずなのだが――


「なにかしらね…この感情は」と呟き夜空を眺めながら王宮を歩いていく。


 ◇


「こんばんは…」と声を掛けながらラインズの部屋の扉に手を掛ける。


「おう、来たかわざわざ呼んで悪かったな。まぁこっちで掛けてくれ」


 彼の部屋のバルコニーにあるテーブルへと案内される。暖かい紅茶が用意されておりさしずめ深夜のお茶会といったところだろうか。ラインズも掛けてサシでの話を始めるが改めて話し合うのもお互い初めてであったためロゼット自身切り出し方がわからず紅茶の感想を述べるに留まる。


「美味しいですね。この紅茶」


「どうだ?ここに来てしばらく経つけど、辛くないか?」


 心配をするラインズの問い。予想外といった表情をするロゼット。


「辛そうに…見えますか?」と問いかけに質問で返してしまうロゼット。
 ラインズには何とか保っていられるといったようにも見えて自身の手前勝手で彼女を巻き込んでしまったことを後悔しているようであった。


 王家の派閥争いに実際に戦争を体験させてしまったこと、にもかかわらず国王として即位するまでの間だとはいえハウスキーパーを強いることになってしまっている現状について。いくら先代国王の遺言もあるとはいえ、その気になればラインズが即位するという形も可能ではあるが国内が荒れる可能性も十分にあり、アズランド家との関係同様の事態に発展しかねない。


 結局のところ国民を巻き込んだ血で血を洗う王家の抗争になってしまう。


「遅かれ早かれ戦争になるかどうか…現状もかろうじて保っていられる平和でしかない」


 そう答えるラインズ。


「ならその平和が続くように努力するだけですよ」


 ロゼットは笑顔で答えた。アズランド家との一件を通して、親子同士の争いの辛さを目の当たりにしそれ以上に街並みに溢れかえる不安や彼らの生活を脅かすことなんてあってはならない。


「難しいことはまだ全然わからないですけどね。でも少しでも安心できる時間を守れるなら、頑張れます」


「もっと辛いこともこれからあるかもしれないぞ?いいのか?」


 ラインズは彼女の不安を煽るのではなく、彼女の身を本当に心配して重ねて聞くが彼女の答えは変わらなかった。彼女にとってもこれだけ関わってしまって今更変えることなんてできなかったのだろう。


 それでも幼い少女が出した答え、それは今のままの自分で居続けることと成長であった。もっと辛く過酷なことがあるであろう、彼女には想像し得ないかもしれないがそれでも『戦争』以上に辛いことなんてないと語りラインズは話し終える。


「三日後にセルバンデスとフローゼル王国へ外遊してもらう方針は変わらずにしておく。本当にありがとう。これからよろしく、ロゼット・ヴェルクドロール殿」


「はい、ご迷惑をかけてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします。ラインズアーク・オズ・ドラストニア…殿?」


 少し首をかしげるように困った笑顔でそういうロゼットに笑顔で答えるラインズ。二人は握手を交わしお互い世話になることを改めて確認しあったのであった。

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