インペリウム『皇国物語』

funky45

15話 白い騎士の訪れ  

 眩く日の光が輝きを放ち王室の寝室を照らし出す。その光に目を覚ます白い少女。


「んっ…眩しい…」


 日の光によって白い姿は白銀の輝きを放ちながら身体を起こし、王室の外から覚めきっていない頭を冴え渡らせる声が聞こえてる。


「ロゼット様!もう朝食のご用意は出来ております!早くしないと太陽が沈んでしまいますよ!」


 そんな冗談を飛ばしながらセルバンデスは彼女を起こす。目を擦り、正装に着替えたのち王室を後にする。


 朝食は一段と立派なものであった。銀の食器にクリームシチュー、干し肉ではなく焼き立ての生ハムに加え濃厚なチーズがたっぷりと入った器にバスケットにたくさん入ったサクサクのパン。
 彩りどりに添えられたサラダとフルーツ。充実した朝食内容、王族らしい優雅と呼ぶに相応しい。


 普段政庁で使われていない小部屋での食事という点を除けば…。


「なんか…色々と不釣り合いだよねコレ」


 ロゼットは困ったような表情をしながら食事を続ける。出来ることならいろんな人と食事を楽しみたいけど自分の今の立場を考えるとそういうわけにもいかないと自分を納得させる。


「大っぴらに出来ないからな、かと言って粗末な食事なんてさせようもんならセバスに俺がブチのめされるし」と冗談交じりで話すラインズにセルバンデスが呆れたような声で答えながらやってくる。


「そんなこと致しません。ロゼット様、水をお持ちいたしました」


 ロゼットはセルバンデスにお礼を言ったあとに今後の方針について話題に触れる。
 あれから時間が経ちアズランド家との紛争は一応の決着はついた。継承者不在となったアズランド家は取り潰しとなり、アズランドに仕えていた人材のうち残りたいと進言した人達はそのままドラストニアで生活している。


 ただ当主派の爵位持ちが何人か生き残り、猛反発した後ドラストニアからの追放という形となった。


「妥当でしょうな」と頷くセルバンデス。


「あれだけのことやらかして、まだドラストニアにいられるなんて本気で思ってるとは呆れを通り越して笑っちまうな。処刑を免れただけでも感謝してほしいくらいだよ」 


 表情は半笑いのラインズだったが実際この数日間この戦後処理に無休で追われていたのを目の当たりにしているロゼットは本当に大変な仕事なんだと改めて知らされた。
 実際に処刑という声も上がっていたが長老派からは猛反発を食らい、彼ら曰く国民に与える心象はやはり良いものではないという声が多く存在していた。  


 しかし国民に対して牙を向けた事実も否定はできなかったためか反対意見も多少はあったもののドラストニア領地からの永久追放という形で落ち着いた。


「長引かずに済んだのはアズランド側の一部の配慮のおかげだな。こっち側にも内通していた連中も黙ることしか出来なかったようだし」


 まだドラストニア側に彼らに通じていた人達をそのままにしているが証明もしようがない。
 大方長老派側かポスト公爵側の誰かなのだろうが、誰が繋がっていたのか定かでない以上引っ張り出すこともできないことに不安を拭いきれないロゼットであったが落ち着くところに落ち着いたといっていいだろうか。
 町並みも平穏でいつもと変わらず賑わっている様子。


「んじゃセバス、お嬢の教育頼みますよ」


「心得ました」


「えー…また勉強ですかぁ……」


 内戦が落ち着き、国内政治も進み始めた頃から始まった勉強会。学校の授業よりも難しい話を聞かされる講演会みたいなもので最近の彼女の悩みの種だとか。ロゼットは項垂れながらもセルバンデスに図書館へと連れられ一日の始まりを迎えた。


 ◇


 勉強会を終えてから、夕刻に鍛錬場へ向かうように言われる。
 こんな時間から鍛錬を行なうとも思えないし、何を行なうのかはわからないけれどその間、王宮内を歩き回る。
 外から眺める景色は相変わらず美しく、町並みも平穏そのもの。
 歩き回る大人達と世間話に花を咲かせている、子供達は走り回り笑声が聞こえてくる。


「みんな…どうしてるのかな」


 現代の小学校のことや町のこと、友達や家族のことを思い出していた。今頃夏休みを謳歌して友達と海やキャンプ、家族と旅行をしていたのかと思うと頬を熱いものが伝っていた。


「うぅ…最近泣いてばかりだなぁ」


 涙を拭ってほっぺたをペチペチと叩くと後ろから皮肉交じりの声が聞こえてくる。


「あら、メイド長にイビリぬかれたのかしら?」


 一度見たら忘れそうも無いその美貌をひけらかしながら、抑揚のある話し方だがどこか冷たい声で話しかけてきたのはシャーナル皇女だった。


「あっ…いえ、そんなことは…」


 言葉使いに気を使いながら答える。一応私自身はまだ王位継承者として大々的には発表していないためメイドとして接しなければならない。


「それともセバスにしごかれたのかしらね」


 まるで一部始終を見ていたかのようにピンポイントに言い当てる鋭さは相変わらずだ。あくまでメイドとして当たり障りの無い受け答えをする。今日は機嫌が良いのかあまり鋭い目つきでもなく、私に向ける目もむしろ興味のあるかのような様子に見えた。


「ねぇちょっと付き合ってくれる?」


 そう言われ私はキョトンとした顔をしていたと思う。




 案内された場所はまさかの鍛錬場。
 幸いといっていいのか人はおらず、何に付き合わされるのか大方予想がついていたがどう立ち回れば良いのか考え戸惑っていると細剣のようなものを渡される。武器を渡され内心驚き少し怯えている私にシャーナル皇女は安心させるように話す。


「心配しなくても鍛錬用のものだから刃は落としてあるわ」


 しかし心配していた予想通りとなり、やはり鍛錬に付き合わされる。剣道や武道さえやったことの無い私はどう立ち回れば良いのかわからずにいると
 何も考えずに自分の思うように好きに構えろと言われる。私は両手で握り、構えも何もあったものではない型も出来ていないような無茶苦茶な構えでシャーナル皇女と向かい合う。


「それでいいわ、変な先入観で捉えるよりも自分の思うようにやりなさい」


 シャーナル皇女は左手で握り、右手を添えるような型であった。立ち姿もやはり皇女らしく気品に満ち溢れながらも凛々しく隙を感じられなかった。


「綺麗…」と思わず溢すと


 シャーナル皇女が顔つきを変え合図を出し、こちらに向かってくる。驚いた私はそのまま後ずさるも歩調が合わずにそのまま尻餅をついてしまう。
 わずか一瞬の出来事だった。
 私の持っていた剣は一撃で弾き飛ばされる。手は電流が走ったように痺れ、指も関節部分が痛く何よりもシャーナル皇女の眼力に気圧されしていた。


「早く拾いなさい」


 そうシャーナル皇女に言われるが立とうとしても体が上手く動かない。手も痺れて半分這いずるように剣を拾いに行く。剣を支えに何とか立ち上がることができ、構えようとしているとシャーナル皇女は既に先ほどの体勢になっていた。


「もっと強く握り、構えなさい」とシャーナル皇女が助言のような一言を投げかける。


 ――また来る――


 私は構え直し、再度の攻撃に身構える。僅かに時が止まっていたように感じた。
 何処を見ればいいのかわからない。
 相手の目の動きなのか、切っ先なのか、それとも脚か。考えを巡らせていると再び向かってくる。


 今度は身構えていたこともあり反応自体はできた。しかし―


「うわぁっ!!」


 金属の響きあう音だけが聞こえその後、私の持っていた剣が再び転がる。力の差が違いすぎてまるで相手にさえならない。私を相手取るよりも大木を打って練習しているほうがマシなんじゃないかとさえ思えるほど私自身はひ弱だった。
 ただの王族のお嬢様という印象しかなかったがシャーナル皇女は口だけでなく剣術も強かった。痛みを堪えて再び拾いに戻ろうとすると「もういいわ」とシャーナル皇女に止められる。


「力量に差があり過ぎね。見ている人間からしても気分の良いものではないし、相手をさせて悪かったわね」


 そう言い残し、剣を回収しシャーナル皇女はその場を後にした。


「な、なんだったんだろう…」


 砂埃を払い、なんだかやられ損をした気分になりつつ身なりを整えていると鍛錬場の陰からラインズさんに呼ばれる。


「悪かったなこんなところに呼び出して。まさかシャーナルのお嬢が一緒だとは思って無かったから」


 私もシャーナル皇女にセルバンデスさんを伝って呼び出されたのかと思っていたけれど違ったようだ。こんなところで夕方から何をするのだろうかと疑問に思いながらついて行くとドラストニアの国旗が掲げられた円卓とは違った会議室のような場所へと案内された。周囲は華やかな装飾に彩られておりその中央でセルバンデスさんが待っていた。


「待っておりました。どうぞこちらを」


 渡されたものは龍のレリーフが彫られたペンダントに細剣と指輪であった。ペンダントの中には私の肖像画とドラストニアの王族の証明であるとされる紋様が刻み込まれていた。指輪には見たことの無い文字が刻み込まれておりラインズさん曰く聖堂で受けた加護の力が宿っているそうだ。


「わぁ…凄い綺麗ですね!!つけてみてもいいですか?」


「勿論」とラインズさんが答える。


 ペンダントは非常に軽く、肌の心地も悪くない。
 指輪のサイズも少しゆとりのある程度のものでありすぐに外れるという心配もなさそう。
 そして細剣は先ほどの訓練用のものとは異なり金の装飾があちこちになされていた。先ほどの散々な目に遭っているため受け取る際に少し躊躇われたのをラインズさんにからかわれる。


「さっきのシャーナル嬢との鍛錬がトラウマになったのか?」


「やっ…そういうわけじゃ………なくもないです…」


 セルバンデスさんは何のことやらと疑問符を浮かべていたけれど
 私が濁して別の話題を振る。


「でもどうしてこれを私に?」


「いずれ国外でも飛んでもらうことがあるからな、そいつは一応王家の証でもあるから絶対に無くすなよ」


 どうやらこれで私は外を自由に出歩くことが出来るようになったらしくいつかは勉強として国外のことも見て回らなければならないと言われる。


「また勉強ですかぁ…」とぼやくと二人は笑っていた。


 そしてラインズさんが続けて、どうやら他にも用件があるみたいだった。


「そういえばお前に会わせたい人物がいるんだ」


 ラインズさんがそう言って私たちが入ってきた扉を開けると


 美しい白い鎧に見覚えのある風貌。透き通った漆黒の髪に整った顔立ち、力強くも優しい眼差し。牢獄にいた時とは別の雰囲気だがこれが本来の彼の姿なのであろう、その立ち姿はまさしく騎士の名にふさわしい。


「紫苑…さん?」と私が驚いた様子で声をかける。


「俺がこの国に残って欲しいと頼み込んだんだ。紫苑自身この国に仕えるために忠義を貫いてくれたし今回の件以外でも兵の指揮、統率の面で弱小だったウチの軍備も強化されていたからな」


「紫苑殿を失うということはなんとしても避けたかったために牢送りにしていたこと誠に申し訳ない」


 セルバンデスさんが謝罪の意を表すると紫苑さんも気に病まないでほしいと返す。
 そして私に向かい跪いて―


「数々のご無礼をお許しください。この天龍紫苑、一命を以ってロゼット様にお仕えしこの国の盾となるべくお守り致します」


「私にロゼット様とこの国に共にいられる『権利』を与えてくださるよう、お願いいたします」


 牢獄でのやり取りとは逆転し、紫苑さんも僅かな遊び心でそう言ってくれたのだと思う。


「そ、そんな大げさにしなくてもいいんですよっ!私なんてポンコツで全然頼りないですけど」


「その…こんな私でも宜しければ、あ、あの私からも…お願いします」


 こんな大人の男性から様とか敬称をつけられたり、跪いてお願いをされたりして、恥ずかしくもあり、嬉しくもあり、申し訳ないという気持ちにもなりいろんな感情が入り混じっていたけど何よりも紫苑さんと一緒にいられるということが嬉しかった。
 顔は熱く、表情は真っ赤になっていたと思う。けれど紫苑さんは優しい笑顔で私を見つめてくれて身体も熱くなり緊張していくのがわかる。


「私のほうこそ、紫苑さんと共にいられる『権利』を頂いてもいいですか?」


 そう返すと紫苑さんは私の手を取り、頭を下げて答える。


 牢獄で出会った二人は初めて交わしたときの『言葉』によって繋がれたのであった。


 ―王国ドラストニア編 END―

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品