インペリウム『皇国物語』

funky45

8話 不毛な時

 先程とは打って変わって会食自体は団欒とした雰囲気で食事を愉しんでいる様子だ。料理に対して評価が飛んでくるものかと冷々していたけれど、評価自体は悪いものではなかった。食事も進み、何事もなく終わるかと安堵しきっていたが料理を運ぶ際、先ほどのシャーナル皇女に睨まれているのに気づいた時は内心修羅場のような心境になっていた。


 口火が切られたのは魚介類のメインディッシュが運ばれた時。


「先ほどの新しい情報とは?」


 そう尋ねたのは特徴的な口髭を蓄えるポスト公爵だった。ラインズさんはそれに対して食事の手を止める様子も無く続ける。


「公爵殿、私はこのメインディッシュを楽しみに待っていたのですよ。いささか無粋ではありませんかね」


「何も我々は食事を楽しみに集まったわけではありませんでしょう」


 別の高官がポスト公爵に寄る発言をし他の高官たちもざわつき始める。しかし流石にこの発言を看過できなかったのかその部分に関してはポスト公爵が「言葉が過ぎる」と一蹴。シャーナル皇女とロブトン大公も表情は冷たい感じに思え、高官はその後の発言は控えたようだ。
 ラインズさんが顔をしかめて私を呼びつけ「味が薄くないか?」と耳打つ。「そんなことはない」と私は答えたが、意図としては彼らに対するあてつけのように感じ察して対応。


「ずいぶんとお気に入りのようですね、ラインズ皇子」


 私に接する態度が気に入らないのかシャーナル皇女は私絡みでは異常なほどの反応を示すとそこへロブトン大公が口を挟む。


「見ていて思ったのだが、白金の髪にそれだけの透き通った肌、農村出身者にしてはいささか整いすぎでは?」


 最もらしいことに突いてくる大公。農作業はよくやったことはあるけどおばあちゃんの家ではちゃんとお風呂にも入れていたから清潔感は保てていたけど、こういう時代の人たちってお風呂とかどうしていたのか疑問が浮かぶもそうも言ってられない状況。


「彼女の家は無名ではあっても有識者の家柄上、生活水準は他の農村民家とは格式が違いすぎますよ」


「彼女の身体よりもむしろご自身の身体の心配をしてしまうのですが…」


 少々意地悪というか皮肉たっぷりに返すラインズさんの発言に顔色一つ崩さずに「ご心配なく」と返す。
 しかしその話に更なる疑問を呈する皇女。


「王族でもなければあのような香りはしましょうか…おかしいですわねぇ」


 おそらく私の体についていた現代の香水や洗髪料の香りに反応したのかもしれない。勿論これに対してもラインズさんは王族に仕える有識者の出身として他のメイドとも扱いは多少なりとも差別化を行なっていると説明する。
 しかしそれが気に入らなかったのか皇女は彼女も同じ待遇として扱うべきではと進言。


「それでは他のハウスキーパーにも示しが付きませんのではなくて?」


 確かにそれでは不信感は払拭できないし、私自身メイドさんたちから忌み嫌われるのも今後のことを考えるとそれだけは避けたい。私の意図を汲んでくれたのかラインズさんは是正すると一言。


 そして食事は進み、デザートとそれぞれの飲料を配膳し本題へと移った。


 ◇


「それでは各々もう知っての通りとは思われますが、現在の国内問題と…」


「そしてこちらの独自の調査で王位継承第一位の継承者の所在が掴めたことの報告を」


 周囲がその言葉にざわつき始める。例によって先ほどの三名の表情が険しくなっているのがありありとわかる。


「所在が掴めたとは?まだ保護は出来ていないということでしょうか?」


 ポスト公爵がそう問いかける。ラインズさんの説明によると、所在を掴み現在は既に保護されており然るべき場所へと移されこの王宮へと案内するという算段であると、細かい話はその後セルバンデスさんへと変わる。


「なにぶん辺境の地にて保護され、こちらの王宮に案内する以前に王家を離れていたこともあり、本人も随分と混乱されているようなので今は時間が必要かと思われます」


 それに対してはやはり反発の声が飛び交う。


「国の大事に指導者無しで一体どのようにして国内を安定させるのだ!?」


「今が実質的にも王不在の国家でしょう?近隣諸外国との外交問題も」


「どうであれ今は治める王の存在は絶対不可欠でしょうに」


 シャーナル皇女派とポスト公爵派、そしてロブトン大公派と高官たちによる解決策として現政権安定のための早急な王位継承の打診をされるがその三人から一体どのようにして選び抜くのか疑問に感じた。仮に方針を決めたとして今度はどうやってこの三人から選ぶというのか。その過程でもどれほど時間を要するのかもわからない。そんなことをしている内にも国王は不在のままなのでは結局変わらないのでは?


「そのために国王即位までの期間に政を摂り仕切ってもらわなければならない。」


 ラインズさんはこう述べた。誰かが代理として国王のあくまで仮の役割を担ってもらうということである。これにポスト公爵だけは納得のいなかない表情をみせていた。


「しかしそれでは単なる摂政ではないか?仮にその第一位継承者が国王になられたとしても今後はどのようになるのか?」


 そしてラインズさんは待っていたかのように話題を切り替えたのだった。


「そのために現在のもう一つの問題の対案を出していただきたいのですよ」


 もう一つの問題と切り出された瞬間、三人の表情が同時に変わった。厄介ごとに巻き込まれたというのか触れたくないものに手を出そうとしている、そんな感じに思えた。


「アズランド家との内紛問題」そう聞こえた。


 現在ドラストニア王国には王家が二つ存在し、一つはドラストニア王家ともう一つがアズランド王家。元々はこの二つの王家からドラストニア王国は成り立ち建国されたと言われているようだ。
 ドラストニア家は政治を、そしてアズランド家は代々武家として国内の軍務を司っていた。
 やがて両家は現政権体制を構築したことによりアズランド家がドラストニア家に実質仕えるという形に変わりそれが200年以上も続いているそうだ。


 シャーナル皇女はドラストニア家とはいえ直系ではなく分家で、ポスト公爵はどちらかといえばアズランド家よりではあったものの現在ではドラストニア家寄りの公爵としている。ロブトン大公は実はどちらの家柄でもなく元々仕えていた高官から現在の大公の爵位にまで上り詰めたある意味農村出身とされている私と境遇は近いのかもしれない。


 そしてそのアズランド家が現在ドラストニア家に対して謀反を起こし、北部の野営地に陣を構えているそうで内紛にまで発展している。交渉は滞り、国内に攻め込むのも時間の問題とされている。
 現政権でアズランド家に帰属する派閥は存在しないもののポスト公爵としてみれば内心穏やかではない。


「お三方も当然この問題に関しては何かしら対案はございますよね?これこそ国家の一大事とも言えることでしょう?」


 一同は沈黙。先ほどまで騒いでいた高官たちも嘘のように静まっていた。内輪で争いが起こっているのに「国王を早く決めよう」と言っていたのかと思うといくら子供の私でも呆れてしまう。解決するまでの間だけでも誰か代表や代理を立てればいいのでは?と思うし、協力し合うことで解決という手段がないのだろうか。


「やはり相手方の主張も聞かないことには対案も何もないのでは…?」


 一人の高官の発言に被せるようにセルバンデスさんが切り捨てる。


「既に交渉を始めてひと月以上も経っておりますが相手はそれにさえ応じる姿勢をみせておりません」


「そんな状況で話し合いの場を設ける以前の問題だろ…。既にこちらの兵に犠牲者が出ている以上実力行使も視野に検討する以外に方法でも?」


 ラインズさんが続けて主張する。その後も他の高官たちはどうにも穏便に済まそうという対策とも言えない詭弁に終始することが関の山であった。
 こうして時間だけが過ぎ会食では何の方向性も定まらず終わってしまった。

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