インペリウム『皇国物語』

funky45

2話 encounters

「それではみんな夏休みも夜更かしなんてしないで、ちゃんと早寝早起きをするようにね」


「はーい」


 今日一日は終業式と帰りの掃除があるだけで午前中だけで終わってしまった。夏休み自体はワクワクして楽しみだけどどこか校舎との別れは寂しく感じる。


「リズー読書感想文の本借りに行こー」


「あーごめん、今日掃除当番だから先に行ってて」


 佳澄を先に図書館へ向かわせて私は掃除道具入れから雑巾を取り出して、水道場へと向かう。最後くらい掃除なんてしなくても良いのにと思いながらも水道で雑巾を濡らしていると隣に同じく誰かが雑巾を濡らしにやってきた。


「最後に掃除に当たるなんてツイてないな」


 昇君だった。掃除当番でもないのに何故か彼は同じく雑巾を持って手伝おうとしていた。


「じゃあなんでお手伝いするのかな?」


 少し意地悪っぽく笑いながら聞いてみる。彼は笑いながら「俺の優しさ」と言い、なんだかおかしくなって彼に釣られて笑ってしまう。自分で言って見せたのも冗談なんだろうけど、手伝おうという心意気があるのはそれも含めて彼の優しさなんだなと思っていると平穏が崩されるか如く彼女がやって来た。


「昇って今日掃除当番じゃないよね? なんで掃除してんの?」


 委員長が私達のことに言及してきた。多分私と彼が一緒にいることが気に入らないというのもあるんだろう。今朝のことも考えると昇君と一緒にいることが私に対する視線の正体なのだと思う。


「昇君、掃除は手伝ってくれなくても大丈夫だよ」


 しかし彼は自分がしたいことだから手伝うと言う。手伝ってくれるのはすごく嬉しいし感謝したいんだけど…それがむしろ彼女の苛立ちを逆撫でしてることに気づいて欲しいし、目に見えて委員長の表情が険しくなっていくのもわかるようだ。私が無理にでも彼に手伝わせないようにしないと、これ以上標的にされても困る。


「いいよ、昇君。決められた人数でやらないと先生にも何か言われちゃうし。委員長だし皆で決めたルールは守らないと」


 ルールと言われて、昇君も渋ったような表情に変わる。ルールと言われると守ろうとするこの国の人たちの特徴は掴んでいたから断る方法はいくらでも思いつく。でもやっぱりせっかく申し出てくれたことに冷たくあしらうようにするのは良い気はしないし、人の良い部分を利用したみたいで嫌悪感も残る。


「ほら、別にいらないって言ってるじゃん」


 昇君も諦めてくれたのか、迷惑掛けてごめんとだけ言って雑巾を片つけに向かう。私が断ったことで彼も先ほどまでの明るい表情が消え失せていたのを横目に見る。彼の気遣いに申し訳ない気持ちだけが湧き陰鬱とした気分で掃除へと向かう。折角の夏休み前だというのに気分も沈み、どうして嫌な思いをしなきゃならないんだろう…。


 そんなことを思いながら掃除を終わらせ、図書館へ向かっていく途中の廊下の角から男子達の声が聞こえてくる。


「実際さ、どっちの方が良いと思う?」


「俺は…ロゼットの方がいいなぁ。最初はちょっと陰キャラっぽいのかなって思ってたけど最近は向こうから話しかけてくるし、遊んでる時もずっと笑ってるし」


「あー…だよなー。この前もさ、サッカーやってる時にあいつ自分も混ぜてーって言ってきて、正直足引っ張るだけだろうなとか思ってたけど、普通に上手いし楽しかったんだよね」


「織戸ってさ、ロゼットのことなんか意識してるけどどうせ昇のことで敵視してんだろ?」


「あいつに告ったやつらはみんなそう言ってたぜ。あいついつも話すときも上から目線でうぜぇし…。調子に乗ってのはあいつの方だろ」


 意外なことを聞いてしまった。委員長寄りの生徒ばかりかと思っていたけど私の方が良いと褒めてるのか分からないようなことを話してる男子達。正直ちょっと嬉しかったけど同時に委員長のこと悪く言ってるのがちょっと複雑な気持ちになってしまう。表でこそ委員長は皆からチヤホヤされてたりするのだろうけど、裏では実は…。


 なんだかドラマの中の出来事のようでドロドロした嫌なものを見てしまったと思いその場を離れる。このことが知れたらと思うとその後が容易に想像でき背筋が凍りつく。そうしたら余計に委員長の私に対する攻撃が増すばかり。


 そして急ぎ早で図書館へと向かっていくが途中の渡り廊下で決定的な出来事を目撃してしまう。


「だからさ、あいつのどこがいいのって」


「お前が告白してきたことにロゼットが関係あるのかよ」


 委員長と昇君が揉めていた、というより私の話題なのか委員長が告白したことなのか頭の整理が追い付かず聞いている。


「もう知ってるから。好きなんでしょ?」


 委員長がそう切り出す。今声をかけるべきかどうか、隠れて話を聞いてるのも何か申し訳ないしまた時間をおいてからにしようと引き返そうとした時、昇君から思っても見なかった言葉が飛びてた。


「好きだけど? で、それがなんだよ」


 私も思わず固まってしまう。委員長も自分で聞いておきながら面と向かってハッキリと言われるとは思ってもいなかったのか同じ状態に陥っていた様に見える。


 彼は私のことが好きだと―…。


 話から察して、そう言っているのだと理解したが頭の処理が追い付いていなかった。手に持っていた鞄を落してしまい二人に気づかれてハッと我に返るも時既に遅し。


「ろ、ロゼット…聞いてたのか?」


「え、あ、いや…その二人が話してるみたいだったから声かけようとしたらその…」


 今来たばかりだと装ってみるも、嘘だと二人にはバレてしまっている。委員長はキッと私を睨みつけて恨み言のように言葉を向ける。


「いいわよね、誰からもモテてその上、他人の男まで横取りしてさ…。それで被害者面してればみんな味方してくれるもんね、ホントむかつくわ。どいつもこいつも白い肌と銀色の髪って……色がないことの何が良いの!? そんなに碧い目が好きなわけ?」


 『色のない存在』―確かに私の肌も髪も人によっては色がないと思われるかもしれない。目が碧いことも異国の人間の証。日本人のパパの血も受け継いでいるけど見た目ではほとんどその証がまるで見られない。それが寂しかったりしたこともあってパパが帰ってくるときにはたくさん甘えてたのかな。…だからこの言葉を言われた時、すごく悲しかった。同じ女の子からの言葉で余計に辛く感じ、そんな表情が出ていたのか昇君が私を庇う形で言葉を返す。


「お前さ…ホントはロゼットのこと羨ましかっただけなんだろ? だからそんな真似してまで俺の気を引こうとかしてるじゃん。それにコイツのお父さんは俺達と同じ日本人だぞ? ロゼットは半分は俺達と同じなんだよ」


「こんな見た目のどこを同じと思うわけ!? 全く別の人間にしか見えないでしょ」


 羨ましい―…そんな言葉を聞いて私も同じだったと気づく。私だって委員長の黒い髪が好きだったし羨ましかった。あんな綺麗な黒髪だったら私も着物とか着ても違和感なんてないだろうし、パパと同じだという実感も湧いたかもしれない。だから欲しいくらいに羨ましかった。


「委員長には…黒い髪があったのに。なんで金色になんてしちゃったの? 私、あの綺麗な黒髪好きだったのに。なんでそんなに勿体無いことしちゃうの?」


 私の言葉に委員長はすぐさま反応した。その反応があまりにも異様なものに感じたのは今でも忘れることが出来ない。


「…っ! そうやってナチュラルに他人を見下そうとするあんたが一番ムカつく…! 私の何もかも奪っておいてよくもそんなこと言えるよ…」


 かつてないほどおぞましい目つき、まるで憎悪そのものをぶつけるかのように。あの時の目の奥に潜む『黒いもの』を私は一生憶えることになるなんてこの時は思っても見なかった。




 ◇




 昇君と二人で図書館に入る。うちの図書室は特殊で一般向けにもオープンしている図書館になっている。規模はかなり大きく体育館が二つは入るくらいのサイズ。


 あの後委員長を止めてなんとか事なきを得たけど、自分がそんな風に思われてるなんて。何か思われてるのは分かっていたけど委員長の私に対するものが常軌を逸していた。そう言わざるを得ない。


「そんなに気を落とすなよ。あいつも多分言い過ぎたとは思ってるだろうしさ」


「そうだよね。でも…多分私にも問題があったから…なのかな」


「そんなことねぇよ。お前だってなんかしたわけじゃないんだろ」


 そうやって昇君は慰めてくれるけどやっぱり同じ女の子にあんなふうに言われるのは辛い。正直な気持ちショックの方が強かった。落ち込んでいる私と慰める昇君という構図が展開されてラブコメのような雰囲気だったのかな、佳澄がジト目で私達に話しかけるまで気づかずにいた。


「リズと昇君? 何々ー? 彼もわざわざ誘ってきて一緒に探すのー?」


「あ、佳澄悪い。二人で約束してたんだよな? そのちょっと色々あってロゼット気が滅入ってるみたいだからさ。佳澄そういうの得意だろ?」


 合図を送るように昇君は佳澄の方に伺うような素振りをする。それを察した佳澄も任せてと言わんばかりに私を図書館の奥へと引っ張って行く。


 事情を一通り話して、佳澄も何があったのか理解を示してくれる。


「あの委員長確かにそんな気があったしね、いつかもっと酷いことになるんじゃないかなって思ってたけど、でも陰湿な虐めとかにならなくてまだ良かったよ。あ、良くはないか…」


「ううん。多分怪我させたりしたら分かりやすいもんね。私肌白いし」


 そう言って自分の肌を見て寝返りの痕がまだ少し残っていることに気づく。佳澄は真剣な表情で私の方を見てこう言った。


「……でも委員長の気持ちも分かる…気がする。リズってみんなの持っていないものをたくさん持ってるし、それが妬んで良いって理由にはならないけど。妬みに発展しちゃうのもまたリズが他の誰かと違うって証拠なんじゃないかな」


「私が他の誰かと違う―…?」


 佳澄も私の事を少し羨むこともあったと語る。男子にもモテて、西洋人形のように綺麗な姿はどうやっても手に入るものじゃない。でもそれで良いのかもしれないとも語った。みんながみんな私のようになってしまったらそれが日常になって当たり前の存在に変わってしまう。一つと同じものがないからこそ私であってそして佳澄でもあるんじゃないかなと。そんな風に語る佳澄がなんだか一歩先を歩いてる大人のように見えた。


「なにさー、そんな難しい本でも読んでたのー?」


 少し照れ隠しのつもりでそんなことを言ってみると、佳澄もそれに乗っかり「絵本も捨てたもんじゃないよ」と笑いながら参考にした絵本を見せてくる。こういう童話ものの絵本って結構難しいことや考えさせられるようなことが書いてあったりして普通の本よりも自分の身になるようなことを教えてくれたりする。


「読書感想文もみんなと違ったものを書きたいね」


 少し元気が出た私は佳澄と一緒に本を探し、二人で読んだりと繰り返していた。今度はそれぞれ別のジャンルのものを探してみようと話し、私は伝記物の置いてある棚へと向かう。


「うーん…ファンタジーや伝記…叙事詩じょじし…」


 中々思うようなものが見つからず歩いて見ていると素朴な疑問が浮かぶ。そもそも棚の高さが四メートル近くあるため上にいくほどどんな本なのかも見たことがない。確かに小学生や子供でも読めそうな本は比較的手に取りやすい場所には置いてあるけどああいう高所にある本なんて一体誰が借りてるのか…。


 そんなことを思いながら見渡しながら歩いていると奥に何か少し開けた空間にたどり着いた。棚と棚に隠れてよく見えなかったけど誰かの作業台用なのか机の上は本が散乱している。


「散らかり放題だなぁ…」


 思わず置いてある本を手にとって見てみるもどれも白紙ばかり、タイトルも書いていなければ文字一つ書かれていない。日記にしては分厚い、というより本の作りが妙に凝りすぎてる気がする。金属と木製で出来たレリーフのような造形に動物ともなんとも言い表せない生き物が象られていた。ページをめくっていると一冊の本から挟まれていた紙切れが飛んでいき慌てて取りに向かう。


 向かった先で紙の切れ端を拾い上げると、ふとあるものに気づく。石版のような石造のような彫刻とも言い表せるようなもの。日の光が当たらないような図書館の陰の場所にずっしりと置かれている。よく見るとその置物には『本』が填め込まれていた。


「本…?? なんでこんなものが填まってるの??」


 不思議に思い、好奇心からか思わずそれを外してみると簡単に外れた。本を手にとって見ると思ったよりも軽く先ほど見た白紙の本に作りはそっくりといった印象。ページを捲ってみるとこちらはきちんとタイトルが記されている。




 それは『皇国物語』と書かれていた。




「なにこれ…? おう…? こう? って読むのかな? こう…こくものがたり??」


「たしか…インペル…インペリウム…? だったかな」


 母国の伝記か何かで読んだことのある単語だったからなんとなく思い出すことが出来た。不思議と懐かしいような感覚がする。なんていうのか、あの故郷の匂いがするというかその場にいるような、まるで今体感しているような感覚であった。手に取っただけでそんな感覚に陥るほど不思議な本なのに奇妙な安心感があった。私自身がまるでこの本を知っているかのよう。


 ページを捲り本の触りを軽く読んでみようとした時、本が光を放ち眩く広がっていくのだ。


「な、何!? なんなの!?」


 驚きのあまり戸惑ってしまう。日の光さえ当たらないほどの暗闇を強烈な光が包み込んでゆくようにして辺りはただ真っ白な空間に変わり始める。その空間には私しかいない―…。先ほどまで図書館だったのに今は何もない白い空間へと変わっていくのだ。


 そして私自身もその光の一部になっていくように視界がぼやけていく。何も見えなくなっていき、やがて意識を失ったと気づかされる。ただ真っ白なだけのまるで『色のない世界』へと変わっていくようにして―…。









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