初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが
113話
「……………」
──『魔国 オルドヴァーン』に向かい始めて、三時間。
距離的には、そこまで遠くない。聡太の『飛翔』を使って、三時間で着くか否か。
今の聡太の右太腿には──何やら、レッグホルスターのような入れ物が付いていた。
レッグホルスターの中には、五本の試験管のような物が入っており──試験管の中身は、赤い液体で満たされている。
「ん……」
遠くに見える人工的な建物を見て、聡太は瞳を細めた。
──『魔国 オルドヴァーン』だ。
魔力を大幅に消費して加速し、『魔国』を覆う外壁を飛び越えた。
門の前に立っていた見張りの『魔族』が聡太に気づき、何やら口を開くが──遅い。すでに聡太は国内に侵入している。
そのまま国の中心にある王宮のような建物に向かって飛び──聡太は怒りを呼び起こした。
「はッ──ああああああ……ッッ!!」
聡太の瞳が真っ赤に染まり、全身に赤黒い模様が浮かび上がる。
背中に刻まれている『大罪人』の刻印が赤々と輝き始め──レッグホルスターの中から試験管を取り出し、中身を一気に飲み干した。
「うっ──はぁ……!」
【憤怒に燃えし愚か者】と【血の盟約】を同時に発動し、聡太は『憤怒のお面』を身に付ける。
そのまま地面へ急降下し──王宮の前にいた『魔族』の背後に着地し、『紅桜』を抜いた。
「はっ──ぇ……?」
男が不思議そうに振り返る──寸前、聡太の『紅桜』が男の首元に当てられた。
「──動くな。武器を置いて両手を上げろ」
──絶対零度の声。
背後にいる聡太の強さを悟ったのか、男は持っていた槍を置いて両手を上げた。
「振り返ったら殺す。声を出したら殺す。抵抗したら殺す。俺の指示以外の言葉を口にしたら殺す。俺の質問に答えなかったら殺す……わかったら、黙って頷け」
男が頷いたのを確認し、冷え切った声のまま問い掛ける。
「数時間前、『十二魔獣』のアリアがこの国に戻って来たはずだ。その事を知っているなら、頷け」
首を縦に振る。肯定だ。
「その時に、アリアが『人類族』の少女を連れて来たはずだ。どこにいるか知っていたら、黙って頷け」
首を縦に振る。肯定だ。
「その少女はどこにいるか……知っていたら、声に出して答えろ。ただし、大声を出した瞬間に殺す。助けを求めたら殺す。わかったら黙って頷いて、どこにいるか教えろ」
男がゆっくりと首を縦に振り──小鳥遊の居場所について話し始める。
「お、王宮にある地下牢。そこに閉じ込めている」
「その地下牢はどこにある?」
「王宮に入って、ずっと真っ直ぐに進むと、大きな絵画がある。その絵画を左に動かすと、地下牢への階段があるんだ」
「……嘘じゃないだろうな?」
「あ、当たり前だ。だから、命だけは──」
何かを話し続ける男──その首が、地面に落ちた。
絶命する『魔族』を冷たく見下ろし、聡太は王宮の中へ足を踏み入れる。
「……『剛力』」
全身の筋力を底上げし──聡太が駆け出した。
ただひたすら王宮を真っ直ぐに進み、絵画のある場所を目指す──と。
──ガチャガチャと、金属が擦れ合うような異音が聞こえ始める。
「──侵入者は外壁を飛び越え、国内に侵入したそうだ! 特徴は全身真っ白のローブ! 探し出して殺せ!」
「「「「「おおッ!」」」」」
どうやら『魔国』の入口にいた『魔族』が、聡太の事を報告したらしい。
こちらに向かってくる大量の気配を前に──聡太は『紅桜』を強く握り直した。
「……『剛力』解除。『二重詠唱・雷斬』、『付属獄炎』」
『紅桜』の刀身がバチバチと白雷を放ち始め──ボウッ! と黒炎が刀身を覆い隠す。
黒い炎と白い雷が混ざり合い──やがて、黒い雷へと変化した。
「合体魔法──『裁きの黒雷斬撃』」
『紅桜』を横薙ぎに振り抜き──黒雷の斬撃が放たれる。
こちらに走って来ていた気配──そのほとんどが動かなくなった。『裁きの黒雷斬撃』が直撃して死んだのだろう。
「──いたぞッ! アイツが侵入者だッ!」
「『エクス・ファイア・ボール』ッ!」
「『エクス・ウィンド・カッター』ッ!」
「『エクスプロージョン』ッ!」
生き残った数名の『魔族』が、聡太に向けて魔法を放った。
──魔法名の頭に『エクス』と付く魔法は、上級魔法に分類される。
勇者の中でも、上級魔法を使えるのは──水面と小鳥遊くらいだ。
迫る魔法を前に──聡太は刀を持っていない方の手を持ち上げる。
「……『二重詠唱・蒼熱線』、『付属獄炎』」
聡太の手の前に、蒼と赤黒で彩られた魔法陣が浮かび上がった。
「合体魔法──『地獄の赤黒熱線』」
魔法陣が強く輝き──そこから、螺旋状に渦巻く禍々しい熱線が放たれる。
床を溶かし、壁を燃やし、天井を焦がしながら放たれた熱線は──迫る魔法を呑み込み、直線上にいた全てを焼き尽くした。
──【気配感知“神域”】から、生き物の反応が消えた。今の一撃で、全て絶命したと考えられる。
「──『剛力』」
再び『剛力』を発動し、脚力を爆発させた。
全力で廊下を駆け抜け──騒ぎを聞き付けた『魔族』が集まってくる。
遭遇する全てを殺しながら──聡太はボソリと呟いた。
「──待ってろよ、小鳥遊」
───────────────────
「……………」
──寒い。
薄暗い牢獄の中、ボロボロの布切れを纏う小鳥遊は体をブルリと震わせた。
鎖でグルグル巻きにされている手首が痛みを訴えてくる。それに、凄まじい異臭が鼻腔を刺激する。
劣悪の環境の中、小鳥遊はゆっくりと視線を上げた。
──小鳥遊以外に投獄されている者はいない。見張りも一人しかいないため、この空間にいるのは小鳥遊と『魔族』の二人だけだ。
「……はっ。相変わらず生意気な目だな」
小鳥遊の視線に気づいたのか、見張りの男はバカにしたように笑って椅子から立ち上がった。
「……まったく……《愛を願う魔獣》様も不思議な方だ。こんな『人類族』のガキなんて連れて来ても、魔王様が喜ぶはずがないだろうに」
牢獄の鍵を開け、男が小鳥遊の前にしゃがみ込んだ。
「……本当、生意気な目だな、お前」
「ぁっ──ぐぅ?!」
男が小鳥遊の髪を掴み、地面に叩き付けた。
「勘違いすんなよ? 俺らはお前の事を監視しろって命令されたが、ケガさせるなとは言われてねぇんだからな?」
「ふ、ぐ……!」
グリグリと小鳥遊の顔を地面に擦り付け、男は冷酷な声で続ける。
「ほら、【治癒術士】とかいう【技能】を持ってんだろ? とっとと回復しろよ」
「誰、が……あなたの、言いなりなんかに……!」
「……そうかよ。なら、こういうのはどうだ?」
男が力を入れ直した──次の瞬間、小鳥遊の体が仰向けに倒される。
そして──小鳥遊の腹部に、短剣を突き付けた。
「今からこれをお前の腹に突き刺す。死ぬほど痛いだろうが、死ぬなよ? お前が死んだら、俺まで殺されるからな」
「ひっ……」
小鳥遊の腹部へ、ゆっくりと迫る短剣の切っ先。
激痛を予想し、小鳥遊がギュッと眼を閉じ──
「……くっ──ははははっ! マジかよコイツ、失禁しやがった!」
あまりの恐怖に耐えられなかったのだろう。小鳥遊の股付近には温かい水溜まりができていた。
羞恥からか、小鳥遊が顔を真っ赤にして顔を伏せ──その姿を見て、男は満足そうに笑い続ける。
「随分我慢していたが、結局は『人類族』だな! はっはははははは──」
──ズッッンンンッッ!!
突如、鈍く重々しい打撃音が響き──男が消えた。
「……クソ野郎が」
──先ほどまで男の立っていた所に、何者かが立っていた。
膝下まである長い白色のローブに、奇妙な赤い模様の入ったお面。ローブに付いているフードを被っているため、髪色すらもわからない。
だが──小鳥遊には、目の前に立っているソイツの正体が一瞬でわかった。
「ふる、か……くん……?」
小鳥遊の呼び声には応じず、ソイツは後ろ腰から二本の短刀を抜いた。
そして──壁にめり込む男に向け、短刀を投げ付ける。
「あッ──があああああああああッッ?!」
男の目に短刀が突き刺さり──男が痛みに絶叫を上げる。
「──うるせぇよ」
いつの間にそこにいたのか、男の前に移動したソイツが緋色の刀を振るった。
男の首を深々と斬り裂き──自分の体が血に汚れるのも気にせず、ソイツは男の体を持ち上げた。
「小鳥遊が苦しんだ分、苦しんで死ね」
緋色の刀が連続で閃き──男の手足が切断された。
目に刺さったままだった短刀を引き抜き、ソイツは男を地面に投げ捨てる。
短刀を鞘に収め──ようやくソイツは、小鳥遊と向き合った。
「……悪い小鳥遊、遅くなった」
お面を外す聡太が、申し訳なさそうに小鳥遊の前にしゃがみ込んだ。
小鳥遊の手に巻かれた鎖を『紅桜』で斬り離し、擦り傷だらけの顔を見て眉を寄せる。
「その傷……アイツにやられたのか?」
「あ……う、うん……で、でも、大丈夫だよ! 私、こう見えても痛みに強いから!」
「そうか……とりあえず回復はしておけ。立てそうか?」
「……うん、大丈夫そうだよ」
力強く立ち上がる小鳥遊を見て、聡太は少しだけ肩から力を抜いた。
着ていたローブを脱ぎ、小鳥遊に手渡す。
「これでも着ておけ。何もないよりはマシだろう」
「あ、ありがとう」
「早速で悪いが、動けるか? 悪いが、あんまり時間がないんだ」
「うん、大丈夫だよ」
幸の薄い笑みを浮かべる小鳥遊を見て、聡太は来た道を引き返し始める。
その後を慌てて追い掛け、小鳥遊はふと問い掛けた。
「古河くん、一人で来たの?」
「ああ。相手が俺一人で『魔国』に来いって言ってたらしいからな」
「そ、そうなんだ……相変わらず、古河くんは強いね」
「……どうだかな」
石造りの階段を上りながら、小鳥遊がさらに質問を続けた。
「その……さっき、あんまり時間がないって言ってたけど……どういう事?」
「……少し、厄介な状況でな」
「厄介な状況……?」
そんな事を話していると、階段を上り終わった。
赤い絨毯が敷かれた廊下に足を付け──次の瞬間、小鳥遊の全身に悪寒が走る。
「──ォォォォォオオオオオオガァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
「チッ──『三重詠唱・剛力』ッッ!!」
聡太が『紅桜』を抜き、そのまま振り抜いた。
直後──衝撃、轟音。
金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響き──小鳥遊はようやく気づいた。
──全身真っ黒の歪な化物が、聡太に向かって剛爪を振り下ろしていた。
必殺の威力を持つはずの一撃は──だが聡太の『紅桜』によって受け止められ、威力を殺されている。
「いい加減ッ、しつこいんだ──よッッ!!」
「ガゥ──?!」
聡太の前蹴りが化物の腹部に叩き込まれ──化物が廊下の奥へと飛んでいく。
化物の正体に気づいた小鳥遊は、震える声でその名前を呟いた。
「れ、《全てを壊す魔獣》……?!」
「──やっと見つけたぞ、『十二魔獣殺し』」
「逃げ回らないでくださいます? これ以上失敗すると、魔王様の機嫌を損ねてしまいますので」
突如聞こえた第三者の声に、小鳥遊はそちらへと視線を向けた。
──ケンタウロスのような男と、王女のような少女が、こちらに歩み寄って来ている。
「《太陽を射る魔獣》……《愛を願う魔獣》……ッ!」
「正直、拍子抜けだな。本当に《死を運ぶ魔獣》を殺したのか?」
「油断はいけませんよ、ボルンゲルン──全力で、彼を殺しましょう」
「わかっている……魔王様の命令だからな」
ボルンゲルンが巨大な弓を構え、アリアが両手に鉄扇を握る。
「ふ、古河、くん……や、厄介な状況って、もしかして……?」
「小鳥遊、【光魔法】で俺を強化してくれ」
「わ、わかった! 『エクス・パワード』っ!」
聡太の体が淡い光に包まれ──レッグホルスターに入っていた試験管の中身を一気に飲み干す。
口の中に広がる血の味を感じながら──聡太は『紅桜』を鞘に収めた。
「悪いが、お前らと戦うつもりはない──全力で逃げさせてもらう」
小鳥遊の体を持ち上げ──聡太は逃走を開始した。
──『魔国 オルドヴァーン』に向かい始めて、三時間。
距離的には、そこまで遠くない。聡太の『飛翔』を使って、三時間で着くか否か。
今の聡太の右太腿には──何やら、レッグホルスターのような入れ物が付いていた。
レッグホルスターの中には、五本の試験管のような物が入っており──試験管の中身は、赤い液体で満たされている。
「ん……」
遠くに見える人工的な建物を見て、聡太は瞳を細めた。
──『魔国 オルドヴァーン』だ。
魔力を大幅に消費して加速し、『魔国』を覆う外壁を飛び越えた。
門の前に立っていた見張りの『魔族』が聡太に気づき、何やら口を開くが──遅い。すでに聡太は国内に侵入している。
そのまま国の中心にある王宮のような建物に向かって飛び──聡太は怒りを呼び起こした。
「はッ──ああああああ……ッッ!!」
聡太の瞳が真っ赤に染まり、全身に赤黒い模様が浮かび上がる。
背中に刻まれている『大罪人』の刻印が赤々と輝き始め──レッグホルスターの中から試験管を取り出し、中身を一気に飲み干した。
「うっ──はぁ……!」
【憤怒に燃えし愚か者】と【血の盟約】を同時に発動し、聡太は『憤怒のお面』を身に付ける。
そのまま地面へ急降下し──王宮の前にいた『魔族』の背後に着地し、『紅桜』を抜いた。
「はっ──ぇ……?」
男が不思議そうに振り返る──寸前、聡太の『紅桜』が男の首元に当てられた。
「──動くな。武器を置いて両手を上げろ」
──絶対零度の声。
背後にいる聡太の強さを悟ったのか、男は持っていた槍を置いて両手を上げた。
「振り返ったら殺す。声を出したら殺す。抵抗したら殺す。俺の指示以外の言葉を口にしたら殺す。俺の質問に答えなかったら殺す……わかったら、黙って頷け」
男が頷いたのを確認し、冷え切った声のまま問い掛ける。
「数時間前、『十二魔獣』のアリアがこの国に戻って来たはずだ。その事を知っているなら、頷け」
首を縦に振る。肯定だ。
「その時に、アリアが『人類族』の少女を連れて来たはずだ。どこにいるか知っていたら、黙って頷け」
首を縦に振る。肯定だ。
「その少女はどこにいるか……知っていたら、声に出して答えろ。ただし、大声を出した瞬間に殺す。助けを求めたら殺す。わかったら黙って頷いて、どこにいるか教えろ」
男がゆっくりと首を縦に振り──小鳥遊の居場所について話し始める。
「お、王宮にある地下牢。そこに閉じ込めている」
「その地下牢はどこにある?」
「王宮に入って、ずっと真っ直ぐに進むと、大きな絵画がある。その絵画を左に動かすと、地下牢への階段があるんだ」
「……嘘じゃないだろうな?」
「あ、当たり前だ。だから、命だけは──」
何かを話し続ける男──その首が、地面に落ちた。
絶命する『魔族』を冷たく見下ろし、聡太は王宮の中へ足を踏み入れる。
「……『剛力』」
全身の筋力を底上げし──聡太が駆け出した。
ただひたすら王宮を真っ直ぐに進み、絵画のある場所を目指す──と。
──ガチャガチャと、金属が擦れ合うような異音が聞こえ始める。
「──侵入者は外壁を飛び越え、国内に侵入したそうだ! 特徴は全身真っ白のローブ! 探し出して殺せ!」
「「「「「おおッ!」」」」」
どうやら『魔国』の入口にいた『魔族』が、聡太の事を報告したらしい。
こちらに向かってくる大量の気配を前に──聡太は『紅桜』を強く握り直した。
「……『剛力』解除。『二重詠唱・雷斬』、『付属獄炎』」
『紅桜』の刀身がバチバチと白雷を放ち始め──ボウッ! と黒炎が刀身を覆い隠す。
黒い炎と白い雷が混ざり合い──やがて、黒い雷へと変化した。
「合体魔法──『裁きの黒雷斬撃』」
『紅桜』を横薙ぎに振り抜き──黒雷の斬撃が放たれる。
こちらに走って来ていた気配──そのほとんどが動かなくなった。『裁きの黒雷斬撃』が直撃して死んだのだろう。
「──いたぞッ! アイツが侵入者だッ!」
「『エクス・ファイア・ボール』ッ!」
「『エクス・ウィンド・カッター』ッ!」
「『エクスプロージョン』ッ!」
生き残った数名の『魔族』が、聡太に向けて魔法を放った。
──魔法名の頭に『エクス』と付く魔法は、上級魔法に分類される。
勇者の中でも、上級魔法を使えるのは──水面と小鳥遊くらいだ。
迫る魔法を前に──聡太は刀を持っていない方の手を持ち上げる。
「……『二重詠唱・蒼熱線』、『付属獄炎』」
聡太の手の前に、蒼と赤黒で彩られた魔法陣が浮かび上がった。
「合体魔法──『地獄の赤黒熱線』」
魔法陣が強く輝き──そこから、螺旋状に渦巻く禍々しい熱線が放たれる。
床を溶かし、壁を燃やし、天井を焦がしながら放たれた熱線は──迫る魔法を呑み込み、直線上にいた全てを焼き尽くした。
──【気配感知“神域”】から、生き物の反応が消えた。今の一撃で、全て絶命したと考えられる。
「──『剛力』」
再び『剛力』を発動し、脚力を爆発させた。
全力で廊下を駆け抜け──騒ぎを聞き付けた『魔族』が集まってくる。
遭遇する全てを殺しながら──聡太はボソリと呟いた。
「──待ってろよ、小鳥遊」
───────────────────
「……………」
──寒い。
薄暗い牢獄の中、ボロボロの布切れを纏う小鳥遊は体をブルリと震わせた。
鎖でグルグル巻きにされている手首が痛みを訴えてくる。それに、凄まじい異臭が鼻腔を刺激する。
劣悪の環境の中、小鳥遊はゆっくりと視線を上げた。
──小鳥遊以外に投獄されている者はいない。見張りも一人しかいないため、この空間にいるのは小鳥遊と『魔族』の二人だけだ。
「……はっ。相変わらず生意気な目だな」
小鳥遊の視線に気づいたのか、見張りの男はバカにしたように笑って椅子から立ち上がった。
「……まったく……《愛を願う魔獣》様も不思議な方だ。こんな『人類族』のガキなんて連れて来ても、魔王様が喜ぶはずがないだろうに」
牢獄の鍵を開け、男が小鳥遊の前にしゃがみ込んだ。
「……本当、生意気な目だな、お前」
「ぁっ──ぐぅ?!」
男が小鳥遊の髪を掴み、地面に叩き付けた。
「勘違いすんなよ? 俺らはお前の事を監視しろって命令されたが、ケガさせるなとは言われてねぇんだからな?」
「ふ、ぐ……!」
グリグリと小鳥遊の顔を地面に擦り付け、男は冷酷な声で続ける。
「ほら、【治癒術士】とかいう【技能】を持ってんだろ? とっとと回復しろよ」
「誰、が……あなたの、言いなりなんかに……!」
「……そうかよ。なら、こういうのはどうだ?」
男が力を入れ直した──次の瞬間、小鳥遊の体が仰向けに倒される。
そして──小鳥遊の腹部に、短剣を突き付けた。
「今からこれをお前の腹に突き刺す。死ぬほど痛いだろうが、死ぬなよ? お前が死んだら、俺まで殺されるからな」
「ひっ……」
小鳥遊の腹部へ、ゆっくりと迫る短剣の切っ先。
激痛を予想し、小鳥遊がギュッと眼を閉じ──
「……くっ──ははははっ! マジかよコイツ、失禁しやがった!」
あまりの恐怖に耐えられなかったのだろう。小鳥遊の股付近には温かい水溜まりができていた。
羞恥からか、小鳥遊が顔を真っ赤にして顔を伏せ──その姿を見て、男は満足そうに笑い続ける。
「随分我慢していたが、結局は『人類族』だな! はっはははははは──」
──ズッッンンンッッ!!
突如、鈍く重々しい打撃音が響き──男が消えた。
「……クソ野郎が」
──先ほどまで男の立っていた所に、何者かが立っていた。
膝下まである長い白色のローブに、奇妙な赤い模様の入ったお面。ローブに付いているフードを被っているため、髪色すらもわからない。
だが──小鳥遊には、目の前に立っているソイツの正体が一瞬でわかった。
「ふる、か……くん……?」
小鳥遊の呼び声には応じず、ソイツは後ろ腰から二本の短刀を抜いた。
そして──壁にめり込む男に向け、短刀を投げ付ける。
「あッ──があああああああああッッ?!」
男の目に短刀が突き刺さり──男が痛みに絶叫を上げる。
「──うるせぇよ」
いつの間にそこにいたのか、男の前に移動したソイツが緋色の刀を振るった。
男の首を深々と斬り裂き──自分の体が血に汚れるのも気にせず、ソイツは男の体を持ち上げた。
「小鳥遊が苦しんだ分、苦しんで死ね」
緋色の刀が連続で閃き──男の手足が切断された。
目に刺さったままだった短刀を引き抜き、ソイツは男を地面に投げ捨てる。
短刀を鞘に収め──ようやくソイツは、小鳥遊と向き合った。
「……悪い小鳥遊、遅くなった」
お面を外す聡太が、申し訳なさそうに小鳥遊の前にしゃがみ込んだ。
小鳥遊の手に巻かれた鎖を『紅桜』で斬り離し、擦り傷だらけの顔を見て眉を寄せる。
「その傷……アイツにやられたのか?」
「あ……う、うん……で、でも、大丈夫だよ! 私、こう見えても痛みに強いから!」
「そうか……とりあえず回復はしておけ。立てそうか?」
「……うん、大丈夫そうだよ」
力強く立ち上がる小鳥遊を見て、聡太は少しだけ肩から力を抜いた。
着ていたローブを脱ぎ、小鳥遊に手渡す。
「これでも着ておけ。何もないよりはマシだろう」
「あ、ありがとう」
「早速で悪いが、動けるか? 悪いが、あんまり時間がないんだ」
「うん、大丈夫だよ」
幸の薄い笑みを浮かべる小鳥遊を見て、聡太は来た道を引き返し始める。
その後を慌てて追い掛け、小鳥遊はふと問い掛けた。
「古河くん、一人で来たの?」
「ああ。相手が俺一人で『魔国』に来いって言ってたらしいからな」
「そ、そうなんだ……相変わらず、古河くんは強いね」
「……どうだかな」
石造りの階段を上りながら、小鳥遊がさらに質問を続けた。
「その……さっき、あんまり時間がないって言ってたけど……どういう事?」
「……少し、厄介な状況でな」
「厄介な状況……?」
そんな事を話していると、階段を上り終わった。
赤い絨毯が敷かれた廊下に足を付け──次の瞬間、小鳥遊の全身に悪寒が走る。
「──ォォォォォオオオオオオガァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
「チッ──『三重詠唱・剛力』ッッ!!」
聡太が『紅桜』を抜き、そのまま振り抜いた。
直後──衝撃、轟音。
金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響き──小鳥遊はようやく気づいた。
──全身真っ黒の歪な化物が、聡太に向かって剛爪を振り下ろしていた。
必殺の威力を持つはずの一撃は──だが聡太の『紅桜』によって受け止められ、威力を殺されている。
「いい加減ッ、しつこいんだ──よッッ!!」
「ガゥ──?!」
聡太の前蹴りが化物の腹部に叩き込まれ──化物が廊下の奥へと飛んでいく。
化物の正体に気づいた小鳥遊は、震える声でその名前を呟いた。
「れ、《全てを壊す魔獣》……?!」
「──やっと見つけたぞ、『十二魔獣殺し』」
「逃げ回らないでくださいます? これ以上失敗すると、魔王様の機嫌を損ねてしまいますので」
突如聞こえた第三者の声に、小鳥遊はそちらへと視線を向けた。
──ケンタウロスのような男と、王女のような少女が、こちらに歩み寄って来ている。
「《太陽を射る魔獣》……《愛を願う魔獣》……ッ!」
「正直、拍子抜けだな。本当に《死を運ぶ魔獣》を殺したのか?」
「油断はいけませんよ、ボルンゲルン──全力で、彼を殺しましょう」
「わかっている……魔王様の命令だからな」
ボルンゲルンが巨大な弓を構え、アリアが両手に鉄扇を握る。
「ふ、古河、くん……や、厄介な状況って、もしかして……?」
「小鳥遊、【光魔法】で俺を強化してくれ」
「わ、わかった! 『エクス・パワード』っ!」
聡太の体が淡い光に包まれ──レッグホルスターに入っていた試験管の中身を一気に飲み干す。
口の中に広がる血の味を感じながら──聡太は『紅桜』を鞘に収めた。
「悪いが、お前らと戦うつもりはない──全力で逃げさせてもらう」
小鳥遊の体を持ち上げ──聡太は逃走を開始した。
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