初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが
94話
「──ぁ……ああ……?」
目を覚ました聡太が、カーテンから貫通する太陽の光に目を細めた。
顔を動かし、近くにあったスマホを手に取る。
──日曜の朝八時。
起きるにはまだ早い……そう判断した聡太が、二度寝しようと目を閉じ──
「──は?」
バサッと布団を跳ね飛ばし、勢いよく起き上がった。
──見慣れた天井。殺風景な部屋。小学校に入学する際に購入してもらった机と椅子。ハンガーに掛けてある高校の制服。
間違いない。ここは──
「俺の……部屋……?」
──元の世界の、聡太の部屋だ。
慌てて服装を確認し──寝る時に使っていた寝巻きである事を確認。
右腕の袖をまくり上げ──そこにあったはずの傷痕が、なくなっている事を確認。
さらに詠唱し、『フレア・ライト』を使おうとするが──何も反応しない事を確認。
部屋にあった竹刀を握り、色々と振り回してみるが──異世界にいた時よりも遅く、自由に振り回せない事を確認。
……元の世界だ。
「……夢、だったのか……?」
今までの出来事は、全部夢だったのか?
何もわからない。何も理解できない。
ベッドから降り、部屋の扉を開ける。
二階に人の気配がない事を確認し、聡太は一階へと向かった。
「……………」
真っ直ぐにリビングへ向かい──椅子に座る男性と少女を見て、聡太が思わず声を上げた。
「あ──父さん! 風香!」
二人の名を呼び、聡太が父親へと近づいた。
だが──父から反応はない。
「……父さん? なあ、なんで無視してんだよ」
乱暴に肩を揺さぶり、聡太が父親を呼び続ける。
──重々しいため息を吐き、ようやく父が聡太を見た。
「……誰だ、お前」
「はっ……? な、何言ってんだよ、父さん。俺だよ、聡太だよ」
聡太の言葉を聞き──父は、自分の肩を掴んでいた聡太の手を勢いよく払い除けた。
そして──氷よりも冷え切った目で、聡太を睨んだ。
「お前なんて、知らない。俺の息子は──平気で生き物を殺すような、残酷な子じゃない」
──グサッと。父親の言葉が、聡太の心に突き刺さる。
そんな聡太を見て、父がゆっくりと立ち上がり──聡太の横を通り抜けて、リビングの外に出た。
「ま、待って──」
聡太が父親へと手を伸ばし──
──眼前が、暗闇に包まれた。
────────────────────
「──ぁ……」
勢いよく起き上がった聡太が、荒々しく呼吸を繰り返す。
夜だ。辺りの温度はかなり低い──のに、聡太の体は、びっしょりと汗をかいている。
「はぁ……はぁ……」
──『イマゴール王国』に向かい始めて数日。
聡太たちは今日もまた、野宿をしていた。
「ああ……くそ……!」
胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸して息を整える。
……最悪の夢を見た。
聡太の『フレア・ライト』の炎がほんのりと辺りを照らす中、聡太が乾いた喉でも潤そうと『アクア・クリエイター』を使おうと──して。
「──聡ちゃん? どうしたの〜?」
ふと聞こえた声に、聡太はそちらへと顔を向けた。
そこには──赤と黒の色違いの瞳を持つ、可愛らしい少女の姿があった。
「……火鈴、か……」
「うん、そうだよ〜。ちょっとは休めた〜?」
「……ああ」
言葉少なに返事し、聡太が顔を俯かせた。
いつもとは異なる聡太の様子に、火鈴が不思議そうに首を傾げる。
「ん〜……? 聡ちゃん、大丈夫〜?」
「……ああ、気にすんな」
心配そうに近づいてくる火鈴に、聡太が思わず距離を取る。
──ダメだ。それ以上近づかないでくれ、りんちゃん。
それ以上近づかれると、今の俺は──
「……えいっ」
一気に近づいた火鈴が、聡太の顔を両手で包み込んだ。
その柔らかさと、手の温もりに──聡太の心がビシッとひび割れた。
「……やめろ」
「大丈夫じゃないよね〜? ……どうしたの〜?」
「……何でもない」
火鈴の手を振り払い、聡太が火鈴から離れようとするが──火鈴が聡太の手を掴み、ギュッと強く握った。
「……どうしたの?」
顔を覗き込んでくる火鈴の姿に──再び聡太の心に、深い亀裂が走った。
……やめろ。
そんな心配そうな顔で見られたら──折れてしまいそうになる。弱気になってしまいそうになる。
「……何でもな──」
「聡ちゃん」
突然、火鈴が聡太に抱き付いた。
予想外の行動に、聡太が抱き締められたまま固まり──火鈴の手が、聡太の背中をポンポンと優しく叩いた。
「……ミリアちゃんたちも、他のみんなも寝てる。今日は珍しく、アルマくんも起きてない。あたしだけ起きてるけど、今は聡ちゃんの顔を見てない……ね? 誰も聡ちゃんの顔を見てないよ?」
「お前は……何を……?」
「大丈夫、あたしはここにいるよ。もう絶対、聡ちゃんから離れないよ。だから……そんなに悲しそうな顔しないで」
──ウルッと、聡太の瞳に涙が浮かんだ。
「……意味、わからねぇ……悲しそうな顔、だと……?」
「うん。ほら、誰も見てないんだから、泣いても良いんだよ〜?」
「泣かねぇよ…………けど……」
火鈴の背中に手を回し──火鈴を抱き寄せた。
「……悪い。弱音を吐いてもいいか?」
「もちろん」
火鈴の返事を聞き──聡太がポツリポツリと話し始める。
「俺は、ただの高校生だ。いや……俺だけじゃない。火鈴も、勇輝も……みんな、ただの日本人で、ただの一般人だった」
「うん」
「なのに……いきなり別世界に召喚されて、帰る方法もわからなくて……俺が元の世界に帰れるかも知れないっていう可能性の一つを口にしたら、みんなそれに希望を見て……多分、お前らは気づかなかったと思うけど……俺、かなり責任を感じてたんだ」
──『十二魔獣』を討伐し、この世界を平和にしたら、女神が聡太たちを元の世界に帰すかも知れない。
聡太はこの可能性に──責任を感じていた。
この希望を見て戦う事を決意した勇者の誰かが、モンスターや『十二魔獣』に殺されたら? 『十二魔獣』を倒した後、元の世界に帰れなかったら?
どうやら聡太は、それに責任を感じていたらしい。
「それで……あの日、『大罪迷宮』の深下層に落ちた」
「うん」
「怖かったんだ。本当に……ここで死ぬんだなって思ったんだ」
「うん」
「……んで……なんで俺だけがこんな目に遭うんだって思った。なんで俺だけなんだって思った。俺が何をしたんだ、こんな目に遭わなきゃならないような事をしたのか、って……ずっとずっと、あの暗い迷宮の中で、同じ事を考えてた」
「うん」
「でも……こんな事をしてたって何の解決にもならないって気づいたんだ。だから……そのせいで俺は、人として大切な『心』を失ったんだと思う」
あの時、『大罪迷宮』で生き延びた聡太は──命を奪う事に対して、躊躇や罪悪感が消えた。
そして──機械的に相手を殺す、今の聡太になってしまった。
聡太自身、それが人として欠如していると理解している。
だが……一度折れ、そして強固に修復された『心』は、どれだけ間違っていると理解していても、元に戻る事はない。
「ミリアと出会って、一匹目の『十二魔獣』と戦った。あの時も……本当に、ここで死ぬのかって思った。でも、どうにかテリオンを討伐して……今度はハピィと出会って、二匹目の『十二魔獣』と戦った。一撃でも食らったら死ぬ──そんなデタラメな存在と戦って、ずっと冷や汗を掻いていたのを、今でも覚えている」
「うん」
「んで……フェキサーと戦って、ここでも死ぬかと思った。あの時、もしも『剛力』を解除してたら……死んでたんだろうな」
「うん」
あの時、全身を強化する魔法を解除していたら──聡太の体の骨は折れ、二度と動く事ができなくなっていただろう。
「ポーフィとも戦った。ディティとも戦った。ハルバルドとも戦った。レオーニオはちょっと微妙だが……その度に、俺は……死にたくないって、ずっと思ってた」
自虐的な笑みを浮かべ、聡太が続ける。
「呆れるよな。普段は死ぬ事なんて全く怖くないように振る舞って……心の中では、いつもビクビクして怯えてたって」
「……………」
「……でもさ。俺、頑張ったんだ」
ギュッと、火鈴を抱き締める力が強くなる。
「本当に……俺、頑張ったんだよ」
「うん」
「今まで、こんなに必死になった事がないってぐらい……本気で、頑張ったんだ」
「うん」
「でも……まだ、足りない……だから、もっと頑張らないとって……ずっとずっと、思ってるんだ……」
──ミリアは言う。
さすがソータ様です! と。
……違う。
──ハルピュイアは言う。
ソータ、スッゴーい! と。
……違うんだ。
──アルマクスは言う。
ソウタは、恐ろしく強いですねぇ。と。
……俺は、強くなんかない。
──フォルテは言う。
アンタ、本当に『人類族』なの? と。
……俺は、どこにでもいる、ただの人間だ。
みんなみんな、勘違いしている。
元の聡太は──弱い。
運動能力ならば火鈴よりも弱く、力ならば勇輝よりも弱く、知恵ならば遠藤よりも弱く、正義ならば剣ヶ崎よりも弱く、向上心ならば宵闇よりも弱く、喧嘩の強さならば土御門よりも弱く、人を癒す優しさならば小鳥遊よりも弱く、冷静さならば破闇よりも弱く、誰かに寄り添う慈しみならば氷室よりも弱く、誰かを想う心ならば水面よりも弱く、みんなの平和を願う心ならば川上先生よりも弱い。
弱くて弱くて──人として大切な『心』を失う事で、ようやく『強さ』を手に入れた。それが今の聡太だ。
そして……その『強さ』が、たまたま他人の持っていた『強さ』よりも強かったというだけだ。
「……俺は……弱いんだ。頑張って、努力して、要らない感情を切り捨てて、人として大切な心を失って……そうしてようやく、今の俺──嘘ばかりのクソ野郎の完成だ」
……ミリアやハルピュイア、アルマクスやフォルテは、知らないだろう。
本当の聡太は──誰よりも劣っている存在であったと。
ミリアには、何度か説明した事がある。
だが──おそらくミリアは、その話を信じてはいないだろう。
スゴくなんてない。強くなんてない。
俺は……俺はただ、誰よりも──
「聡ちゃん」
聡太の頭を、火鈴の手が優しく撫でた。
そして──今の聡太が欲しかった一言を、柔らかな声で言った。
「──頑張ったね」
「……ぁっ……」
亀裂の走っていた聡太の『心』が──火鈴の言葉を聞いて、完全に砕け散った。
「……そう、だよ……」
──聡太の瞳から、涙が零れ落ちた。
「俺っ、すげぇ頑張ったんだ……! 死にそうになっても、殺されそうになっても、諦めないで……頑張ったんだ……!」
「うん、知ってるよ」
「『大罪迷宮』も一人で脱出したし、『イマゴール王国』に戻る途中で『十二魔獣』を討伐した! 本当に、本当に! 頑張ったんだ!」
「大丈夫だよ、聡ちゃん。全部全部、知ってるから」
ポンポンと優しく聡太の頭を撫で、口元に小さな笑みを浮かべる。
「死にたくないんだ! 痛いのは嫌なんだ! だけど──だけど……それに怯えていたら、俺は……元の、弱い俺になってしまう……!」
「誰だってそうだよ。死にたくないし、痛いのは嫌だよ」
「だけど……! 死に怯えてたら、俺は……また、弱くなる……!」
人として大切な感情を失う事で、どんな事にも怯えない『強さ』を手にした。
もしも死に怯えていたら、もしも痛みに怯えていたら。
聡太は──また、弱者に成り下がってしまう。
「──いいんだよ、聡ちゃん」
強く聡太を抱き締める火鈴が──聡太の言葉を、優しい声でぶった斬った。
「弱くても、いいんだよ」
──ああ。やめてくれ、りんちゃん。
そんなに優しく話さないでくれ。そんなに優しい言葉を掛けないでくれ。そんなに優しさを見せないでくれ。そんなに優しくしないでくれ。
弱い俺を──受け入れないでくれ。
「……何、言ってんだよ……弱くてもいいわけ、ねぇだろ……」
「いいんだよ、弱くても。誰がダメなんて決めたの?」
「……それは……」
「あのね、聡ちゃん」
聡太の体を離し──聡太の瞳と、火鈴の色違いの瞳が、正面から見つめ合う。
──涙でぐちゃぐちゃになった、情けない顔。
そんな聡太の顔を見て──火鈴が言った。
「──あたし、聡ちゃんが好きだよ」
目を覚ました聡太が、カーテンから貫通する太陽の光に目を細めた。
顔を動かし、近くにあったスマホを手に取る。
──日曜の朝八時。
起きるにはまだ早い……そう判断した聡太が、二度寝しようと目を閉じ──
「──は?」
バサッと布団を跳ね飛ばし、勢いよく起き上がった。
──見慣れた天井。殺風景な部屋。小学校に入学する際に購入してもらった机と椅子。ハンガーに掛けてある高校の制服。
間違いない。ここは──
「俺の……部屋……?」
──元の世界の、聡太の部屋だ。
慌てて服装を確認し──寝る時に使っていた寝巻きである事を確認。
右腕の袖をまくり上げ──そこにあったはずの傷痕が、なくなっている事を確認。
さらに詠唱し、『フレア・ライト』を使おうとするが──何も反応しない事を確認。
部屋にあった竹刀を握り、色々と振り回してみるが──異世界にいた時よりも遅く、自由に振り回せない事を確認。
……元の世界だ。
「……夢、だったのか……?」
今までの出来事は、全部夢だったのか?
何もわからない。何も理解できない。
ベッドから降り、部屋の扉を開ける。
二階に人の気配がない事を確認し、聡太は一階へと向かった。
「……………」
真っ直ぐにリビングへ向かい──椅子に座る男性と少女を見て、聡太が思わず声を上げた。
「あ──父さん! 風香!」
二人の名を呼び、聡太が父親へと近づいた。
だが──父から反応はない。
「……父さん? なあ、なんで無視してんだよ」
乱暴に肩を揺さぶり、聡太が父親を呼び続ける。
──重々しいため息を吐き、ようやく父が聡太を見た。
「……誰だ、お前」
「はっ……? な、何言ってんだよ、父さん。俺だよ、聡太だよ」
聡太の言葉を聞き──父は、自分の肩を掴んでいた聡太の手を勢いよく払い除けた。
そして──氷よりも冷え切った目で、聡太を睨んだ。
「お前なんて、知らない。俺の息子は──平気で生き物を殺すような、残酷な子じゃない」
──グサッと。父親の言葉が、聡太の心に突き刺さる。
そんな聡太を見て、父がゆっくりと立ち上がり──聡太の横を通り抜けて、リビングの外に出た。
「ま、待って──」
聡太が父親へと手を伸ばし──
──眼前が、暗闇に包まれた。
────────────────────
「──ぁ……」
勢いよく起き上がった聡太が、荒々しく呼吸を繰り返す。
夜だ。辺りの温度はかなり低い──のに、聡太の体は、びっしょりと汗をかいている。
「はぁ……はぁ……」
──『イマゴール王国』に向かい始めて数日。
聡太たちは今日もまた、野宿をしていた。
「ああ……くそ……!」
胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸して息を整える。
……最悪の夢を見た。
聡太の『フレア・ライト』の炎がほんのりと辺りを照らす中、聡太が乾いた喉でも潤そうと『アクア・クリエイター』を使おうと──して。
「──聡ちゃん? どうしたの〜?」
ふと聞こえた声に、聡太はそちらへと顔を向けた。
そこには──赤と黒の色違いの瞳を持つ、可愛らしい少女の姿があった。
「……火鈴、か……」
「うん、そうだよ〜。ちょっとは休めた〜?」
「……ああ」
言葉少なに返事し、聡太が顔を俯かせた。
いつもとは異なる聡太の様子に、火鈴が不思議そうに首を傾げる。
「ん〜……? 聡ちゃん、大丈夫〜?」
「……ああ、気にすんな」
心配そうに近づいてくる火鈴に、聡太が思わず距離を取る。
──ダメだ。それ以上近づかないでくれ、りんちゃん。
それ以上近づかれると、今の俺は──
「……えいっ」
一気に近づいた火鈴が、聡太の顔を両手で包み込んだ。
その柔らかさと、手の温もりに──聡太の心がビシッとひび割れた。
「……やめろ」
「大丈夫じゃないよね〜? ……どうしたの〜?」
「……何でもない」
火鈴の手を振り払い、聡太が火鈴から離れようとするが──火鈴が聡太の手を掴み、ギュッと強く握った。
「……どうしたの?」
顔を覗き込んでくる火鈴の姿に──再び聡太の心に、深い亀裂が走った。
……やめろ。
そんな心配そうな顔で見られたら──折れてしまいそうになる。弱気になってしまいそうになる。
「……何でもな──」
「聡ちゃん」
突然、火鈴が聡太に抱き付いた。
予想外の行動に、聡太が抱き締められたまま固まり──火鈴の手が、聡太の背中をポンポンと優しく叩いた。
「……ミリアちゃんたちも、他のみんなも寝てる。今日は珍しく、アルマくんも起きてない。あたしだけ起きてるけど、今は聡ちゃんの顔を見てない……ね? 誰も聡ちゃんの顔を見てないよ?」
「お前は……何を……?」
「大丈夫、あたしはここにいるよ。もう絶対、聡ちゃんから離れないよ。だから……そんなに悲しそうな顔しないで」
──ウルッと、聡太の瞳に涙が浮かんだ。
「……意味、わからねぇ……悲しそうな顔、だと……?」
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「……悪い。弱音を吐いてもいいか?」
「もちろん」
火鈴の返事を聞き──聡太がポツリポツリと話し始める。
「俺は、ただの高校生だ。いや……俺だけじゃない。火鈴も、勇輝も……みんな、ただの日本人で、ただの一般人だった」
「うん」
「なのに……いきなり別世界に召喚されて、帰る方法もわからなくて……俺が元の世界に帰れるかも知れないっていう可能性の一つを口にしたら、みんなそれに希望を見て……多分、お前らは気づかなかったと思うけど……俺、かなり責任を感じてたんだ」
──『十二魔獣』を討伐し、この世界を平和にしたら、女神が聡太たちを元の世界に帰すかも知れない。
聡太はこの可能性に──責任を感じていた。
この希望を見て戦う事を決意した勇者の誰かが、モンスターや『十二魔獣』に殺されたら? 『十二魔獣』を倒した後、元の世界に帰れなかったら?
どうやら聡太は、それに責任を感じていたらしい。
「それで……あの日、『大罪迷宮』の深下層に落ちた」
「うん」
「怖かったんだ。本当に……ここで死ぬんだなって思ったんだ」
「うん」
「……んで……なんで俺だけがこんな目に遭うんだって思った。なんで俺だけなんだって思った。俺が何をしたんだ、こんな目に遭わなきゃならないような事をしたのか、って……ずっとずっと、あの暗い迷宮の中で、同じ事を考えてた」
「うん」
「でも……こんな事をしてたって何の解決にもならないって気づいたんだ。だから……そのせいで俺は、人として大切な『心』を失ったんだと思う」
あの時、『大罪迷宮』で生き延びた聡太は──命を奪う事に対して、躊躇や罪悪感が消えた。
そして──機械的に相手を殺す、今の聡太になってしまった。
聡太自身、それが人として欠如していると理解している。
だが……一度折れ、そして強固に修復された『心』は、どれだけ間違っていると理解していても、元に戻る事はない。
「ミリアと出会って、一匹目の『十二魔獣』と戦った。あの時も……本当に、ここで死ぬのかって思った。でも、どうにかテリオンを討伐して……今度はハピィと出会って、二匹目の『十二魔獣』と戦った。一撃でも食らったら死ぬ──そんなデタラメな存在と戦って、ずっと冷や汗を掻いていたのを、今でも覚えている」
「うん」
「んで……フェキサーと戦って、ここでも死ぬかと思った。あの時、もしも『剛力』を解除してたら……死んでたんだろうな」
「うん」
あの時、全身を強化する魔法を解除していたら──聡太の体の骨は折れ、二度と動く事ができなくなっていただろう。
「ポーフィとも戦った。ディティとも戦った。ハルバルドとも戦った。レオーニオはちょっと微妙だが……その度に、俺は……死にたくないって、ずっと思ってた」
自虐的な笑みを浮かべ、聡太が続ける。
「呆れるよな。普段は死ぬ事なんて全く怖くないように振る舞って……心の中では、いつもビクビクして怯えてたって」
「……………」
「……でもさ。俺、頑張ったんだ」
ギュッと、火鈴を抱き締める力が強くなる。
「本当に……俺、頑張ったんだよ」
「うん」
「今まで、こんなに必死になった事がないってぐらい……本気で、頑張ったんだ」
「うん」
「でも……まだ、足りない……だから、もっと頑張らないとって……ずっとずっと、思ってるんだ……」
──ミリアは言う。
さすがソータ様です! と。
……違う。
──ハルピュイアは言う。
ソータ、スッゴーい! と。
……違うんだ。
──アルマクスは言う。
ソウタは、恐ろしく強いですねぇ。と。
……俺は、強くなんかない。
──フォルテは言う。
アンタ、本当に『人類族』なの? と。
……俺は、どこにでもいる、ただの人間だ。
みんなみんな、勘違いしている。
元の聡太は──弱い。
運動能力ならば火鈴よりも弱く、力ならば勇輝よりも弱く、知恵ならば遠藤よりも弱く、正義ならば剣ヶ崎よりも弱く、向上心ならば宵闇よりも弱く、喧嘩の強さならば土御門よりも弱く、人を癒す優しさならば小鳥遊よりも弱く、冷静さならば破闇よりも弱く、誰かに寄り添う慈しみならば氷室よりも弱く、誰かを想う心ならば水面よりも弱く、みんなの平和を願う心ならば川上先生よりも弱い。
弱くて弱くて──人として大切な『心』を失う事で、ようやく『強さ』を手に入れた。それが今の聡太だ。
そして……その『強さ』が、たまたま他人の持っていた『強さ』よりも強かったというだけだ。
「……俺は……弱いんだ。頑張って、努力して、要らない感情を切り捨てて、人として大切な心を失って……そうしてようやく、今の俺──嘘ばかりのクソ野郎の完成だ」
……ミリアやハルピュイア、アルマクスやフォルテは、知らないだろう。
本当の聡太は──誰よりも劣っている存在であったと。
ミリアには、何度か説明した事がある。
だが──おそらくミリアは、その話を信じてはいないだろう。
スゴくなんてない。強くなんてない。
俺は……俺はただ、誰よりも──
「聡ちゃん」
聡太の頭を、火鈴の手が優しく撫でた。
そして──今の聡太が欲しかった一言を、柔らかな声で言った。
「──頑張ったね」
「……ぁっ……」
亀裂の走っていた聡太の『心』が──火鈴の言葉を聞いて、完全に砕け散った。
「……そう、だよ……」
──聡太の瞳から、涙が零れ落ちた。
「俺っ、すげぇ頑張ったんだ……! 死にそうになっても、殺されそうになっても、諦めないで……頑張ったんだ……!」
「うん、知ってるよ」
「『大罪迷宮』も一人で脱出したし、『イマゴール王国』に戻る途中で『十二魔獣』を討伐した! 本当に、本当に! 頑張ったんだ!」
「大丈夫だよ、聡ちゃん。全部全部、知ってるから」
ポンポンと優しく聡太の頭を撫で、口元に小さな笑みを浮かべる。
「死にたくないんだ! 痛いのは嫌なんだ! だけど──だけど……それに怯えていたら、俺は……元の、弱い俺になってしまう……!」
「誰だってそうだよ。死にたくないし、痛いのは嫌だよ」
「だけど……! 死に怯えてたら、俺は……また、弱くなる……!」
人として大切な感情を失う事で、どんな事にも怯えない『強さ』を手にした。
もしも死に怯えていたら、もしも痛みに怯えていたら。
聡太は──また、弱者に成り下がってしまう。
「──いいんだよ、聡ちゃん」
強く聡太を抱き締める火鈴が──聡太の言葉を、優しい声でぶった斬った。
「弱くても、いいんだよ」
──ああ。やめてくれ、りんちゃん。
そんなに優しく話さないでくれ。そんなに優しい言葉を掛けないでくれ。そんなに優しさを見せないでくれ。そんなに優しくしないでくれ。
弱い俺を──受け入れないでくれ。
「……何、言ってんだよ……弱くてもいいわけ、ねぇだろ……」
「いいんだよ、弱くても。誰がダメなんて決めたの?」
「……それは……」
「あのね、聡ちゃん」
聡太の体を離し──聡太の瞳と、火鈴の色違いの瞳が、正面から見つめ合う。
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