初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが

ibis

81話

「────ッ?!」

 全身を襲った殺気に、聡太は飛び起きた。
 そして──素早く辺りを見回す。

「お、おー? 今のなにー?」

 同じく殺気を感じて起きたのだろう。ハルピュイアが不安そうに辺りを見回している。

「……起きましたかぁ……体の調子はどうですぅ?」
「……最悪だと言っておく……ミリアと火鈴は?」

 ガンガンと痛む頭に顔を歪め、ずっと起きていたのであろうアルマクスへ問い掛ける。

「まあ、そうですねぇ……『フェアリーフォレスト』に『十二魔獣』が現れた、と言っておきますよぉ」
「……!」

 聡太が立ち上がり、近くにあった『紅桜』へ手を伸ばす──と。

「う、ぐっ……!」

 まだ体調が戻っていないのか、聡太が膝を突いた。

「……アルマ、状況を詳しく教えろ」
「命令口調で言わないでもらえますぅ? ……アナタのバックパックに入っていた『魔道具アーティファクト』に通信があったんですぅ」
「セシル隊長から……? 内容は?」
「『十二魔獣』らしき化物に襲われている。『フェアリーフォレスト』にいるから、助けに来てくれ──そんな内容ですねぇ」
「お前……! なんで俺を起こさなかった?!」

 状況を見るに、ミリアと火鈴は『フェアリーフォレスト』へと向かったのだろう。
 思わず掴みかかる聡太に、アルマクスは冷ややかな視線を向けた。

「起こした所で、今のアナタに何ができるんですぅ? 立ち上がるだけで倒れそうになるアナタが行った所で、足手まといにしかなりませんよぉ」
「だとしても、だろ……! クソ! ハピィ、ついて来い! ミリアたちの所へ行くぞッ!」
「おー!」
「──待てと言っているんですよぉ」

 ──ゾワッ。
 目を細めたアルマクスが、全身を刺すような殺気を放った。

「ミリアとカリンから頼まれているんですぅ。アナタが起きても加勢には行かせるな、ってぇ」
「なんだと……?!」
「アナタ、今の自分の状態がわかってますぅ? もう一度しか言いませんよぉ? ──大人しく寝ていろ、ガキ」

 豹変する雰囲気に、聡太は思わず息を飲んだ。
 隣のハルピュイアも、怯えて小さく震えている。

「……それでも……」

 地面に置かれていた『紅桜』を左腰にぶら下げ、後ろ腰に『白桜』と『黒曜石の短刀』を付ける。

「俺は、行かなきゃいけないんだよ……! 邪魔すんな……!」
「あのですねぇ……今の状態のアナタが行っても、無駄死にしてしまうだけなんですよぉ? ボクがアナタと手を組んだ理由は、アナタの力ならあのヘルムートをどうにかできるかも、って思ったからですぅ。アナタをここで失うのは、ボクにも影響が出るんですよぉ」
「……だと、しても──!」

 『碧鎧』を装着し、『憤怒のお面』で顔を覆い隠した。

「こうしている間に、もしアイツらが死んだら、俺は──自分で自分が許せない……!」

 バサッと、白いローブで身を包む。

「大切な人を失ったお前ならわかるだろ? 大切な仲間が死ぬ悲しみが、大切な仲間を失う絶望が……!」

 聡太の脳裏に、母親の顔が浮かび上がる。

「俺の母さんは、俺が十四の時に死んだ」

 交通事故で即死だった。
 別れとは唐突に訪れるのだと、絶望とはこんなにも理不尽に奪い去っていくのだと。
 幼い聡太は、涙ながらに理解した。

「もう嫌なんだよ……! 仲間が死ぬのは、大切な人を失うのは……もう、嫌なんだ……!」
「……………」
「そこを退け、アルマ……! 退かないんなら、無理矢理にでもアイツらの所へ行く……!」

 ──沈黙。
 正面から睨み合う聡太とアルマクスに、ハルピュイアが喉を鳴らした。
 何秒ほど、無言で睨み合っていただろう。
 やがて──アルマクスの口から、大きなため息が漏れ落ちた。

「……はぁぁぁぁ……めんっどくさい『人類族ウィズダム』ですねぇぇぇ……」

 ガリガリと乱暴に頭を掻き──アルマクスが、ハルピュイアに視線を向けた。

「ハピィ、アナタにはここに残ってもらいますぅ」
「え……えー?! なんでー?!」
「ハピィに足止めされて、ソウタを引き止める事ができなかった──それでいいですよねぇ?」
「……ああ。悪い」
「悪いと思っているのなら、後でミリアとカリンの説教に付き合う事ですねぇ」

 聡太が駆け出し──大声で詠唱した。

「──『飛翔』ッ!」

 新たに習得した【特殊魔法】を使用し──聡太が空へと飛び上がった。
 加速し、『フェアリーフォレスト』に向かって飛んでいく。

「……はぁ……後でミリアとカリンに怒られますねぇ」

 困ったように苦笑を浮かべ、アルマクスがその場に座り込む。
 ──大切な人を失うのは、死ぬ事よりも辛い。
 アルマクスは、それを身をもって知っている。
 大切な人を殺された者に残るのは──後悔と復讐心のみだ。今のアルマクスには、それ以外が存在しない。
 まあ、要するに……アルマクスは聡太に同情してしまったのだ。

「……まぁ、自分が後悔しないように生きればいいんですよぉ」
「ねーアルマー。なんで行かせたのー?」
「おやぁ? 行かせない方が良かったですぅ?」
「ううん、違うよー。なんで行かせたのかなーって思ったのー」

 アルマクスの隣に座り、ハルピュイアが不思議そうに問い掛けてくる。

「そうですねぇ……アナタも、大切な人を失えばわかりますよぉ」

 帰って来たミリアとカリンに、なんて言われるだろうか──そんな事を考え、アルマクスは本日何度目になるかわからないため息を吐いた。

────────────────────

「あァアあああああああッッ!!」
「ガルルァアアアアアアアアアアアッッ!!」

 剣ヶ崎とレオーニオが雄叫びを上げ、正面からぶつかり合った。
 ──レオーニオの剛爪が、剣ヶ崎の聖剣と聖盾によって受け止められている。
 それよりも驚くべきは──剣ヶ崎が全く力負けしていない事だ。
 いや──それどころか、レオーニオを押し返している。

「ガルァッッ!! ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「あァ──あアああアアアあああああッッ!!」

 レオーニオが前蹴りを放ち、剣ヶ崎を蹴り飛ばそうとする。
 だが──前蹴りは聖鎧によって受け止められ、逆にレオーニオが蹴り飛ばされた。
 咄嗟に自分から後ろに飛び退き、衝撃を受け流すが──

「──オおッッ!!」

 瞬時に距離を詰めた剣ヶ崎が、聖剣を力任せに振り下ろした。
 ──ズッンンンッッ!!
 衝撃で地面が割れ、風圧で木々が薙ぎ倒され──そこにレオーニオの姿はなかった。

「あアアア──ッ!」

 距離を稼ぐレオーニオに、剣ヶ崎が雄叫びを上げた。

「──ミリアちゃん!」
「……! カリン……」

 小鳥遊の【回復魔法】で治療してもらったのか、傷一つない火鈴がミリアへ駆け寄ってくる。
 その後ろには、勇者一行いっこうとセシル隊長の姿が見える。どうやら、全員こっちに来たようだ。

「あ、れは……」
「討魔くん……なの……?」

 レオーニオと戦う幼馴染みの姿に、破闇と小鳥遊が声を漏らす。

「ミリアちゃん、あれってもしかして……」
「【嫉妬に狂う猛き者】……ソータ様と火鈴と同じく、感情で発動する【技能】かと」
「【大罪技能】の発現……見た感じ、暴走してるよね〜?」
「はい。先ほど私にも襲い掛かって来ました」

 最初の火鈴と同じく、【大罪技能】に呑まれている。
 つまり、今の剣ヶ崎は──敵味方の判断ができないという事だ。

「……これは、どうしよっかな〜……」

 不用意に近づけば、剣ヶ崎とレオーニオにられる。
 だからと言って、魔法でレオーニオを攻撃しようとすれば──剣ヶ崎に当たる可能性がある。それどころか、剣ヶ崎とレオーニオの注意がこちらに向くかも知れない。

「……もう何人か、人手が欲しいな〜……!」

 勇者全員で『十二魔獣』の相手をし、その間に火鈴が剣ヶ崎を正気に戻す。
 もしくは、勇者全員が剣ヶ崎の足止めをし、その間に火鈴が『十二魔獣』を討伐する。
 ……だが、どちらの作戦も無理がある。
 勇者たちが『十二魔獣』の相手をするのは不可能だ。実際、レオーニオを相手に、勇者たちは逃げる事しかできなかったのだから。
 だったら、火鈴が『十二魔獣』を討伐するか?
 いや……暴走しているとはいえ、相手は剣ヶ崎だ。勇者が攻撃を躊躇ちゅうちょしている間に、剣ヶ崎が勇者に危害を加えるだろう。
 どちらにしても、人数も実力も足りない。
 せめて、火鈴と同じくらい強い者がいればよいのだが──

「ガァァァァァァ──」
「オオおおおオ──」

 戦っていた剣ヶ崎とレオーニオの動きが止まり──何故かその場から素早く飛び退いた。
 どうしたのか? と首を傾げる火鈴たち──次の瞬間、先ほどまでレオーニオがいた所を、蒼色の熱線が焼き飛ばした。

「い、今のは──」
「おおおァああああアああアッッ!!」

 標的を変えたのか、剣ヶ崎が近くにいたミリアに飛び掛かった。
 すぐに火鈴が【竜人化】を発動し、剣ヶ崎の聖剣を受け止めようと構えるが──

「──おいコラ。お前、誰に向かって攻撃しようとしてんだ?」

 ──スタッと、火鈴と剣ヶ崎の間に降り立った少年が、緋色の刀を抜いた。
 そして──ドクンッ! と、何かが脈打つような音。
 降り立った少年の背中が明るく輝き始め、手の甲や首元に赤黒い紋様が浮かび上がった。

「あアアアアああアあああああッッ!!」
「──しッ!」

 剣ヶ崎の聖剣と、少年の刀が正面からぶつかり合い──辺りに衝撃が響き渡る。

「チッ──『二重詠唱・剛力』ッッ!!」

 全身の筋力を上昇させ──力任せに剣ヶ崎を吹き飛ばした。
 それと入れ替わるように、レオーニオが少年へ襲い掛かる。

「誰だお前──『剛力』解除、『水弾』」

 辺りに青色の魔法陣が浮かび上がり──そこから暴力的とも言える数の、水で作られた弾丸が放たれる。
 レオーニオが、慌てた様子で弾丸を避けようとするが──完璧には避けきれない。
 何発も被弾しながら、レオーニオが木の陰へと逃げ込んだ。

「……ああ。今のが『十二魔獣』か」

 不気味なお面を外し、少年が火鈴たちの方へと振り返った。

「悪い。遅くなったな、お前ら……後は任せろ」

 戦いの場に姿を現した聡太が、敵意を剥き出しにして戦闘体勢に入った。

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