初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが

ibis

64話

「はぁッ!」
『ふぅッ!』

 同じタイミングで、同じ技で、同じ思考で、同じ攻撃が繰り出される。

『おうおう。俺のクセに凶暴だな』
「ペラペラうるせぇんだよてめぇ──『剛力』ッ!」
『おっと──『剛力』』

 互いに『剛力』を発動し──刀が交差する度に、甲高い金属音を立てながら火花が散る。
 ──タイミングも同じ。技も同じ。思考も同じ。
 このままいつも通りに戦ってたら、ムダに体力を消費するだけだ。
 なら──

「あっ──ああああ……ッ!」

 ──ドグンッ! ドグンッ! ドグンッ!
 聡太の体から、何かが脈打つような音が響き──顔や手に、赤黒い模様が浮かび上がる。
 背中に刻まれている『大罪人』の紋様が強く輝き始め──聡太の瞳が、真っ赤に染まった。

『【憤怒に燃えし愚か者】か……』

 偽者が何かを呟いた──瞬間だった。
 ──ドグンッ! ドグンッ! ドグンッ!
 何かが脈打つような音が聞こえ始め……偽者の体に、赤黒い模様が浮かび上がっていく。
 偽者の瞳が赤色に変わり──驚愕する聡太に、黒い刀の切っ先を向けた。

『お前だけが【大罪技能】を使える……とでも思ってたのか? 随分ずいぶんと楽観的だな、俺のクセに──よッ!』
「チッ──!」

 さて──どうする?
 頼みの綱である【大罪技能】は、偽者も使う事ができた。
 つまり──実力は互角。
 だが……一つだけ、違和感がある。
 それは──何故この偽者は、聡太と戦おうとしているのか。
 本当に聡太の偽者ならば、ここを通してくれてもいいはずだ。
 しかしこの偽者は、聡太の事を仕留める勢いで攻撃を仕掛けている。

「……お前、俺の偽者じゃないな?」
『──へぇ? なんでそう思うんだ?』

 ほんの僅か──偽者の表情が動揺に揺れたのを、聡太は見逃さなかった。

「お前が本当に俺の偽者なら……俺と同じ考えを持っていて、俺と同じ思考なら──ここを大人しく通すはずだ」
『……………』
「だってそうだろ? お前が俺なら、ここを通して次の場所へ進ませるはずだ。俺の目的は『大罪迷宮』の試練を攻略する事じゃない。『大罪迷宮』に残された力を自分の力にして、『十二魔獣』を殺す。んで、元の世界に帰る事だ……お前のやってる事は、俺の目的の邪魔をしてるだけだ」
『……ああ、お前の言う通りだ』

 刀の切っ先は聡太に向けたまま、偽者が続ける。

『俺はお前の偽者なんかじゃない。お前の力、お前の魔法、お前の記憶、お前の肉体、お前の考え、お前の行動──それらを全て模倣した、お前のコピーだ』
「コピー……」
『だけど、な。一つだけ、お前と違う所があるんだよ』

 それは──

『──『試練に挑みし者を排除せよ』って……顔も知らない誰かの声が、ずっと頭の中に繰り返し響いてるんだ』
「『試練に挑み者』……」
『ま、お前らの事だよな……不思議な話でな、この声に逆らえないんだよ。だから──悪いな、お。早く俺を殺してくれ。俺がおを殺す前に』
「……言われなくても、最初からそのつもりだっての」

 『紅桜』を両手で握り──中段に構える。

「──おを乗り越えて、先に進む」
『悪いが、俺はそれを全力で阻止する』
「……んじゃ」
『とりあえず──』

「『死ね』」

 『剛力』を継続したまま、【憤怒に燃えし愚か者】の発動。
 駆ける早さは目で捉えられず、刀の速さは目で追えない。
 そんな攻防を展開する中──偽者が口を開いた。

『俺にばかり集中してるが、他の奴らはほうっておいていいのか?』
「あ? 俺の記憶をコピーしてんならわかるだろ。アイツらは守られるだけの弱者じゃねぇ、誰かを守る事ができる強者だ。俺がアイツらの心配をする必要なんかねぇよ」
『それでいいのか?』
「……何の話だ」

 迫る刀撃を『紅桜』で捌き、力強く踏み込んで突きを放った。
 偽者が横に飛び、聡太の突きを躱す──と、聡太が素早く刃を返し、偽者の首に刀が迫る。
 緋色の軌跡が偽者の頭を斬り離す──寸前、漆黒の軌跡が割り込み、『紅桜』を弾き返した。
 『黒曜石の短刀』──聡太の外見や記憶だけでなく、どうやら武器までもコピーしているようだ。

『いつまで気づかないフリしてるつもりだ? あの三人の気持ちによ』

 息をく間もない攻防の中──ニヤッと、偽者の口元が笑みに歪んだ。

『おは他人の気持ちに敏感だ。そんなおが、アイツらの気持ちに気づいてないはずないだろ?』
「精神攻撃ならムダだぞ? 俺にそういうのは通用しな──」
『誤魔化すなよ、お

 鍔迫つばぜり合いになり、偽者が鋭い瞳で聡太を睨み付ける。

『いつまでそうやって逃げるつもりだ? この卑怯者が』
「……何だと?」
『たった一回イジメられた程度でいつまでもウジウジしやがって。お前もわかってるだろ? アイツらは、信じていい奴らだって……アイツらは、おに好意を持ってくれてる──ってッ!』
「チッ──」

 偽者が短刀を振り抜き──聡太が後ろに飛び、刀撃を回避する。

『ほら、何とか言ったらどうだ?』
「うるせぇ──よッ!」

 左膝を軽く曲げ──聡太が偽者に飛び掛かった。
 両手で『紅桜』を振りかぶり、偽者の頭を真っ二つにする──直前、何かが横から飛んできた。
 偽者を殺すために意識を集中していた聡太。飛んでくる気配に気づけず、何かと激突して吹き飛んだ。
 ゴロゴロと地面を転がり──壁に激突して、ようやく勢いが止まる。

「いっ、た~い……」
「ぐっ……いきなり飛んでくるなよ……!」
「あっ、ご、ごめんね聡ちゃん」

 吹き飛んできた火鈴が、慌てた様子で聡太の上から立ち上がる──と。

『──まったく~、ちょこまかと逃げ回って~……そろそろ大人しく殺されてくれないかな~?』

 竜人に変身している火鈴の偽者が、偽者の聡太と並んでこちらに歩み寄ってくる。

『あれ〜? 聡ちゃんも巻き込んじゃったのかな〜? ごめんね〜、気づかなかったよ〜』
『嘘け。お前、狙って俺の本物にぶつけただろうがよ』
『あはっ。まあね〜』
「……聡ちゃん……」

 偽者と向かい合う火鈴が、どこか不安そうに聡太の名前を呼んだ。

「お前……まだ【大罪技能】は使ってないのか」
「う、うん。まだだよ〜……」
「なら早く使え。相手も【大罪技能】を使えるんだ。出し惜しみしてたら──」
『無理だよ〜』

 偽者の火鈴の声に、聡太の言葉がさえぎられる。

『その子が【大罪技能】を使うのは無理だよ〜。だってその子、怖がってるもんね〜』
「……どういう事だ」
『そのままの意味だよ〜。また聡ちゃんを襲ったらどうしよう。また【技能】に呑まれたらどうしよう。足手まといになるわけにはいかない。聡ちゃんに嫌われたくない。だったら【大罪技能】は使わない方がいい──うんうん。あたしらしいビビリな考え方だよね〜』

 隣の火鈴が、小さく息を呑んだ。
 ──偽者の聡太は、本物の聡太の記憶や考えをコピーしていると言っていた。
 この偽者の火鈴も、本物の火鈴の記憶や考えをコピーしているのだろう。

「……火鈴」
「……うん……ごめんね~……あたし、【暴食に囚われし飢える者】を使うのが怖くて~……」

 怒られるとでも思っているのか、火鈴が消えそうなほど小さな声で呟いた。

「……別に、【大罪技能】を使いたくないなら使わなくていい。それはお前が決める事だ。好きにしろ」
「えっ……怒って、ないの……?」
「【大罪技能】を使わないからって、何で俺がお前に怒るんだよ……」

 火鈴の頭に手を置き、乱暴に撫で回す。

「お前は強くなった。そうだろ?」
「………………うん……」
「誰よりも努力して、誰よりも強くなった。そうだろ?」
「…………うん」
「お前は強い。そうだろ?」
「……うん」
「なら行け。あのニヤニヤしてる偽者を八つ裂きにしてやれ」
「──うん」

 聡太に撫でられる火鈴が、嬉しいような照れ臭いような微妙な表情を見せる。
 そして──ドンッと、火鈴の背中を突き飛ばした。

「もし【暴食に囚われし飢える者】を使って【大罪技能】に呑まれても安心しろ。俺がどうにか正気に戻してやる」
「うん!」
『すぐにそうやってご機嫌になるんだから~……相変わらず、聡ちゃんにデレデレだね~? そうやって聡ちゃんに頼らないと、結局は何も──』
「うるさいぞ」

 ──ゾワッと、偽者の聡太と火鈴の背中に寒気が走った。

「お前が俺の事を『聡ちゃん』って呼ぶのは許さない。俺の事を『聡ちゃん』って呼んでいいのは──りんちゃんだけだ」
『……怒りの増幅による【憤怒に燃えし愚か者】の強化か……相変わらず、何が原因で怒ったり笑ったりするかわからねぇ奴だな、お

 ──刃物のように鋭く冷たい殺気が、聡太の体から放たれる。
 向かい合う聡太の偽者が、若干じゃっかん恐怖を覚えたように顔を引きらせた。

「……聡ちゃん」
「ん」
「……あたしが【大罪技能】に呑まれても……正気に戻してくれるんだよね~?」
「ああ」
「そう──なら、使うよ」

 ──ドグンッ! ドグンッ! ドグンッ!
 火鈴の体から、何かが脈打つような音が響き始める。
 腹部に刻まれている『大罪人』の模様が明るく輝き始め──やがて、火鈴の体に茶色の筋のような紋様が浮かび上がった。
 赤と黒のが茶色に染まり──【竜人化】により生えている竜鱗も、鮮やかな茶色に変色した。

『……へぇ……!』
『……まさか、本当に使うなんてね~……』

 ──チリッと、肌が焼け付くような感覚。
 火鈴の体から、炎のように熱い殺気が放たれている──そう認識した偽者の聡太と火鈴が、腰を落として身構えた。
 やがて、下を向いていた火鈴が顔を上げ──そこに浮かんでいた表情を見て、聡太が優しく笑った。

「……大丈夫そうだな」
「うん……! 大丈夫……!」

 ──呑まれていない。
 聡太が【憤怒に燃えし愚か者】を使いこなすまでは随分ずいぶんと時間が掛かったが──火鈴は二回目の使用で、もう【大罪技能】を自分の物にしようとしているのだ。

『……は~……参ったな~……』
『思いのほか、乗り越えるのが早かったな……ま、運が悪かったな』
『うん……これはもう、あたしの負けは確定だね~』

 言葉を交わし、偽者の火鈴が諦めたような笑みを溢す。

「ね、聡ちゃん……」
「なんだ?」
「もう一回、あたしの事……りんちゃんって、呼んでくれないかな~……?」
「この戦いが終わった後なら、いくらでも呼んでやるよ」
「……うん。約束だよ~」

 そんな会話を交わし──聡太と火鈴が、自身の偽者へと飛び掛かった。

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