初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが
56話
「──ミリア?! どうしたのー?!」
黒色の結界を召喚した──瞬間、ミリアがその場に座り込んだ。
唇は青ざめており、呼吸が整っていない。明らかに様子が変だ。
「はぁ……! はぁぁぁ……! 大、丈夫です……少し、魔力切れを起こしただけですから……ソータ様っ! 『第五重禁匣結界』は五分間しか維持できません! それと──その方には今、ソータ様と同じ“神域”の【技能】が発動しています! 気を付けてください!」
「ああ!」
ミリアに返事を返す──と、火鈴が聡太に飛び掛かった。
【竜人化】状態の火鈴が拳を握り、茶色の竜鱗に覆われた拳撃を放ち──咄嗟に『紅桜』を振り抜き、拳を受け止める。
【憤怒に燃えし愚か者】──ほとんど完全に使いこなせるようになって、少しずつこの【技能】についてわかってきた。
まず、動体視力や反射神経が跳ね上がる。正直、先ほどまでの火鈴の攻撃なら、何が起きても絶対に食らわないという自信があった。
次に、腕力や脚力といった、筋力も底上げされる。常に火事場のバカ力状態、と言えば良いのだろうか。
だから、今の火鈴の攻撃も受け止められるだろうと──そう思っていた。
「チッ……!」
「あアッ──カぁああアああァあああアアああああああああああッッ!!」
火鈴が力を入れ直した──と思ったら、聡太が吹き飛ばされた。
空中で刀を振って体を回転させ、黒色の結界に着地して勢いを殺す。
グッと足に力を込め──今度は聡太が火鈴に飛び掛かった。
──ミリアに聞いた話だと、【憤怒に燃えし愚か者】に呑まれている時の聡太は、魔法を使わなかったのだとか。
それはもしかして──【技能】に呑まれている間は、他の【技能】や魔法を使う事ができないのだろうか。
否。感情に呑まれているから、他の【技能】を使うとか魔法を使うとかいう考えが出てこないのだろう。
という事は……【暴食に囚われし飢える者】に呑まれている火鈴は、他の【技能】を発動する事ができない。
その証拠に、今の火鈴は【暴食に囚われし飢える者】が発動する前の状態──【竜人化】の状態から変わっていない。
聡太の考え通り、呑まれている間は──魔法を使ったり、他の【技能】を発動する事ができないようだ。
「かア──ッッ!!」
「しぃッ! うらぁッ!」
聡太の『紅桜』と、火鈴の茶鱗の竜拳が何度も交差し──その度に、甲高い金属音を立てて火花が散る。
通常状態なら、聡太が火鈴に力負けする事はないが──【竜人化】と【暴食に囚われし飢える者】という【技能】が発動しているため、どうしても力劣りしてしまう。
「チッ──ああクソめんどくせぇッッ!!」
刀と拳がぶつかる度に、聡太の体勢が崩れていく。力負けしている証拠だ。
苛立ったように声を荒らげ──聡太が火鈴から距離を取り、手を上に向けた。
「『黒重』ッッ!!」
「がァ──あァああアあああああああッッ!!」
「嘘だろおい……?!」
火鈴に不可視の重力が襲い掛かるが──火鈴は少しも体勢を崩さない。
火鈴が死なないように手加減はしているが、火鈴にケガをさせる事に躊躇しているつもりはない。
一瞬ではあるが、パルハーラやフェキサーの動きすら止める『黒重』──それを受けているのに、火鈴は少しも体勢を崩さないだと……?!
「ハああああアアああァッッ!!」
「ああッッ!! 『剛力』ッッ!!」
雄叫びを上げながら迫る火鈴に対し、聡太は『剛力』を発動。
火鈴の拳撃を刀で弾き返し、無防備になった腹を蹴り飛ばそうとするが──
その前に、火鈴の尻尾が聡太の横腹を撃ち抜いた。
骨が軋み、内臓が悲鳴を上げ──聡太の体は受け身を取れずに地面を転がり、黒色の結界に激突。
肺の中の空気が無理矢理吐き出され──体勢を立て直す暇もなく、火鈴が迫る。
「かっ、ふぅ……! ……『嵐壁』……!」
掠れる声で詠唱──聡太の目の前に緑色の魔法陣が浮かび上がり、黒色の結界内に暴嵐が吹き荒れた。
『黒重』に耐えられる足腰はあっても、『嵐壁』に耐えられる重さは存在しないだろう──聡太の考え通り、火鈴の体は簡単に吹き飛ばされた。
「カあアァ──」
──上に飛ばされた火鈴の口から、紅蓮の炎が漏れ出している。
炎はどんどん収縮、集束されていき──やがて、真っ赤な光球に変化。
──よくわからないが、あれはヤバイ。
反射的に、あるいは本能的に、聡太は火鈴に手を向けた。
「──『蒼熱線』ッッ!!」
「あアああああアアああああぁあああアァああああァあああッッ!!」
聡太が蒼炎の熱線を放つのと、火鈴が灼熱の光線を放ったのは同時だった。
蒼い熱線と紅い光線がぶつかり合い──爆発。
目を焼くような光と、鼻の奥を焼くような熱を前に、聡太は咄嗟に顔を覆う事しかできなかった。
「さ、さっきから何が起きてンだァ……?!」
「聡太! 大丈夫か?!」
驚愕する土御門や、心配してくれる勇輝に返事する──事なく、聡太は別の友人の名を呼んだ。
「小鳥遊ッ!」
「な、なに?! どうしたの?!」
「火鈴には悪いが、もう手加減できねぇ! アイツがケガをしたら、すぐに回復してやってくれ!」
「わ、わかった! 古河くんも、気を付けてね!」
小鳥遊の返事を聞き、聡太は『紅桜』を正面に構えた。
「──つーわけだ火鈴。こっから先は、お前を仕留めるつもりで戦るから、覚悟しろよ」
難なく地面に着地する火鈴に、聡太は殺意を向けた。
それに反応するように、火鈴の体からさらに濃い殺気が放たれる。
聡太が刃のように鋭く冷たい殺気ならば、火鈴はさながら燃える炎ように熱い殺気だ。
対照的な殺気が向かい合い──肌を刺すような雰囲気に、結界外にいるはずの全員が息を呑んだ。
「──『雷斬』ッッ!!」
「しャあッ──があァあアああああああッッ!!」
緋色の刀がバチバチと放電を始め──雷の斬撃が放たれる。
火鈴を真っ二つにせんと迫るそれは──火鈴の爪撃を食らい、霧散した。
──お前、いくら【竜人化】しているって言っても、手で『雷斬』を掻き消すってどういう事?
これが【暴食に囚われし飢える者】と【竜人化】の力なのか。なかなか厄介だな──とか思いながら、聡太は火鈴に飛び掛かった。
「はぁ──ッッ!!」
「ァあああアアッッ!!」
一撃でも火鈴の攻撃を食らえば、間違いなくヤバイ。
先ほどの尻尾の攻撃は、聡太が衝撃を受け流すように飛んだからダメージを軽減できた。
だが……二度も三度も上手く受け流せる保証はない。
「いい加減に──しろッッ!!」
「がフッッ?!」
「おらぁッッ!!」
「ぎガッ──」
火鈴の拳撃を捌き──右足を軸にしてその場で回転。
勢いを利用して火鈴の腹部に肘を入れ、動きが止まった所に蹴撃を放つ。
風を切りながら放たれた蹴りは、火鈴の頭部を的確に撃ち抜き──土煙を上げながら、火鈴がぶっ飛んだ。
「古河くん!」
「ああ、頼むッ!」
「“我、全ての者に癒しを与える者。優しき光よ、傷付く者の傷を癒し、安らぎを与えよ”っ! 『ライト・ヒール』!」
小鳥遊の詠唱に従い、火鈴の体が淡い光に包まれた。
木刀によるアザが消えていき──火鈴のケガがみるみる内に治っていく。
──【暴食に囚われし飢える者】が発動してから、初めてまともな攻撃を入れる事ができた。
聡太が【憤怒に燃えし愚か者】に呑まれている時は、ミリアのタックルを食らったり、ハルピュイアに蹴り飛ばされる事によって正気に戻っていたが……火鈴はどうだ……?
「…………かッ──あアアあああァああッッ!!」
くそ──ダメか。
考えてみれば、初めて聡太が【憤怒に燃えし愚か者】に呑まれた時は、『大罪迷宮』の中だった。
あの時は……近くにいる黒狼を全て殺して、正気に戻る事ができた。
もし、火鈴が聡太と同じ条件で正気に戻るのだとしたら──聡太を仕留めるまで、正気に戻らないという事だろう。
「ガあッ!」
「チッ──!」
絶対の威力を持った拳撃。命を狩り取らんと迫る爪撃。茶色の竜鱗に覆われた蹴撃。風を切りながら鞭のように放たれる尻尾。
それらを一本の刀で捌き、受け流し、撃ち落とし、刀を合わせて相殺する。
刀で間に合わないなら体で。それでも間に合わないのなら魔法で。
食らえば致命傷になる事間違いなしの攻撃を前に、だが致命傷を与える事は許されない。
ドMじゃねぇとこんな縛りプレイしないぞ──と、よくわからない事を思いながら、聡太は火鈴の腹部を蹴り飛ばした。
「が、ハァ……!」
「しぃ──ッッ!!」
腹部を押さえて動きを止める火鈴。
そんな火鈴の頭部に向け、聡太が凄まじい威力の蹴撃を放ち──
「かッ──がァああアあああああッッ!!」
「んなッ──ごふッッ?!」
思い切り頭を下げて聡太の蹴撃を躱し──火鈴が拳を放った。
聡太の右腹部を的確に撃ち抜いた拳は──【竜人化】と【暴食に囚われし飢える者】によって、凶悪な威力へと昇華している。
軽々と吹き飛ばされた聡太の体は──黒色の結界にぶつかって、ようやく勢いが止まった。
「ぐ、ふぅ……!」
これまで感じた事のないダメージに、内臓がキリキリと痛みを主張している。
【憤怒に燃えし愚か者】と『剛力』を発動していなかったら、今頃どうなっていたか──脳裏を過った考えを無理矢理頭の片隅に追いやり、歯を食い縛って顔を上げた。
──目の前に、火鈴がいた。
「ガあッッ!!」
「クソ──ッッ!!」
火鈴が剛爪を構え──聡太の顔面に放つ。
咄嗟に『紅桜』で防ぎ、剛爪を回避する──が。
「グるぁッッ!!」
「がっ──あああああああああああッッ?!」
火鈴が鋭い牙を剥き出しにし、聡太の肩口に噛み付いた。
右肩を襲う痛みに、思わず聡太が絶叫を上げ、無理矢理引き離そうとするが──火鈴の両腕が聡太の両腕を抑え込み、動かないように固定する。
「ふ、古河くん! “我、全ての者に癒しを与える者。優しき光よ、傷付く者の傷を癒し、安らぎを与えよ”っ! 『ライト・ヒール』!」
小鳥遊の【回復魔法】により、聡太の傷口が癒えるが──火鈴がさらに牙を突き立て、聡太の肩肉を抉ろうとする。
──このままでは殺される。
そう判断し、聡太が魔法で火鈴を吹き飛ばそうと──して。
──ポタッと、肩に冷たい感覚。
なんだ? と聡太が肩口に視線を向け──
「ガ、ぁ……ッッ!!」
──泣いてる。
火鈴が、泣いてる。
聡太の腹部を殴り飛ばし、肩口に噛み付いている火鈴が。
攻撃しながら──泣いてる。
「なにッ、泣いてんだよてめぇ……!」
火鈴の攻撃に、先ほどより力が入っていない。
噛み付く力も、聡太の両腕を抑える竜腕にも、全く力が入っていない。
おそらく──正気に戻ろうと必死にもがいているのだろう。
「くっ、はぁ……! クソ、バカが……!」
苦痛に歪んだ苦笑を浮かべ、抑えられる両腕を力任せに引き抜き──聡太が、火鈴の体を抱き寄せた。
「我慢しててやるからッ、とっとと正気に戻れバカ野郎……!」
「ふウー! ふうー!」
──ヤバイ。クラクラする。
血が出過ぎている。限界が近い。
頼む、早く正気に戻れ。
じゃないと、俺が殺られる──
──と、火鈴が動きを止めた。
聡太の肩から牙を抜き、涙で潤んだ瞳を聡太に向ける。
その瞳は、茶色ではなく──赤と黒の色違いの瞳だ。
「ぁ……ごめ、ね…………聡、ちゃ……」
フッと、火鈴の体から力が抜けた。
それと同時──辺りを覆っていた殺気が霧散する。
火鈴の体は──【暴食に囚われし飢える者】と【竜人化】が解除され、元の火鈴の姿に戻っている。
「……はぁ……正気に戻って、気絶したか……」
「──ソータ様!」
「ソータっ!」
「聡太!」
駆け寄ってくる仲間と、動かなくなった火鈴を見て──ふと、聡太は思い出した。
最初に始めた、聡太と火鈴の戦い。
ルールは確か──【技能】は使用して良いが、魔法の使用は禁止。火鈴が聡太に一撃でも入れれば、火鈴の勝ち。火鈴が降参すれば、聡太の勝ち。
【暴食に囚われし飢える者】は魔法ではなく【技能】だ。ルール違反ではない。
だが──聡太は魔法を使った。さらに言えば、途中から木刀ではなく『紅桜』を使っていた。
しかも──何発も火鈴の攻撃を食らった。
「……あれ?」
気絶する前に火鈴が言った言葉は、降参の言葉ではない。
という事は、つまり──
……この勝負、俺の負け……なのか……?
黒色の結界を召喚した──瞬間、ミリアがその場に座り込んだ。
唇は青ざめており、呼吸が整っていない。明らかに様子が変だ。
「はぁ……! はぁぁぁ……! 大、丈夫です……少し、魔力切れを起こしただけですから……ソータ様っ! 『第五重禁匣結界』は五分間しか維持できません! それと──その方には今、ソータ様と同じ“神域”の【技能】が発動しています! 気を付けてください!」
「ああ!」
ミリアに返事を返す──と、火鈴が聡太に飛び掛かった。
【竜人化】状態の火鈴が拳を握り、茶色の竜鱗に覆われた拳撃を放ち──咄嗟に『紅桜』を振り抜き、拳を受け止める。
【憤怒に燃えし愚か者】──ほとんど完全に使いこなせるようになって、少しずつこの【技能】についてわかってきた。
まず、動体視力や反射神経が跳ね上がる。正直、先ほどまでの火鈴の攻撃なら、何が起きても絶対に食らわないという自信があった。
次に、腕力や脚力といった、筋力も底上げされる。常に火事場のバカ力状態、と言えば良いのだろうか。
だから、今の火鈴の攻撃も受け止められるだろうと──そう思っていた。
「チッ……!」
「あアッ──カぁああアああァあああアアああああああああああッッ!!」
火鈴が力を入れ直した──と思ったら、聡太が吹き飛ばされた。
空中で刀を振って体を回転させ、黒色の結界に着地して勢いを殺す。
グッと足に力を込め──今度は聡太が火鈴に飛び掛かった。
──ミリアに聞いた話だと、【憤怒に燃えし愚か者】に呑まれている時の聡太は、魔法を使わなかったのだとか。
それはもしかして──【技能】に呑まれている間は、他の【技能】や魔法を使う事ができないのだろうか。
否。感情に呑まれているから、他の【技能】を使うとか魔法を使うとかいう考えが出てこないのだろう。
という事は……【暴食に囚われし飢える者】に呑まれている火鈴は、他の【技能】を発動する事ができない。
その証拠に、今の火鈴は【暴食に囚われし飢える者】が発動する前の状態──【竜人化】の状態から変わっていない。
聡太の考え通り、呑まれている間は──魔法を使ったり、他の【技能】を発動する事ができないようだ。
「かア──ッッ!!」
「しぃッ! うらぁッ!」
聡太の『紅桜』と、火鈴の茶鱗の竜拳が何度も交差し──その度に、甲高い金属音を立てて火花が散る。
通常状態なら、聡太が火鈴に力負けする事はないが──【竜人化】と【暴食に囚われし飢える者】という【技能】が発動しているため、どうしても力劣りしてしまう。
「チッ──ああクソめんどくせぇッッ!!」
刀と拳がぶつかる度に、聡太の体勢が崩れていく。力負けしている証拠だ。
苛立ったように声を荒らげ──聡太が火鈴から距離を取り、手を上に向けた。
「『黒重』ッッ!!」
「がァ──あァああアあああああああッッ!!」
「嘘だろおい……?!」
火鈴に不可視の重力が襲い掛かるが──火鈴は少しも体勢を崩さない。
火鈴が死なないように手加減はしているが、火鈴にケガをさせる事に躊躇しているつもりはない。
一瞬ではあるが、パルハーラやフェキサーの動きすら止める『黒重』──それを受けているのに、火鈴は少しも体勢を崩さないだと……?!
「ハああああアアああァッッ!!」
「ああッッ!! 『剛力』ッッ!!」
雄叫びを上げながら迫る火鈴に対し、聡太は『剛力』を発動。
火鈴の拳撃を刀で弾き返し、無防備になった腹を蹴り飛ばそうとするが──
その前に、火鈴の尻尾が聡太の横腹を撃ち抜いた。
骨が軋み、内臓が悲鳴を上げ──聡太の体は受け身を取れずに地面を転がり、黒色の結界に激突。
肺の中の空気が無理矢理吐き出され──体勢を立て直す暇もなく、火鈴が迫る。
「かっ、ふぅ……! ……『嵐壁』……!」
掠れる声で詠唱──聡太の目の前に緑色の魔法陣が浮かび上がり、黒色の結界内に暴嵐が吹き荒れた。
『黒重』に耐えられる足腰はあっても、『嵐壁』に耐えられる重さは存在しないだろう──聡太の考え通り、火鈴の体は簡単に吹き飛ばされた。
「カあアァ──」
──上に飛ばされた火鈴の口から、紅蓮の炎が漏れ出している。
炎はどんどん収縮、集束されていき──やがて、真っ赤な光球に変化。
──よくわからないが、あれはヤバイ。
反射的に、あるいは本能的に、聡太は火鈴に手を向けた。
「──『蒼熱線』ッッ!!」
「あアああああアアああああぁあああアァああああァあああッッ!!」
聡太が蒼炎の熱線を放つのと、火鈴が灼熱の光線を放ったのは同時だった。
蒼い熱線と紅い光線がぶつかり合い──爆発。
目を焼くような光と、鼻の奥を焼くような熱を前に、聡太は咄嗟に顔を覆う事しかできなかった。
「さ、さっきから何が起きてンだァ……?!」
「聡太! 大丈夫か?!」
驚愕する土御門や、心配してくれる勇輝に返事する──事なく、聡太は別の友人の名を呼んだ。
「小鳥遊ッ!」
「な、なに?! どうしたの?!」
「火鈴には悪いが、もう手加減できねぇ! アイツがケガをしたら、すぐに回復してやってくれ!」
「わ、わかった! 古河くんも、気を付けてね!」
小鳥遊の返事を聞き、聡太は『紅桜』を正面に構えた。
「──つーわけだ火鈴。こっから先は、お前を仕留めるつもりで戦るから、覚悟しろよ」
難なく地面に着地する火鈴に、聡太は殺意を向けた。
それに反応するように、火鈴の体からさらに濃い殺気が放たれる。
聡太が刃のように鋭く冷たい殺気ならば、火鈴はさながら燃える炎ように熱い殺気だ。
対照的な殺気が向かい合い──肌を刺すような雰囲気に、結界外にいるはずの全員が息を呑んだ。
「──『雷斬』ッッ!!」
「しャあッ──があァあアああああああッッ!!」
緋色の刀がバチバチと放電を始め──雷の斬撃が放たれる。
火鈴を真っ二つにせんと迫るそれは──火鈴の爪撃を食らい、霧散した。
──お前、いくら【竜人化】しているって言っても、手で『雷斬』を掻き消すってどういう事?
これが【暴食に囚われし飢える者】と【竜人化】の力なのか。なかなか厄介だな──とか思いながら、聡太は火鈴に飛び掛かった。
「はぁ──ッッ!!」
「ァあああアアッッ!!」
一撃でも火鈴の攻撃を食らえば、間違いなくヤバイ。
先ほどの尻尾の攻撃は、聡太が衝撃を受け流すように飛んだからダメージを軽減できた。
だが……二度も三度も上手く受け流せる保証はない。
「いい加減に──しろッッ!!」
「がフッッ?!」
「おらぁッッ!!」
「ぎガッ──」
火鈴の拳撃を捌き──右足を軸にしてその場で回転。
勢いを利用して火鈴の腹部に肘を入れ、動きが止まった所に蹴撃を放つ。
風を切りながら放たれた蹴りは、火鈴の頭部を的確に撃ち抜き──土煙を上げながら、火鈴がぶっ飛んだ。
「古河くん!」
「ああ、頼むッ!」
「“我、全ての者に癒しを与える者。優しき光よ、傷付く者の傷を癒し、安らぎを与えよ”っ! 『ライト・ヒール』!」
小鳥遊の詠唱に従い、火鈴の体が淡い光に包まれた。
木刀によるアザが消えていき──火鈴のケガがみるみる内に治っていく。
──【暴食に囚われし飢える者】が発動してから、初めてまともな攻撃を入れる事ができた。
聡太が【憤怒に燃えし愚か者】に呑まれている時は、ミリアのタックルを食らったり、ハルピュイアに蹴り飛ばされる事によって正気に戻っていたが……火鈴はどうだ……?
「…………かッ──あアアあああァああッッ!!」
くそ──ダメか。
考えてみれば、初めて聡太が【憤怒に燃えし愚か者】に呑まれた時は、『大罪迷宮』の中だった。
あの時は……近くにいる黒狼を全て殺して、正気に戻る事ができた。
もし、火鈴が聡太と同じ条件で正気に戻るのだとしたら──聡太を仕留めるまで、正気に戻らないという事だろう。
「ガあッ!」
「チッ──!」
絶対の威力を持った拳撃。命を狩り取らんと迫る爪撃。茶色の竜鱗に覆われた蹴撃。風を切りながら鞭のように放たれる尻尾。
それらを一本の刀で捌き、受け流し、撃ち落とし、刀を合わせて相殺する。
刀で間に合わないなら体で。それでも間に合わないのなら魔法で。
食らえば致命傷になる事間違いなしの攻撃を前に、だが致命傷を与える事は許されない。
ドMじゃねぇとこんな縛りプレイしないぞ──と、よくわからない事を思いながら、聡太は火鈴の腹部を蹴り飛ばした。
「が、ハァ……!」
「しぃ──ッッ!!」
腹部を押さえて動きを止める火鈴。
そんな火鈴の頭部に向け、聡太が凄まじい威力の蹴撃を放ち──
「かッ──がァああアあああああッッ!!」
「んなッ──ごふッッ?!」
思い切り頭を下げて聡太の蹴撃を躱し──火鈴が拳を放った。
聡太の右腹部を的確に撃ち抜いた拳は──【竜人化】と【暴食に囚われし飢える者】によって、凶悪な威力へと昇華している。
軽々と吹き飛ばされた聡太の体は──黒色の結界にぶつかって、ようやく勢いが止まった。
「ぐ、ふぅ……!」
これまで感じた事のないダメージに、内臓がキリキリと痛みを主張している。
【憤怒に燃えし愚か者】と『剛力』を発動していなかったら、今頃どうなっていたか──脳裏を過った考えを無理矢理頭の片隅に追いやり、歯を食い縛って顔を上げた。
──目の前に、火鈴がいた。
「ガあッッ!!」
「クソ──ッッ!!」
火鈴が剛爪を構え──聡太の顔面に放つ。
咄嗟に『紅桜』で防ぎ、剛爪を回避する──が。
「グるぁッッ!!」
「がっ──あああああああああああッッ?!」
火鈴が鋭い牙を剥き出しにし、聡太の肩口に噛み付いた。
右肩を襲う痛みに、思わず聡太が絶叫を上げ、無理矢理引き離そうとするが──火鈴の両腕が聡太の両腕を抑え込み、動かないように固定する。
「ふ、古河くん! “我、全ての者に癒しを与える者。優しき光よ、傷付く者の傷を癒し、安らぎを与えよ”っ! 『ライト・ヒール』!」
小鳥遊の【回復魔法】により、聡太の傷口が癒えるが──火鈴がさらに牙を突き立て、聡太の肩肉を抉ろうとする。
──このままでは殺される。
そう判断し、聡太が魔法で火鈴を吹き飛ばそうと──して。
──ポタッと、肩に冷たい感覚。
なんだ? と聡太が肩口に視線を向け──
「ガ、ぁ……ッッ!!」
──泣いてる。
火鈴が、泣いてる。
聡太の腹部を殴り飛ばし、肩口に噛み付いている火鈴が。
攻撃しながら──泣いてる。
「なにッ、泣いてんだよてめぇ……!」
火鈴の攻撃に、先ほどより力が入っていない。
噛み付く力も、聡太の両腕を抑える竜腕にも、全く力が入っていない。
おそらく──正気に戻ろうと必死にもがいているのだろう。
「くっ、はぁ……! クソ、バカが……!」
苦痛に歪んだ苦笑を浮かべ、抑えられる両腕を力任せに引き抜き──聡太が、火鈴の体を抱き寄せた。
「我慢しててやるからッ、とっとと正気に戻れバカ野郎……!」
「ふウー! ふうー!」
──ヤバイ。クラクラする。
血が出過ぎている。限界が近い。
頼む、早く正気に戻れ。
じゃないと、俺が殺られる──
──と、火鈴が動きを止めた。
聡太の肩から牙を抜き、涙で潤んだ瞳を聡太に向ける。
その瞳は、茶色ではなく──赤と黒の色違いの瞳だ。
「ぁ……ごめ、ね…………聡、ちゃ……」
フッと、火鈴の体から力が抜けた。
それと同時──辺りを覆っていた殺気が霧散する。
火鈴の体は──【暴食に囚われし飢える者】と【竜人化】が解除され、元の火鈴の姿に戻っている。
「……はぁ……正気に戻って、気絶したか……」
「──ソータ様!」
「ソータっ!」
「聡太!」
駆け寄ってくる仲間と、動かなくなった火鈴を見て──ふと、聡太は思い出した。
最初に始めた、聡太と火鈴の戦い。
ルールは確か──【技能】は使用して良いが、魔法の使用は禁止。火鈴が聡太に一撃でも入れれば、火鈴の勝ち。火鈴が降参すれば、聡太の勝ち。
【暴食に囚われし飢える者】は魔法ではなく【技能】だ。ルール違反ではない。
だが──聡太は魔法を使った。さらに言えば、途中から木刀ではなく『紅桜』を使っていた。
しかも──何発も火鈴の攻撃を食らった。
「……あれ?」
気絶する前に火鈴が言った言葉は、降参の言葉ではない。
という事は、つまり──
……この勝負、俺の負け……なのか……?
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