初心者スキル【言語理解】の横に“極致”と載ってるんだが

ibis

21話

「キャァァァ──ッッッ!!!」
「チッ……何っつー声出しやがるんだよ……!」

 キンキンと甲高い雄叫びを上げながら、テリオンが聡太に突っ込んだ。
 対する聡太は……1歩も動かなかった。
 聡太の実力を知らないミリアは、テリオンの動きに聡太が付いていけていないと思った事だろう。
 ミリアが聡太に向かって駆け出すが──間に合わない。
 4本の腕が聡太に迫り──空を斬った。

「えっ……」

 4本の腕を鞭のようにしならせ、再び聡太を惨殺せんと攻撃するが──ヒラリヒラリと体を揺らし、まるで舞い落ちる木の葉のようにテリオンの攻撃を回避する。
 あり得ないようなものを見るようにミリアが目を見開いているが……聡太にとって、避ける事はそんなに難しい事ではない。
 【刀術“極致”】を発動させ、回避のみに意識を集中させれば……テリオン程度の攻撃、簡単に回避できる。

 だが……そこから反撃するとなると、難しい。
 聡太の筋力は、普通より少しゴツい程度。
 故に……聡太の攻撃は、そこまで早くない。それこそ『十二魔獣』であるテリオンなら、簡単に避けられるだろう。
 迷宮内のモンスターは魔法で瞬殺する事ができたが……テリオンは魔法を無効化するときた。

 というか……この『憤怒のお面』、本当に魔力が視認できるのか。
 今の聡太の視界には、魔力と思われる物体が動き回っている。
 視界的には、何の支障もない。というか、普段通りの視界だ。
 目の部分が空いていないお面を付けているのに、普段通りに見えるなんて──さすがは異世界といった所か。

「なかなか厄介だな……おい!」
「は、はい?!」
「コイツの注意は俺が引く! お前は少し離れていろ!」
「……わかりました! 気を付けてください!」

 雨のように絶え間なく襲い来る攻撃を避け続けながら、聡太は思考を加速させる。
 ──ミリアは、テリオンには魔法を無効化する力があると言っていた。実際、聡太の『蒼熱線』は無効化された。
 だが……何が原因で無効化するのかはわからない。
 『テリオンがいる場所の近くだと魔法は使えない』……という能力の可能性が高い。
 ならば……【刀術“極致”】で戦うしかない。

「んじゃ──殺るか」

 聡太の体から、殺気が溢れ出す。
 本能的に聡太の強さを感じたのだろう。テリオンが動きを止め、聡太を正面から見据えた。
 迷宮の底から這い上がってきた『人類族ウィズダム』と、世界を滅ぼす『十二魔獣』が向かい合い……一触即発の空気に、ミリアが息を呑んだ。

「キャキャァァァ──ッッッ!!!」

 沈黙を破ったのはテリオンだった。
 脚力を爆発させ、1歩で聡太との距離をゼロにし──嵐のような拳撃を放つ。
 だが直後──テリオンの右腕の1本から、血飛沫が上がった。

「ぇ、え? 今、何が……?!」

 ミリアには聡太が何をしたのか見えなかったのだろう。
 簡単に言うならば、カウンターだ。
 迫る腕に刀を合わせ、テリオンの右腕1本を斬り裂いたのだ。
 だが、相手はデタラメ中のデタラメの存在、『十二魔獣』のテリオン。この程度では致命傷にならない。

「チッ、浅いか……!」
「キェェェェェ──ッッッ!!!」

 痛みを感じていないのか、血で辺りを赤く染めながら腕を振り続ける。

「しィ──ッ!」
「キャァァァ──ッッッ!!!」

 迫る『死』をギリギリで避けながら、再び刀を振るう。
 だが、テリオンも聡太の動きに対応し始めた。
 カウンターを狙って刀を振るが──聡太の体にテリオンの拳がねじ込まれ、聡太が吹き飛んだ。

「うぉ──ッ?!」

 ゴロゴロと地面を転がり──まだまだ勢いは止まらない。
 内臓が振り回されるような感覚に、聡太は転がりながら吐き気を覚える。

「ぐ、ぶッ……ぶふッ……!」

 木に激突し、やっと勢いが止まった。
 ──まさか、こんなに早く対応されるとは。
 きりきりと痛みを主張する腹部を手で押さえ、嘔吐したいのをグッとこらえる。

 そして顔を上げ、立ち上がろうとするが──何かに気付いたのか、焦ったように横へ転がった。
 その直後、聡太の背後にあった木が爆発し──獲物を逃した事に腹を立てたのか、テリオンが木から拳を引き抜きながら甲高い雄叫びを上げた。

 立ち上がって刀を構えようとするが……激痛と吐き気からか、上手く力が入らない。
 その隙をテリオンは逃さない。
 弱った獲物を前に、雄叫びを上げながら拳を振り上げ──

「──『蒼龍の咆哮ブレス・オブ・ドラゴニア』ッ!」

 ──テリオンの背後に、蒼炎の龍が現れた。
 幻想的なその姿に、思わず一瞬、聡太は見惚みとれてしまった。
 膨大な魔力と尋常ならざる熱を感じたのだろう。テリオンが聡太から目を逸らし、背後に視線を向けた。
 その直後──蒼龍の姿が消えた。

「やっぱり消えた……!」
「キェェェ──ッッッ!!!」
「チッ──『剛力』ッ!」

 標的をミリアに変えたテリオンが、雄叫びを上げながら4本の腕を構えた。
 ──このままだとミリアが殺される。
 反射的に魔法を使って脚力を増強し、ミリアに向かって飛び──テリオンの横を通り抜けた。
 聡太でも制御できない、予想外のスピード──何とかすれ違う時にミリアの手を握り、まるで光線のように真っ直ぐ飛び去る。
 直後、ミリアの立っていた所をテリオンの攻撃が襲い──もう少し遅ければ、ミリアが死体となっていた事だろう。

「キェェェ──……」
「めっちゃ離れたな……つーか、『剛力』ってここまでスピード出るのか……」

 ミリアを地面に降ろし──ふと気づいた。
 さっきまで魔法が使えなかったのに、何故『剛力』が使えた?
 ミリアもだ。あの蒼い龍はミリアの仕業だろう。だとすれば、何故魔法が使えた?
 しかも、魔法を解除した覚えはないのに、『剛力』の効果が消えている。魔法が無効化されている証拠だ。

「……どういう事だ……?」
「た、助かりました。ありがとうございます」
「おい。さっきの蒼い龍はお前の仕業か?」
「あ、そうです。でも……やっぱり無効化されてしまいましたけど……」
「なんで使えたんだ?」
「え? ……あ」

 今さら気づいたのか、自分の手を見つめて呆然とするミリア。
 そして……何かを思い出したのか、はっと目を見開いた。

「そういえば……前にも、テリオン相手に魔法が使えた事があったんです」
「……どういう状況だった?」
「私がテリオンと戦っている時、時間稼ぎばかりしている私に飽きたのか、テリオンが『森精族エルフ』の里に行こうとしたんです。何とかして止めないと、って無我夢中で魔法を使って……その時に1回だけ使えまし──」
「──ッッッ!!!」

 ミリアの声を掻き消し、テリオンの雄叫びが森中に響く。
 だが、聡太は冷静に。あくまで冷静に分析を続ける。
 そして──1つの可能性に辿り着いた。

「……その時、テリオンはどこを向いていた?」
「向き……ですか? 『森精族エルフの里』の方を向いてましたよ」
「そういう事じゃなくて……お前に対して、どこを向いていた?」
「え、えっと……私に背を向けていましたけど……」

 ミリアの言葉を聞き──聡太の体に、雷が落ちたかのような衝撃が走った。
 ──そうか。そういう事か。
 バラバラの欠片が1つとなり、テリオンの力のカラクリを紐解いた。
 『十二魔獣』の《平等を夢見る魔獣テリオン》。コイツの力のカラクリは──

「テリオンの視界内に入った者は魔法が使えなくなる……視界内の魔法は無効化される……!」

 最初の『蒼熱線』が無効化されたのは、テリオンの視界内に『蒼熱線』が入ったから。
 先ほどミリアが魔法を使えたのは、テリオンが聡太の方を向いていたから。
 ミリアの蒼龍が消えたのは、テリオンの視界内にあの蒼い龍が入ったから。
 聡太が『剛力』を使えたのは、テリオンが聡太に背を向けてミリアを見ていたから。
 そして、聡太の『剛力』の効果が消えたのは……聡太がミリアの手を握る際、テリオンの視界に入ってしまったから。

「そういう事か……!」
「え、どういう事ですか? テリオンの力の謎が解けたんですか?」
「多分だがな……アイツの視界に入らなければ、魔法が使えるはずだ」
「視界…………ですか?」
「ああ……二手に分かれるぞ。俺はテリオンの正面、お前はテリオンの背後だ」
「……はい!」

 迫るテリオンの気配に目を向け──聡太が刀を構えた。

「──『剛力』ッ!」

 腰を落とし、足に力を入れ──聡太の体が、弾丸のような勢いで放たれた。
 テリオンの視界に入った瞬間、聡太の体から力がフッと抜ける──が、すでに勢いに乗っている体には関係がない。

「おらァッ!」
「キッッッ──?!」

 尋常ならざるスピードでテリオンに突っ込み──すれ違う瞬間に、テリオンの脇腹を斬り裂いた。
 木を足場にして勢いを殺し、がら空きの背中に追撃を狙って飛び掛かり──

「カァァァ──ッッッ!!!」

 バッとテリオンが振り返り、聡太に拳撃を放つ。
 咄嗟に身を捻って攻撃を避け、刀を振るうが──簡単に避けられ、腹部に重い衝撃。
 衝撃で『憤怒のお面』が顔から外れ──『桜花』を手放してしまった。

「『蒼龍の咆哮ブレス・オブ・ドラゴニア』っ!」

 吹き飛ぶ聡太に追い討ちを入れんと、テリオンが足に力を込め──背後に出現した膨大な熱に、その幾何学的な瞳を背後に向けた。
 その瞬間──やはり、蒼龍が消えた。

「くっ……!」
「キェェェ──ッッッ!!!」

 標的をミリアに変えたのか、テリオンが四本の腕を構えて咆哮を上げた。
 一瞬ミリアの顔が強張こわばらせ──キッと、表情を引き締める。
 ──大丈夫、大丈夫。
 今までずっと、一人でテリオンの相手をしてきたんだから。彼が戻ってくるまでコイツから時間を稼ぐなんて、いつも通りやれば簡単だ。

「彼なら、きっと大丈夫……!」

 地面に落ちている『桜花』を拾い、ミリアはその切っ先をテリオンに向けた。

────────────────────

「げふっ、ごふッ……!」

 地面に大の字で寝転がった状態で、聡太は青空を見上げていた。
 別に、空が見たいわけではない。
 ただ──激痛で体が動かないのだ。

「骨は……大丈夫っ、そうだな……! けど……内臓が、ヤベェ……!」

 ……うまく息ができない……肺が酸素を取り込まない……
 これが……『十二魔獣』……はっ……化物、すぎんだろ……

「…………クッソが……!」

 起き上がろうと力を入れるが……全く体が言う事を聞かない。
 ここで死ぬのか──そう思った聡太の脳裏に、いつかの光景が浮かんだ。
 ──暗い暗い迷宮の中。黒い狼に襲われた時、どうやってあの窮地を乗り切った?
 あの時、俺は──

「………………俺、は……」

 ──怒っていた。
 そうだ。俺は怒っていた。今も怒っている。理不尽なこの世界に。狂った異世界人共に──!

「俺は……! 俺は──!」

 ──ドグンッ! ドグンッ! ドグンッ!
 過去の出来事を思い出し、聡太の心に怒りの炎が燃え上がった。
 あの『十二魔獣』に攻撃されたのは、誰のせいだ?
 ──この世界のせいだ。
 理不尽に死にそうになったのは、誰のせいだ?!
 ──この世界のせいだッ。
 今、痛くて辛くて苦しくて死にそうなのは、誰のせいだッ?!
 全部──この世界のせいだッ!

「──ァ、アあッ、ああアあァあああアァあああアあああァアあああああああッッッ!!!」

 聡太の背中の赤い紋様が、昼間であるのに強く輝き出した。
 ドグンッドグンッと脈打つ度に、聡太の全身に赤黒い血管のような模様が刻まれていく。
 ──聡太の瞳は黒色ではなく、血のような赤色に染まっていた。

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