ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

Coffee Break : 王族

 レティが息を吹き返し、皆がホッと息をついたその日の夜、俺は1人城の屋上でノースプリエンの港を眺めていた。
 港にはまだ後処理に追われた夢想と雪狐の兵達がせわしなく働いているのか、松明の灯りが彼方此方へと揺らめいて動いているのが城からも見えていた。


(兄上…)


 松明の灯りをぼんやりと眺めながら、最後に見た兄王の姿を思い出し、思わず目を伏せる。
 決して仲のいい兄弟ではなかったが失ったものは大きいと改めて感じていた。
 慕っていたかと言われれば難しいが、嫌っていたかと言われてもそんな事は無かった。
 かと言って腹違いの弟が憎いかと言われればお門違いだと言わざるを得ない。


 結局自分は最後まで傍観者でしかなかったのだ。
 兄を止めることも、弟を止めることも出来なかった、ただの弱い男でしかない。
 誰かを責める資格も無ければどちらかの為に泣く事すら許されないのだと全てが終わった後でようやく気がついた。


「俺は一体何のために生き残る事に執着していたんだろうな…」


 権力抗争に巻き込まれずにただ普通に生きて行きたいと願った。
 その結果がコレだ。この国は確かに変わるだろう。だが、余りにも多くの犠牲を払ったし、危うく他国の姫君を失う所だったのだ。
 夢は夢で、叶える為にはフィオのように自分から動くしか無かったというのに。
 結局生き残っても後悔だけが残ってしまった。


「兄上」


 城壁に項垂れていれば、背後から疲れた様子のフィオが声をかけてきた。
「どうした?今日はもう休んだんじゃなかったのか?」
 俺が問えば、フィオは何も言わずに隣へ立ち、酒の入った水筒を俺に渡してきた。
「少し付き合って下さい」
 そう言ってフィオは酒を煽った。
 しばらく無言で付き合えば、港を眺めながらポツリとフィオが口を開いた。


「兄上は何か別の道があったと思いますか?」
 じっと港を見つめながら目尻を染めて漠然とそう問いかけてきた。


「…解らん。俺はそもそも考えて選択する事すら放棄していた。お前や兄上に全てを押し付けた卑怯者だ。何かを言う資格すら無いだろう……」
「………恨んでないんですか?」
「何を恨めと?確かにお前は俺達とは腹違いだが、兄弟であることには変わりない。他人のように考えたことなどありはしないぞ。…兄上はどうだったか判らんが………結局、俺達は何ひとつ腹を割って話し合えなかった。ただそれだけの事だろ」


 そう、ただそれだけの事だ。だからこそ後悔しか残らないのだ。
 あの時ああ言っていればだの、自ら動いていればだの、もう何もかもしょうがない事だ。


「すまないな…俺は逃げる事で3人が争わずに済むと何処かで思っていたのかもしれない。結局放棄しただけだったというのに…」
「兄上…」
 渡された水筒から酒をやや乱暴に口の中へ流し込む。
 火の様な熱さが喉を通り抜け、くらりと脳天まで熱が駆け上って行った。
 焼き付くような酔いが全身を巡り、フッと持て余した熱を口から吐き出した。


「俺はお前にウイニーヘ連れて行かれて自分が求めていたものがお前と同じものだったのだと気がついた。…だが、気がついた時には全てが遅かったし、もっと早い段階で気が付いていたとしても兄上を説得出来る自信など無かっただろう。結果はどうあれ、お前のやった事はこの国には必要な事だったのだと俺は思う。正しいか正しくないかなど誰にもわからんだろうし、王族という立場を抜きにして家族として考えた時にもお前を恨むなど出来るわけがないだろう…」


 例え残忍な行為であったとしても…弟は弟なのだ。
 歳も近く、兄上よりも過ごす時間は長かった。母上が何と言おうと兄上に対する想いと何ら変わらずにずっと兄弟であったのだ。


 何か口を開こうとしたフィオを見て、俺は先に口を開いた。
「謝ろうなんて考えるなよ?俺もお前も同罪だ。弟にやらせてしまった分俺の方がタチが悪いくらいだからな…」
「………王族で無かったら、僕達は普通の兄弟になれたのでしょうか」
「どうだろうな……母上は自尊心が高い人だったしこんな風には話すことはなかったかもな」
「…そうですね」


 水筒が空になるまで2人で飲み続けた。
 フィオは最後に「ありがとうございます」とだけ言って部屋へ戻ろうと踵を返した。
「フィオ」
 帰りかけていたその足を引き止め、俺は少し酔いが回った状態でフィオに向かって言葉をかけた。


「お前が……いや、皆が本当に望むならこの国の国王になっても良いと今は思う。今まで逃げてきた人間がどのツラ下げてとも思わないでもないが、それが兄上やレティ…ウイニー、この国の民への贖罪になるのなら甘んじて受け入れよう。俺の手で何処までこの国を変えることができるかまではわからんがな」


 俺が頬を少し緩めれば、暗がりと酔いが回った頭で判断しにくかったが、フィオが驚いたような顔をしたように見えた。
 フィオは暫くして、無邪気に慕ってくれていた幼い頃の様な笑顔を見せて俺に言った。


「兄上なら僕より良い国王になると思います。贖罪というのであれば微力ながら僕もお手伝い致します。少なからず兄上の背後を守ることぐらいは出来る筈ですから」
「それは頼もしいな」


 俺が返せばフィオは丁寧にお辞儀をしてその場を去って行った。
 フィオの姿が完全にその場から見えなくなった後、また1人で港の松明の火が揺らめくのを明け方までジッと眺めていた。

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