ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

復讐と真実 5

 被った毒の量は対した量ではなかったし、口の中に直接入った訳では無かった為、頭痛と吐き気はあるもののそれ以外の症状は特に見られなかった。
 それでも身体が思うように動かないのはあの毒が精製された原液だったからだ。恐らくは魔法薬の類なのだろう。匂いに意識を奪う微量の魔法文字が浮かんでいたのを見た気がする。


 男達は私を荷馬車に寝かせると、上から大きなわらで編んだシートを被せその脇に座り込んだ。
 グッタリと横たわる私の横で、御者台に座った男と荷馬車に座った男達が酒を煽りながら変わらず下卑た笑いを周囲に轟かせていた。


「うるさい…」
 と、横になったまま呟く。
 むせ返るような酒の匂いと馬車の揺れ。そして目を瞑ればあの時見た子供の倒れこむ姿が瞼の裏に鮮明に過る。
 罪もない小さな子供に手をかけておいてどうしてこの人達は平気で笑っていられるの?
 そこまでして私に一体なんの価値があるというの?


 リンドブル伯爵…!2年前、セグの半獣族虐待の件で伯父様から爵位を剥奪された元リンドブル伯領領主。


 私の所為で全てを失ったって言ってた。
 伯父様をセグに連れて行ったのは私だから伯爵はそう言ったの?
 全て私への復讐の為に…町に毒を撒いた?


 わからない。だったらピンポイントで私を狙えばいい。
 何故町の人を襲ったの?何故私はここに居るの?
 何処に向かっているの…


 疑問を何一つ解決出来ないまま、馬車はひたすら走り続ける。
 数日が過ぎても追っ手が来ることはなく、やがて何処からか潮の匂いが漂ってきた。微かに波の音が聞こえて来る。


(海?)


 その音と並走するように馬車は進んで行く。
 やがて何処かに辿り着くと、私に被さっていた藁を男達がどけ、丁寧に抱きかかえて大きな建物の中へ入って行った。


 灰色の石造りの丈夫な要塞といった印象を受ける。
 要塞の門をくぐる前に私は1人の男に無理やり何かを飲ませられる。
「吐き出そうとするなよ?解毒薬はそれしかないんだ」
 言われるままに私が薬を飲むと、男は私をその場に立たせて門番と何やら話をし開門を促す。


 即効性の薬だったのか、頭の痛みと胸の吐き気や気だるさは徐々に収まって行った。
 背中を押され中へと進むと、要塞の中に多くの兵士と馬が緊張した様子で忙しそうに走り回っていた。
 見慣れない兵士の格好に馬の装飾、それに建物の建築的特徴はウイニーのそれとはまるで違うように思えた。


(まさか、ここは…)


 思い至った推理に思わず足を止めていると、後ろから乱暴に背中を押される。
「止まるんじゃねえ!さっさと進みやがれ。依頼主がお待ちなんだよ!」
 苛立たしげに男が言うと、城の奥から1人の騎士がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
 その騎士の姿に気がつくと、後ろに居た男達は慌てて背筋を伸ばして騎士にひれ伏す。
 唖然としたまま私は騎士を見つめていると、騎士は丁寧に私に跪いて騎士の挨拶をしてきた。


『ようこそウイニーの姫君。お待ちしておりました。私はこの要塞の管理を任されているヘレゼン・べ・レ・アーレントと申します。長旅でお疲れでしょう。まずは客室へご案内致します』


 膝を折ったヘレゼンに続くように走り回っていた兵士達も合わせるように私に向かって跪いた。
 その光景に、何より彼が話した言語に私は愕然とする。


『ここは…リン・プ・リエン……なのですか?』
 青ざめる私を心配そうにヘレゼンは見上げると、優しげな微笑を浮かべて彼はゾクリとする様な言葉を発した。
『何も心配は要りませんよ。貴女に危害を加えるつもりはありません。貴女は我々の唯一の救い。頼みの綱なのですから』


 そう言った彼の目は全く笑っていない。
 周りの兵もそれは同じで、私を見るその目にはギラギラとした殺気が篭っている様だった。


『貴方達は誰なの?何の目的でこんな事…罪の無い人達まで巻き込んで!私に何をさせたいの?!』
 ウイニーでは決して向けられることのない視線に恐ろしさを感じ身を竦ませる。
 腕を抱えて後ろに後ずさると、ドンと私の後ろに立っていた男達とぶつかった。


『急なことで驚かれるのも無理はありません。ですが決して貴女様を悪いようには致しませんから。レティアーナ様にはただそこに居てもらえるだけで良いのです』
 ヘレゼンは怯える私を宥めるような優しい声音で手を差し伸べてくる。
 それでも内側から放たれる彼の感情が冷たく恐ろしい。言葉にまるで暖かみを感じない。


『いやっ触らないで!!』
 パシリと彼の手を跳ね除けると「紅蓮の…」と呪文を口にしかける。
 すると脳裏にあの子供の姿がよぎりガタガタと大きく身体が震えだした。


(私が抵抗すればまた誰かが傷つく…?)


 真っ青になって膝から崩れ落ちると、慌ててヘレゼンが私を抱え込んだ。
『姫、落ち着いて下さい。何も恐ろしい事はありませんから。…お前達、レティアーナ様に何をした!丁重にもてなすように言ったはずだぞ!』
『お、俺たちは別に何もしてねぇですよ。抵抗されたんでその辺のガキを脅しには使いましたが…』


 ヘレゼンは私の顎を持ち上げ頬にある小さな傷を確認すると、近くにいた兵士に目配せをして私を横抱きにした。


『兵士が不足しているとはいえならず者に姫を任せるべきではありませんでしたね。申し訳御座いません。部屋までお連れ致します』


 ヘレゼンは丁寧に、しかしとても冷めた瞳で私にそう言うとカツンカツンとブーツを鳴らし城の中へと入っていく。
 後ろからは兵士に拘束された男達が真っ青な顔でこちらに向かって大きな叫び声を上げていた。
 ヘレゼンの肩越しから拘束した兵士とは別にスラリと長い剣を手にした兵士が何人か男達に近寄って行くのが見えた。


『やめろ!やめてくれ!俺たちは言われた通りに連れてきただけだ!ちょっと脅しはしたが言われた通りに無事に連れて来ただろう!?』


 怯える男達に向けて兵士が剣を振り上げるのが見えた。
『やめて!お願い止めさせて!!彼らは私を連れて来ただけだわ!この傷は私が不注意で受けた傷よ!彼らは悪くない!!』
 私の所為で誰かが死ぬところなんてこれ以上見たくない!!


 必死にヘレゼンの胸元に掴みかかり、私は彼に訴えた。
 しかし、ヘレゼンは何も聞こえないかのように目を伏せて奥へ奥へと進んで行く。


『何も気になさる必要は御座いませんよ。不要品を片付けるだけですから。始めから使い捨ての駒に過ぎません。ですから姫が心を患われる事は無いのです』
 ニコリと微笑み子供を諭すかのようにヘレゼンは私に言い聞かせる。


 見えなくなった玄関先の奥から悲痛な男の悲鳴が聞こえガタガタと身体が震え上がる。
 ギュッと目を瞑って蹲ると、ヘレゼンが「しぃー」っと歯の隙間から息を漏らし私の肩を優しく撫でてきた。
 もう大丈夫ですよ。と慰める彼の言葉も彼の取る行動も不快感しか感じない。


(ここの人達にとっては利用価値が有るか無いかなんだわ…)


 そこには相手に対する思いやりも気遣いも何もない。
 言葉と態度だけが虚しく身体の中を通り過ぎて行くようだった。


 寒い…


 ぶるりと身体が大きく震える。
 これがリン・プ・リエンという国なの?
 リオとテディが育ったのはこんなにも寂しい国なの?


 案内された部屋のベッドにヘレゼンはゆっくりと私を下ろす。
『念の為に医師を呼びましょう、後でお食事もこちらにお運び致します。今日はどうか何も考えずにお休み下さい』
 では。と言って彼は部屋から出て行った。


 1人残された私は膝に顔を埋めて、ただひたすら震えるばかりだった。

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