ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

マーガレットに秘めた想い 3

 会場までの道のりは然程遠くは無かったけれど、それでもずっと無言が続くのは些か落ち着かない気持ちになった。
 よく考えてみれば舞踏会はデビュタントの後数える程しか出ていないし、ましてやレイやお兄様、お父様以外の方にエスコートされるのは初めてのことだった。


 レイの事だから素性がわからない人にエスコートを任せる何て事はないとは思うけれど…
 チラリと彼を見上げると、気遣わしげにこちらを見ながら歩みを進めている。
 大きな仮面を付けているからその表情は判らないのだけど、ジッと見られているのは確かだ。


「あの、そんなに見られると落ち着かないのですが…?」
 私がおずおずと声を掛けると、彼はビックリしたように体を大げさに仰け反らせ、首をブンブンと大きく振って見せると慌てて前を向いて会場に入っていった。


 もしかして何処かおかしい所があったのかしら?
 首を傾げて近くにあった窓を覗き込んで、窓に映る自分の姿を確認する。


 仮面…が歪んでる訳でも無いし、髪も崩れてないわよね?
 もしかしてお化粧が似合っていないとか?


 腕を組んで何処がおかしいのか頭を悩ませていると、先に行ったはずの彼が慌てて戻ってくるのが窓に映った。
 どうかしたのかしら?と後ろを振り返ると、少々乱暴に私の手を掴んで、グイグイと会場の中に入って行く。
 会場の隅まで私を誘導すると、今度は私に向かってペコペコと頭を下げてきた。
 もしかして緊張してたのかしら?


「貴方、もしかしてこういう所は初めてなのかしら?」
 私が問うと、躊躇いがちに彼はコクリと頷いた。


 ああ、だからか。と私は納得する。
 ずっと不安で私に助けを求める為にじっと見ていたのね。
 挙動不審なのもきっと不安だからだわ。
 そもそも踊れないのだからすぐに初めてだって気が付くべきだったわ。


 私はにっこり彼に微笑んで「大丈夫よ」とギュッと手を挟むようにして握ってあげる。
「私もこういう仮装した舞踏会は初めてなの。人がいっぱいいるけど皆見てるわけでは……」
 と、周りを見渡してみると、明らかにチラチラと見られているのは明白だった。
 仮面をしてても流石に私はバレバレのようね…


「ええと…だ、大丈夫よ!皆が見てるのは私だろうし…あ、そうそう!こういう時はね、周りをヴェットとかカボチャだとか思えばいいってお兄様がよく仰ってたわ」
 誤魔化しながら微笑みかけると彼も少しは落ち着いたのか、またコクリと頷いて今度は会場の奥を指差した。
 指の先では侍従が客人に飲み物を配って回っていた。


「喉が渇いているの?いいわ。私とってきて上げる」
 私が侍従の所へ行こうとすると、彼は私を制止してその場で待つようにとグイグイと壁の方へ私を押し付けた。
 どうやら取ってくると言いたいようだ。
「わ、判ったから。私はここで待ってるから。その、あまり乱暴にしないでくれると有難いんだけど…」
 彼はまた慌ててペコペコと頭を下げて慌てて会場の奥へと消えて行った。


 うーん。言葉は通じてるみたいだけど、話が出来ないのは不便ね。
 レイとは普通に話してたみたいなのに、もしかして女性が苦手とかなのかしら?


「お嬢さん、お1人ですか?宜しければ一曲お相手願えないでしょうか?」
 私が考えあぐねていると、不意に目の前から声がかかる。


 パッと見上げると中年の男性がニコリと微笑んで私に声をかけてきていた。
 断るのも失礼だし…少しくらいなら大丈夫よね?と、私はニッコリ微笑んで、
「では、連れが戻るまでお相手願えますかしら?」
 と、男性に答えた。


 男性に手を引かれ、ダンスホールに進み出る。
 流石年の功とでも言うのか、慣れたステップでスイスイと流れるようにホールの中を舞い踊る。
 ほう…と感心して溜息を付くと、男性が唐突に耳元で囁いた。


『何故、お名乗りになられないのですか?』
「えっ?」


 私は驚いて男性を見上げる。
 男性は私をじっと見つめると、仮面の下からチラリと視線を動かした。
 そちらの方向を見れば、ドリンクを持って呆然とこちらを見る黒い仮面の彼の姿が目に入った。


『この期を逃せばチャンスはもうありませんよ』
 と、男性は言う。
「あの、なんの事を…」
 男性に向き直ると、そこには今まで誰も居なかったかの様に男性は目の前から消えていた。
 私はパチパチと目をしばたたかせて周りを見渡したけどやはり男性の姿はなく、人も多く皆ダンスに夢中で流れに逆らうわけにも行かず、ぶつかりそうになりながらも何とか人の流れから抜け出した。


(今のイスクリス語よね…?)


 首を傾げながらグラスを持った黒い仮面の彼の所に戻ると、彼はスッとグラスを差し出してきた。
「あ…ありがとう。ごめんなさい、一曲お誘いを受けてしまって」
 私が謝罪すると、彼はカチンとグラスを鳴らして乾杯をして見せた。


 特に気を悪くした様子も見られなかったので、私はホッと息をついた。
 グラスの発泡酒を一口口にして、そういえばこの大きな仮面でどうやって飲食を口にするのかしら?と、ふと彼を見上げる。


 すると彼は少し仮面を上にずらして器用に発泡酒を飲み始める。
 仮面の顎のあたりは布で覆われているのでやはり顔は見えなかったけど、グラスの中身は吸い込まれるように彼の口に運ばれて行った。


 飲み終わったグラスをテーブルに置くと、彼は私の視線に気がついて慌てて仮面を被り直す。
「帽子が…」
 曲がってしまった帽子を直してあげようと手を伸ばすと、これまた慌てて彼は帽子を抑えて仰け反ってしまった。


 うーん…恥ずかしがり屋なのかしら?
 それとも顔を見られるのが困る、とか?
 首を捻って彼を見上げていると、後ろからまたも「お嬢さん」と、声をかけられた。
 振り返った先にいたのはお兄様とお姉様だった。

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