ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

マーガレットに秘めた想い 1

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 その日の夕飯はいつもと違って何故だかレイが迎えに来た。
「お前たまにはこっちで食え」
 と、部屋に入ってきて開口一番私に言った。


「でも、リオが1人になってしまうわ。いつも一緒に食べていたのに急にそんな事したらリオだってきっとビックリするわ」
 前もって言ってくれれば良かったのに…と私はレイに抗議する。
 するとレイは溜息交じりに私に言った。


「お前…俺と噂になるのは嫌な癖にリオネス殿と噂になるのはいいのか?箝口令かんこうれいを敷いているとはいえ毎日飯を2人っきりで食ってたら噂になるとは思わないのか」


 箝口令が敷かれていると言っても兵士や侍女の口はそれほど硬くないのは知っている。
 流石にリオの正体が外に漏れるような事はしていないみたいだけど、ゴシップ記事にある貴族と書かれる程度には漏れている。
 テディの話をした時も漏れてしまって噂になっていたし、リオと私がって事になると、流石に彼の立場上不味い事は私でもわかる。


「そうね、1人じゃ寂しいだろうけど…正体がばれちゃうのは不味いのよね。はぁ〜、どうしてこう私って目立つのかしら」
 私が肩を落とすと、レイは更に眉間にシワを寄せて私に言う。


「目立つのはお前の日頃の行いの所為だろうが。しかしお前、俺はてっきりフィオが好きなのかと思っていたがリオネス殿が好きなのか?」
「はぁ!?何でそうなるのよ!!レイだって1人の食事がどれだけ寂しいものか知ってるでしょう?!」
 心外だわ!とばかりにレイを睨みつける。


「お前なぁ、リオネス殿が幾つだと思ってるんだ。両親を恋しがるガキじゃ無いんだぞ?」
「寂しいと思う気持ちに子供も大人も関係ないわ。…私せめて事情を説明してくる」
 部屋を出て行こうとする私をレイは慌てたように「まてまて!」と制止した。


「こっちから事情は説明してある。それに今リオネス殿に来客中でな。あちらの国の事情に首を突っ込むのはマズイだろ」
「来客?」
 って事はリン・プ・リエンから使者が来てるって事よね。それならそうと先に言えばいいのに。
 でも…


「リオに来客って、テディに何かあったの?ここの所新聞でもあまりいい記事は目にしないわ。それに…」
 ここ数日テディから手紙が来ていない事が気になっていた。
 ひと月近く毎日届いていたのにそれがピタリと止まってしまったのだ。


 何かあったのかも…とギュッと胸を押さえる。
 するとレイがぽんぽんと私の頭を軽く叩いて「心配ない」と苦笑しながら言った。
「あいつからは俺にも手紙が来てるし、使者が今日来ることも事前に知らされていた。戦況もあいつに有利に進んでるって話だ。忙しいだけだろ」
「そう、かしら…?」


 そういう日もあるのかもしれない。と、不安に思いつつも何とか納得する。
 テディは強いもの。そう簡単に死んだりはしないわ。
 分かってはいるんだけど…


 戦争の話を耳にする度、あの時の夢を思い出してしまう。
 最近では見ることはないあの夢。ライリ女王に助けてもらったというのに。


「そうそうフィオは俺より強いからな。何度首を取られたことか。ほら、俺は腹減ったぞ」
 そう言ってレイは少々乱暴に私の手を引いて歩き出す。
 今日はアベルも一緒だ。とレイは歩きながら私に言った。


 私は消し去れない不安を抑え込むように、そっと懐中時計の入ったポケットに触れ食堂へ向かった。


 食堂に入り席に着くと、伯母さまと伯父様、そしてお兄様が席についていた。
 こうして揃って食事をするのは随分久しぶりな気がする。
 お父様も居れば良かったのに…と思って私は小さく首を振る。


 この2年で家族の形はだいぶ変わってしまった。
 家を離れたのは私だし、いつまでもこのままでいて良い訳もない。
 お姉様が嫌いな訳では無いし、シャルロットが嫌いな訳でも勿論ない。
 それでもなんとなく、自分の居場所が無い様な…そんな気がしてしまうのだ。


 そんな私の気持ちを見透かしたのか、お兄様がふと、私に声を掛けて来た。
「レティ、そろそろ家に帰って来ないか?父上もマリーも寂しそうにしてる。シャルロットも自分の所為ではないかとかなり気にしていたぞ?」
「ごめんなさいお兄様。伯父様達にもご迷惑なのは分かっているのだけど…」
 もう少しだけ…と、私は言葉を濁して俯く。


 すると隣からカチャリとナイフとフォークが皿の上に置かれる音が聞こえてきた。そちらを向けば苛立たしげにレイがジロリとお兄様と私を睨み付けてきた。
「おい、飯が不味くなる。辛気臭い話すんな」
「すまない。今まで話す機会がなかったからつい」


 申し訳なく思いお兄様と2人で身を縮こませて居ると、フォローするかのように伯母さまと伯父様が話し掛けてきた。
「私達は別に迷惑だなんて思っていないわ。レティ、好きなだけ居てくれていいのよ?私もお茶の時間が楽しみですし。ねぇあなた?」
「そうだともそうだとも。可愛くない息子より可愛い姪を愛でている方が日々の疲れも癒されるというものだ」
「悪かったな可愛くない息子で」


 むすっとした顔でレイが言うと、伯父様も伯母さまもヒョイっと肩を竦めて見せた。
 普段あまり顔を見合わせる事がないってレイは言うけど、食事が一緒に取れる時は必ず揃って食事してるし、なんだかんだで仲がいい家族よね。


 レイは伯父様達に構わず淡々と食事を続けていたけど、不意にお兄様と私に話し掛けてきた。
「アベル、レティ。お前ら明日の舞踏会参加しろ」
「明日の舞踏会?招待状は頂いてないけど…明日舞踏会があるの?」
「国王主催じゃないからな。明日のはジゼルダ公主催だ」


 王城で開かれる舞踏会は必ずしも王族が主催するものとは限らない。
 事前に申請すれば一般市民でも舞踏会を開くことが出来るのだ。
 無論費用は掛かるけど、過去には城下の人間がお金を出し合って町長の娘さんの結婚祝いにと舞踏会が開かれた事もあった。


「ああ、確か45年目の結婚記念だと隊長から招待状を頂いていたな。しかし、明日の舞踏会は…」
 と、お兄様はチラリと不安そうな目で私を見てきた。
 レイはそのお兄様を見て呆れたように肩を落とす。
「お前もいい加減妹離れしろ!しょうがない兄妹だな。いいか?これは命令だからな。2人とも参加だ。なんなら嫁も連れて来ていい」
 いつも以上に横暴なレイに私は思わず眉を顰める。


「命令って、私貴方の部下じゃ無いんだけど?それに私は招待状を貰ってないって…」
「いらんいらん。明日の舞踏会は招待状無しでも入れるからな。衣装もこっちで用意してやる」
 と言ってレイはニヤリと口角を上げて私を見下ろすと、「ごちそうさま」と言ってさっさと部屋から出て行ってしまった。


 出るなんて一言も言ってないのに。と、私が憮然としていると、何故か伯父様とお兄様が私を見てそれはそれは大きな嘆息を吐き出したのだった。

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