ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

Coffee Break : 厨房

 ウイニー城の西門に近い場所に使用人や賓客用の食事を提供する厨房がある。
 食材は一度ここに集められ、兵士用の厨房、王族用の厨房へと運ばれて行く。
 城の中で最も忙しい場所と言っても過言ではない。


 朝、鳥も鳴かない日が昇らない内からまずは朝食の準備が始まり、続いて後片付け、午後の茶菓子の準備に昼食の準備。
 昼食が終われば町から肉屋や魚屋といった食材屋が次々と訪れ、晩餐用の食材と翌日の朝食用の食材が運ばれてくる。
 突然の来賓や夜食を頼まれることもあるので常に多めの食材が運ばれてくるのだ。
 そのため晩餐会や舞踏会が行われる夏の社交シーズンは毎日が戦場と化してしまう。


「もうやだぁ〜。ただでさえ暑いのに毎日毎日!いいわよねお貴族様は。出されたもの食べてればいいんだから」
 荷馬車から炎天下の中、食材を下ろしながら1人の侍女がボヤき始める。
「あんたも毎日毎日飽きもせずよく同じ文句が言えるわねぇ。給料分は働きなさいよ。あんたの言うお貴族様は命懸けで私達のご飯食べてんだから」
「はいはい」と、先輩の侍女に叱られながら彼女は厨房へと入っていく。


「おーい、この魚兵舎持ってっていいのか〜?」
「ああ、あんたらのはその隣の箱だよ!そっちは王宮用。ついでに持ってっとくれ!」


 厨房内では厨房長と城の兵士が食材の受け渡しでてんてこ舞いだ。
 入れ替わり立ち替わりで侍女長やら兵士やらが自分達の厨房へと食材を運んで行く。
 食材は既に廊下にまで山積みになっていた。


「へーい。あ、そう言えばよぉ、今日来客が1人増えたみたいだな。さっき見かけて門番やってた奴にも確認とった」
 台車に塩漬けの魚を積み込みながら兵士は厨房の方へと話し掛ける。


 この時期の魚は腐りやすいので、滅多に生の物は城に運ばれて来ることはないのだ。
 兵士や侍女の中には生のものが食べたいからと、わざわざ城下の港にある食堂まで足を運ぶ者もこの時期には多く居る為、魚の量は普段より少ないくらいだ。


「1人じゃなくて2人だよ。御付きが居るらしいからね。今日は晩餐会も舞踏会も無いから楽できると思ったんだけどなぁどうもお忍びの要人らしいし、何を作るか困ったもんだ」
「あ、じゃあ私が好きな物とかリオ様に聞いてくるわ!」
 先程厨房に食材を運んでいた侍女が喜々として名乗りを上げる。
 先輩侍女は呆れた顔で彼女の額をぺしりと叩いた。


「なーにがリオ様よ!サボりたいだけでしょ?大体あんた何時あの方に話し掛けるほど親しくなったって言うのよ。そもそも今回の客人はかの御仁に縁のある方とは限らないでしょうが!」
 額を抑えながら彼女は先輩侍女に向かって「ちっちっち」と指を振って見せる。


「関係あるんですよこれが!リオ様のお食事は明日の朝までと先程伺いましたし、以前リオ様のお供で外に行った事のある兵士がそこでリオ様の弟君と密会したって言ってたんですから!十中八九その方ですよ!」
 アホらしい…と先輩侍女が首を振ると、黙って聞いていた兵士が「あーそうかもな」と彼女に同意した。


「確かにあの容姿、弟君と言われれば納得だわ。それによぉ、門番から聞いた話だと出迎えに来たのはアベル様だし、なんでもレティアーナ様の本命だって聞いたぞ?」
 くつくつと笑いながら兵士が言うと、
「えーーー!!何それ!!そんな話私の情報には無いわよ!!」
 と侍女が声を上げた。


「なんだお前、密会の話を知っててその話知らないのかよ。随分レティアーナ様と親しげに話してたと兵士の間で噂になったってのに。少し前にも新聞記事になってただろうが。十中八九その弟君(仮)の話だろアレ」
「私、ゴシップ記事信じないのよねぇ〜。ほら、散々レティアーナ様噂になったっていうのに何一つ当たってなかったじゃない?だからもう読まなくなっちゃった」
ゴシップ記事信じない癖に城の噂は信じるのかよ。と兵士は侍女に向かって苦笑する。


「レティアーナ様は滅多に人嫌いなさらないでしょうよ。良くも悪くも社交的な方だわ」
 と、呆れた顔で手を止めることなく先輩侍女は彼に言う。
「まぁ、今までの噂からすればそれで片付くかもしれないけどさぁ〜。門番の話ではその弟君(仮)がアベル様に真っ赤な顔でレティアーナ様にと花束を渡したらしいぜ?」


「きゃー!やだっ!なにそれっ!私も見たかった!!はぁ〜とうとうレティアーナ様にもお相手が…いいわねぇ」
 はしゃぐ侍女は思わず先輩侍女に飛びついて先輩侍女は迷惑そうに彼女をグイッと引き剥がして言った。
「花束渡したくらいで何を騒いでるんだか。いいからあんた達手を動かしなさいよ。忙しいんだから」


 淡白に言う先輩侍女に兵士と侍女は呆れながらに先輩侍女に向かって、
「まったくやだねぇ夢の無い女は」
「花束渡したくらいでって先輩…」
「「そんなんだから結婚出来ないんですよ」」
 と、2人は声を合わせて言い放った。


「あんた達…そんっっなに暇してるなら私の分の仕事も分けて差し上げましょうか?」
 ドスッと包丁…ではなく在庫整理で記入に使っていた羽ペンを何故か器用にまな板に刺し、先輩侍女は鬼の形相で彼らを睨みつける。


「「結構です」」
 と2人が怯える中、厨房の奥では厨房長が、
「おーい、このレシピ誰が持ってきたんだ?食前酒に蜂蜜酒、蜂蜜ドレッシングのキノコサラダに蜂蜜のヴェットスープ、ベーコンの蜂蜜漬けに蜂蜜パンに蜂蜜のチーズケーキって…誰かのイタズラか?」
 と、レシピの書かれた紙をヒラヒラと振ってみせ、最終的に「まぁいいか」と頷いて本日の晩餐のメニューが決定してしまったのだった。


 ーー誰1人、紙の端に小さく書かれたレシピ考案者〈ライリ〉の名に気付く事もなく。

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