ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

思わぬ誤算 1【フィオ編】

 ウイニーの事件後、僕はその足で直ぐに第5拠点へ向かった。
 レティと半獣族の船に潜入していた際に確認したアスベルグの状況から、早急に対策を練る必要があったからだ。
 幸いにも進軍に気付いたのは戦艦がアスベルグに到着する前であった為、早い段階で海側にユニコーンを送り込めた事がゲイリー達の命を救うことに繋がったと言わざるを得なかった。
 クジラがいなかった事も運が良かったとつくづく思う。


 しかし、戦艦はユニコーンが追い払ったと言っても、依然陸路側の進軍が衰えたわけではなかった。
 あの事件の最中にユニコーンは船へ、アスベルグへ、第5拠点へと文字通り馬車馬の如く連絡役としても実はかなり忙しく働き回っていた。
 アイツが僕に対して態度が悪いのはウマ使いが荒いからという事なのだろう。
 大体にしてきちんと命令に従うことはたいしてないのだが、それでも絶対に外せない仕事はキチンとこなしてくるので、実に食えないウマだと思う。
 そして、蹴られた脇腹は今だズキズキと痛い気がする。


 話が脱線してしまったが、僕が帰る前にユニコーンが伝令としても活躍した結果、第5拠点から増援を送ることもでき、アスベルグは今だ僕の領地で有り続けている。


 レムナフ達が艦隊を連れて帰還したのはアスベルグが鎮静化して2日ほど経った頃だった。
 ゲイリーはレムナフとバシリーにアスベルグを託し、報告のために第5拠点へと出向いていた。
 城の作戦室へ向かうと、雪狐を引き連れたホルガーと共に、かなりやつれたゲイリーの姿がそこにあった。
 ホルガーもゲイリーに負けず劣らず忙しかったはずなのだが、ゲイリーのやつれ具合はホルガーの比では無かった。


「ゲイリー…休んでからでも構いませんよ?」
 と、僕が思わず声を掛ける程だった。
「いえ、今更1日2日休まずとも変わりはしません。お心遣い痛み入ります」
 と、深々とゲイリーは僕に腰を折る。
「うわっ、聞きましたかホルガー。ゲイリーが皮肉も言わず僕に感謝してきましたよ!縁起悪いです。この先僕負け戦なんですかね」
「殿下、流石にゲイリーも疲れているんですよ。せめて槍が降る程度にして置いてあげて下さい」
「お望みとあらば幾らでも言って差し上げますが?お2人ともそんなに私の事が好きだったとは知りませんでしたね」


 ニヤリと青い顔で青筋を立てて言うゲイリーの迫力たるや。
 普段余裕めかしている男の余裕のなさを見るのは中々に背筋が凍るものがある。
 ホルガーはゴクリと青い顔で唾を飲み込んでいたが、僕は「それでこそゲイリーです」と取り敢えずニッコリ微笑んで返しておいた。
 因みにホルガーは皮肉を口にしたわけではなく、彼なりの本気のフォローだったりする。


 ゲイリーはこれ以上何を言うでもなく、アスベルグでの一件について報告を始めた。
「アスベルグへの攻撃は我々が計画したウイニーの作戦を知ったからという訳では無かった様です」
 そう言ってゲイリーは1枚の書状を僕に渡した。
 中を開くと、そこには差出人不明のアスベルグの状況を説明する内容の文面が書かれていた。


「"アスベルグに不穏な動きあり、賊,傭兵,魔術師多数が旧ジールシード別邸宅に潜伏、及びジールシード城を占拠した模様。フィオディール殿下亡き今、領主不在を狙われた模様。即刻これを奪取すべし"って何ですかこれ。僕いつ死んだんですか」
「敵の将と思われる遺体から出て来た書状です。レムナフやバシリーにも確認を取りましたが、おそらくはウズマファスの南、エブグレイ…シュミット伯の嫡男ウィルズ様ではないかとの事です」


 ウズマファスの南シュミット伯領エブグレイ。
 シュミット伯と言えば父王が病床についている状態の時に、エルネストに王位を継がせるべきだとしきりに訴えていた貴族の1人だったな。


 敵もなかなか考えますね…と悔しそうにホルガーが言う。
「鯨波はウズマファスから戦艦で、陸路はシュミット伯領から騎馬でということですか。シュミット伯領は名馬を多く出荷していますし、王族に次ぐ規模の騎士団も所有していますから、協力者にはうってつけと言わざるを得ませんね」




 言われてみれば僕たちは今までエルネストや兄上リオネスの戦力を注視し過ぎていたのかもしれない。無論主だった領地には騎士団が有る事は承知いているが、それらが領地を離れ攻め込んでくる事など想定していなかった。


 地方騎士団が動くには王の許可だけではなく領主、騎士団長、道中経由する他地域の貴族達の許可、更に相応の理由をつけた上で竜の国の聖地に住む神官長に提出しなければならない。
 王族の所有する騎士団と違い、各地方の騎士団は教会管理となる為、リン・プ・リエンでは最終的な許可は神官長が行う事になっている。
 元は王族同士の争いから民を守るために創設された地方騎士団で、リン・プ・リエンの法典にこのように遠回りな許可を踏まえるよう記されているのは王族に対して反旗を掲げさせないためだ。
 本来このような紛争で彼らが動くことはあり得ないし、あってはならない事だった。


 ゲイリーは机上に広げられたリン・プ・リエンの大きな地図のエブグレイの場所に駒を配置すると難しい顔で顎髭を投げながら辛辣に言う。
「エブグレイ騎士団ですか…確かにあの騎士団なら雪狐騎士団を捨てても対抗しうる戦力になるかもしれませんね。そこに他貴族の所有する騎士団も動き出せば少々厄介な事になり兼ねません」
 ゲイリーは更に地図を睨みつけながら隅々まで確認する。


 可能性のある騎士団…それは間違いなく、父王の病床の前で堂々と動き回っていたあの貴族達に関わる騎士団に他ならない。


「エブグレイ、クシュケピオ、アニラス…後はニールオムニス辺りですかね。全てウズマファスやエブグレイよりも東側の地域になりますが…もしかしたらこれと同じような書状が既にばら撒かれている可能性があるかもしれませんね」


 ゲイリーの言葉に「いえ…」と僕は呟いた。
「少なくとも後3地域残っています。今迄は騎士団を所有していなかったかもしれませんが、2年の間に何もせずに黙ってアスベルグの戦力を見逃してきたとは思えません。エルネストが王位に着くために協力していた貴族達を使って一気に攻め込もうとしているのならば…」




 ーー対策を練らなければジールシード領は遅かれ早かれ陥落する。
 僕が口にする事無く皆ひとつの答えに辿り着き、作戦室は緊迫した空気に包まれた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品