ウイニー王国のワガママ姫
気高き花 1【フィオ編】
=====
最初のきっかけはただの嫉妬だった。
あの手の挑発はアイツにとって日常茶飯事だったし、普段なら押し殺す事が出来ていたはずだ。
だが、作戦前に盗人との一悶着の一件もあった所為で僕はそれを無視することが出来ず、少し気晴らしも兼ねて剣をとった。
それが止まらなくなったのはおそらく今まで溜め込んでいた憤りの所為もあるのだろう。
我に還る事が出来たのは、皮肉にも彼女が哀しそうな表情で涙を流している姿が視界を掠めたお陰だった。
気がつけば辺りは血だらけで、目の前の半獣族は酷く怯えるどころか現実を拒否したように目の光を失っていた。
とうとうやってしまったと、自分の悪癖に反吐が出る。
嫌われるだけならまだマシだ。
だが、僕は取り返しがつかない位彼女を傷付けてしまったに違いない。
それだけは何としても避けたかったのに。僕は何をしても彼女を傷付ける事しか出来ないのか…
やるせない思いを胸に秘め、最後の一太刀でトドメを刺す。
目の前の半獣族が最期に何かを呟いたがレティがかけた呪文の所為で上手く聞き取ることが出来なかった。
振り返るのがこれほど恐ろしいと思ったことは今まで無かった。
血で汚れた右手を強く握り締め暫くそのまま立ち尽くしていると、そっと暖かく柔らかな手が僕の両耳に優しく触れた。
「テディ、帰りましょう?」
手が離れたと同時に彼女の甘く優しげな声が耳の中に響き渡る。
振り向く資格など僕にはない…
グッと奥歯を噛み締めて堪えていると、今度は血で汚れてしまっている右手を迷うことなく彼女はしっかりと握ってきた。
「帰りましょう」
と再び言う彼女にハッとして思わず振り返る。
僕の所為でまた泣いているんじゃないだろうか?と。
しかしその心配は杞憂に終わる。
泣くどころか、彼女は僕を見上げて優しく微笑んでいた。まるで全てを許すとでも言うように。
「レティ…」
意図せずに声が掠れる。その先何を言っていいのか言葉が見つからない。
それでも彼女は何を言うわけでもなく僕の手を引いてゆっくりと出口に歩き出す。
前を見据えて真っ直ぐと。
「メル!帰るわよ!立てるかしら?」
「大丈夫でーす!」
何事も無かったかの様に2人は楽しげに会話をする。
ああ。そうか…レティは強いんだ。僕なんかよりずっとずっと強くて眩しい。
どんなに傷ついても必ず立ち直って、ただ真っ直ぐ進んで行くんだろう。
傷つける事も傷つく事も全てを受け入れて、背負っていける。
振り返って再び僕に笑いかける彼女を、僕は眩しく目を細めてただ見つめる事しか出来なかった。
=====
甲板の上から燃え上がる島を見つめる。
念の為にと砲弾と弓矢で火を放ったのだ。
島の木々が音を立てて崩れ落ち、他の木へとまた火の手が上がる。
茸の傘のような島の上部は生息していたのであろう鳥がギャアギャアと騒ぎたて、島からの脱出を試みる。
その中にセイレーンが混じっていないか兵士達と一緒に僕はジッと目を凝らし島を眺めていた。
「喧嘩でもなさったんですか?」
不意に後ろから声が掛かる。僕は振り返らずに島を見つめたままその問いに答えた。
「喧嘩、だったらまだ良かったな……頭に血が昇った」
はぁ〜と大きく嘆息をすると「ははぁ〜」と、隣に立ったレムナフは目を細める。
「報告された人数の割りに返り血が多かったのはそういうことですか。半分は殿下の所為では無いのだからご説明なさればいい。まぁ、もう半分についてはフォローの仕様が無いですが」
レムナフ言う通り半分は気性の荒いユニコーンと契約をしている所為だ。だがそのユニコーンの気性に引き摺られるのは、十中八九頭に血が上ると我を忘れる僕自身の性格に起因するという事が過去の事例で証明出来てしまう。今回も例外ではない。
「これ以上嫌われるのも怖がられるのも嫌だ。それに何を言っても言い訳にしかならない。ほっといてくれ」
少々不貞腐れて頭を抱えると、針のような視線が僕に突き刺さる。その瞳は確実に「呆れた」と物語っている。
「第三者の私から見て殿下が嫌われているとも怖がられているともとても思えませんがね。例えそうだとしても全てをお話すべきです」
"全て"と言われ、僕は更に頭を抱える。
アレを話したら決定的に嫌われるのなんて目に見えてるじゃないか…
ジトリとレムナフを睨みつけると、それはそれは大きな溜息を吐き出されてしまった。
「殿下は一体何時になったら大人になられるのでしょうかね。ご自分の判断でご自分の下した決断に責任が取れなければ王などとてもやって行けません」
「…情報開示が正しい選択だとも限らないだろう」
「それが殿下の判断ですかそれもいいでしょう。ですが事が後々になって露見した時、今以上に傷付くのは一体どなたなのか」
よく考えられた方が宜しい。と、レムナフはそれだけ言って立ち去ろうとする。
再び僕が大きく嘆息を吐き出すと、レムナフはピタリと歩みを止めて「そうそう」と、声を上げる。
「かの姫君が大層殿下の事を心配なされておいででしたよ。再会してから殿下はずっと辛そうだったと仰っておりましたが一体何故そんな事を思われたのでしょうね?」
レムナフの言葉に驚いて振り返る。
レティが僕を心配?辛そうだった?僕が?
辛い想いをしたのも傷付いたのもレティの方じゃないか。
なんでいつも彼女は人の事ばかり心配するんだ…
複雑な顔をしていると、レムナフは満足そうに目を細め、軽く会釈をした後兵達の元へ戻って行った。
レムナフが完全に視界から消えると、僕はその場に座り込んで再び大きく溜息を吐き出し頭を抱えて蹲るのだった。
最初のきっかけはただの嫉妬だった。
あの手の挑発はアイツにとって日常茶飯事だったし、普段なら押し殺す事が出来ていたはずだ。
だが、作戦前に盗人との一悶着の一件もあった所為で僕はそれを無視することが出来ず、少し気晴らしも兼ねて剣をとった。
それが止まらなくなったのはおそらく今まで溜め込んでいた憤りの所為もあるのだろう。
我に還る事が出来たのは、皮肉にも彼女が哀しそうな表情で涙を流している姿が視界を掠めたお陰だった。
気がつけば辺りは血だらけで、目の前の半獣族は酷く怯えるどころか現実を拒否したように目の光を失っていた。
とうとうやってしまったと、自分の悪癖に反吐が出る。
嫌われるだけならまだマシだ。
だが、僕は取り返しがつかない位彼女を傷付けてしまったに違いない。
それだけは何としても避けたかったのに。僕は何をしても彼女を傷付ける事しか出来ないのか…
やるせない思いを胸に秘め、最後の一太刀でトドメを刺す。
目の前の半獣族が最期に何かを呟いたがレティがかけた呪文の所為で上手く聞き取ることが出来なかった。
振り返るのがこれほど恐ろしいと思ったことは今まで無かった。
血で汚れた右手を強く握り締め暫くそのまま立ち尽くしていると、そっと暖かく柔らかな手が僕の両耳に優しく触れた。
「テディ、帰りましょう?」
手が離れたと同時に彼女の甘く優しげな声が耳の中に響き渡る。
振り向く資格など僕にはない…
グッと奥歯を噛み締めて堪えていると、今度は血で汚れてしまっている右手を迷うことなく彼女はしっかりと握ってきた。
「帰りましょう」
と再び言う彼女にハッとして思わず振り返る。
僕の所為でまた泣いているんじゃないだろうか?と。
しかしその心配は杞憂に終わる。
泣くどころか、彼女は僕を見上げて優しく微笑んでいた。まるで全てを許すとでも言うように。
「レティ…」
意図せずに声が掠れる。その先何を言っていいのか言葉が見つからない。
それでも彼女は何を言うわけでもなく僕の手を引いてゆっくりと出口に歩き出す。
前を見据えて真っ直ぐと。
「メル!帰るわよ!立てるかしら?」
「大丈夫でーす!」
何事も無かったかの様に2人は楽しげに会話をする。
ああ。そうか…レティは強いんだ。僕なんかよりずっとずっと強くて眩しい。
どんなに傷ついても必ず立ち直って、ただ真っ直ぐ進んで行くんだろう。
傷つける事も傷つく事も全てを受け入れて、背負っていける。
振り返って再び僕に笑いかける彼女を、僕は眩しく目を細めてただ見つめる事しか出来なかった。
=====
甲板の上から燃え上がる島を見つめる。
念の為にと砲弾と弓矢で火を放ったのだ。
島の木々が音を立てて崩れ落ち、他の木へとまた火の手が上がる。
茸の傘のような島の上部は生息していたのであろう鳥がギャアギャアと騒ぎたて、島からの脱出を試みる。
その中にセイレーンが混じっていないか兵士達と一緒に僕はジッと目を凝らし島を眺めていた。
「喧嘩でもなさったんですか?」
不意に後ろから声が掛かる。僕は振り返らずに島を見つめたままその問いに答えた。
「喧嘩、だったらまだ良かったな……頭に血が昇った」
はぁ〜と大きく嘆息をすると「ははぁ〜」と、隣に立ったレムナフは目を細める。
「報告された人数の割りに返り血が多かったのはそういうことですか。半分は殿下の所為では無いのだからご説明なさればいい。まぁ、もう半分についてはフォローの仕様が無いですが」
レムナフ言う通り半分は気性の荒いユニコーンと契約をしている所為だ。だがそのユニコーンの気性に引き摺られるのは、十中八九頭に血が上ると我を忘れる僕自身の性格に起因するという事が過去の事例で証明出来てしまう。今回も例外ではない。
「これ以上嫌われるのも怖がられるのも嫌だ。それに何を言っても言い訳にしかならない。ほっといてくれ」
少々不貞腐れて頭を抱えると、針のような視線が僕に突き刺さる。その瞳は確実に「呆れた」と物語っている。
「第三者の私から見て殿下が嫌われているとも怖がられているともとても思えませんがね。例えそうだとしても全てをお話すべきです」
"全て"と言われ、僕は更に頭を抱える。
アレを話したら決定的に嫌われるのなんて目に見えてるじゃないか…
ジトリとレムナフを睨みつけると、それはそれは大きな溜息を吐き出されてしまった。
「殿下は一体何時になったら大人になられるのでしょうかね。ご自分の判断でご自分の下した決断に責任が取れなければ王などとてもやって行けません」
「…情報開示が正しい選択だとも限らないだろう」
「それが殿下の判断ですかそれもいいでしょう。ですが事が後々になって露見した時、今以上に傷付くのは一体どなたなのか」
よく考えられた方が宜しい。と、レムナフはそれだけ言って立ち去ろうとする。
再び僕が大きく嘆息を吐き出すと、レムナフはピタリと歩みを止めて「そうそう」と、声を上げる。
「かの姫君が大層殿下の事を心配なされておいででしたよ。再会してから殿下はずっと辛そうだったと仰っておりましたが一体何故そんな事を思われたのでしょうね?」
レムナフの言葉に驚いて振り返る。
レティが僕を心配?辛そうだった?僕が?
辛い想いをしたのも傷付いたのもレティの方じゃないか。
なんでいつも彼女は人の事ばかり心配するんだ…
複雑な顔をしていると、レムナフは満足そうに目を細め、軽く会釈をした後兵達の元へ戻って行った。
レムナフが完全に視界から消えると、僕はその場に座り込んで再び大きく溜息を吐き出し頭を抱えて蹲るのだった。
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