ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

相入れぬ者 6

 正気に戻った。と言ったものの、その言葉が果たして正しいのかどうか…
 テディは憮然とした顔のまま突進してきたメルをヒラリと避けて、先程角の生えた彼がテディに行った様に、メルに脇腹に思い切り蹴りを入れる。
 するとメルもテディと同じように地面にのめり込み、その衝撃で持っていた剣を手放してしまった。


 テディは冷ややかな目でメルを見下すと、メルが手放した剣を拾い上げてブンブンとその場で振り回す。
「悪くない剣ですね。メルさん、少し借りますよ。僕今、超絶に機嫌が悪いので覚悟して下さい」
 と、言って怪鳥と半獣族達に剣を構える。瞳の鳶色の中に黄金色の小さな輝きがキラリと光っていた。


 何故突然テディの幻術が解けたのか訳がわからないといった様子で、半獣族達の顔に焦りの色が浮かび上がる。
 先程よりも強い反響音を響かせて歌い出す彼女達にテディは迷いなく駆け出した。


 タンッと地面をひと蹴りした瞬間、その場からテディの姿が消える。


 ブンと音を立てて瞬間的に怪鳥の前に姿を現す。
 脚を切り、胸を裂き、翼を容赦無く落す。
 目にも止まらぬ速さで斬りかかるその剣技は、魔法による転移が可能とする技だとその時初めて気がついた。
 思えば初めてテディがザック達と戦った時、彼はいつの間にか私の目の前から姿を消していた。


(魔法の使い方が凄く絶妙なんだわ)


 とその技に見ほれていると、メルがゆらりと立ち上がり、私の方へ襲い掛かってきた。
「!」
 私を羽交い締めにして呪文を繰り出そうとするメルに、私はそうは行かないとばかりに、ゴンっと頭突きをメルに喰らわせる。
 メルは顔を抑えて私から離れると、今度はその場で呪文を紡ぐ。
「緊迫の…」
「無声の呪縛!」
 素早くメルの口を押さえ、メルよりも速く呪文を紡ぐ。
「2度も同じ手は喰らわないわよ!」
「……!………!」
 驚いた顔で喉を抑え、声を出そうとするメルはキッと私を睨みつけて、今度は私の腕に掴みかかる。
「紅炎の大熱!甘い!」
 熱さを感じたメルは堪らず私から手を離し、仰け反った瞬間に私は彼の鳩尾めがけて肘を入れる。
 グッと喉の奥から苦しげな吐息がメルから漏れる。
 ドサリとメルが崩れ落ちた瞬間、私は彼に馬乗りになって、両耳を塞ぐと、
「難聴の調べ」
 と、更に呪文を紡ぐ。
 仕上げに今度は彼の目を片手で覆い、テディに教わった様に呪文を紡ぐ。


「アクスィス・ルベ・ヤ・ビジリカ」
 私が普段使っている魔法とは別種のソレは、テディ曰く、竜の祝福に属する魔法らしい。
 太古の昔、神々がまだ生きていた頃の時代に常用されていた呪文は身体に流れる血を巡り、多少の不快感をもたらす。
 船酔いに似たその感覚に吐き気を感じながらも、呪文は無事に発動して、メルの閉じられた瞼から生気が宿るのが確認できた。


 ホッと息をついてメルから降り、上体を起こして背中を叩き気付けをする。
 ゴホゴホとメルはむせた後、泣きそうな顔でキョロキョロと辺りを見渡した。
 私に気がつくとメルはいよいよ目を潤ませて、何かを仕切りに訴えた。


「ごめんなさいメル。今あなたにかけた魔法を解くわけにはいかないの」
 ポンポンとメルの頭を撫でて立ち上がると、後ろを振り返り今度はテディの方を向く。


 阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのような事を言うのだろうか…
 僅かな時間の間に大きな怪鳥の首は床の上で悲痛な表情のまま固まっている。その他の部位も既に無残な姿で転がり落ち、直ぐ側では怯えた顔のピア達がじわりじわりとテディによって追い詰められていた。


「楽に死ねると思うな」
 と、信じられない位冷徹な声が洞窟内に響き渡る。
 既にテディの姿が何処にあるのか判断出来ない。しかし、ピア達の身体には確実に切り傷が増えていく。
 まるで無数の風が彼女達に抉るような深い傷を負わせているかの様な光景だった。
 風はまるで楽しげにダンスでもしているかのように彼女たちに襲いかかる。
 腕から、脚から、額から、あるいは目から鮮血が滴り落ちる。一つ一つの傷は致命傷ではないものの、確実に増えていく傷と出血量がじわりじわりと彼女達を死に向かわせている。
 ゴトリと誰かの腕が落ち悲痛な悲鳴と帯びただし量のい血液が辺り一面に大きな朱色の池を作り出す。


(どうして…こんな残虐な…)


 目の前の光景以上に、あのテディがこんな事を平気でするなんて信じられなかった。
 正気に戻ったはずなのに、彼の何がここまでの事をさせているの?


「テディ!もうやめて!こんなの、こんな酷い事…」
 貴方にして欲しくない。と言葉を続ける前にポロリと涙が零れ落ちる。


「ーー?」
 この光景が見えていないのか、背後から"お嬢様?"と、口をパクパク動かして心配そうにメルが私に声を掛けようとした。


 テディは私の様子に気がついて、ハッと息を飲んで手を止め、そこに姿を現した。いつの間にか完全な黄金色だった瞳はスッと何時もの鳶色に戻る。
「レティ…」
 テディは今ようやく我に返ったかのような声を上げると、グッと奥歯を噛み締めて、ピア達に振り返る。
 1人は既に息絶えて、2人は既に虫の息、ピアだけが辛うじて立っている状態だった。


 テディはそのまま何も言わずに、彼女達に最後の一太刀を振り下ろし、狂気に満ちた長い戦いは幕を閉じた。

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