ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

ノートウォルドを彷徨って 1

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「ねぇ、メル。テディは朝には戻って来るって言ったのよね?」
 私は食堂で朝食のパンケーキを頬張りながらメルに尋ねる。
 メルも少し困惑気味に、
「ええ、そう仰ってましたが…」
 と口を濁しながら答えた。


 メル曰く、休むと言った後直ぐに取り引き相手に会いに行って朝戻ると言ったっきりテディが戻って来ていないそうなのだ。
「何処に行くとかは言っていなかった?」
「特には…ただ、取り引き相手に会いに行くとだけ。戻らない可能性があるとは仰ってましたが…何かあったんでしょうか?」
「テディに限ってまさかとは思うけど…」


 食事をしていた手を止めてしばし考え込む。
 思えばネグドールに着いたあたりからテディの様子変だった。
 旅の疲れだと言っていたけど、何かに思い悩んでいる様に見えた。


 色々深く考え込む癖がある人だから、無謀な事はしないと思うのだけど…
 戻らない可能性があるって言ってたって事は、戻るつもりはないとも取れる気がする。
 そうなるとやっぱりテディは1人で…
 ううん。取り引き相手さん?が居るのだから1人でって事は無いのよね?


 俯いて悩んでいる私に、メルはおずおずと口を開く。
「あの、ボク最後にテディ様が仰ってた事が気になるんですよね」
「最後に?」
「ええ、恨んでくれて構わないです、と。一体どういう意味なのでしょう」
 テディの言ったという最後の言葉にメルと2人で頭を抱える。


 やっぱりそれは私達を置いて1人で行くからって事なのかしら?
 でもここまで来て何で今更1人でなのかしら。
 夜に抜け出すくらいならネグドールで同じ事を実行できたはずなのに…


 考えあぐねていると、不意に私の右腕の裾をギュッと掴む小さな手に気がつく。
 ハッとしてそちらを向くと、どこか怯えた様子のピアが泣きそうな顔で小さく訴えてきた。
「皆見てる。私こわい」


 そう言われて顔を上げ周囲を見渡すと、宿の店主やウェイター、宿泊客がチラチラとこちらの様子を伺っていることに気が付いた。


 思えばこの町に入ってから皆が此方の様子を伺う様な視線をずっと感じる。
 半獣族は目に付くからとピアにも頭の上からバンダナを被せて耳を隠してはいるんだけど、それでも町の人はチラチラとこちらを観察して来ている。


(まさかと思うけど…)


 私は自分が到達した考えにゾッと背筋を凍らせる。
「メル、ピア、部屋に戻りましょう。あまり注目を集めるのは良くないわ。続きは部屋で」
 私はそう言って2人を急かし、慌てて客室へ戻った。




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 部屋に戻ると部屋の周囲を丹念に確認してからメルに話し掛ける。
「ねぇ、メル。この町変じゃないかしら?」
「えっと、どの辺りがでしょうか?」
 青い顔で訴える私にメルは眉を寄せて首を傾げる。
「さっきもだけど、皆が皆ピアを見て観察してる見たいな気がしない?」


 私の言葉にピアはビクッと身を縮こませ、メルはますます顔を顰めた。
「そりゃぁ、人攫いが出没する町ですから半獣族の子供が無防備に彷徨いてたら嫌でも見ちゃわないですか?」
「そうじゃなくて!皆同じ目・・・でピアを見てるって思わない?例外なく皆よ。町にいる皆!まるで値踏みでもしているかのような違和感がない?」


 私が何を言おうとしているのかメルも漸く気が付いたらしく、顔をサーっと青ざめさせる。
「お、お嬢様、まさか、町ぐるみで犯罪に関わってると、そう仰りたいのですか?!」
 私はコクンとメルに頷いてみせる。


 人攫いが横行すると噂になっているからこそおかしな視線だと感じる。
 少なからず警告を発して来る住人の1人や2人居てもおかしくない筈だ。


 しかしそんな住人は今の所1人もいないし、何より皆が皆同じ目なのだ。
 人にはそれぞれ思い思いの感情がある。それを考えた時少なからず関わりたくないと思ったとしても、同情や哀れみ、何か物言いたげな視線等、様々な動きが見て取れて当然の筈だ。
 私が感じるのはピアの様子を伺って観察する。その視線のみだ。


 そうなると必然的にこの考えに辿り着いてしまうのだ。
「だとしたら、やっぱりテディに何かあったって事なのかしら…本当に町ぐるみだとしたら何かあっても不思議じゃないわ」


 町ぐるみだとしたら…
 私は再びゾクリと肝を冷やす。今のこの状況は私達にとっても袋の中のネズミ何じゃないかしら。
 町ぐるみで監視されてるならとてもじゃないけど内部からなんて言ってられない。
 隙を突いて逃げるのが無難なわけで…でもテディを置いてなんていけないし、被害者を増やす訳にもいかない。だったら私は……


 メルもその事に気が付いた様で、震える腕を必死で抑えながら掠れた声で私に助けを求めた。
「もしかしてボク達今もの凄くピンチ……あわわわわっど、どうしたら?!」
 パチンッと私はメルの両頬を挟んで睨みつける。


「落ち着いてメル。確かにピンチかもしれないけど、例えテディに何かあったとして、私達ほどではないと思うの。少なからず他の人がテディのそばにいる筈だし、上手く説明できないけど、私の勘が無事だって言ってるもの。だから私達は私達に出来る事をするだけよ」


 勘と言ったものの根拠はちゃんとある。
 テディの懐中時計は実はまだ返しそびれて手元にあったりする。


 コレが神獣と契約した証みたいな物と捉えれば、テディに何かあればこの懐中時計にも何か異変があるのでは無いかと予測する。
 それに、歪んだ運命が見えた時は夢の中とはいえ、わざわざユニコーンが私の前に現れたのだ。
 実際にテディの身に何か起きそうなら同じような事がある筈だと思う。


「ボク達に出来る事…でも、町ぐるみなら逃げる以外何も出来ないと思います」
 泣きそうなメルに向かって首をゆっくりと横に振って答える。
「あるわ。私はテディの最後の言葉を信じる」


 "恨んでくれて構わない"
 テディがどんな気持ちで、どういう意図でそう言ったのか迄は測れない。
 でも、どんな意味であろうとその言葉が行き着く先は最終的に同じ場所筈なのだ。
 だったら私はーー


 ポンポンと不安そうに私達を見ていたピアの頭を優しく撫でる。
「メル。ピアの事頼んでいいかしら?」
「お嬢様?」
 少なからず、宿の部屋の中でジッとしていればそう簡単に襲ってくる事は無い筈。


「夜になったら窓からこっそりピアと一緒に王都へ向かってレイの所へ行って。私はここに残ってテディと人攫いの情報を集める」
 メルはサーッと顔を青くして、普段のメルからは想像もつかない位強い力で私の肩を掴んで訴えた。
「馬鹿なことを言わないで下さい!お嬢様を置いていけるわけ無いじゃないですか!残るならボクが残ります!」


 私はそっとメルの腕に手を乗せ、首をゆっくり横に振ってからメルを見上げる。
 メルにしか出来ない様に私にしか出来ない事があるのだ。


「残るのは私じゃないと駄目なの。フェンスからレイに手紙は出しているけれど、直ぐには動けないと思うのよ。実際ここに着くまでの間にレイから使者が来ることはなかったわ。だったら私の身に何か起こる方が手っ取り早いわ」
「そんな!やめて下さい!お嬢様がそこまでする必要がーー」
「あるのよ!ピアにやらせる訳にはいかない!もちろんメルにも。例え2人の身に何かあったとしてもレイは直ぐには動くことが出来ない。でも私は違うの。言ってる意味解るわよね?」


 メルの言葉に被せるように私は声を荒げた。
 王家に1番近い公爵家に生まれたが故に手続き無しで無条件で兵を動かす理由になれるのは私しか居ないのだ。
 唇を噛みしめるメルを見つめ諭すように言葉を続ける。


「大丈夫。死ぬ訳じゃ無いわ。メル、私は守られる存在じゃないの。民を護る存在なの。こういう時こそ使うべき称号だと私は思うわ。今1番助けるべきなのは誰?」


 メルは今にも泣きそうな顔で私を見た後、その視線をピアに移す。
 堪える様に私の肩から手を下ろすと、俯きながら言葉を吐き出した。


「判り、ました。ご命令ならば従います。ですが、何かあったらボクお嬢様を一生許しませんから!」
「メル…ごめんなさい。ありがとう」


 テディの言ったっていう最後の言葉。
 どんな気持ちで言ったのか何となく解った様な気がした。

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