ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

Coffee Break : 幼馴染

 リオネス殿がウイニー王城に匿われて2年が過ぎたある日の事、俺は夕食を終えると何時もの様に自室で処理し切れなかった残りの政務に勤しんでいた。


 正直俺は事務仕事がもの凄く苦手だ。
 体を動かしている方が性に合うというのもあるが、どうも自分は要領が悪いのだとリオネス殿が来てから色々と気付かされる事となったのだ。


 フィオ曰く脳筋の兄上殿は、ただの居候では申し訳ないと日々兵士の訓練に付き合ったり、差し障りのない範囲で雑務を請け負ってくれたりしているのだが、その雑務の処理の早い事早い事。
 長年の経験からなるものだとリオネス殿は言っていたが、それだけでは無いと少々落ち込んでいた。
 現に彼ならここにある書類など残業せずにとっくの昔に片付けていただろう。一体フィオはこの人のどこが脳筋だというのだろうか。


 はぁ…と溜息を漏らすと、俺は凝り固まった肩を回して気分転換に紅茶を入れようと立ち上がる。


 ドアノブに手をかけた刹那、背後から殺気を感じ持っていた剣を抜刀しながら振り返る。


 キィン!と刃がぶつかり合うカン高い音が部屋中に響き渡った。
 相手の姿を確認すると思わずニヤリと口角を上げて剣技を繰り出す。
 相手も負けず劣らずその技を全て受け止めると、不意に視界から消え、気づいた時には背後から反対側に持っていたナイフを俺の喉元に突き付けていた。


「…お前、それ卑怯だろ」
 呆れ気味に言うと、その腹黒い暗殺者はニコッと笑って剣とナイフを納めた。
「レイは平和ボケし過ぎです。いや、この国がと言った方がいいかもしれませんが、人を殺すのに卑怯も何もありませんよ?」


 魔法転移なんてこの国では一般的じゃねぇよ…と、俺は頭を抱える。


 暫くして、
「殿下!何かありましたか?!」
 と、隣の部屋から殺気と物音を感知したアベルが慌てて飛び込んできた。
 アベルは俺たちの姿を確認するとポカーンと口を開けて立ち尽くした。


「遅い!減俸だ」
 俺は呆れ気味にアベルに言う。
「驚かせてしまったみたいですいません。ちょっとしたジョークだったんですが…あ!そうでした、アベルさんお久しぶりです!お元気そうで何よりです。そうそう、ご結婚されたんですよね?おめでとう御座います。」
 ニコリと笑って挨拶をするフィオはアベルに挨拶をする。


 アベルは小さい頃から俺と一緒に行動する事が多かった為、リン・プ・リエンの訪問の際や、フィオがウイニーに訪問した際等、要所要所でフィオと顔を合わせていた。
 ダールの騒動以前から実は顔見知りだったりする。
「あ、はい。ありがとう御座います。フィオディール様もお元気そうで…あの、妹がその節はお世話に…」


 しどろもどろに言うアベルにフィオは笑顔を崩さずに、若干頬を染めながら言葉を返した。
「そんな、お世話だなんて、僕は何もしてないですよ。ところで…その……お義兄さんとお呼びしても宜しいですか?」
「えっ?!」


 この男はどこまで本気なのか…
 アベルはと言うと、どう解釈していいのかわからず顔を青くしたり赤くしたりして呆然としている。


「アベル、本気でこいつの相手をしなくていいから、もう行っていいぞ。ああ、茶の用意を頼む」
「えっ、あっはい、ごゆっくり?」


 シッシと手を振って俺はアベルを追い払う。
 対して、釈然としない顔しながらアベルは部屋から出て行った。
 フィオはニコニコと手を振りながらアベルを見送る。
 アベルの気配が無くなった所で俺はフィオに声を掛けた。


「で、何の用で城に忍び込んできたんだ?兄貴を迎えに来たわけじゃ無いんだろ?」
 フィオはハッとして俺に頷いてみせた。
「ええ、ちょっと相談なんですけどね?ここから北…北西でしたか?ノートウォルドって港町の事なんですけどね、レイはあそこで今何が起こっているか知っていますか?」


 首を傾げるフィオに対して俺は少しだけ眉を顰める。
 何が起こっているか知っているか?と問われれば「応」と答えざるを得ない。
 なんせあそこには今諜報員を潜らせている際中なのだから。


「ああ、具体的な情報はまだ微々たるものだが、なにやら不穏な活動をしている割と規模が大きい組織が潜伏している事は知っている」
 あえてどのような組織でどんな活動をしているかは濁しておく。
 いくら旧知の仲とは言え他国の王子に具体的に話すわけにはいかない。


 と言ってもこいつは往々にしてそんな事すらも見抜いているんだろうが。
 フィオはコクリと頷いて話を続ける。
「その組織なんですけどね。僕の方に処理を任せて欲しいんですよ。相手が相手ですし悪い話では無いと思うんですが」
「はぁ?」
 余りにも予想外の提案に俺は余りにも間抜けな声を漏らす。


 何故こいつはそんな事を提案してきた?
 あの組織は判明している情報だけで判断しても我が国と深い関わりが深かったとしても、リン・プ・リエンとは何ら関わりがない組織だ。何処からその情報を手に入れてきたのかは今は恐ろしいので考えない事にしておくが、少なからずフィオにとってメリットとなる要素は全く思いつかない。


「何故だ?」
 素直に問いかけてみる。
 するとフィオは「そうですよね」と頷きながら返答を返してきた。


「僕の家臣たちはですね、海上戦というものに全く無縁なんですよね。つまる所、訓練の為に実戦の機会が欲しいなぁと思っていた矢先にこの噂が舞い来んできた訳です。僕は家臣を育てることが出来て、ウイニーは今抱えている半獣族絡みの問題を知らずの内に・・・・・・解決出来る。素晴らしいアイディアだと思いません?」
 ニッコリ微笑むフィオの言葉を聞いて、背筋にゾクリとする悪寒が駆け抜けていった。


 この男はこういう男だったと再認識する。出会ったばかりの頃も癖はあったが冷酷な面は全くなかった。
 今や昔の面影は少なく、実に喰えない男だ。


 ウイニーは今どっかの面倒臭い従兄妹姫のお陰で半獣族の地位向上を政策に掲げている。
 その政策自体は実に真っ当なものだと言えるし、あの迷惑なワガママ姫にしてはかなり真面な意見を毎度持ってくるので素直に応援してやりたいと思える。


 が、一方でこの手の事件は反対勢力に付け込まれる要因になり兼ねないので処理しようにも現状なかなか動きずらい状況だった。
 知らずのうちに処理されていれば確かに非常に助かると言わざるを得ない。
 それが好戦的な隣の国の兵力を上げてしまう結果になるのは些か…いやかなり問題のような気もしないでもないが。


 二つを天秤にかけて頭を悩ませているとフィオは俺の思考を読み取って的確にそこをついてくる。
「別に将来的にウイニーと戦争を起こそうなんて考えていませんよ。そうですね、不安でしたら僕が僕の国を治めている間は絶対にそんな事にはならないと約束しましょうか?ウイニーが攻撃をしかけてくれば別ですけど」
「口約束では何とでも言えるだろ」
 と、俺は嘆息する。


 例えこいつにその意思がなくとも将来の事など分かったものではない。
 家臣がその気を起こしてしまえば止められなくなる事だってある。
 まぁ、そんな未来を嘆いていたら政など出来はしないのだが。


「…貸し借りは無しって事でいいんだよな?」
 難しい顔で俺が問うと、フィオは嬉しそうに目を輝かせて頷いた。


「勿論です。レイならそう言ってくれると信じてました。そこに初めから何も・・・・・・なかったかのように・・・・・・・・・処理してみせるので安心して下さいね」
「お、お前なぁ、笑顔でサラッと恐ろしいこと言うな!被害者まで手にかけるつもりかよっ」
「あ、すいません。すっかり失念してました。ウイニーとリン・プ・リエンでは事情が違いますものね。極力助けます」


 本当に殺す気だったのかよ…
 しかも極力って…もしかして俺は頼む相手を間違えたのか?


 頭を抱える俺にフィオは変わらずニコニコと笑いかける。
「俺、お前のその気持ち悪い笑顔大嫌いだ…昔のお前は少なからず憧れの対象だったってのに」
 ポツリとボヤくとフィオは驚いた顔をしてマジマジと俺を見つめた。


「レイは僕に憧れてたんですか?初耳です。嬉しいですが、レイはレイのままの方がいいと思いますよ?…僕みたいにはならないで下さい」
 最後の一言を呟いた時、フィオは何処か寂しそうな顔で俺を見ていた。
 鳶色の瞳があの頃にはもう戻れないんだと語っているかのようだった。


「ふん、自覚があるなら今からでも直せば良いんだよ。人間いつ何時でもやり直しなんてきくんだからな。だからせめて俺の前で取り繕おうとすんな。俺が無理なら…レティでもいいさ」
 フィオはぱちくりと目をしばたたかせるとヤツ本来の笑顔で答えた。


「レイのそういう所ってレティにそっくりだな。ああ、だからレティを好きになったのかも。僕は無理してるつもり無いし今は今でもう慣れてしまってるから…心配かけてすみません」
「俺があいつに似てるとか気色悪いこと言うな!ったく、面倒を押し付けてくる辺りはお前とレティは似た者同士だよ」


 照れるフィオを呆れ顔で睨んでいると、外からコンコンとノックの音がした。
 アベルが運んで来たティーポットからは暖かな湯気が立ち上り、ほのかに紅茶の匂いが部屋を漂う。
 2杯目の紅茶が冷めるまで、俺達は久しぶりに昔話に花を咲かせる事となった。

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