ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

Coffee Break : 魔法使い便

 レティアーナがラハテスナの王宮に滞在して数日、その頃フィオディールはリン・プ・リエンの王城で兄王エルネストにリオネスと共に呼び出されていた。


 勿論、呼び出された理由は他でもない開拓地放棄に関する報告と処罰の件についてだ。
 再三の人員要請に、此度の失敗とあり、兄王の怒りは相当なものとなっていた。
 無論、独断で遠征を行ったリオネスに大方の責任が追及されたが、フィオディールもただでは済まず、当面の間2人には謹慎処分と、始末書の山に立ち向かわなければならなくなった上、開拓計画の破棄を検討するとまで言われてしまったのである。


 フィオディールは早速ゲイリーを自室に呼び出し、作戦会議に入っていた。
「計画破棄、ですか。…いいんじゃないですか?こちらとしては動きやすくなるかと思いますが」
 ゲイリーは自慢の顎髭を撫でながら嬉しそうに言う。
 しかし、対してフィオディールは険しい表情を見せていた。


「良くないです。忘れたんですか?第1地区の再建のために兄上に賠償金を払わせるって言ったのは貴方ですよ?計画自体が無くなったらそれが困難になります。いくらダミーとはいえ、あの場所に地区が無いのは大問題です」
 ああ、そんな話も有りましたね。とゲイリーはやっと思い出したかの様に頷く。


「慰謝料としてなら幾分かふんだくれるのでは?足りない部分は徐々に補えるようにしていかなければいけないでしょうが、ハリボテ程度の地区は出来るでしょう」
「ハリボテでは困ります!この先はモンスターにばかり気取られている場合じゃーー」
 フィオディールが抗議の声をあげた所で、コンコンと扉を叩く音がした。


「どうぞ」
「ああ、すまん。取り込み中だったか」
 噂をすれば何とやらとは誰が言い出したのか、入って来たのはリオネスだった。
「いえ、私はこれで失礼しますので」
 ゲイリーがその場を去ろうとすると、
「いや、お前も居た方が都合がいいだろ」
 とリオネスはゲイリーを引き止める。


「何かありましたか?」
 フィオディールは不思議そうに首を傾げて見せるが、内心では開拓中止に関してリオネスがどう動くつもりなのか気になって仕方がなかった。
 リオネスは外に人がいない事を確認すると、扉をしめそのまま扉に寄りかかると腕を組みながら話し始める。


「兄上に俺だけ呼ばれてな、南が駄目なら東へという計画を仄めかされた」
 なんの冗談だとフィオディールもゲイリーも耳を疑う。


 東に広がる不毛の大地は植物はおろかモンスターすらも生息していない、生き物が生きて行けるような地ではないのだ。
 その先に希望の地でもあるのであれば良いのだが、現在の雪狐騎士団にしろ夢想騎士団にしろ戦力が大分削がれている状態では完全なる死刑宣告以外他ならない。


「…兄上は今回の騒動で俺達が結託している状況を疑って、俺たちを引き剥がすためにこの話をしたと俺は見ている。まぁ、実際俺がお前に多少なりとも協力しているのは事実だからな」


 フィオディールはチラリとゲイリーと視線を交わす。
 これは好機ではないだろうか?リオネスを匿う事で雪狐を完全に手中にすることが出来るはずだ。
 だがそれでもリオネスは絶対的な忠誠など誓う事は無いだろう。
 勿論それはフィオディール自身が彼に求めているものではない。
 が、ギリギリで裏切られることは避けたい。


「…それで、兄上はどうされるおつもりなのですか?」
 リオネスは内ポケットから懐中時計を取り出しフィオディールの前に差し出した。
 その予期せぬ行動にフィオディールとゲイリーは目を瞠る。
「お前にこれを預ける。今回ばかりは兄上も俺が嫌だと言っても行かせるだろう。死地と分かっていて雪狐を連れて行く気はない」


 保身の為に費やしてきたあの兄が死を覚悟するとは、フィオディールの予想をはるかに超えていた。
 ここでこの兄を失うわけには勿論いかなかったが、何より兄の言葉に動揺していた為、フィオディールは無意識で懐中時計に手を伸ばそうとしていた。


 が、その時幸か不幸か、フィオディールの手にドサリと音を立てて束になっている手紙の塊が何処からとも無く現れたのだ。


「「「?!」」」


 突然の出来事にその場にいた3人が唖然とする。


 重みで床に落ちた手紙の塊をフィオディールが拾い上げようとすると、今度はかがんだ瞬間、頭上に同じような手紙の塊がドスっと落ちてきた。


 落ちた衝撃のせいか、手紙を結んでいた紐が解け、パラパラと木の葉のように床に舞い落ちる。
 頭を摩りながらそのうちの一枚を訝しげにフィオディールは拾い上げ、表と裏を確認すると、突然の目を見開いて、残りの手紙もかき集め、全ての宛名を確認する。


「殿下?これは一体…」
 ゲイリーも目の前で起こった出来事に対しての分析が追いつかないでいた。
 リオネスもそれは同様で、飛散している手紙をただただ見つめる事しかできなかった。


 対して、フィオディールは全てを理解したかのように目を輝かせ嬉しそうに手紙を開き始めた。
 その表情を見たゲイリーとリオネスは何か嫌な予感がすると経験則的に理解した。


「魔法使い便ですよこれ!凄いです!初めて見ました!しかも、しかもです!全部彼女からの手紙です!偽名でも届くんですねー!」


 恍惚の表情で手紙を読み始めるフィオディールに、完全に毒気を抜かれてしまったゲイリーとリオネスは「またか…」と頭を抱える。


「フィオ…手紙なんて後でいくらでも読めるだろう。頼むから今はこっちに集中してくれ」
 俺の命と雪狐がかかってるんだぞ…とリオネスはガックリ肩を落とす。


 リオネスの言葉が届いているのかいないのか、
「わかってますからちょっと待って下さい」
 とフィオディールは手紙を読み進める。
 リオネスはゲイリーに視線を送ると、ゲイリーは肩を竦めて見せた。


 苛立たしげにリオネスは懐中時計を机の上に置くと、
「もういい!これはここに置いて行くから、後の事は頼むぞ!」
 と言って部屋を出ようとする。


 しかしフィオディールは手紙から視線を外さずに、
「いえ、ちょっと待って下さい。それを置いていかれても困ります。ちゃんと持って帰って下さい」
 と、返事を返してきた。


「何故だ?雪狐を東の地へ連れて行けるわけがないだろう!頼むのはもうお前しか居ないんだぞ?!」
 声を荒げるリオネスに対し、フィオディールは至って冷静に、チラリとリオネスに目線を向けた。


「兄上1人が死を覚悟して部下の事を思うのは立派ですが、どうせなら連れて行った上で死んでください」
 思い掛けないフィオディールの言葉にゲイリーもリオネスも愕然とする。
 言葉を失った2人をよそに、楽しそうにフィオディールは手紙を読み進める。


 サラリと死刑宣告を言葉にした弟にリオネスの動揺は隠し切れなかった。
「お前まで兄上同様に俺を切り捨てる気か?!」
 その言葉に反応して、ピタリと手紙をめくる手を止める。
 手紙越しでわからないようにフィオディールはニヤリとほくそ笑んだ。


「切り捨てるなんてとんでもない。本当に死ねと言ってるわけではないですよ。死んだと見せかけて匿う場所を提供しましょう。ただし、幾つか条件があります。それが飲めなければ本当に雪狐共々死んで下さい。返事は今すぐにとは言いません。僕は手紙に集中したいので後で詳細はゲイリーにでも届けさせますよ」


 フィオディールはニッコリ微笑んだ後、これ以上は話をする気は無いと態度で示し手紙に集中する。
「っち」っと舌打ちをした後、リオネスは懐中時計を乱暴に握り締めると踵を返し、部屋から出て行った。


 ゲイリーもそれに続こうとしたが、フィオディールに引き止められる。
「あ、ゲイリー、バラバラになった手紙、順番通りに並び替えて下さい。日付け順です」


 ヤレヤレと溜息をつきながら、ゲイリーは言われた通り手紙を並び替える。
「…ゲイリー、さっきの兄上をどう思いますか?」
 ゲイリーが口を開く前にフィオディールがゲイリーに問う。
 ゲイリーは差し出し人をチラリと確認しながら訝しげにフィオディールに返事をした。


「聞くまでも無いでしょう。明らかに繋がっているでしょうね」
 繋がっている。が指すところは勿論エルネストとリオネスだ。
 説明すれば理由は様々出てくるが、決定打となったのは『兄上同様に俺を切り捨てる』というあの発言だ。
 今はともかく、今までは繋がっていたと容易に想像出来る。


「ですねー。困りました。匿うこと自体は構わないんですが、"匿わせる事"が目的なら場所の問題もありますから」
 雪狐をフィオディールの内部に潜り込ませる事が目的なら開拓地に匿う訳にはいかない。
 繋がってる事が明確になった今、対策を練る必要がある。


「とりあえず、ゲイリーはホルガーに会って来て下さい。そこの陣使っても構わないです。彼ならいい案を出してくれるでしょう」
「…本当にこの転送陣大丈夫なんでしょうね?」
 フィオディールはゲイリーから手紙を受け取り、持っていた石を渡すと「大丈夫ですよ」とニッコリ微笑んだ。


 ゲイリーが訝しげにベッドの上に腰掛けると、
「あ、待って下さい!」
 とフィオディールが声を上げる。


「この手紙、さっきっからダニエルって人の事しか書いてないんですが、これ一体どういう事だと思いますか?!」
 青い顔で頭を抱えるフィオディールの悲痛な叫びにゲイリーはニッコリ微笑んで、
「知りませんよ。恋人なんじゃないですか?では行ってまいります」
 と言い残し光の中に消えて行った。


 その手紙が意図的なタイミングでラハテスナの女王から送られてきたなどと、受け取った本人はもとより、送った本人も知るよしもなかった。

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