ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

進む道歩むべき道 4

「準備できたが…なんだ、ハニーはまだ出来てないのか?」
 私が旅支度を全くする気配がない様子にダニエルの表情が硬くなる。


「ダニエル、私もメルも貴方には着いていかない。でも貴方はウイニーに今すぐ帰りなさい」
「何?……ッハ!ここに来て厄介払いってか?冗談じゃねぇぞ!俺は誰の指図も受けねぇ!言っただろ?ついて行きたいと思ったからついて来てんだ!嫌だと言っても俺はハニーについて行く!」


 怒りを顕に声を荒げながら、ミシリと亀裂が入る程強い力でダニエルは壁を殴った。
 殿方にここまで威圧された経験がない私は少しだけ身を竦ませる。
 でも、怯えている場合では無い。
 手紙を持つ手をギュッと抑えながら、深呼吸をする。


(目を逸らしちゃダメだ。真っ直ぐ見つめて伝えなくては)


 ふぅーと息を吐き出して、ダニエルの顔を見上げる。
 怒った表情の中に不安そうな色が微かに見えた。


「そうじゃない。私は貴方の事をよく知らないから、殿下に頼んで色々調べてもらったのよ。その結果がコレ」
 そう言って先程届いたレイからの手紙を掲げて見せる。


「ブライアン・ワルド・トレンス子爵。あなたのお父様で間違いないかしら?」
 私が子爵の名前を口にした途端、ダニエルの顔が歪む。
 顔を背けると、吐き捨てるように、
「そんな奴は知らねぇ」
 と苦しげに呟いた。


「そう…じゃあ、トレンス子爵の奥様がとこに伏せていらっしゃっても貴方には何の関係もない事だったわね。殿下が間違った情報を持って来るはずないと思ったんだけど…ごめんなさい。誤情報だったみたいね」
 私は持っていたレイからの手紙をポイっと床に投げ捨てて見せる。
 するとダニエルは顔色を変えて、慌てたように私の肩を乱暴に掴んだ。


「母上が、なんだって?」
「…認めるのね?貴方がトレンス子爵の息子で、ペペス男爵はトレンス子爵の若い頃の称号であると」


 ブライアン・ワルド・トレンス子爵。
 ダールから北西、ブールより南東に位置するクレクソン領と呼ばれる小さな地域に住む田舎貴族で、
 若い頃はダールでリヴェル騎士団に入り、その時の功績が称えられ、子爵家へ婿入りし、陞爵しょうしゃくした人物だった。
 ペペスという名に聞き覚えがないのは子爵がまだ若い頃の話で、レイや私は勿論お兄様もほとんど面識がなかった所為だった。


 ダニエルはそんな事はどうでもいいとばかりに私を睨みつけ、肩を掴む手に力がこもる。
「俺に!今すぐ帰れと言う位に母上は悪いのか?」
「詳しい事は判らない。でも、そんなに長く無いだろうと」


 嘘だろ…と呟いて、ダニエルはよろよろと後ろへ下がると、膝の力をガクリと無くしてしまった。
 この手紙が早馬で届けられたものだとしても、相当な時間が掛かってしまっている。
 細かいことが分からない以上、今からウイニーへ戻ったとして間に合う保証も何処にも無い。


 私はダニエルの前に屈み込んで、二つの封筒を眼前に突きつける。
「いい?よく聞きなさい。まずはダールを目指してリヴェル侯爵に会いなさい。この指輪とこの手紙を見せれば侯爵様が馬と付き人を当てがってくれる筈よ。そしてこっちの手紙は付き人を通してトレンス子爵に渡すようにしなさい。あなたが直に渡しても読んでくれないでしょうから」


 顔面蒼白なダニエルの手に指輪と手紙を握らせる。


(手が冷たい。微かに震えていて、その目には私すら映っていない。この様子じゃ言葉は耳に届いていないわね…)


 私は大きく両手を広げると、ダニエルの両頬目掛けてそれを叩きつける。
 バッチーーンという大きな音が廊下にまで響き渡る。
 叩いた両手の平が真っ赤に充血した。
 両手の間にはダニエルの驚いた顔が収まっていた。


「しっかりしなさいダニエル・ジェイ・トレンス!貴方は何もせずにこんな所で終わるつもりなの?!間に合うか間に合わないか、それは正直判らないわ。でもここで諦めたら全てが終わるのよ!ちゃんと帰って、家族と向き合いなさい!それに言った筈よ?私はあなたにとって雲の上に等しい身分の人間だと。貴方は私と旅を続けることは出来ても、このままでは決して結ばれることはないでしょう。本気で……ワタクシを口説きたいのであれば、それ相応の身分を手にしてから挑む気で来なさい!」




 叱咤した後、私はふっと微笑みかけて、ダニエルの額にかかる長い前髪をかき上げると、触れるようにそこに唇を落とした。
「ハニ…エル……?」


 自分の身に起きた事が理解出来ないダニエルの両頬を、今度は優しく包んで私は告げた。
「覚悟なさい。子爵程度ではワタクシは手に入らないわよ?それにワタクシは貴方を待っている気もサラサラないわ。一時の恋に溺れたいだけならこのまま着いて来ればいい。ワタクシをこれ以上幻滅させたくないならちゃんと帰りなさい」


 一緒にいるだけが恋愛ではないわと最後に付け加える。
 彼は私の右手をそっと包み、目を伏せると、掠れた声で「わかった」と一言私に告げた。



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