ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

悩み悩んで今是昨非 3

「レティアーナ嬢は神獣についてご存知か?」
「神獣、ですか?確か神が存在していた時代、天に使えていた聖なる獣と記憶していますが?」


 竜の国が出来るよりも気が遠くなる程遥か昔、空には神々が住んでいて、出来たばかりのハイニア大陸を守護していた。
 その神の住まう場所は、ある日突然崩れ落ちてしまう。
 多くの天の生き物が空から地上へ避難し、助かったのはごく一部の神獣と竜族だけだったという。


「そう。神獣は天が崩れた後、ハイニアの至る場所に降り立ち神に代わってハイニアの各地を守護するようになった。だがそれは決して伝説では無い」


 そう言って侯爵は自分の赤銅色の懐中時計を掲げて見せる。


「これはダールに伝わる神獣の物です。レティアーナ嬢がお持ちのそれと同じものと言っていい。必ずしも懐中時計の形をしているわけではないが、これは神獣と契約を交わした者のみが持っている…あえて名前をつけるならば、神具と言っていい」


 侯爵の言葉に私は目を見開く。
 ーー神具。神獣と契約を交わした者のみが持っている。
 つまり、テディはユニコーンと契約を交わしているって事になる。


 あまりの事に私は目眩を覚える。
「じゃあ、友達は、侯爵様も、この裏に書かれている神獣と実際に会って契約を交わしているという事ですの?」


 本当に神獣がいるのかどうか解らないし、契約が何を指すのかも解らないけど、少なくともとても重要で私が持っているのはとても不自然な物だという事は確かだ。


 混乱する私を何処か面白そうに侯爵は見つめ「うむ」と返事を返す。
「契約者が国や地方を所有する者とは限らないらしいが、基本的には神獣が住まう土地を守護するのを目的に契約がなされると聞いている。契約方法も様々だと記憶している。私がダール以外で存在を知っている神獣はウイニーの焔狼、ブリューグレス。リン・プ・リエンの白鯨、雪狐、ユニコーン位か」


 ブリューグレスはブリューグの王と言われる魚の神獣だ。
 ウイニーでは割とポピュラーな神獣なので、定食屋の看板などに使われているのをよく見かける。


「現在の契約者が誰かは流石に全ては判らんが、少なからず焔狼は陛下と契約している筈だ」


 他にも、神獣は守護する土地や契約者の精神力等に影響を受け、強くなったり弱くなったりするんだとか。
 つながりが最も強い場合、意のままに神獣を呼び出し、使役することが出来るという。


「神獣毎にその能力に違いはあるがそのユニコーンの場合はレティアーナ嬢の話から推測するに、夢に関する能力という事ですかな?」
「…だと思います。ワタクシは、その…夢の中でユニコーンに会って話を聞いたんですの。詳しい事は良く解らないのですが、歪んだ運命を正しく導けるのはワタクシか主…友達しかいない。と」


「なんと!」
 と、侯爵は驚嘆する。
 その顔はまるで冒険物語を読んで興奮する少年のに見えた。


「実に興味深い!通常契約者以外の者の前に神獣が自ら現れることはあり得ないというのに!いや、しかし、それでは、やはりと言うべきか…!いやはや、素晴らしいですな!」
 はっはっはっはと笑いながら侯爵は私の背中を叩いた。


 私は1人で納得する侯爵様を訳もわからず見上げて訝しんだ。
「あの、侯爵様?良く解らないですわ。やっぱりこれは持ち主にすぐ返すべきですわよね?」


「うん?」と侯爵様は我に返り、首を傾げる。
「どうなのだろうか。契約者自らレティアーナ嬢に渡されたのであれば、とりあえずはそのままでいい様な気がしますぞ。ユニコーンはその辺りについて何か言っていなかったのか」
「渡したのは主の意思だから気に病むな、とだけ…」


 うんうん。と侯爵は頷く。
「やはり持っていていいと私は思いますな。その歪んだ運命とやらが何かは解りませんが、貴方の夢に出てきた上で、貴方か御友人にしか出来ないことがあるとわざわざユニコーンが言うのであれば、貴方にもユニコーンの力も必要なのでしょう」
「しかし、私はその、契約者ではないし、何をどうすればいいのか解らなくて…」


 確かに侯爵様のおかげで、この懐中時計がどういう意味を持つのかは解った。
 しかし依然として何をどうすればいいのかが解らない。
 これでは前進したとは言い難い。


 困惑する私を見て、侯爵様は顎に手を当て思案する。
「そうですなぁ…私もそこまで神獣に詳しいわけではないが、確かイスクリスの北の国、ラハテスナを訪ねるのが1番かと。あの国は占いが盛んで、神獣とも関わりが深いとの事。寄って損はないと思いますぞ」


 ラハテスナ。此処から南イスクリスの北。
 道中で丁度通過する国だ。


 ようやく前進できた気がする。
 やっぱりダールに寄って良かった。


 私はにこっと侯爵に笑顔を向けると、
「ありがとうございます。侯爵様、お陰で希望が見えてきた気がします。とても助かりましたわ」
 と、深々とお礼を言った。


 すると侯爵は嬉しそうにウンウンと頷き、
「いやいや、やはりレティアーナ嬢は笑顔が一番似合う。お役に立てて光栄だ。…ところで、その、ウォッホン…そろそろ私の事は"お父様"と呼んでもらって構わないのですぞ?アベル殿の妹君ということは、私の娘同然であるからして…」
 と、咳払いをして照れながら私に言ったのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品