ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

Coffee Break : 夢想

 近頃の私は物凄く寝起きが良かった。
 お兄様の騒動が落ち着くまでは朝起きる度に体が重かったのだが、騒動が落着した途端にそれが無くなったのだ。


 それは別にお兄様の事があったからそういう状態が続いたというわけではなく、小さい頃から度々あった事だったし、頭がスカッとして起きたことなんて1度も無かった。


 小さい頃私は夢遊病という病気にかかって屋敷を徘徊する事があった。
 それは誘拐事件が発覚するまで誰も気づかなかった事実で、当の私はもちろん気付いていなかったし、言われても信じられなかった。


 あの事件の後、私はお医者様のお世話になり、王城でレイやお兄様と過す時間が与えられ徐々に徘徊する頻度も減っていったのだという。


 基本的には小さな子供の病気で、大きくなれば大体は自然に治って行くものらしいのだけど、頻度は低くなっても、13歳位までそれは続いていたらしい。


 病気が直接関係してるのかは判らないけど、とにかく私は朝が弱かったのだ。




「おはようメル」
 テントから出て来たメルに声をかける。
 メルは驚きながら「おはようございます」と挨拶を返した。


「お嬢様、最近朝早いですね。いつもボクが起こしに行っても、ベッドから中々出てこないことの方が多かったのに。ダールからお帰りになられてからまるで別人のようです」


 ボクがやりますからと、メルは朝食の準備をしていた私からナイフを取り上げ、野菜を切り始めた。


「メルもそう思う?私も不思議で。なんか凄いぐっすり寝れてるみたいで朝起きるのが楽しいくらいよ」
 メルが手際良く鍋に素材を放り込んでスープを作るのを、楽しげに私は眺め鼻歌を歌った。
 体もこころなしかとても軽いのだ。


「アベル様の件が解決して、心に余裕が出来たんじゃないですか?お嬢様もちゃんと成長なさってるんですね」
 くすくすとメルは笑う。


「失礼ね!私がまるで子供だったみたいじゃない!んーでもなんか変なのよね」
「変?」
 私が首を捻ると、メルも不思議そうに首を傾げた。


「だって、考えても見てよ。うちに帰ってから旅に出るまでの間は謹慎だったり、お姉様が家に来たり、家庭教師がうちに来たりで、ストレスって意味では相当疲れていた筈…ううん私かなり我慢してたわ。なのにそれでもスカッと起きれるのよ?変じゃないかしら?」


 ひと月以上私はずっと淑女の仮面を張り付かせていたのだ。
 そこに更に、半獣族の件を調べたりと忙しなく動いていた。
 ただでさえ朝に弱い私が、"大人になった"なんて理由で解決できるとは思えない。


 メルは丁寧に灰汁を取りながら「確かに?」と頷いた。
「でも、悪い事ならともかく、いい事ですし変でも良いんじゃ無いですか?ボクもその分仕事がスムーズに出来て嬉しいです」


 う…確かに今まで起きて行動するのにメルを割と拘束してたカモ。
 私の世話ばかりがメルに与えられた仕事じゃ無いのよね。
 もちろんメインは私の世話ではあるんだけど。


「うーん」と私はやっぱり首を捻る。
「本当に朝に強くなったのならいいんだけど。よくなった原因が判らないって事は、またそのうち元に戻る可能性があるって事なんじゃないかしら?今の気分と以前の気分が雲泥の差だから、少しだけ怖いのよね」


「気味が悪い」というのが正しいかもしれない。
 何か神懸かったかのような…そんな感覚に近いのだ。
 とはいえその手の薬も魔法も心当たりは無い。
 何かあるとすれば、ダールに着くまでの間でそういったものに触れた事になるけど…


 うーーん?


「森で見た妖精…の所為かしら?」
 ポツリと呟く。
 魔法に関係する事と言えばそれくらいしか思い浮かばない。
 弓や閃光弾もマジックウェポンだから魔法に関係する物だけど、快眠効果なんて武器に付いてる訳が無い。


「何か言いました?」
 メルが首を傾げる。
 見ると朝食は既に出来上がっていた。


「ううんなんでもない。…はぁぁ〜、ダニエル!そろそろ起きて!朝ごはん出来たわよ!」


 朝食は出来たのに、まったく起きて来る気配がないダニエルに向かって私は叫ぶ。
 私も今までは散々メルに叩き起こされたから人の事は言えないんだけど、彼の場合は…


 暫しの間の後、テントの中からのっそりと大男が頭を抱えて姿を現した。
「ハニー…あまり大声出さないでくれ。頭に響く」


 ダニエルはぐったりと鍋の前に座り項垂れる。
 そりゃ昨日あんだけお酒飲んでたら二日酔いにもなるわよ。
 どこで手に入れたんだかトップルを3本も1人で空けてたんだから呆れるしかない。


「知らないわよそんな事。自己管理能力がない人は嫌いよ」
 ツンとそっぽを向いて私が言うと、ダニエルは「っぐ…」と喉を詰まらせる。


「これでも俺、昔はすげぇしっかりしてたんだぜ?長男だし、病気の弟の面倒見てたしな!」
「今しっかりしてなきゃ意味ないでしょう?言い訳する人も嫌いよ」
「ぐぅっ」


「ありがとう」とお礼を言ってメルからスープを受け取る。
 澄ました顔でスープを口にしていると、恨めしそうな顔でダニエルは私をじーっと見てきた。


「そんな顔されても私は貴方の評価を上げる事は出来ないわよ?大体貴方、毎回起きて来るの遅すぎるわよ。私は朝早くに出発したいのに。今日だって遅いくらいなんだから」
「充分早いだろうが。これでも譲歩してるんだぞ?少しは俺にも合わせてくれよ。今何時だと思ってるんだ?」


 勝手についてきておいて何が譲歩なのかと問いたくなるが、しれっとした顔で胸のポケットからテディの懐中時計を取り出し、時間を確認する。


 蓋を開けるとキラキラと宝石が輝いて、歯車と一緒に規則的に踊っている。
 見れば見る程見事な細工で、1日中見ててもきっと見飽きないわ。
 大事な物だから、盗まれない様に必要最低限しか取り出せないんだけど。


「8時半、ね。遅いわ。うちでは日の出前に起きるのが当たり前よ。7時までに起きれないなら別に置いて行っても良いのよ?勝手について来てるのは貴方なんだから」
「…」


 ガクッとダニエルはこうべを垂れる。
 私は何事も無かったかの様に懐中時計を胸にしまい、メルのスープを口に運ぶ。






 懐中時計はカチコチと胸の中で小さく規則的な音をたてていた。



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