ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

ナンパと旅行記 7

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 翌朝、メルと一緒に朝食をとった後、荷造りをしていると客室の外からノックが聞こえた。


 メルが扉を開けるとメルが何かを言う前に、ズカズカと客室の中にダニエルが入ってきた。
 私は呆れてダニエルを見上げる。


「あ、あなたねえ!ホントにその無礼千万な振る舞い治せないの?!私が着替えていたらどうするつもりよ!」


 まぁまぁと、ダニエルはやはり悪びれる様子も無く私を宥めようとする。
「それはそれで美味しいからいいじゃないか。減るもんでもないしな!それよりサインが欲しいんだろ?わざわざ執筆者の方からやって来たんだ。光栄に思うと良い!なんてな!がははははは!」


 私はくらっと目眩を感じる。
 美味しいって何?!
 今まで色んな人と会って来たけどこんな傍若無人は見たことないわ…


 メルはダニエルの言葉に真っ赤になって憤慨した。
「なっ!!なんて失礼な!!お嬢様は本来、貴方みたいな野蛮な男がおいそれと話して良い様な方では無いんです!!出て行って下さい!!」
「おぉ?」とダニエルはメルをキョトンと見下ろす。


「嬢ちゃんが貴族って言われれば、俺も一応出自は貴族になるから問題ないだろう?まぁ、勘当されてっから爵位は貰えねえかもしれないがな!」


 うははははとまた楽しそうに笑う。
 こんな貴族が居てたまるかと初めて私は爵位の有り難さを実感した。


 と言っても、私も家を飛び出して来ているんだから人のことは言えない、か…


 私は呆れてダニエルを見上げ、メルはぽかんと男を見上げていた。
「なんだ?疑ってんのか?本の最後にプロフィール載ってただろうが?」


 言われて私はカバンの中から旅行記を取り出す。
 パラパラとめくり、一番最後のページを見れば、そこには確かにペペス男爵 長男 と書いてあった。嫡男じゃない辺りが勘当を物語っている。


 メルは本を覗き込み、顔を顰めて口を開いた。
「なんです?これ。全然別人じゃないですか。これが貴方だとでも?それに男爵って話にならないです」


 フフンっとメルは嘲笑する。
 流石に私も彼には呆れ過ぎてはいたが、メルの態度は頂けなかった。


「メル、駄目よ。身分で人を見下すのは間違った行為だわ。どんな相手でも敬意を持って接するべきよ。そういう態度は感心できないわね。貴方も。爵位のあるお父様がいらっしゃるのなら、お父様が笑われない程度の振る舞いはなさい」


 私が彼に行った非道の数々と、家出して父に迷惑をかけている事は取り敢えず置いておく。


 メルは自分の失態に気がつき、顔を真っ赤にして「すみません。ボクが間違っていました」と私に謝った。


 私の言葉に驚いたのはダニエルで、目を見開いたままじっと動けなくなっていた。
 私は眉を顰めながら、彼を見上げて本を渡した。


「ちゃんと聞いてるの?こんなにいい本を書くのに、ホントに残念だわ。これ以上私の夢を壊さないでくれるといいんだけど?」


 はぁ…と私は嘆息をする。
 彼はハッとして、ペンを取り出すとサラサラと肖像画の上にサインを書いた。


 ダニエルは無言で私に本を返すと、何やらその場で難しい顔をして考え込んでいる。


 その様子にメルと私は首を傾げる。


「用がないなら出て行って貰いたいんだけど?荷造りしないといけないし?」
 と、私が言うと、「ああ、気にすんな。続けていいぞ」と言って、勝手に部屋の椅子に座り込んだ。


 メルも私ももう呆れて何も言えなくなって、いないものとして考える事にした。


 荷造りを終えると、ダニエルはやっとの事で口を開いた。
「…そうか、わかったぞ!嬢ちゃんはつまり両親が亡くなるかなんかして、没落した良いとこの嬢ちゃんなんだな?で、ウイニーを追われてベルンにやって来たと。伯爵か?子爵か?」


 何処をどうやったらそういう解釈になるのかしら。
 メルをチラリと見ると、真っ赤な顔でふるふると小刻みに震えている。


 ううーん。ここで身分がバレるのはちょっとなぁ。
 なんせ許可証自体は本物でも偽装した渡航許可証になるわけで、公爵令嬢がそんなもの使ってると大々的に言われてしまえば、お父様にもお兄様にも迷惑がかかるわ。


 私はメルを睨みつけると、メルはその視線に気がつきビックリして私を見返したが、何を言わんとするか理解したようで、ぷいっと我慢するかのように唇を噛み締め顔を背けた。


 その様子を確認してから、私は再びダニエルを見る。
「貴方がそう言うなら。それでいいわ。爵位もご想像にお任せするわ」
 ニコリと笑ってダニエルに言う。


 ダニエルはまた少し驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直して話を続けた。
「そうか、で、嬢ちゃん名前はなんていうんだ?いつまでも嬢ちゃんは悪いだろう?そっちのイケメンはメルだったな?」


「い、イケメン?!」
 と顔を真っ赤にして言ったのはやっぱりメル。
 私の代わりにメルがいちいち驚いてくれるみたいだから逆に冷静になれるわ。


「ハニエル・エボンスキンよ」


 ダニエルは「んん?」と首を傾げた。
「エボンスキン?聞いたことないな。ウイニー出身じゃないのか?」


「ご想像にお任せします」
 と私は目を伏せた。
 ダニエルは特に気にする事もなく、ニッと笑うと立ち上がって私の前に手を差し出した。


「ま、いいか!想像しとくわ!じゃあ改めてよろしくな!ハニー!」


「「ハニー?!」」


 その略称はどうなの?!と私の顔に熱が駆け上がる。
 メルに至っては卒倒しそうだった。


「なんだよ?ハニエルならハニーだろう?」
 ダニエルは怪訝そうに聞いてくる。


 私は真っ赤な顔をしたままダニエルに抗議する。
「せめてエルって呼んでよ!ハニーはやめて!」
 私がそう言うと、ダニエルは「えぇ?」と首を横に振る。


「その法則で行けば俺もエルって事になるだろうが。俺はハニーって呼ぶからお前はダニーって呼んでくれて構わないぞ?」
 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらダニエルは言う。


「お断りよ!…まぁ、貴方とはココでお別れだし、少しの間だけ我慢すればいいだけね」
 ふぅ…と私は嘆息する。


 ダニエルは「おう!そうだそうだ!」と言って、聞いてるんだかいないんだか自分のペースで話を続ける。


「ハニー達は港に着いたらどこに行くんだ?」
「何処でもいいじゃない。貴方には関係ないわ」
 じとりと睨み付けてダニエルに言う。


「ハニーはケチだなぁ。いいじゃないか、減るもんでもなし」
「減るわよ!私の神経がすり減るわ!なんで私の行き先を知りたいのよ!」
「そりゃ、付いて行くつもりだからに決まってんだろ?旅は道連れってな」


 勘弁して欲しい…


「…私が家に帰る予定だったら貴方どうするつもりなの?」
 ふむ。とダニエルは顎に手を当てて考える仕草をしてから、ニカッと笑ってしれっと答えた。


「それはそれで興味があるから着いて行くな」
「どれだけ無作法なんですか貴方は!!」
 と、メルは絶叫に近い悲鳴を上げる。


 つまりどうあっても着いてくる気って事なのね。


「何でそこまでして私についてこようとするのよ?あなたの興味をそそる様な旅にはならないと思うわよ?修道院に行って尼になるって言っても着いてくるの?」
 その言葉にギョッとしたのはメルだった。


「おおおおお、お嬢様!?まま、まさかそのつもりでこんな所まで来たんですか?!あわわわわわわ……」
 あ、そうか私婚約から逃げて来たのも理由の一つだからあり得ない話じゃないのか。
 完全に思いつきだったんだけど。


「メル、落ち着いて。例えばの話だから。尼になるなんて言ってないでしょう?」
「ならないなら別に着いてってもいいだろう?ま、なるって言っても多分ついて行くが」
「だからなんで?」
 肩を落としてがっくりと半分諦めてダニエルに聞く。
 するとダニエルは「こんにちわ」とでも挨拶するように言い放った。


「そんなもん、惚れたからに決まってんだろ?」


 ………


「「はあああぁぁぁぁぁぁあ?!」」


 港へ入港する汽笛の音がなる直前、私とメルの声が甲板まで響き渡った。

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