ウイニー王国のワガママ姫
ナンパと旅行記 5
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食事を終えて、甲板へ出る。
結局あの男は現れなかった。
やはりあの時の蹴りが良くなかったんではないかと心配になり、散歩を口実に船医室へ行くことにした。
メルも付いてくると言ったのだけど、流石に股間に蹴りを入れたから…とも言えず、すぐに戻るから客室で待ってて?と1人で行くことにした。
船医室へ行くと、船医が驚いて出迎えてくれたがあの男は居なかった。
昼に男が来たか訪ねてみたが、どうやら船医室のお世話にはなっていないようだったのでホッとした。
甲板へ再び出て少し散歩する。
今日の波は少しだけ高く、船に当たると大きな音を立てていた。
満天の星空が水面で揺らめいていて、とても幻想的だ。
人魚でも出てきたら素敵なんだけど、流石にそれはないわね。
ふと、テディの事を思い出す。
最後の夜にこんな星空を一緒に見た。
ここにテディがいれば、またあのリュートを弾いていただろう。
今度は海を一緒に旅すると約束したのに、結局1人で来てしまった。
テディは怒るかしら?
旅の間に手紙をいっぱい書こうと思う。
今は送れなくても、いつか渡せればそれでいい。
人に縁がないと言っていたテディだもの。
きっと手紙を見れば喜ぶわ。
物思いに老けながら甲板を歩いていると、マストに寄りかかって何やら書いている男を1人見つけた。
っげ!あの男だ!
と私は少し身構えたが、男はいつになく真剣に何かを書いていて、こちらに気がつく様子はなかった。
(このまま気づかれない様に帰ってもいいんだけど、流石に急所はマズかったよね…?謝った方がいいかしら)
ソロソロと男の後ろからゆっくり近づく。
やはり男は集中しているのかこちらに気がつく気配はない。
近くでよく見ると彫りは深いが割と整った顔をしている。
リヴェル侯をもっと野性的かつ野蛮にすればこうなるかしら?
でもそれだと侯爵様に失礼よね。
あの方の方が紳士だし男らしくてかっこいいもの。
…あぁ、この無精髭を剃れば少しはましになるのかしら?
と、割と失礼に男を観察する。
男は視線に気がついたのか、ふと顔を見上げキョロキョロとする。
後ろの私に気がつくと、驚いて仰け反った。
「うおぁぁ!」
男が持っていた冊子とペンが甲板の上に転がる。
男は目を見開いて、顔を真っ赤にして私を見上げていた。
「ごめんなさい。そんなに驚くと思わなかったわ。何か一生懸命だったから声を掛けそびれてしまって」
私が申し訳なさそうにそう言うと、男は慌てて立ち上がり、そっと私の手を取ると、手の甲に紳士の挨拶をした。
「謝ることはありません。貴方のような綺麗な方が私の様な粗野なものに目をかけて頂けるだけで、私はこれ程の幸せを感じたことはありません」
んん???誰、この人。
随分今までと態度が違うんだけど、何処か頭でも打って、打ち所が…
と、そこで私は顔を青くしてハッとする。
まさかあの蹴りが原因でこんな事になってしまったのかしら?!
その、殿方にとって、大事な所ということは、打ち所が悪いと頭がおかしくなったりするのかもしれないわ。
私は慌てて背伸びをして、男の額に手を乗せる。
「熱は無いわよね?!あぁ、どうしよう。まさかこんな事になるなんて思っても居なかったから…本当にごめんなさい。えっと、船医室へ連れて行った方がいいわよね?どこか痛むところとかない?」
私が涙目でそう言うと、男はギュッと私の手を握って自分の胸に手をあてさせた。
「ここが痛みます。貴方を見てからずっと熱は上がるばかりだ。しかしご安心を。部屋へ一緒に戻ってくれればきっと治るでしょう」
サーーっと更に血の気が引く。
心臓?!それっていよいよ危ないって事?!
「やだ!どうしよう!まさか股間を蹴っただけで、脳や心臓にまで負担が行くなんて思ってもいなかったから。ああ、困ったわ。とにかく急いで船医室へ!」
私が慌てて男の手を引こうとすると、男は「んん?」と眉間にしわを寄せて首を捻る。
「私は貴方に股間を蹴られた覚えはありませんが?そういう趣味をお持ちで?しかし、あなた程美しい人であればそれもいいのかもしれません」
男は私に引きづられながら、何処かうっとりしたように言葉を呟く。
ううう〜いよいよもって頭がおかしくなっているんだわ。
私はくるっと振り返り、頭を深々と下げてから男を気の毒に見上げる。
「本当にごめんなさい。鳩尾蹴ろうが、脇腹蹴ろうが、投げようが、割と平気そうだったから、大丈夫だと思ってたのよ。まさか昼間の記憶まで飛んでしまうなんて…」
私がそこまで言うと男はサッと顔色を変えて、私の手を振りほどくと後ずさって私を凝視した。
「あんた………まさか、あの、嬢ちゃんか?!」
んん???と私は眉間にしわを寄せて男を見やる。
記憶喪失ってわけではないのかしら?それとも思い出しただけ?
少々困惑しながら、男に答える。
「ほ…かに誰に見えるのかしら?…まさか、股間を蹴った障害で視力にも影響が?!」
ひいぃと私は頬を抑えて青くなる。
これはむしろ船医を連れてきた方がいいのかしら?!
「わ、たし、船医さんつれてくるわ!動いちゃダメよ!そこに座って待ってなさい!」
そう言って踵を返すと、男は「まてまてまて」と言って私の腕をガシッと掴んだ。
「なんか勘違いしてるみたいだが、俺は頭も目も心臓も至って正常だ」
「嘘言わないで!あなた今、今まで私に言ったことのない台詞を吐いたり、胸が痛むとか言ってたじゃない!もしかして、自覚無いの?!ああ、熱もあるんだったわね!どうしましょう。客室に連れてって寝かせた方がいいのかしら」
ますます慌てる私をみて、男はもう片方の私の腕もガッシリと掴んで押さえた。
「落ち着けって!俺はただ、嬢ちゃんがあまりにも綺麗だったから、その………口説こうとしただけだ」
男はバツが悪そうに顔を背ける。
私は男のセリフに耳を疑いぽかんとしてしまう。
「…私が蹴り飛ばしたから、頭がおかしくなったわけでは?」
「ないっ!確かにあの時は死ぬかと思ったが、俺は至って正常だ」
はぁあぁ〜…とそれはそれは大きな溜息を吐いて、へなへなと私は力なくその場に座り込んだ。
食事を終えて、甲板へ出る。
結局あの男は現れなかった。
やはりあの時の蹴りが良くなかったんではないかと心配になり、散歩を口実に船医室へ行くことにした。
メルも付いてくると言ったのだけど、流石に股間に蹴りを入れたから…とも言えず、すぐに戻るから客室で待ってて?と1人で行くことにした。
船医室へ行くと、船医が驚いて出迎えてくれたがあの男は居なかった。
昼に男が来たか訪ねてみたが、どうやら船医室のお世話にはなっていないようだったのでホッとした。
甲板へ再び出て少し散歩する。
今日の波は少しだけ高く、船に当たると大きな音を立てていた。
満天の星空が水面で揺らめいていて、とても幻想的だ。
人魚でも出てきたら素敵なんだけど、流石にそれはないわね。
ふと、テディの事を思い出す。
最後の夜にこんな星空を一緒に見た。
ここにテディがいれば、またあのリュートを弾いていただろう。
今度は海を一緒に旅すると約束したのに、結局1人で来てしまった。
テディは怒るかしら?
旅の間に手紙をいっぱい書こうと思う。
今は送れなくても、いつか渡せればそれでいい。
人に縁がないと言っていたテディだもの。
きっと手紙を見れば喜ぶわ。
物思いに老けながら甲板を歩いていると、マストに寄りかかって何やら書いている男を1人見つけた。
っげ!あの男だ!
と私は少し身構えたが、男はいつになく真剣に何かを書いていて、こちらに気がつく様子はなかった。
(このまま気づかれない様に帰ってもいいんだけど、流石に急所はマズかったよね…?謝った方がいいかしら)
ソロソロと男の後ろからゆっくり近づく。
やはり男は集中しているのかこちらに気がつく気配はない。
近くでよく見ると彫りは深いが割と整った顔をしている。
リヴェル侯をもっと野性的かつ野蛮にすればこうなるかしら?
でもそれだと侯爵様に失礼よね。
あの方の方が紳士だし男らしくてかっこいいもの。
…あぁ、この無精髭を剃れば少しはましになるのかしら?
と、割と失礼に男を観察する。
男は視線に気がついたのか、ふと顔を見上げキョロキョロとする。
後ろの私に気がつくと、驚いて仰け反った。
「うおぁぁ!」
男が持っていた冊子とペンが甲板の上に転がる。
男は目を見開いて、顔を真っ赤にして私を見上げていた。
「ごめんなさい。そんなに驚くと思わなかったわ。何か一生懸命だったから声を掛けそびれてしまって」
私が申し訳なさそうにそう言うと、男は慌てて立ち上がり、そっと私の手を取ると、手の甲に紳士の挨拶をした。
「謝ることはありません。貴方のような綺麗な方が私の様な粗野なものに目をかけて頂けるだけで、私はこれ程の幸せを感じたことはありません」
んん???誰、この人。
随分今までと態度が違うんだけど、何処か頭でも打って、打ち所が…
と、そこで私は顔を青くしてハッとする。
まさかあの蹴りが原因でこんな事になってしまったのかしら?!
その、殿方にとって、大事な所ということは、打ち所が悪いと頭がおかしくなったりするのかもしれないわ。
私は慌てて背伸びをして、男の額に手を乗せる。
「熱は無いわよね?!あぁ、どうしよう。まさかこんな事になるなんて思っても居なかったから…本当にごめんなさい。えっと、船医室へ連れて行った方がいいわよね?どこか痛むところとかない?」
私が涙目でそう言うと、男はギュッと私の手を握って自分の胸に手をあてさせた。
「ここが痛みます。貴方を見てからずっと熱は上がるばかりだ。しかしご安心を。部屋へ一緒に戻ってくれればきっと治るでしょう」
サーーっと更に血の気が引く。
心臓?!それっていよいよ危ないって事?!
「やだ!どうしよう!まさか股間を蹴っただけで、脳や心臓にまで負担が行くなんて思ってもいなかったから。ああ、困ったわ。とにかく急いで船医室へ!」
私が慌てて男の手を引こうとすると、男は「んん?」と眉間にしわを寄せて首を捻る。
「私は貴方に股間を蹴られた覚えはありませんが?そういう趣味をお持ちで?しかし、あなた程美しい人であればそれもいいのかもしれません」
男は私に引きづられながら、何処かうっとりしたように言葉を呟く。
ううう〜いよいよもって頭がおかしくなっているんだわ。
私はくるっと振り返り、頭を深々と下げてから男を気の毒に見上げる。
「本当にごめんなさい。鳩尾蹴ろうが、脇腹蹴ろうが、投げようが、割と平気そうだったから、大丈夫だと思ってたのよ。まさか昼間の記憶まで飛んでしまうなんて…」
私がそこまで言うと男はサッと顔色を変えて、私の手を振りほどくと後ずさって私を凝視した。
「あんた………まさか、あの、嬢ちゃんか?!」
んん???と私は眉間にしわを寄せて男を見やる。
記憶喪失ってわけではないのかしら?それとも思い出しただけ?
少々困惑しながら、男に答える。
「ほ…かに誰に見えるのかしら?…まさか、股間を蹴った障害で視力にも影響が?!」
ひいぃと私は頬を抑えて青くなる。
これはむしろ船医を連れてきた方がいいのかしら?!
「わ、たし、船医さんつれてくるわ!動いちゃダメよ!そこに座って待ってなさい!」
そう言って踵を返すと、男は「まてまてまて」と言って私の腕をガシッと掴んだ。
「なんか勘違いしてるみたいだが、俺は頭も目も心臓も至って正常だ」
「嘘言わないで!あなた今、今まで私に言ったことのない台詞を吐いたり、胸が痛むとか言ってたじゃない!もしかして、自覚無いの?!ああ、熱もあるんだったわね!どうしましょう。客室に連れてって寝かせた方がいいのかしら」
ますます慌てる私をみて、男はもう片方の私の腕もガッシリと掴んで押さえた。
「落ち着けって!俺はただ、嬢ちゃんがあまりにも綺麗だったから、その………口説こうとしただけだ」
男はバツが悪そうに顔を背ける。
私は男のセリフに耳を疑いぽかんとしてしまう。
「…私が蹴り飛ばしたから、頭がおかしくなったわけでは?」
「ないっ!確かにあの時は死ぬかと思ったが、俺は至って正常だ」
はぁあぁ〜…とそれはそれは大きな溜息を吐いて、へなへなと私は力なくその場に座り込んだ。
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