ウイニー王国のワガママ姫
Coffee Break : 小間使い
メルが異変に気がついたのは、家庭教師が出て行ってから3日後の事だった。
メルはいつも通りにレティアーナの身の回りの世話をしていたのだが、ビセット公に言われて管理していたショートソードと弓が無くなっていたのである。
レティアーナが持って帰って来たあの武器である。
しかしレティアーナのものが無くなることはこの屋敷ではそう珍しい事ではなかった。
一風変わったあのお嬢様の一番の趣味がコイン集めなのである。
何か欲しいものがあるからとか、何かやりたい事があるからとかではなく、ただ単に様々な形のコインを集めるのが好きなのだ。
貨幣価値がある無しは問われないので、子供が遊ぶような玩具のコインでも喜んでコレクションしていたくらいだ。
かと言って、集めたコインを絶対に使わないかと言われればそんな事もなく、必要な時は出し惜しみせずに簡単に使ってしまうのである。
だから持って帰ってきた武器が無くなったという事は、またコイン集めを始めたのだろうとメルは少し安直に考えていた。
しかし、どうもそうではないと気がついたのは翌日で、タンスの整理をしていた時だった。
"絶対に触ってはいけないお嬢様のカバン"
が、どう見ても量増ししていたのである。
そして机には何冊か本が置かれていた。
メルはこの状況に心当たりがあった。それもつい最近だ。
1度目はダールへ失踪した時。2度目は謹慎中に陛下と出掛けられた時。
しかし2度目はメル自身が手引きしたところもあるので、何も言えない。
メルは首を捻った。
お嬢様は多分また屋敷を飛び出すつもりだろうか?それも近いうちに。
でもその目的と場所が全く検討がつかない。
家庭教師が出て行きここ3日程レティアーナはのびのびとしていたし、精神不安で夜中に寝ぼけて歩き回ることも無かった。
「そう言えば…」
と、テディは数日前にザックという名の半獣族が家に来た時レティアーナが友達の力になりたいと言っていたことを思い出した。
今回の動悸はもしかしてそれだろうか?
そんなことを悩んでいると、どういうわけかメルは執事から呼び出された。
=====
メルはこの上なく緊張していた。
心臓は壊れるかと思うほどバクバクと音を立てていて、拳を握る手はブルブルと震え、膝は冗談かと思うくらいガクガクだった。
ここまで来るのに随分時間がかかってしまったので早く中に入らなければならなかったが、一向にノックを叩くことが出来ない。
メルは執務室の前で完全に硬直していた。
それが自分の仕える館の執務室ならば、ここまで緊張することはなかっただろう。
「どうしたんだ?メルじゃないか。入らないのか?」
「うひゃあっ!」
不意に後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには、レティアーナの兄、アベルが立っていた。
「珍しいなこんな所で。レティからまたお使いでも頼まれたのか?」
顔見知りとはいえ、アベルは屋敷にいる時と違って、騎士の鎧を身に纏っていた。
その姿を見て、メルは更にパニックを起こす。
「いああえええ、あのちが、まます。おう、うじままに、よよよだ、れて」
「殿下に呼び出された?」
アベルは支離滅裂なメルの言いたいことを正確に理解した。
メルの立っている場所はウイニー城の皇太子の執務室の前だった。
屋敷で執事から呼び出されると、王城の王子がメルを呼んでいると言われたのだ。
メルは何が何だかわからなかった。
自分は王子に会ったのはレティアーナの手紙を届けた時と、レティアーナについて行って茶番を見た時だけだった。
もしやその時、知らなかったとはいえ王子を睨んでしまった事で咎められるのだろうかと、様々な考察が頭の中を駆け巡り、とうとう執務室へ入る所で立ち竦んでしまったのである。
アベルは気の毒なメルの背中を静かに撫でて、落ち着かせた。
「うちの妹や殿下に振り回されて済まないね。私も丁度殿下に呼ばれた所だったから一緒に入ろう。なぁに、うちの妹より殿下の方がマシだ。深呼吸して」
スーハーと何度かメルは深呼吸すると、少しだけ落ち着きを取り戻した。
そして、ご自分の妹なのにアベル様は酷い言いようだな。
と、こっそり思ったのだった。
「失礼します」
アベルはノックをすると颯爽と執務室へ入っていった。
我に返って、慌ててメルはその後を追いかける。
「おう、来たか。2人揃ってるな。丁度いい、そこに座れ」
「メル、大丈夫だから、殿下は君をとって食ったりしないよ」
「座れ」と言われて、真っ青になって今にも倒れそうなメルの背中を支えソファーに座らせてやると、メルの整った顔と綺麗な金髪の所為か、男なのにまるでお姫様のようだなとアベルは苦笑した。
「そう緊張するな。お前達を呼んだのはレティアーナの事で聞きたいことがあったから呼んだんだ」
レイもメルの様子に苦笑しながら、向かいのソファーに腰掛けた。
「お嬢様の、事、で御座いますか…?」
自分が不敬を働いたと身構えていたメルは、予想とは違うことを言われて拍子抜けした。
アベルも全く予想していなかったので眉間にシワを寄せた。
「レティがまた何かしでかしたのか?」
執務室に3人しか居ないのを確認して、アベルは砕けた言葉でレイに話しかけた。
「いや、そうじゃない。正確には"何かしでかすだろう"だ。…いや、時間も経ってるし、しでかしてる…のか?」
難しい顔でレイが腕を組み、頭を捻った。
「どういう事だ?」
アベルもレイと同じように首を捻る。
だがメルは、屋敷を出る前にアレを見ているので心当たりがあった。
「お前ら、何かアイツに変わった様子は見られなかったか?」
レイが2人に問いかけると、アベルは首を捻った。
「父上から押し付けられた家庭教師を追い出した位か?後は締め付けがなくなって、楽しそうにしていたが…特に変わった様子は無かったぞ?」
レイはアベルの言葉に呆れたような顔を向けた。
「ああ…妹バカのお前に聞いた俺がバカだったよ。で?そっちの、メルだったか?お前は何か心当たりがある顔をしてるな?」
「なっ!」とアベルは声を上げたが、すぐにメルの方を見た。
メルは目を白黒させながら2人を交互に見ると、言っていいのか悪いのかと躊躇した。
自分の主人はあくまでもレティアーナなのだ。プライベートな事を話していいのかどうか…
メルの心情を察したのかレイが口を開く。
「あいつには黙っておく。何かあるなら話して欲しい。ひと月前のあの騒動だって、俺が気がつかなかったら、アイツ本当にどっかで死んでてもおかしくなかったんだ。解るだろ?」
メルはその言葉に顔をサッと青くする。
あの数日間、メルは生きた心地がしなかったのだ。
そんな事を言われて黙っていられるメルではなかった。
「あの、昨日、ボクが旦那様に言われて管理してたお嬢様の武器が無くなってて…お嬢様のものが無くなるのは、然程珍しい事でもなかったんで、昨日は気にならなかったんですが、今日、ついさっき、なんですが、お嬢様のタンスの中にあるカバンが、心なしか膨らんでいて、机にも、いつもより沢山本が積まれてて…似てるんです。お嬢様がお屋敷を飛び出した時の状況に」
メルの言葉にアベルが唖然とする。
対してレイはやっぱり…という呆れた顔をしていた。
「なん……どう………」
なんで?どうして?と言いたかったのであろう。
妹が家をまた飛び出そうとしている事実を受け入れられないアベルは、必死の形相でレイに助けを求める。
レイはふぅーと嘆息を吐き出すと、頭を抱えながら口を開く。
「4日前、だったか?オヤジがビセット公に、アイツを俺の妃にと言ったらしい。まだ公式な話ではないらしいがな」
アベルとメルは目を見開いた。
ついひと月前に有耶無耶になった噂話が、現実味のある話になってしまったのだ。
「俺も知ったのは昨日の事だ。一昨日にはゴシップに載ってたらしいが、俺はその手の記事は読まないしオヤジから話を聞かない限りは、見たとしても信じなかっただろうな」
レイは肘掛けに肘を着きながら紅茶を啜る。
いや、でも!とアベルは反論する。
「その記事ならレティも見たはずだ。レティは毎日の様に新聞をチェックするのが日課だし。でも、何も言ってなかったぞ?」
それに続いてメルも口を開く。
「確かにあの記事はお嬢様も目にしていらっしゃいました。『またこんな噂がたってるの?暇な人達ね』と一蹴されて、その後も何事もなく過ごされてました。あの、本当にそれが動悸なんでしょうか?それが動機だとすると、お嬢様にしては行動が遅い気もします」
レイはアベルとメルを目を細くして見やると、また大きく嘆息した。
「それだけで充分アイツが出て行こうとしてると俺は確信出来るぞ?考えてもみろ、前回の茶番という前科があるのに、こちらが警戒するような事をアイツが言うと思うか?俺なら油断させて事を実行に移すね」
レイは何事も無かったかの様に目を伏せて、またお茶を啜る。
アベルとメルは愕然として顔を青くする。
「ど、うしたら………?」
頭を押さえてアベルは唸る。
その様子にますますレイは呆れた。
「知るかっ!お前の妹だろうが。そもそもアイツがオヤジの部屋に忍び込まなければ、こんな話は出てこなかった筈だぞ。オヤジは叔母上にそっくりなアイツをそばに置いておきたいだけだ」
げんなりとしてレイは肘掛けに凭れる。
もうトラブルはゴメンだと言わんばかりの態度だ。
その話を聞いて、レティアーナに協力したメルは今の状況に罪悪感を感じた。
「屋敷の警護を強化して…」
「無理だな。一生それが出来るならいい案だろうが、落ち着いた頃にあいつは絶対逃げ出す」
アベルの言葉を遮ってレイは即答した。
「何処にどれ位逃げる気なのかわからない以上、前回みたいにクロエを護衛に付けるわけにはいかん。もうすぐ秋の軍事演習も迫っているしな。メル、お前、剣は扱えるか?」
ビクッとメルは背筋を伸ばすとゆっくりとレイに頷いた。
「ボクもお嬢様も我流ですが、街に来た古参の冒険者に教えてもらっていた事があります。でも、あの、ホントに我流で、実践経験はないです…」
アベルは寝耳に水の事実に目眩を覚える。
あの時のレティアーナの剣技は、レイと遊んでいた頃のものと全く別物だったのは判っていたが、まさかそんな事をしていたとは夢にも思っていなかったのだ。
本日何度目かの嘆息をレイは吐くと、アベルとメルにこう言った。
「全く使えないよりはマシだろう。あいつが何時出て行く気か判らんが、荷造りまでしてるなら近々だろう。それまでできる限りアベルはコイツに剣を教えろ。で、お前はレティアーナについて行って、逐一コイツに報告しろ」
アベルとメルは神妙に頷いた。
レイはまた、
何で俺がアイツの為にここまでしてやらなきゃいけないんだ…
と、辟易するのだった。
メルはいつも通りにレティアーナの身の回りの世話をしていたのだが、ビセット公に言われて管理していたショートソードと弓が無くなっていたのである。
レティアーナが持って帰って来たあの武器である。
しかしレティアーナのものが無くなることはこの屋敷ではそう珍しい事ではなかった。
一風変わったあのお嬢様の一番の趣味がコイン集めなのである。
何か欲しいものがあるからとか、何かやりたい事があるからとかではなく、ただ単に様々な形のコインを集めるのが好きなのだ。
貨幣価値がある無しは問われないので、子供が遊ぶような玩具のコインでも喜んでコレクションしていたくらいだ。
かと言って、集めたコインを絶対に使わないかと言われればそんな事もなく、必要な時は出し惜しみせずに簡単に使ってしまうのである。
だから持って帰ってきた武器が無くなったという事は、またコイン集めを始めたのだろうとメルは少し安直に考えていた。
しかし、どうもそうではないと気がついたのは翌日で、タンスの整理をしていた時だった。
"絶対に触ってはいけないお嬢様のカバン"
が、どう見ても量増ししていたのである。
そして机には何冊か本が置かれていた。
メルはこの状況に心当たりがあった。それもつい最近だ。
1度目はダールへ失踪した時。2度目は謹慎中に陛下と出掛けられた時。
しかし2度目はメル自身が手引きしたところもあるので、何も言えない。
メルは首を捻った。
お嬢様は多分また屋敷を飛び出すつもりだろうか?それも近いうちに。
でもその目的と場所が全く検討がつかない。
家庭教師が出て行きここ3日程レティアーナはのびのびとしていたし、精神不安で夜中に寝ぼけて歩き回ることも無かった。
「そう言えば…」
と、テディは数日前にザックという名の半獣族が家に来た時レティアーナが友達の力になりたいと言っていたことを思い出した。
今回の動悸はもしかしてそれだろうか?
そんなことを悩んでいると、どういうわけかメルは執事から呼び出された。
=====
メルはこの上なく緊張していた。
心臓は壊れるかと思うほどバクバクと音を立てていて、拳を握る手はブルブルと震え、膝は冗談かと思うくらいガクガクだった。
ここまで来るのに随分時間がかかってしまったので早く中に入らなければならなかったが、一向にノックを叩くことが出来ない。
メルは執務室の前で完全に硬直していた。
それが自分の仕える館の執務室ならば、ここまで緊張することはなかっただろう。
「どうしたんだ?メルじゃないか。入らないのか?」
「うひゃあっ!」
不意に後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには、レティアーナの兄、アベルが立っていた。
「珍しいなこんな所で。レティからまたお使いでも頼まれたのか?」
顔見知りとはいえ、アベルは屋敷にいる時と違って、騎士の鎧を身に纏っていた。
その姿を見て、メルは更にパニックを起こす。
「いああえええ、あのちが、まます。おう、うじままに、よよよだ、れて」
「殿下に呼び出された?」
アベルは支離滅裂なメルの言いたいことを正確に理解した。
メルの立っている場所はウイニー城の皇太子の執務室の前だった。
屋敷で執事から呼び出されると、王城の王子がメルを呼んでいると言われたのだ。
メルは何が何だかわからなかった。
自分は王子に会ったのはレティアーナの手紙を届けた時と、レティアーナについて行って茶番を見た時だけだった。
もしやその時、知らなかったとはいえ王子を睨んでしまった事で咎められるのだろうかと、様々な考察が頭の中を駆け巡り、とうとう執務室へ入る所で立ち竦んでしまったのである。
アベルは気の毒なメルの背中を静かに撫でて、落ち着かせた。
「うちの妹や殿下に振り回されて済まないね。私も丁度殿下に呼ばれた所だったから一緒に入ろう。なぁに、うちの妹より殿下の方がマシだ。深呼吸して」
スーハーと何度かメルは深呼吸すると、少しだけ落ち着きを取り戻した。
そして、ご自分の妹なのにアベル様は酷い言いようだな。
と、こっそり思ったのだった。
「失礼します」
アベルはノックをすると颯爽と執務室へ入っていった。
我に返って、慌ててメルはその後を追いかける。
「おう、来たか。2人揃ってるな。丁度いい、そこに座れ」
「メル、大丈夫だから、殿下は君をとって食ったりしないよ」
「座れ」と言われて、真っ青になって今にも倒れそうなメルの背中を支えソファーに座らせてやると、メルの整った顔と綺麗な金髪の所為か、男なのにまるでお姫様のようだなとアベルは苦笑した。
「そう緊張するな。お前達を呼んだのはレティアーナの事で聞きたいことがあったから呼んだんだ」
レイもメルの様子に苦笑しながら、向かいのソファーに腰掛けた。
「お嬢様の、事、で御座いますか…?」
自分が不敬を働いたと身構えていたメルは、予想とは違うことを言われて拍子抜けした。
アベルも全く予想していなかったので眉間にシワを寄せた。
「レティがまた何かしでかしたのか?」
執務室に3人しか居ないのを確認して、アベルは砕けた言葉でレイに話しかけた。
「いや、そうじゃない。正確には"何かしでかすだろう"だ。…いや、時間も経ってるし、しでかしてる…のか?」
難しい顔でレイが腕を組み、頭を捻った。
「どういう事だ?」
アベルもレイと同じように首を捻る。
だがメルは、屋敷を出る前にアレを見ているので心当たりがあった。
「お前ら、何かアイツに変わった様子は見られなかったか?」
レイが2人に問いかけると、アベルは首を捻った。
「父上から押し付けられた家庭教師を追い出した位か?後は締め付けがなくなって、楽しそうにしていたが…特に変わった様子は無かったぞ?」
レイはアベルの言葉に呆れたような顔を向けた。
「ああ…妹バカのお前に聞いた俺がバカだったよ。で?そっちの、メルだったか?お前は何か心当たりがある顔をしてるな?」
「なっ!」とアベルは声を上げたが、すぐにメルの方を見た。
メルは目を白黒させながら2人を交互に見ると、言っていいのか悪いのかと躊躇した。
自分の主人はあくまでもレティアーナなのだ。プライベートな事を話していいのかどうか…
メルの心情を察したのかレイが口を開く。
「あいつには黙っておく。何かあるなら話して欲しい。ひと月前のあの騒動だって、俺が気がつかなかったら、アイツ本当にどっかで死んでてもおかしくなかったんだ。解るだろ?」
メルはその言葉に顔をサッと青くする。
あの数日間、メルは生きた心地がしなかったのだ。
そんな事を言われて黙っていられるメルではなかった。
「あの、昨日、ボクが旦那様に言われて管理してたお嬢様の武器が無くなってて…お嬢様のものが無くなるのは、然程珍しい事でもなかったんで、昨日は気にならなかったんですが、今日、ついさっき、なんですが、お嬢様のタンスの中にあるカバンが、心なしか膨らんでいて、机にも、いつもより沢山本が積まれてて…似てるんです。お嬢様がお屋敷を飛び出した時の状況に」
メルの言葉にアベルが唖然とする。
対してレイはやっぱり…という呆れた顔をしていた。
「なん……どう………」
なんで?どうして?と言いたかったのであろう。
妹が家をまた飛び出そうとしている事実を受け入れられないアベルは、必死の形相でレイに助けを求める。
レイはふぅーと嘆息を吐き出すと、頭を抱えながら口を開く。
「4日前、だったか?オヤジがビセット公に、アイツを俺の妃にと言ったらしい。まだ公式な話ではないらしいがな」
アベルとメルは目を見開いた。
ついひと月前に有耶無耶になった噂話が、現実味のある話になってしまったのだ。
「俺も知ったのは昨日の事だ。一昨日にはゴシップに載ってたらしいが、俺はその手の記事は読まないしオヤジから話を聞かない限りは、見たとしても信じなかっただろうな」
レイは肘掛けに肘を着きながら紅茶を啜る。
いや、でも!とアベルは反論する。
「その記事ならレティも見たはずだ。レティは毎日の様に新聞をチェックするのが日課だし。でも、何も言ってなかったぞ?」
それに続いてメルも口を開く。
「確かにあの記事はお嬢様も目にしていらっしゃいました。『またこんな噂がたってるの?暇な人達ね』と一蹴されて、その後も何事もなく過ごされてました。あの、本当にそれが動悸なんでしょうか?それが動機だとすると、お嬢様にしては行動が遅い気もします」
レイはアベルとメルを目を細くして見やると、また大きく嘆息した。
「それだけで充分アイツが出て行こうとしてると俺は確信出来るぞ?考えてもみろ、前回の茶番という前科があるのに、こちらが警戒するような事をアイツが言うと思うか?俺なら油断させて事を実行に移すね」
レイは何事も無かったかの様に目を伏せて、またお茶を啜る。
アベルとメルは愕然として顔を青くする。
「ど、うしたら………?」
頭を押さえてアベルは唸る。
その様子にますますレイは呆れた。
「知るかっ!お前の妹だろうが。そもそもアイツがオヤジの部屋に忍び込まなければ、こんな話は出てこなかった筈だぞ。オヤジは叔母上にそっくりなアイツをそばに置いておきたいだけだ」
げんなりとしてレイは肘掛けに凭れる。
もうトラブルはゴメンだと言わんばかりの態度だ。
その話を聞いて、レティアーナに協力したメルは今の状況に罪悪感を感じた。
「屋敷の警護を強化して…」
「無理だな。一生それが出来るならいい案だろうが、落ち着いた頃にあいつは絶対逃げ出す」
アベルの言葉を遮ってレイは即答した。
「何処にどれ位逃げる気なのかわからない以上、前回みたいにクロエを護衛に付けるわけにはいかん。もうすぐ秋の軍事演習も迫っているしな。メル、お前、剣は扱えるか?」
ビクッとメルは背筋を伸ばすとゆっくりとレイに頷いた。
「ボクもお嬢様も我流ですが、街に来た古参の冒険者に教えてもらっていた事があります。でも、あの、ホントに我流で、実践経験はないです…」
アベルは寝耳に水の事実に目眩を覚える。
あの時のレティアーナの剣技は、レイと遊んでいた頃のものと全く別物だったのは判っていたが、まさかそんな事をしていたとは夢にも思っていなかったのだ。
本日何度目かの嘆息をレイは吐くと、アベルとメルにこう言った。
「全く使えないよりはマシだろう。あいつが何時出て行く気か判らんが、荷造りまでしてるなら近々だろう。それまでできる限りアベルはコイツに剣を教えろ。で、お前はレティアーナについて行って、逐一コイツに報告しろ」
アベルとメルは神妙に頷いた。
レイはまた、
何で俺がアイツの為にここまでしてやらなきゃいけないんだ…
と、辟易するのだった。
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