ウイニー王国のワガママ姫

みすみ蓮華

Coffee Break : 犬

 私が王都へ戻って来て2週間。
 お父様から謹慎処分を言い渡されて、表面上は大人しく自室に篭っていた。
 しかし私には、まだやらなくてはいけない問題が残っていたのだった。


 書庫からめぼしい書物をかき集め、お父様がいない隙に、読み終わった新聞に目を通す。
 外に出ることが出来ない分、出来うる限りの方法で情報集めをする事にしたのだ。
 勿論、メルにはいつものように噂話を集めてもらっている。


 ーーあの時出会った半獣族の盗賊が言っていた問題。
 ウイニーで差別を受けているという事実を知って、私はこの問題を放っておく事はしてはいけないと思ったのだ。


 そもそも私はその、半獣族と呼ばれる人々の、存在そのものを知らなかった。
 王都で走り回っていた時も、全く彼らを見たことが無かったからだ。
 まず始めに、彼らがどういう一族なのかを書物をかき集め、調べることにした。
 しかし本からも新聞からも噂からも、全くと言っていいほど情報は得られなかった。
 唯一解った事は、ウイニー王国建国以前から、彼らがこの地に住んでいたという事だけだった。


「はぁ…」と1人嘆息をつく。
 何か少しでも手掛かりになることは無いだろうか?


 と、ふと、あの盗賊達を思い出した。
 彼らにあったのは、リヴェル領に入る前の街道…
 森に近い場所だった。
 もしかして、森がある場所に彼らは住んでいるんだろうか?


「森……」


 北の方にも森がなかっただろうか?
 確かあった気がする。行ったこともあるはず…
 でも、私は何時そこに行った?
 懸命に記憶の糸を手繰り寄せる。


 盗賊…半獣族…犬…………


「あっ!」
 私の脳裏に、檻の中にいる、弱った犬の映像が浮かび上がる。


 それは私が多分、5歳の時、リンドブル伯爵領で…
 北西のフォールズよりも南、王都にほど近い…セグ。
 伯爵の家の近くは森が確かにあった。
 幼い頃の記憶だから広さは分からないけど、狩猟をするくらいだったからそれなりの大きさはあるはずだ。


 脳裏に浮かんだのは、リンドブル伯爵が飼っていた猟犬。
 弱り切って、まるでなにかに怯えるようにブルブル震えていたのを思い出した。
 私は何故だか犬が可哀想に見えて、父にこの犬が欲しいと強請ねだったのだった。


 今思えばあの犬は、虐待されていたんじゃないだろうか?
 あの時の犬は危ないからと、結局連れて帰ることはなかった。


「仮に、本当にあの犬が虐待されていたなら…」


 私はガラス製のベルを鳴らし、早速メルを呼び出した。




 =====




 私の予想通り、セグにも半獣族が暮らしていた事がメルの情報で判った。
「セグは1日あれば着きますから。ボクが見てきます」
 と、メルが言ってくれたのでその言葉に甘えることにした。


 翌日、昼過ぎに帰ってきたメルの報告で、猟犬虐待から予想した通り彼らが酷い仕打ちを受けている事が判った。


「ボクも流石にあそこまで酷い迫害を見たこと無いです。ボクは運が良かったんですね…」
 とメルはとても痛そうに胸を押さえた。
 一時的にでも孤児だったメルにとっては、他人事とは思えないのだろう。


「ボクもそれなりに酷い目にはあってますが、あんなの…人の扱いですら無かった!」
 っぐっと唇を噛み締め、メルはギュッと目を瞑った。


「もういいわ、メル。あなたに辛い思いをさせたわね…ごめんなさい」
 メルの手をギュッと握ると、メルは顔を上げて泣きそうな顔で私に言った。


「違うんです。苦しいのは、ボクじゃ無いんです。お嬢様、彼らを助けられないでしょうか?」
「大丈夫。私、絶対なんとかするわ。だからメルも協力して!」
 私の言葉にメルは神妙に頷いた。






 =====




 翌朝、私はメルに協力してもらい、屋敷を抜け出すと王城の隠し通路へ向かった。
 レイから借りっぱなしだったカンテラ石を使い奥に進む。


「えー…っと。確か、叔父様のお部屋は一番奥の…」
 と、道順を確かめながら通路の一番奥まで進んだ。


 王の私室に通じる扉は少々複雑な仕掛けを解かなければならなかったが、仕掛け自体は覚えていたのでいとも簡単に扉を開けて中に入った。
 扉の奥には石の階段があり、階段を上ると、天井にぶち当たる。
 その天井をそっと動かすと、そこは王のベッド近くにある横長のチェストの中だった。


 流石にこんな近くに出てくると思わなかった。
 寝てたらどうしよう?


 と、ゆっくり辺りを見回したが、幸い朝食の時間なのか誰もそこには居なかった。
 侍女が掃除に来ると厄介なので、暫くチェストの中に隠れる事にした。


 半刻ほど過ぎた頃だろうか?外から何やら話し声が聞こえてきた。
「ーーーでグリッグ地方の援ーー関するーー、それとーーーー大使とのーーー」
 …これは、レイの声かしら?
「秋のーーー」
 これは叔父様の声ね。
 チェストがしまっている所為か話の内容はよく分からない。


 そろーっと他に人がいないか、チェストを少しだけ持ち上げて辺りを見渡す。
 ここからだと一方向しか見えないけど、多分、誰も居ないかしら?
「その件はジゼルダ隊長がオットマン補佐と話し合って……」


 ん?話が止まった?
 と首を傾げると、いきなり頭上の蓋がガバッと開いた。
「「「!!!」」」
 左横を見上げると、驚いた顔の叔父様とレイの顔が見えた。


 因みに、蓋が開くと予想していなかった私も驚いた。


「……おはようございます?」
 私はエヘッと首を傾げてレイを見上げた。


「おっっっまえなぁぁぁぁぁ!!」
 と、レイに首根っこを掴まれて、チェストの中から引きずり出された。


 私はいとも簡単に宙に浮かんだ状態になる。


「いい加減、牢に入れるぞ!?ここをどこだと思ってるんだ!」
 レイの怒号が響き渡る。
「ダメよ、レイ。そんなに大きい声だしたら人が来ちゃう」
 ね、怒らないで?と目をしばたたかせると、ゴンッとゲンコツが降ってきた。


「酷いわ!殴ることないじゃない!私はただ、暫く会ってない叔父様に会いに来ただけなのに!」
「五月蝿い!黙れ!チョットは反省しろ!そもそも、お前、今、謹慎中だろうが!」
 ムゥッとお互い睨み合う。


 そんな私達を見ていた叔父様が、「まぁまぁ」と、レイを宥める。
「久しぶりだなレティ。私にわざわざ会いに来てくれたのか?おぉおぉ、すっかりソフィーにそっくりになって。ワシのとこにお嫁に来んかの?」


 レイから私を取り上げると、グリグリと叔父様は真っ白な髭を私の顔に擦り寄せた。
 レイは父親にも私にも呆れた。といった感じで、冷たい目でこちらを見ている。


「お久しぶりですわ叔父様!ワタクシ、とってもとっても叔父様にお会いしたかったのよ!」
 とされるがままに叔父様に応える。


 レイはジトーーッと目を細くして私を睨んでいる。
 お前、絶対に何か企んでるだろ?
 と、心の声がありありと聞こえてくるが、いつも通り無視する。


「そうかそうか、ワシも立場上、レティに会いに行くことは簡単に出来んからな。忍んでまで来てくれるとは感激じゃ」
「叔父様、ワタクシ是非、叔父様と2人っきりで、ゆっっっくりお話したいのですが?」


 私がそう言うと、叔父様は感激したように目をキラキラと輝かせ、
「よいよい。今日の公務はレイに全部任せよう」
 とあっさり了承してくれた。


「はぁ?!」
 と声を上げたのはレイだった。
「冗談だろ?!おい、クソオヤジ!今言った案件は、全部王の承認が無ければ話が進まねえよ!」


 その言葉に
「はぁ…」
 と叔父様は悲しそうに嘆息する。


「お前は何時になったら親離れするのか…判った、暫し待て」
 そう言って叔父様は机に向かうと、何か書類にサラサラとペンを走らせ、いとも簡単にポンッと国璽こくじを押した。
 私はそれをレイに見せないように覗き込む。


「あ、待って、叔父様。ここの所なんだけど…」
 と、私はヒソヒソと叔父様に耳打ちをすると、叔父様はますます目を輝かせ私の言葉を聞き終わると、お互い顔を見合わせてから、2人でレイをニンマリ見つめた。


「な、なんだよ…2人して…なに企んでんだ……?」
 叔父様は今書いた書類を燃やすと、またサラサラと新しくペンを走らせ、ポンッと国璽を押してレイに渡した。


「それを持って、お前はここから出て行きなさい。後のことは任せたぞ?」
「お、おい!?」
 それだけ言うと叔父様は、グイグイとレイの背中を押して、王の私室からレイを追い出し鍵をかけた。


 暫くすると廊下から、
「はあぁぁあ?!」
 という叫び声の後、
「おいっふっざけんな!クソオヤジ!出てきやがれ!大使との謁見はどうすんだ!こんなもんじゃ誤魔化せねえぞ!」
 と、どこかのならず者のように怒り狂ったレイの声が響き渡った。


 私と叔父様はニンマリ笑うと、私が入ってきた通路からこっそり外に抜け出した。
 それから2日間、私と叔父様はお忍びでセグと王都を往復した。


 レイが手にした王の勅命にはこう書かれていた。
 ーー今日を含めて2日間、皇太子の教育の為、王の権限を皇太子に国王代理として委譲する。
 尚、3日後にはこの権利は失効する。




 その2日間、レイは馬車馬の如く働いたとかいないとか。

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